第四章 沈まぬ太陽3
虹太の説明と照らし合わせながら、一爽は設計図のデータのソースをもう一度確かめてみた。作成者は神田造船。日本企業だ。設計責任者には神田菜月、とある。
(日本企業?)
意外な感じがした。トゥエルブファクトリーズ傘下の外国籍企業ではない。神田造船にメガフロートの設計と建設を依頼したのは、トゥエルブファクトリーズではなく、プラチナベビーズの人権擁護団体のほうなのだろうか。
プラチナベビーズの人権擁護団体を構成しているのは、類の実父である吉住耕一を中心とする支援者たちだ。プラチナベビーズが普通の子供たちと同じように社会の中で生きていくことを切望した人たちだ。とすれば、神田造船もプラチナベビーズを支援する一派、と考えていいのだろうか。
一爽は考えてみた。もし支援者たちが虹太や類のように、トゥエルブファクトリーズのもくろみに気がついていたらどうだろう。救いの神に見えた出資者の、本当の目的に気がついていたら。この実験島で兵器開発の実験が行われ、プラチナベビーズが、その特異な性質のために仮想敵として利用されることうすうす知っていたのなら。彼らはそれを黙って見ているだろうか。
(そんなはずはない)
いざという時のために、逃げ道を用意するのではないだろうか。プラチナベビーズの保守回線しかり、なにかそういった秘密のしかけを、島の中に用意してくれたのではないだろうか。
一爽「お前、ここで兵器実験が行われてるって話しただろ? 新しい兵器の実践データをとる実験をしようとしてるって」
虹太「ああ」
一爽「でも、武装隊の子が持ってる拳銃やなんかは、すでに製品化されてる既存の武器だよな。わざわざここで試す必要があるか? そりゃ、対プラチナベビーズって意味はあるかもしれないけど」
虹太「新しい兵器だってあっただろ。俺ら、理央さんに目の前で実演してもらったじゃんか」
一爽「理央の持ってるガウスガンだな。でも、今のところあれだけだ。あれを使うためにこの島全体を作ったんだとしたら、ちょっと大げさすぎないか? 費用がかかりすぎている」
虹太「プラチナベビーズの監視実験っていう建前を守るための必要経費だろ?」
一爽「なぜ、兵器実験にプラチナベビーズを巻きこまなければならなかったんだろう。たとえば、ガウスガンの射手には強化モジュールが必要だ。強化モジュールの技術には、プラチナベビーズ弥生真尋の能力が利用されている。プラチナベビーズの能力に依存した兵器の開発と実用化は、たしかにこの島の研究所でなければできなかっただろうな。でも、それは、ガウスガンだけなのか? それだけのために、トゥエルブファクトリーズは島ひとつ作ったのか? お前が言うとおり本物の戦争が起これば、その投資費用は全部回収できるのか?」
虹太「なんでそう思う?」
一爽「ガウスガンは、特殊な射手を必要とする扱いの難しい銃器だ。専門射手の澄人が感染症であんなふうになった時点で、もう失敗作なんじゃないかってことだ。あれでは実用化は難しいだろう。でもそれじゃ、商売にならないんだろ? まだほかにも開発されているものがありそうだ」
虹太「ガウスガンや強化モジュールは、成功例の理央がいるから、失敗ってことになるのかはわからないけどな。ただ……俺もちょっと気にはなっていたんだ」
一爽「心当たりがあるんだな」
虹太「わからない。そいつの開発は途中で止まっている」
一爽「それはなんだ」
虹太「荷電子粒子砲」
一爽「要フリガナ」
虹太「カデンシリュウシホウ」
虹太「ちょっとは自分でもググってみろよ。SFアニメとかで、ビーム砲って名前で出てくるおなじみのアレだよ。トゥエルブファクトリーズはアレをこの島で実用化する計画を作ってたみたいなんだ。でも、幹部用の極秘資料扱いでさ。二重施錠されたデータを二日間かけてパスワード解析して、出てきたのはなんか作成途中みたいな中途半端な文書だけだった。がっかりしたよ。もったいつけやがって」
