後編
数日後、一人で廊下を歩いていると第二王子のジョシュア兄様が話しかけてきた。
「おチビちゃん。最近、偽物聖女と仲がよさそうじゃないか」
これまでは第一王子のライアン兄様とつるんでいたけれど、ここ最近は一緒にいるのを見かけない。
おそらく、父様が少しずつ衰弱しており、王太子を本決定する時期にさしかかっているからだろう。
プライディリオ王国は人間の国とは違い、王太子をギリギリまで決めないのだ。
「偽物聖女じゃない。フィオナだよ、兄様」
腹立たしくて訂正をすると、兄様は「そりゃ悪かった」と笑った。
「父様は、日に日に衰弱しているようだね」
ぽつりと言うと、兄様は「もって二週間らしい」と返してくる。
「そう……か」
父様の容体を聞き、残り時間の少なさに胸がざわついて落ち着かない。
唇を噛み締めてうつむくと、ジョシュア兄様はからから笑った。
「そんなことよりさ、お前にも春が来たようで驚いたよ。ハイエナが色気づいてやがるなんて、ライアン兄さんは言っていたが、俺は半分チーターの血が混じっているせいか、お前らのペースがもどかしくて仕方ない。応援してるからさ、頑張れよ」
なんて言って、去っていった。
父様の容態を、そんなこと、か。
小さく息を吐いて、宮殿内の者に声をかけ続ける兄様の背中を見つめる。
ジョシュア兄様のあれはおそらく、王太子に推薦されたいがためのポイント稼ぎだろう。
ライオン獣人を母に持つ第一王子、ライアン兄様はプライドが高くてとっつきづらいが、堂々として威厳がある。
一方、チーター獣人を母に持つジョシュア兄様は、マメで人懐っこいところがあり、フットワークが軽い。
古参の臣下や兵士たちはライアン兄様を、若い臣下や女性たちはジョシュア兄様を支持しているようで。
王太子を巡る争いは表立ってはなかったけれど、王宮内にはわずかに、ピリピリとした空気が漂っていた。
◇
それから三日後の朝のこと。
朝の支度を終えたとたん、部屋のドアが激しく叩かれて、羊獣人のメイドとじいやの慌てる声が聞こえてきた。
「リュカ殿下、大変です! フィオナ様が拐われました!」
わけがわからない報告に、急ぎドアを開ける。
そこには真っ青な顔をしたメイドと、悲しげにウサギの耳を伏せたじいやがいた。
「拐われた、とは、どういうこと?」
ばくばくと心臓の音が耳につくけれど、努めて冷静に尋ねる。
感情的になるのは悪手だからだ。
「朝のご挨拶にうかがうと、部屋はもぬけの殻でして。心配になってじいやさんに相談したのです」
メイドは震える声で話し出す。
続いて、じいやが口を開いた。
「向こうの城でのこととはいえ、フィオナ様は毒を盛られた方。わたしは不安になり、禁忌を破って宮殿内でウサギの耳の能力を使ってしまい……」
「それで、フィオナはどうなったんだ……?」
僕の問いかけにじいやは、カタカタと細かく震えだした。
「すべて繋がっていたのです。フィオナ様にかけられた呪術も、陛下の衰弱も。このままでは陛下は暗殺され、誘拐されたフィオナ様も人間の国の王太子に奪われてしまう……」
話を聞き終えた僕は、じいやとメイドを置いて厩へ駆けていく。
何度か衛兵たちに止められたけれど「王子に命令する気か」と睨みつけると、皆、身をすくませて動かなくなった。
ようやく厩にたどり着くと、一頭残らずいなくなっていて愕然とする。
「どうして……」
「さすが、おチビちゃん。よく気づいたね。でも遅いよ、諦めな」
ジョシュア兄様が物陰から現れて、にこやかに言う。
「……兄様が、フィオナを祖国に連れ戻そうとしたの?」
「そうだよ、セドリック王太子が偽物聖女を手放すのが惜しくなったんだとさ」
「今度の交換条件は何?」
眉を寄せて言うと、兄様は目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。
「今度の条件? お前のことだ。聞かなくてもわかっているくせに」
「やはり、ライアン兄様の生気を吸わせる気なんだね……」
にたりと笑みを浮かべたジョシュア兄様を強く睨みつけて、僕は再び口を開く。
