女神様のお役目
2度目の神隠しにあった者たちは誰一人として帰って来ることは無い。
男はそう言った。
「"2度目"? 同じ奴が2度も神隠しにあうのか?」
「あぁ、それも毎回女神様のお役目中にだぜ? こりゃ狂った神の仕業に違いねぇよ」
そうだ、そうだ、ともうひとりの男も何杯目かのジョッキを一気にあおる。
俺には気になったことがひとつある。
さっきの話の中に聞きなれない単語が混ざっていたのだ
「女神様のお役目って何だ?」
「……お前まさか、お役目の事を知らねえのか?」
そんなバカなことがある訳ないと彼らは酒を飲み笑う。
けれども俺は記憶が無いと伝えれば、ふたりの男は笑うのを辞め、真面目な表情をつくった。
彼らは俺に不憫そうな表情を向ける。
女神様のお役目とは何か。道行く人々に聞けば誰しもがすぐに答えられると彼らは空を指さした。
女神様のお役目とは、”黒い月の監視”だ。
たったそれだけだ、と彼らは言う。
たったそれだけのお役目を小さな子供の頃から何度も何度も学ぶのだという。
空を見上げて監視せよ。
黒い月が割れていないか。
中から神が這い出てないか。
朝昼夜も常に見よ。
「調査が始まって判明した共通点ってのがある。神隠しは決まって女神様のお役目中に起こるって事だ」
目撃者に聞けば、月を見上げて話しているといつの間にか話し相手が消えていた。やら、立ち止まって月を見上げていた人物が突然消えていた。など、決まっていつもお役目中なのだという。
「他の町なら魔獣や魔族が原因だってのが多い。だが、ここは花の神殿がある女神様のお膝元だ。魔族がやって来る事もそうそうは……」
男が話しているその時に店員さんがジョッキを運んで来る。
俺も釣られて目線を外に出すと、丁度店の外に黒い蝶がひらひらと舞っているのを目撃した。
それと同時に店の外にキラリと銀の影が見えた。
「っ!?」
咄嗟に目の前の男達を掴んで軌道線から放り投げる。俺の行動と同時、アールの右腕が即座に反応した。鎧の腕がくるりと回り、手がガチャンと握られる。直後に店内の椅子が全て不自然に浮き、座っていた全員が床に落とされた。
店内にいるすべての人は床に身を伏せた状態となったその直後、俺たちの頭上を一閃する銀の軌道。
店の外からも悲鳴が上がり、屋根が崩れて落ちて来る。
太い柱がばきりと音を立てながら簡単に折れ曲がる。木片が下へと容赦なく降り注ぎ、店内の床に突き刺さった。
俺が落下物を人のいない場所へと蹴り飛ばした後。
その直後に散らかった店内で即座に樽の中から飛び上がる泥と酒。
泥の飛沫を上げながら、それは人の形へと変化していった。
「お楽しみちゅうに……水を差さないれくれ」
飛び上がり、泥から形作られたのはスワンだ。眉を顰めながらも、彼女は手を真横に振り払う。周辺を飛び散る酒がざわりと動いて集まり出し、作り出されたのは酒から出来た刀だった。崩れ落ちる木々と瓦礫を吹き飛ばす。
店の屋根が無くなり、外の様子が見えやすくなる。見晴らしの良くなった外では、魔族が建物を破壊し、人々に襲いかかっていた。
しかし、外で暴れていた魔族は今まで見た個体とは少し異なっていた。
魔族の見た目は肌が紫であるのには変わりないのだ。それに、まるで何人もの人が混ざり、膨れ上がっているのは同じ。
しかしその大きな体には複雑な機械部品のようなモノが混ざっている。アールが使っている義手と似たようなものだが、鎧ではない何か。
ガラガラと部品をボロボロと落としておきながらも暴れまわる魔族。
徐々に動きが鈍くなっていき、とうとう動きを止めて沈黙する。
町の人々は暴れて動かなくなった魔族に近寄ったり遠くから眺めている。
俺もやって来た魔族の近くへと駆け寄った時、ひとりの青年がしゃがんで部品を拾っていた。彼は体の半分が機械で出来ているようだ。
彼は魔族の体から落ちた部品をいくつか拾い、足早に立ち去る。
彼とすれ違いざまに呟きが聞こえた。
——コイツも駄目だったか。
それは感情の擦り切れた声だった。




