攫われました
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
…私には、あの人しかいなかったのに。
燃え盛る業火の中、私はー
「…ぇ…」
私は小さく漏れ出た声を慌てて切り、目の前の男を見つめる。
年は20程度。そこそこ鍛え上げられているようだが、まだ甘い。皺1つない苦労人ではなさそうな甘い顔立ちがこちらを呆れたように見ていた。
「…今、なんと言いましたか」
「…どうやらここにいる俺等は、攫われた身で、しかもこれから競られるらしい。」
そういう事らしい。
気が付いたときには、ここに居た。これが俗に言う人身売買であるのなら、この劣悪な環境に納得がいく。
彼の言う『俺達』ー水が少しと、照明とは名ばかりの小さな火、そして地面を這う虫のみがある狭い部屋に閉じ込められている私を含めた人々は、せいぜい7人。そのどれもが若く美しい容姿で、中にはエルフもいた。
左から順にぐったりとしている黒髪の青年…いや、少年?に、鮮やかな金髪に深翠色の瞳を持った、耳の尖っている幻想種族のエルフ、気弱そうな、眉を下げている泣きぼくろの少女に、少々苛立っているような赤髪の男、最後に気怠げで尚且つ偉そうな長髪の男。
加え、私と目の前の男…ランといっただろうか、異国の響きの名前を持つ人。
私と泣きぼくろの少女以外、どれも高級そうな身なりである。
水が少しということは、すぐにここを出られるのだろう。とはいっても、出たところでそこから先が自分にとって良いものなのかといったら嘘である。
「…よくそんな落ち着いていられるな。」
「いえ、動けないだけです。貴方、よくその情報を手に入れましたね。」
この部屋はちょっとした牢屋であり、特殊な金属でできているのかナイフで突きつけても傷ひとつできやしない。出口などないというのに、この男はどうやってその情報を手に入れたのだろう。
暗いところと、狭いところは怖い。
「…はあ。めんどくさいことに巻き込まれた…」
男の呟いた声が思ったよりも響く。
気絶した記憶も何もなく、ただ立ち眩みのような感覚はあったので、あらかた転移魔法だろう。
この世界にはいろいろな種族の生き物が共生している。人間にしろ、それこそエルフにしろ、見た目の違う種族が共生している…表向きは。
共生と入っても、やはり差別などは残ってしまうから。
私は人間だが、さらに人間の中でも区分けがある。
預言者、魔法使い、能力なしだ。
預言者は信仰によって芽生えた予知能力を持つ人間で、魔法使いはこの世の理を一切無視した現象を発生させる魔法を扱えるもの。能力なしは、その名のとおり、能力が何もない人間である。
人口の中でも、能力無しはかなり多い割合を占める。
預言者は珍しいが国に一人はいる割合で、魔法使いは…測定不能。
今の所、世界で見てもこの国の第二王子しか魔法の出現は見られていないらしい。
らしい、というのは隠している可能性があるからだ。戦争などが起きた際、敵国にはなるべく自国の情報は知られないほうが望ましい。ましては魔法つかいなどかなりの兵器だ。いつ戦争が起きるかはわからないから、隠している国もいるはずだろう。
昔、といっても約八年前の戦争では魔女が出ていたらしいけれどー
噂によると、死んだらしい。
魔法が発言した者は現在この国には一人しかいないらしいけど、私は現に魔法で攫われたと思う。…気を失ってはいないはずだし、落とし穴というわけでもないと思うのだから、あんな不可解な出来事は魔法でしか出来ないはず、だ。
立ち眩みの際、冷たくて色褪せた香りがした。おそらく第二王子ではない。昔少し会ったことがあるけれど、柔らかい印象を持っていた。
「…どこに私等は居るのか。」
低く呟いた声は地面を這う。
元いた国の雰囲気ではない。少し暗くて湿っぽい。湿気や部屋の環境ではなく、ただただ何かが決定的に違う。
まるで、違う国のようだ。
首につけたネックレスをシャツ越しに触り、硬い感触を確かめる。ぼこりと膨らんだ感触なだけなのに、いやに安堵した。
(…先生…)
ここにはいないあの人を思い私は微笑む。
路頭に迷った私をあの人は救ってくださった。柔らかな腕ででふわりと抱き締められた。行き場を失った私を家においてくださった。今までの生活とは無縁の生活を送ることができた。
ああ。先生。
何故、貴女の気配がしないのですか。
最悪だ。暗くて狭い場所に飛ばされた挙げ句、ここは先生もないない国。
今すぐに壊したい。
「…無表情かと思いきや、案外人間らしい表情もするのですね。」
突如、エルフが声を上げた。凛とした鈴のような声。本当にそれらしい声だ。
細くて長い足はタイツのようなもので覆われ、上半身は襟のある服を着ている。腰に剣を刺し、エルフ特有の尖った耳のピアスがきらりと一瞬光った。
彼女が薄い唇を開いた。
「私達はここから逃れられない。真正面から行きたいところですが、敵の数は多いでしょう。ならば、牢屋が開けられた瞬間に逃げ出すのが最も得策だと思うのです。」
「…それは少し違うな。聴く感じ、こちらに来ている奴等はかなりの人数だ。それに首につけられたチョーカーもどきを見てみろ。」
有益な情報をくれた彼に色々尋ねたいことがあるが、一先首輪を触る。
厚さはそんなにない。鉄なのなら直ぐに折ることができる厚さ。しかしこれもまた特殊な金属でできているのか、どんなに力を入れてもびくともしない。中央の部分から左右に縦に切り込みのようなものがあり、少しそこだけが膨れている。さらに円のような手触り。これが他の人のものと同じであるのならば、赤い石がはめ込まれているのだろう。
…気味の悪い気配が漂っている。
「そのチョーカーにはめられている石はエネルギーを蓄積する石だ。エネルギーを吸収すればするほど、その色は真紅に近づく。その石は、元は同じだった石と惹かれ合う性質がある。更に加えると、一般的なエネルギーを体内で別のもの変化し特殊なエネルギーに変えているので、何処にあるかは一発で分かる。」
「よくもあそんなにも知っていますね。この石は珍しいものだというのに。」
この赤い石の名前はキエラ。ある程度赤いので、かなりのエネルギーが蓄積されているのだろう。つまりこの石が追跡するための手段だ。逃げても居場所がすぐわかる。ただまあこんな風に悪用されることも多く、貿易関係でいろいろとゴタゴタしてしまうので、一定の身分の商人でないと扱えない代物であった。
しかも、この石は盗賊などに狙われないよう、養殖場所は極秘となっている。
よくもまあ知っているねと男の言葉に感心しながら牢屋の外へと目を向けた。
「君もそう思う?」
キラリと光る野望を持った瞳と目があった。
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