第四章 沈まぬ太陽2
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理央を見送った一爽はリビングに戻った。テーブルに置いていたタブレットを手に取ると、新しいメッセージが届いていた。
見たことのないIDはおそらく弥生真尋だろう。アイコンにしている写真は、カゴの中の白文鳥だ。
メッセージの内容は春待のタブレットの起動用パスワードだった。
もうひとつ、こちらは見慣れたIDからメッセージが届いていた。虹太だ。
虹太「大丈夫か?」
優吾の亡くなった時間帯に近かった。彼も、ミナトタウン前の交差点で起きた事件を知っているのだろう。監視者の無線を傍受していたのかもしれない。
虹太「返事は気が向いたらでいい」
虹太はしばらくしてから、ふたつ目のメッセージを送っていた。
二つのメッセージの前には、昨夜のメッセージが再び表示されている。
虹太「俺は、たぶん、お前と永友が和解するところが見たいんだ。監視者とプラチナベビーズ。他人の都合で対立構造をつくられてしまったお前らが、どうやって絆を取り戻すのか、それを見届けたい。だから頑張れ、一爽」
とたんに、もう目玉から絞れるだけ絞ったと思った涙が、またじわっとわきあがってきた。誰かから優しくされるたびに自分が弱くなっていくような、不思議な感覚だった。
一爽「俺は大丈夫だ。生きてる。今は類の家に戻っている」
とりあえずそれだけ打った。
類がソファのほうから、一爽の様子をちらちらとうかがっている。
タブレットが震えた。
虹太「安心した」
早い返信だ。今まで心配させていたのかと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。次の言葉を打ちこむ。
一爽「お前、もう本土に脱出できたのか?」
虹太「いや、まだ島内にいる。心配してたんだ。お前があれで自暴自棄になってないかって」
一爽「いや、むしろ、しっかりしなきゃなって思ってる。俺ももっといろんなこと考えなきゃいけないなって。ここは誰かが正解を教えてくれる世界じゃないんだ。自分で知って考えないと。『情報を持ってないと、狡猾なやつらの食い物にされる』ってお前が言ってたのは本当だったんだなって、やっとわかりかけてきたんだよ」
虹太の返信を待たずに続けた。
一爽「俺たちの敵は監視者じゃない。俺たちを戦わせようとしているトゥエルブファクトリーズだ」
虹太「そうだな。でも、奴らと戦うのは不可能だぞ。島にいた管理官たちはすでに遥馬が追い払っているし、もともと奴らだって中間管理職の捨て駒みたいな連中だ。トゥエルブファクトリーズ幹部は今、海外でこの実験を見守ってるはずだ。安全な場所でね」
一爽「それでもいい。俺たちは必要なものを彼らから奪取できればいいんだ。監視者の子たちが約束された金。そして、プラチナベビーズが将来にわたって搾取されない生活。それらが手に入ればいい」
虹太「どうやって?」
一爽「それを一緒に考えてくれないか、虹太」
虹太「まあ、俺にできることなら」
たのもしい情報源の言葉に、一爽はひとりほくそえんだ。
いつのまにか、頭痛は感じなくなっていた。
一爽「水渓澄人っていう中学生に会ったけど。トゥエルブファクトリーズの連中は、どうしてあんなひょろい子供を兵士として使うんだろう。そんなことで実験データをとって意味あるのか? どうして監視者は生徒ばっかりなんだ」
虹太「いや、大人の監視者もいるよ。病院にいた小児科医だってそうだったろ」
一爽「でも、武装隊って狩野遥馬が隊長なんだろう? あいつも俺たちと同じ高校生だろ。虹太が言うとおり、これが兵器データをとるための実験なんだったら、なんでわざわざ高い金払って、あんな素人の学生を雇うんだ?」
虹太「プラチナベビーズはみんな十代の子供だからな。学校に潜入して行動を監視するには、同年代の学生を仕込む必要があったんだろ。それにトゥエルブファクトリーズが、十代の子供を兵器実験に参加させる理由はちゃんとある。
戦争が職業軍人たちの領域――特殊なプロフェッショナルの世界だというのは、先進国で軍備にお金をかけられる少数の国の考え方だ。世界には十代の子に兵役のある国もたくさんあるんだよ。
ここで彼らを短期間のうちに兵士として養成し、最新の兵器を使わせたことは、すごく貴重なデータになるだろう。それに、お前だって見ただろ。この国の子供たちだって、それなりの報酬さえ積まれれば、ああやって忠誠心の厚い兵士になるんだよ」