「人間の王太子に、父様の生気を吸う魔法をかけるよう依頼し、その交換条件としてフィオナを殺す毒と呪術をセドリック王太子に授けたのは、兄様に間違いないんだね……なぜこんなことを!?」
じいやがウサギの耳の能力で聞いた話を、兄様に尋ねる。
こんなのにわかには信じがたかったし、否定してほしかったのだけれど、兄様はニタニタとした笑みを崩さなかった。
「俺はさ、父様の政治が気に入らないんだよ。奴隷制度は廃止するし、気味悪い鳥人の国と交流を持とうとするし。何より、ライアン兄さんを王太子にしようとしていたなんて、本当にろくなことをしない。俺こそが次期国王にふさわしいのにさ。お前もそう思わないか?」
兄様は腰に差した剣を抜き、僕に向かって構えてくる。
まずい、僕はいま丸腰だ。
けれど、命乞いや同調をする気にはなれなかった。
「僕は、ジョシュア兄様が王になった国なんて見たくないね。獣人としての誇りも理性も失った兄様は、獣以下のクソ野郎だ!」
僕の罵倒に、ぶちんと何かが切れたように、兄様の顔が怒りで歪んだ。
「あの女のせいでお前は変わっちまったなぁ。ハイエナの分際で、チーターとライオンのハーフである俺に楯つこうとするなんてよォ。汚らわしいハイエナの『呪われた子』なんざ、誰も求めたりはしねぇんだよ! いつもみたいに歯向かわなければ、飼ってやってもよかっ……!?」
突然、ガタイのいい身体がこちらに向かって駆けてきて、鈍い音が響く。
ジョシュア兄様の顔に、何者かのこぶしが叩きこまれたのだ。
そのままジョシュア兄様は、うず高く積まれた干し草まで勢いよくふっ飛ばされた。
「リュカ、よく言った」
「ライアン兄様!?」
現れたのはライアン兄様で、僕の声に振り返ってきてふっと笑う。
「弱虫で情けないハイエナ野郎は嫌いだが、プライドのあるハイエナ王子は嫌いじゃない。ここは俺に任せて先に行け、あの女を盗られたくないんだろう?」
ライアン兄様は黄色の小瓶を投げつけてきて、僕はそれを片手で捕まえた。
「お前が毛嫌いしていた獣化薬だ。飲むかどうかはお前次第だが」
「ライアン兄様、恩に着ます」
上着を脱ぎ捨てて、手首のボタンを緩め、ズボンの裾をまくって裸足になる。
獣人の服は、獣の能力を阻害しないために伸縮素材でできている。大型の獣人なら服がはじけ飛ぶけれど、さほど大きさが変わらない僕は余裕で着ていられるのは、授業で実証済み。
ただ、靴とズボンの丈だけは、こうやって調整がいるんだ。
準備を終えて小瓶の獣化薬をぐいとあおり、すぐさま城門に向かって駆け出した。
「行かせるかよォ!」
後ろからジョシュア兄様の声がして、ライアン兄様のライオンの咆哮が轟く。
「お前の相手は俺だ。そういや、先日あの聖女が言っていたんだが、チーターは怪我を恐れて、ハイエナには戦いを挑まないんだと。獣人のプライドどころか野生のカンさえ忘れたお前は、もう終わりだよ」
◇
獣化薬が効くまでの時間も惜しくて、腕を強く振って中庭を駆ける。
城門を越えたあたりで次第に身体が熱くなってきて、視線の高さが下がりはじめた。
前後に振っていた手も地面をとらえ、四本脚で風を切って森の中を駆け抜ける。
僕は、完全にハイエナの姿になっていた。
この姿は、醜くて嫌いだった。
獣の姿に変わることのできる獣化薬を開発した者を呪いたくなった日もあったが、今日ほど自分がハイエナでよかったと思ったことはない。
ハイエナはスタミナと速さを兼ね備えた動物で、どこまでだって獲物を追いかけることができるから。
関所が見えた頃、ジョシュア兄様専用の馬車と、馬に乗った兵士たちに遭遇した。
兵士たちを問い詰めると、精霊の森で待機していた人間の国の馬車にフィオナは乗り換えたらしい。
精霊の森は、プライディリオ王国の関所を越えて、人間の国の関所に入るまでにある森のことで、どの国の領土でもない。
人間の国の関所を越えてしまうと危険も伴うし、何かと後処理も面倒だ。
どうにかして森にいるうちにかたをつけないと……。
どうか、間に合ってくれ――
息を荒らげながら、走るスピードを上げた。
見えた!