一爽「やっぱり、ガウスガン以外の計画があったんだな。ビーム砲って今の科学で作れるもんなのか?」
虹太「架空の兵器ではあるけど、同じ原理ですでに実用化されている例はあるんだ。ガン治療に取り入れられた重粒子線治療がそれだな。安定していて加速がかけやすい重粒子を材料に使い、それらに加速器で加速をかけ、ねらった患部にあてるっていう」
一爽「なるほど、じゃあそれを、兵器に応用するのも時間の問題だったってわけか」
虹太「いや、無理だ。まず安定した粒子をたくさん集めることそのものが、地球上ではすごく難しい。そしてそれを一定方向に加速するには、とんでもない電力と、バカでかい装置が必要になる。ここを技術的に補うものがなければ、実用は不可能なはずだ。だからこの計画も途中で頓挫してるんじゃないかと俺は思う」
粒子をたくさん集めて……その言葉に、一爽の心臓は不穏に騒ぎだした。空気中から粒子をたくさん集めて固形化する。そういう能力者はたしかにプラチナベビーズにいた。しかも、彼は安定して能力を発揮できる。問題は、彼は自分の能力を軍事利用することに絶対に同意しない、ということだけだ。
荷電子粒子砲の開発。この計画は、虹太が言うように本当に頓挫したのだろうか。ひょっとすると、虹太のような監視者にアクセスされることをおそれて、詳細データの保管場所を変えたのではないか。そのくらいの極秘事項として扱われているのではないか。
類に直接聞いてみるべきなのか、一爽は迷った。
虹太「俺は今、ゴミ処理施設の管理棟にいるんだ。このあと、この地下にある発電所から出てるケーブルをたどって、海中ケーブルのトンネルをみつける予定だ。ひょっとすると、もうタブレットの電波は届かないかもしれない」
一爽「わかった。脱出の成功を祈ってる」
虹太「俺がうまくいったら、絶対に連絡する」
一爽「待ってる」
頭のいい虹太なら、きっとやり抜くだろうと一爽は思った。
※ ※ ※
一爽が虹太との通信を終えたのをみはからって、類がテーブルの上にノートパソコンを広げた。
「一爽、君がミナトタウンから帰ってくるまでに、遥馬とまた通話したんだ」
一爽は類の話をさえぎって言った。
「類、澄人が言ってたバラストタンクって、本当に爆発しないのか? この島は大丈夫なのか?」
類は少し考え、慎重な顔になった。
「絶対に大丈夫、とは言えないな。ただ、バラストタンクは最下層だから、地表からちょっと距離もあるしね。いきなり爆発する可能性は低いと思う。はじめの能力も無限ではないってわかったわけだし。澄人が君に話したのは、最悪のシナリオってことだと思う。監視者にとっては、はじめを攻撃する正当性を主張できるからね」
類は同情するように一爽をみつめた。
「目の前であんなことがあったからね、君が心配になるのもわかるよ」
そして話を戻した。
「これは、昨日昨日の十一時ごろ、遥馬との通信だ。永友くんの死で事態は急変してしまった。澄人と交渉しようとした君からの通信も切られてしまったし、一刻も早く遥馬に連絡をとって、はじめの制圧を止めなければならないと思ったんだ」
「ああ、あれは、ほんと、ごめん」
一爽がしょんぼりと肩をすぼめると、
「いや、さっきも言ったけど、君は悪くないよ」
類はおおらかに笑って、再生ボタンをクリックした。
画面に遥馬が映った。タブレットからの通話だろう。首にガンファイト用のゴーグルをかけている。背景は、赤い花の咲くつつじの生垣。遊歩道のようだ。はじめのいる公園の近くなのだろうか。