一爽「俺は澄人と話して思ったんだけど、金はもちろん大事な要素だ。けど、彼らにとっては動機のひとつに過ぎないのかもしれないなって。監視者の組織に居場所ができてしまうと、もう引き返せないんだろうな。寂しい思いをした子供たちの望むものが、あそこには揃っているんだ、きっと」
虹太「金以外に望むもの?」
一爽「仲間とか。使命とか。信頼関係とか。きっと、そういうものがないと、人は人らしく生きていけないんだ」
だから澄人はあの場面で、命を捨てても仲間をとる、と決断したのだろう。
考えこんでいるのか、しばらく虹太からの返信は来なかった。
数分の間をおいて、タブレットが鳴った。
虹太「そうか。あの子たちの目標はさ、最初はきっと俺と同じで、プラチナベビーズと戦ってお金をもらうことだった。でもその背後にある願望は――本当の願望は、人として扱われること。生きたかった人生を生きること、だったのかもしれないな」
本当の願望。
ふと、一爽の心に、真尋のヒステリックな声がよみがえった。
『私は、自分が本当に望むものなんて見たくないんだ』
ミナトタウンで、はじめと遊んでいたとき、一爽の手を握るのを拒絶したときの台詞だ。はじめが、一爽の能力でアイスクリームが見える、と無邪気に喜んでいたときだ。
一爽は、自分の手のひらをみつめた。
真尋の言ったとおり「本当に望むものを相手に見せる能力」それが自分に与えられた力だとすれば、この能力の使い道はなんなのだろう。
――アイスクリームが見えるだけのクソみたいな能力。
一爽は、類にそう嘆いた。
しかし、一爽は今、自分がなにか大事なヒントを握っているような気がしていた。そんな希望をおぼろげながら感じていた。
GIVEN。与えられし者。自分はそんな偉そうななにかにはなれない。選ばれた者でも特別ななにかでもない。
そんな自分がするべきこととはなんだろう。
一爽「あ、あとそういえば、澄人が気になることを言ってたんだ。この島はメガフロートなんだって」
虹太「え、知らなったのか? ここは海底まで地続きでつながっている島じゃなくて、海面に浮かんでいるでかい浮島なんだよ」
一爽「だって、今まで海が荒れても、揺れることもなかったし……」
虹太「島の沖三十メートル四方は消波ネットがはりめぐらされて、波の力で簡単には揺れないようになっている。ただ、実際には少しは揺れてると思う。潮の満ち引きに合わせて、海抜も少しずつ上下しているはずだ。ただ、浮体そのものが大きすぎて、俺らが感じてないだけなんだよ」
一爽「海へ流されて行かないのか?」
虹太「潮流に流されないよう海底に打ち込んだフックにケーブルで係留されているんだ」
一爽「いやでも、まず、こんなでかいものが本当に海に浮かぶのかよ?」
にわかには信じられず、いまだ狐につままれたような気持ちでいる一爽に、虹太は「ちょっと待て」と送ってきた。
数分すると、容量の大きな画像データが送られてきた。
虹太「一般にはあまり知られていないけど、海に囲まれたこの国は、この方面の技術にすごく長けているんだ。羽田空港新滑走路設置が取りざたされた時には、埋め立て工法ではなくこのメガフロート工法が検討された。その後、横須賀沖で一キロメートル級の実証浮体が建造され、軍事用機体による離着陸試験が行われた記録がある。この時のデータによって、四キロメートル級のメガフロートを建造し空港として利用可能だと報告されている。
さて、この島の外周道路の道のりが六キロちょいだから、島の直径四キロくらいか? ぴったりこのデータに一致するとは思わないか」
一爽「なるほど、それで、これがその設計図ってことか」
一爽は送られてきた画像データを開いてみた。この島の建造を請け負った神田造船からトゥエルブファクトリーズへ送られたファイルのようだった。監視者のデータベースから虹太が盗み出してきたものだろう。
濃い緑色の画面に白い線で描かれた3D図が浮かび上がる。全体像は巨大なキノコが傘を広げたような形をしていた。平べったくて軸の短いキノコだ。
一爽「この図の丸い傘みたいな部分が、海上に出ている島の表面ってことでいいのか」
虹太「そう。海上に出ている面は楕円形だ。これは建物をつくる前の段階、メガフロートの土台の部分を表している。
これによれば、この海中に伸びている軸みたいな部分は、おおまかに分けて三つの階層に分かれている。最上層は物流のための大型倉庫や、監視者の施設に利用されている。中層に島のインフラ整備のための発電機、給水施設、下水処理施設があって、最下層は必要に応じて海水を入れて浮力を調節するバラストタンクになっている」
中層部分を拡大すると、海底ケーブルがつながっていることが確認できた。虹太はこれを脱出路として目指しているのだ。