人間の国の関所へ向かう馬車が、木々の隙間から見える。
フィオナの香りもするから、間違いなくあれだ。
おそらく護衛の誰かが僕の存在に気づいたのだろう。
耳を済ませると「王太子、追手が」と話す声が聞こえる。
思わず高揚してしまい、口角を引き上げた。馬車の中にはフィオナを苦しめてきた張本人、セドリック王太子がいるのだ。
その面、見せてもらおうじゃないか。
嗤うような甲高い鳴き声をあげると馬たちが混乱を始めて、馬車は木に擦って止まった。
馬車を護衛していた兵士たちが下馬して剣を抜く。
一方の僕は、草むらや木の陰に隠れて、様子をうかがう。
混乱する馬がひく馬車に乗るのは危険だと判断したのか、豪勢な衣装をまとった若い男と、フィオナが二人で馬車から降りてきた。
フィオナは口布を噛まされており、両手首を前で縛られていた。
おそらく、魔法を使えないようにするためだろう。
フィオナにあんなことをするなんてと、怒りで頭が煮えてしまいそうだけど、人間の魔法は危険だ。
慎重に戦わなければと、息を潜める。
「服を着た動物……お前は獣人か?」
剣を抜いた王太子の問いかけに、「そうだ」と答える。
「なぜお前はフィオナを追いかけてくる? 望むだけの金はやるから、私に返してくれないか。私は、彼女と離れてようやくわかったのさ。フィオナの素晴らしさは、治癒魔法なんかにはない、と」
『価値は治癒魔法にはない』という王太子の言葉に、心の中でうなずく。
そうだ、フィオナのよさは魔法なんかにはない。
優しく、思いやりがあってほがらかで、ほんの少し抜けているところ。そして、闇にも負けず、芯が強いところ。
だから僕はフィオナを……なんて考えていると、王太子はフィオナを必要とする理由を切々と語りだした。
フィオナを失ってからというもの、自分を慕っていた者たちが離れていき、新しい婚約者の家も散財で没落し、彼女も薄汚れてしまった。
思考は鈍くなって平凡な考えしか浮かばず、得意だったはずの剣の腕前さえ落ちた。
あまつさえ、大精霊の泉の水位も半分にまで少なくなってしまい、王太子の地位を降ろされそうになっているのだ、と。
「私はフィオナがいなくなってから気がついたんだ。フィオナは全ての能力を上昇させる規格外の支援魔法の使い手なのだ、と。彼女を上手く使えるのは私しかいない」
わけがわからずに目を見開いて、開いた口も塞がらない。
誰も止めないのをいいことに、王太子は言葉を続ける。
「あの頃は芋くさかったフィオナも、いまでは色をまとうようになり、美しくなった。王太子妃として私の隣にいても、見劣りすることもないだろう」
下心のある目でフィオナを見つめる王太子に、はらわたが煮えくり返り、ギリギリと奥歯を噛み締めた。
王太子の隣に立つフィオナを見やると、悲しげに目を伏せている。
当然のことだ。物のように棄てられて、また身勝手に物のように扱われそうになっているのだから。
「フィオナはもう、誰にも渡さない。心優しい彼女は僕が一生守り続けると、いまここで決めた。だから……彼女を置いてとっとと国に帰りな」
低い声で唸るように言う。
おそらく、魔法で場所を探られていたのだろう。魔法剣士が、ぶつぶつと呪文を呟きながら、僕のもとへ剣を構えて駆けてくる。
「鈍いよ!」
剣を振り落とされる前に大きく後ろに飛び退くと、地面が槍のように下から突き上げてくる。右に左に全てかわして後退する。
身体が軽いし、向こうの攻撃もやけに遅いように感じた。
もしやと思い、ちらとフィオナを見ると、両手を祈るように組んで僕を見つめている。
僕の周りには精霊の香りが濃く漂い、彼女の足元には光り輝く魔法陣が展開されていた。
「バカな、詠唱破棄だと! そんなことができるのなら、なぜ我らに魔法をかけない、クソ女が!」
セドリック王太子がフィオナの顔を殴りつけた瞬間、僕の中で何かがぶちんと切れた。
魔法剣士たちは呪文を詠唱して、僕を狙って雷を落としてきたり、剣を構えて駆けてきたりしていたけれど、僕はそれを避けながら王太子のもとへと駆けていく。
