消えた封鎖
建物を二つに分けた存在。狙いを定めた訳ではないであろう。まるで痛みを感じて暴れているような、無差別攻撃をしていたモノは店の外に出ればすぐに正体が分かった。
紫に変色した皮膚と歪で異常な数の手足を持つモノ。
魔族だ。
俺は何度か遭遇し、退けた事があるからすぐに分かる。しかし、町中の住民にとっては魔族の存在など見た事が無い。だからだろう。道の真ん中に倒れた魔族を遠巻きに、だが興味津々に眺めている。
一般人が遭遇すれば逃げる事すら困難だと言われているのだ。距離を保ちつつ眺めるのが普通の人の反応だろう。わざわざ近づいて観察をするのは冒険者か、あるいはよほど気になる何かを見つけた時くらいだろう。
俺は魔族を見た後にすぐにその場へと向かった。
今回道の真ん中で倒れた魔族は怪我をしている訳ではなさそうだ。気になるのが、側には奇妙な部品が落ちている事だろうか。
倒れた魔族に近づいた人物は俺だけじゃ無い。奇妙な部品を観察している人もいたのだ。
周囲の人々のざわめきが次第に増えていく。しかしそのざわめきは人の声だけなのであった。
あるはずの声が聞こえない。当たり前の出来事に、逆に強く違和感を覚え始めてきた。
「魔族が町の中に入ったのに、精霊の声が聞こえない……?」
町の中に入ろうとすれば精霊が騒ぐはずだ。それなのに何一つ声が聞こえない。
ただ人のざわめきだけがまるで同じぐらい波のようにこの場を揺らし続けている。その時だ。
また何かがあったのか、一部の人が同じような場所へ視線を向けていた。住民のひとりがある場所を指差し、焦りを露わにしながら顔色を蒼白く染める。
「おい! 向こうにもう一体っ……!」
そんな焦りの声を聞き届けると同時に、俺は駆け出し、並走するようにしてスワンが動いた。
ずるり、と泥を揺らし、俺と並んでスワンが向かう。
「あそこだな」
「あぁ、わたしが……」
互いに目を合わせて向かうその途中。
俺とスワンの間、一筋の光と割れる音が走った。バチリと弾ける雷は俺たちを追い抜いていく。
『どけ、人型』
「?!」
スワンはすれ違いざまに体が雷で弾かれ、砂が飛散する。弾け飛ぶ砂が宙を舞う中、雷獣はもう一体の魔族を貫いた。
太い雷の一撃は魔族の巨大を倒すには十分だったようだ。その一撃で暴れ回っていたもう一体の魔族は沈黙した。
ただの雷だった雷獣は某人間に戻り、腕を回す。そして不思議そうに倒れた魔族を見て首をひねった。
『フム? また力が上がってしまったか』
「お前!」
俺は行きすぎた道を引き返し、スワンの元へと駆ける。彼女は崩れた砂の体を手に取り、じっと眺めている。泥から水分が無くなり、砂となってしまっている。スワンは真剣な表情で何か考え込んでいるようだ。
「私は平気だ。寧ろ……いや、何でもない」
「その体は戻せるか?」
「問題ないよ。それよりも」
立て続けに魔族が出るなんて、とスワンは砂を体に戻しつつ立ち上がった。
今回も精霊が騒いでいないのに別の魔族が現れたのだ。異常な事態に胸がざわつく。
そんな俺の気持ちをよそにアールの考え込むような声が漏れ出る。
『不味いな。無くなってるじゃないか。通りで魔力が高い訳だな』
「アール? 何かあったのか」
『花の神殿の封鎖が無い』
聞こえる声は苦い表情がありありと目に浮かぶようだった。
「封鎖って何なんだ?」
『魔力を散らす鎖だよ』
過剰な魔力を散らす効果のある鎖なのだそうだ。その鎖が使用されているのは花の神殿だけ。花の神殿には魔力が異常に集まる為、祓いが少しでも楽になるように作成された物だ。
異常が重なる中で、更にとんでもないニュースが耳に届く。
住民たちが集まる中、ひとりの男が汗まみれになって走って来ていた。そして慌てたように周囲の人々に伝えるように大声で叫ぶ。
「ギャリエラ様がっ、倒れたぞ!!」




