新たなパーティーメンバー
俺はどうして冒険者ギルドに来ているのだろうか。
饅頭を食いながらギルドのカウンターでのやり取りを眺めた。
ギルドのカウンター前に座るのは客として来ていた彼だ。彼はギルド内で今まで見た事がないクッション性の良い煌びやかな椅子に腰掛け、デバイスを楽しそうに覗き込んでいる。
彼は指でリズムよくタンタンと叩いては目を輝かせ、表示を見て微笑んでいる。
俺たちは今現在、ギルドの登録をしに来ているのである。
ついさっき彼がパーティーに入れてくれと言ってきたその足でギルドまで来ていた。
ギルドの受付ではロンジが営業スマイルを顔に貼り付けている。非常に見慣れない表情だ。
俺たちがギルドに入った所まではいつも通りの暇そうなロンジだった。
他のギルド職員たちが働く中で、椅子にふんぞり帰って仰向けになりながらタブレットデバイスをだらだらと弄っていたのである。
ロンジはギルドに入って来た俺をチラリと見た後、デバイスに目を戻しかけ……物凄い勢いで俺の背後を二度見した。
視線の先は不思議な装いの彼だ。
ロンジは彼を見た途端、デバイスを手から滑らせて顔面に落としかけ、顔にぶつかる前に手で掴もうとして掴み損ね、床に落としかけるという慌てっぷりだった。
落下しては手で弾かれて、と跳ねたデバイスを間一髪掴んだ後、ロンジは何事もなかったように姿勢を正した。そして上げた顔には今の営業スマイルが現れていた。
それからずっと爽やかな笑顔を作り出している。
手続きの間はずっと彼と目線を合わせており、俺の事はまるで見えていないかのようだ。
別人が入れ替わったのかと思うほどにロンジは手早く手続きを済ませる。ギルド内に居た冒険者やスタッフ達は息を潜めながらもロンジの変わりように驚いていた。
一通りの処理を終えた後、ロンジは非常に控えめに、しかし確信を持って彼へと質問を投げかける。
「…………もしや貴方様はエクリプス様でいらっ——」
「ノヴァである」
「大変失礼致しました」
さらりと彼は、ノヴァは言い切った。
彼は登録時にノヴァと名乗っていたのだ。
誰かと似ておったかの、とノヴァは笑顔でロンジを見つめる。
たったそれだけ。見つめられただけだったのだ。それだけにも関わらず、動揺を隠そうにも隠しきれない程、ロンジの肩が大きく揺れていた。
そんな時だ。俺たちの後ろからバチバチと雷が鳴り響いてくる音が聞こえた。
振り向くと雷そのものがギルド内を走りまわってやって来ていた。
特徴的な見た目だからすぐに分かる。雷の棒人間、雷獣が戻って来たようである。
雷獣はギルド内を駆け巡っては中にいた職員や冒険者にちょっかいをかけに行っていた。しかしノヴァの話を遠くから聞いていたらしい。
雷獣はカウンターを透過するようにすり抜けてロンジの目の前にやってくる。
『ふん! 名など何でも良いであろう! さっさと登録とやらをするが良い!』
威圧するようにロンジの周囲で雷がぐるぐると回り始める。
体に触れるギリギリを攻められ煽られるという状況だ。
ロンジはこめかみに汗を滲ませた。
そんな中でも流石はギルド職員だ。
雷獣の妨害を無いものとしてノヴァへと質問を続ける。
「所で、冒険者に登録する理由は——」
「やってみたくての」
「——は、い?」
めちゃくちゃ軽い返答が返ってきていた。
ノヴァはとても楽しそうだ。
ロンジは碌に返事も出来ず、口を開いて目を剥いていた。
今も相変わらずロンジの周囲で雷獣が輪っかを作っている。
「ふむ、理由が必要かの?」
ノヴァは少し意地悪そうな表情で口角を上げて聞き返す。
直後に雷獣の回転の幅が少し狭くなった。
多分わざとだ。
服に触れている。
それもギリギリで。
ギルドの制服は分厚く、丈夫そうに見えるのだが……雷に少し触れただけで黒焦げになって大きく揺れて消し飛ぶ。まるで俺のいつものパーカーのように無惨な有様だ。
ギルドの制服は魔獣に襲われてもある程度は大丈夫なものだ、とロンジがいつぞや自慢していたような気がする。
「いいえ! 冒険者登録に理由は不要でござります!」
「……ロ、ロンジ……」
ロンジは背筋をピンと伸ばして動きと口調がおかしくなる。
そりゃあおかしな反応にもなるだろうな。
ノヴァは苦笑いしながら、雷獣に向かって手招きをする。
「これ、雷獣よ」
『どうしたのだ、人よ』
「ここブルーローズのギルド屋根の上は大層眺めが良いと聞く」
『ほほう、そうか!』
ノヴァが少し話しかけただけでロンジの周りを雷獣はギルドの外へと飛び出していった。
解放されたロンジは口元に拳を当てて咳払いをひとつする。調子を戻したようでいつも通りの笑顔になった。
「登録とパーティー加入の手続きは以上です。何かご不明な点はございますか?」
「ふむ……ではひとつ。精霊使いの主人が死亡または行方不明になった場合は精霊はどういう扱いになるのだ?」
「……稀にある事例ですね。パーティーに加入している場合はそのパーティーに帰属します。意思疎通の出来る精霊ならば、精霊の意思が優先されます」
「そうか。ではもしもの時は頼んだぞリーダー」
ノヴァはそう言って俺に朗らかに笑う。
「雷獣の事か? ……急に物騒な話になってないか?」
「はは、もしもの時よ」
なんて事ないように告げているが、ノヴァは確信を持って告げていた。それは明らかであった。
ノヴァの視線の先を辿ってギルドの入り口付近の机へ目を向けと、そこには床に置かれた人サイズの荷物が置かれていた。遠くからだと荷物にしか見えないがあれはアールだ。
アールの右腕がかちゃかちゃと指を鳴らして暇を潰していた。
「さて、彼女が退屈そうにしておるの」
「そうだ。アールのあの布はいつ外せる?」
「しばらくは外せんな。アレを祓うのは骨が折れる。それに呪いが不安定であるしのう。ふむ……分けたか?」
「分けたって? ……あ」
思い出した。
俺はアールの呪いをふたつに分けた。
「アールの右腕に呪いを分けた」
「十中八九それが原因であろう。そうか、この量で半分であったか。残り半分は何処よ」
アールの右腕がかちゃりと一度大きく鳴った後、巻かれた本体に手をポンと置く。
『別に気にしなくてもいい。ただ単にライが寂しがっているだけだ』
「ライの仕業か。アール……今の状態のままだとそのうち魔物と間違えられるぞ?」
「一見アンデットの一種に見えるのう。符はそこまで長く持たぬぞ」
「せめてここにノエルが居れば」
「ほう」
それなら解決するのだな、とノヴァは扇子をパチンと閉じ、にっと口角を上げた。
「では余が連れていってやろう」
「へ?」
「ノエル殿が居る場所、何人たりとも立ち入りを許されぬ場でもあり、聖と魔が入り乱れる禁域よ」
貸しであるぞ、とノヴァは機嫌が良さそうにまた扇を開いてゆっくりと扇いでいた。
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徹夜は終わりだ!!!!
後は、朝起きられるかどうかで手動投稿できるかですわね!