「私を守れーっ!」なんて、恐怖で引きつった情けない顔を間近で見ることができて、いくぶんか胸がすっとした。
「……なんだ、なんともないじゃないか」
安心したように笑う王太子の前に立ち、奪い取った王太子の鞘を口に咥えて見せつける。
そして、そのまま強く噛み締めて粉々に砕いてみせた。
「ハイエナの脚は人間よりも速く、この牙は骨をも砕く。次はアンタたちの両脚をこうしてあげるよ。生きたまま新鮮な腸を引きずり出して食べるのが、楽しみで仕方ない」
人間を食べる趣味はこれっぽっちもないけれど、演技で舌なめずりをして嗤うように鳴く。
王太子たちは青ざめた顔で身震いをし、「覚えてろよ」なんて劇の悪役みたいなセリフを残して走り去っていった。
僕はハイエナの姿のまま、フィオナのそばに寄り、手枷の縄を噛みちぎる。
フィオナは、口布を自分で取り去って「リュカ殿下……」と、小さく呟いた。
「こんな醜い格好で、ごめん。時間がたたないと戻れないんだ。獣の姿は気味が悪いし、呪われた子って言われるのもわかるだろ?」
あはは、と誤魔化すように笑うと、フィオナは僕に向かって大きく両手を伸ばしてきた。
「いいえ。初めてお会いしたときから、その金の髪も、まぁるい耳も、ふさふさの尻尾も、かわいいと思っていました。醜くなんかないです。それに、ふわふわでとっても気持ちいいです」
フィオナは僕の首元に顔を埋めてきて、顔を擦り付けてくる。
フィオナは、このハイエナが僕だとちゃんとわかっているんだろうか。
思い切り抱きつき、顔を寄せて毛並みを堪能してくるけれど、僕としてはいつ理性が崩壊してもおかしくなくて、不安で仕方ない。
「それにリュカ殿下。貴方様は呪われた子なんかじゃありませんよ。私、図書館で調べていろいろ考えたんです」
「呪われた子じゃないって、どういうこと?」
「だって、おかしいと思いませんか? より強い親の血と外見を受け継ぐのなら、力のない草食動物の獣人は減り、絶滅してしまいますよね。でも、そんなことはない。だからきっと、長い歴史の中でラロク王家にもライオンの姿を引き継げなかった方たちがいたはずなんです」
フィオナに言われて、ハッと息をのむ。
僕たちの『当たり前』に惑わされて、疑うことを忘れていたけれど、たしかにそのとおりだ。
特定の獣人が絶滅したなんて話は、これまで聞いたことがない。
「きっと、ずっと『間引き』が行われていたのでしょう。悲しいことに、動物の世界では弱い子を親が手にかける、ということがあるそうなので」
フィオナは僕の毛並みに顔を埋めて悲しげな声で話し、顔を離して柔らかく微笑み、口を開いた。
「リュカ殿下は呪われたわけじゃありません。ご両親から愛されたからこそ、ハイエナ獣人のお姿でここにいらっしゃるのだと思います」
「フィオナ……」
「だから、もうご自分を卑下なさらないでください」
フィオナは優しく抱きしめてくれて、心の中が温かい気持ちで満たされていく。
僕も両手を伸ばして、フィオナを腕の中に閉じ込めた。
「っ、殿下、元のお姿に……!」
ハイエナ化したときにシャツのボタンが弾け飛んではだけてしまったようで、フィオナの顔が直接僕の胸に触れてくる。
獣に変身して、獣人の姿に戻る流れのために事前にズボンの裾をまくることと靴を脱ぐことは覚えていたのに、シャツの前ボタンに関しては失念していた。
僕の肌に触れてくる吸い付くようなフィオナの頬が心地よくて、もっと、もっととあのお腹がすいたような気持ちが止まらず、ぎゅっと強く抱きしめる。
もっともっと、そばに。
君に触れていたい、声が聞きたい。
僕だけを想って。
君を誰にも渡したくない。
……ああ、そうか。この気持ちは食欲なんかじゃない。
僕はずっと、君に恋をしていたんだ。
「フィオナ、愛しているよ」
自然とこぼれ落ちた言葉に、フィオナは耳まで顔を真っ赤に染めた。
動揺しているのか、きゅっとすがるように僕のシャツをつかんでくるのが、いじらしくて仕方がない。
「私も……リュカ様をお慕い申し上げております」
甘くかすれた声に我慢ならなくなって、フィオナのあごをくいと持ち上げる。