そういえば、澄人が倒れて撤退する前、澄人は『狩野班がすでにはじめを補足して待機中』と話していた。遥馬はあのときすでに、はじめのもとへ向かっていたのだ。
『つまり、そちらの要求は?』
仕事を邪魔された遥馬は、不機嫌で氷のような態度だ。
類はいつも通り落ち着いた口調で続ける。
「遥馬、君の要求どおり本土にいる父に連絡した。十一億四千万円の金策をしてもらっている。あと二十四時間の猶予をもらいたい。明日の昼まで、はじめの制圧を待ってくれないか」
一爽は、ごくりと唾をのみこんだ。
類は、はじめを保護する時間を稼ぐために賭けに出たのだ。要求された金を用意するあてがあるフリをした。
遥馬はゆっくり首を振った。
『もう事態は動いてしまった。ミナトタウン駐輪場付近で異常な熱波と水蒸気爆発が観測された。これは間違いなくはじめの能力だろう。しかも、宇津木はじめに付き添っていたはずの永友優吾の死を、水渓班が確認している。この爆発に巻きこまれたと考えるのが常道だ。とうとうこの島でプラチナベビーズの能力による死傷者が出てしまったな。春待太一に続く二人目の犠牲者だ。もはや一刻の猶予もならない。類、お前は理想的な平和主義者だが、そろそろ覚悟を決めてもらう』
「遥馬。応戦すれば、監視者サイドにも今後、永友くんと同じような犠牲者が出るだろう。君は賢いリーダーだ。これ以上部下が犠牲にならないですむ道を選択してくれると僕は信じている」
類は食い下がる。
『俺は安いおだてにはのらない』
遥馬はあざけるように冷たく笑った。
『そもそも俺は、本当に吉住耕一が十一億四千万円を用意できるとも思っていない』
類が息をのむ気配がした。しかし、負けじと説得を続ける。
「父は用意する。父は、僕に人権を与えるために、このとんでもない実験を実現させた人間だ。一からスポンサーを集め、政府要人を説得し、ここまでこぎつけた人だ。あの人にとっては、十一億なんて僕の命とくらべたら、はした金にすぎない。必ずなんとかしてくれる」
遥馬が少し目を見開いた。
『愚かだな。お前の生涯賃金が生活費をさっぴいて十一億を上回るとはとても思えない。そんなつまらない投資をされるお方なのか、お前の父親は』
「なにもかも損得勘定のお前に、僕たち親子の何がわかる!」
類は激昂して叫んだ。父親を侮辱されて、さすがの類も我慢できなくなったようだ。
『そうだな。親の愛情なんて俺にはわからない。だから俺たちはわかりあえない』
遥馬の態度はあくまで冷ややかだ。その遥馬が、急に視線を画面から外へ向けた。
かすかに画面外で話し声が聞こえる。近くの班員が遥馬になにか報告しているようだ。
澄人が倒れて水渓班が撤退したことを伝えているのかもしれない、と一爽は思った。
遥馬が片目を細めた。
『いや、考え直した。いいだろう。はじめの制圧に三時間の猶予をやる。だがこちらからも条件をつけさせてもらう。はじめが監視者もしくは監視施設に直接攻撃を加えてきた時は、すみやかに応戦する。では午後二時半、もう一度連絡をくれ』
「いいのか、遥馬」
突然方針を変えた遥馬に、類は困惑を含んだ声をあげた。
遥馬は突きはなすようにせせら笑った。
『お前が、「お父さん、僕の命とお金どっちが大切なんですか」って絶望して泣き叫ぶところを見たくなった。たまには余興もいいだろう』
そこで通信は切れた。
「お金の話は、もちろんはったりだ。一時的な時間稼ぎのつもりで言った」
類がハンカチで額の汗をぬぐいながら言った。
「ま、でも武装隊がはじめの制圧を待ってくれるっていうんだから、結果オーライか」
「そうなるね」
「で、理央がはじめを無事に保護したとしても、はじめが事故を起こした事実は変わらないよな。類はこれからどうする気なんだ?」
依然、膠着状態であることは変わらない。