ザクロ色の瞳は熟れたように潤んで、甘い花の香りと薔薇色の唇が僕を誘う。
もう、我慢なんてできるわけがない。
噛みつくように貪るように唇を重ね、角度や深さを変えて何度も何度もキスをした。
◇
それから僕たちは、王太子たちが置いていった馬に乗り、二人で宮殿に帰ってきた。
父様にかけられた魔法はフィオナが解いてくれて、すっかり父様も元気になり、もう仕事にも精を出している。
フィオナを害した人間の国の王太子、セドリックは王太子の地位を剥奪されて追放されたと風の噂で聞いた。
どうやら大精霊の泉が枯れかかり、人間たちは魔法を失いかけたようで。
新しく迎え入れられた聖女兼魔術師が「王妃とセドリックを追放せよ」と王に進言したことで、王妃とセドリックは国を追放され、やがて泉も元に戻ったらしい。
父様を暗殺しようとしたジョシュア兄様は、ライアン兄様にギッタンギッタンに痛めつけられたらしく、未だ地下の牢屋で療養生活が続いているようだった。
そうそう。驚いたことに『いつかは王宮を追い出される』と思い込んでいた僕が、なんと一度王太子に推薦されたんだ。
丁重に辞退したけれど。
どう考えたって、僕もフィオナも、そんな地位には向かないから。
その代わりに、僕はライアン王太子の相談役に王太子自らから推薦されて就任し、フィオナは精霊の泉を管理しながら、孤児院の管理を任されることになった。
すべて収まるところに収まったって感じだ。
そして、今日は待ちに待った僕たちの結婚式。
羊のメイドにヴェールダウンを受けて、フィオナが「ぜひに」と頼んだじいやのエスコートで一歩一歩近づいてくる。
疎まれ者同士孤独を埋め合い、傷を舐め合う関係。
最初はそれでいいと思っていた。
だけど、もうそんなんじゃ全然足りない。
僕は、フィオナが幸せそうに笑う顔が見たいし、結婚の誓いを交わして、キスよりも先に進みたいんだ。
僕たちは神父の前で愛を誓い、向き合う。
そっと手を伸ばし、フィオナのヴェールを上げた。
真っ白な髪も、ザクロ色の瞳も、滑らかな肌もすべてが美しくて、目を奪われてしまう。
思わず耳がピクピク動いたのを見られて、フィオナは柔らかく目を細めた。
「やっぱり『可愛い』」
初めて出会った時の言葉をフィオナは放ち、幸せそうに笑う。
「あっそうだ、リュカ殿下。これはご存知ですか?」
ひそひそとフィオナは僕にだけ聞こえる声で話しかけてくる。
「またハイエナ豆知識か。今日のはなんだい?」
最近は言われなくなっていたし、てっきりネタが尽きたものだと思っていた。
回答を促すと、フィオナは照れたように笑う。
「フィオナ・ラロクは、ハイエナ獣人のリュカ殿下を誰よりも愛しています」
普段は照れてしまって聞かせてくれない言葉を、フィオナはいたずらっぽく囁く。
僕は目を瞬かせてから、くすりと笑った。
「よく知っているよ。だけど、こんなところで僕を煽ったんだから、あとで覚悟しておいて」
誓いのキスの直前に甘く告げると、フィオナは真っ赤な顔をして、ふるりと身体を震わせる。
精霊の香り漂う礼拝堂で、溢れるほどの幸せを噛み締めながら、僕たちは甘くて優しいキスをした。
▼雑談。
ハイエナ、以前どこかの動物園で見たのですが、くりっとタレ目で、ちょっとずんぐりむっくり気味の体型で可愛かったです。
ハイエナは獲物を奪うイメージがありますが、じつは優秀なハンターらしく、狩りの成功率は高め。
むしろ、ライオンに狩った餌を盗られることもしばしばあるようです。
女系社会で、メスのほうが身体が大きく、攻撃性が強い。
オスは群れの中で冷遇されがち。
知能が霊長類に匹敵するほど高く、無益な争いを避ける。
というところから、リュカは他の王子と比べて小柄な体型で、無益な争いを避ける苦労人キャラとしています。
ハイエナってなんだかネガティブイメージがつきがちですが、とてもユニークで推せる動物なので、ハイエナ好きが増えると嬉しいです!
お読みくださり、ありがとうございました!
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