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ぐるぐる巻きのアール

 例えば、レッドアゼリアからブルーローズへ移動するならどんな方法が一般的か。


 町ゆく人々に聞けば、転移陣を使用すると答えるだろう。何故なら転移陣は常に稼働しているのだ。


 けれど、今回のレッドアゼリアのように町が大きく破壊されるなんて事になれば話は別である。町が破壊されれば転移陣も無事じゃ済まない。転移陣が壊れれば使用出来ないのだ。その時は転移陣の復旧を待つのが最も賢い選択だ。


 それに町から町までの距離を考えれば当然である。直接移動するなんて、近い町でも1日はかかるし場合によっては魔獣や魔族に襲われる危険が多い。

 そんなの誰だってノーと言うのは間違いない。


 だから俺みたいに走って移動する奴など居ないのである。


 俺はとにかく速さだけを追い求めた。

 ブルーローズまでの道すがらは何も無い訳ではなかった。

 何度も何度も魔獣に遭遇した。


 大きなツノの生えたイノシシのような魔獣の群れを見つけた時、俺を見た途端牙を剥きやってくる。

 もちろん魔獣を弾き飛ばした。俺が。

 吹っ飛ぶ魔獣は気にせず前へと進んだ。


 またある時は走っている最中に地面に違和感を覚えることもあった。その箇所は土塊ごと蹴飛ばした。

 空中にまとめて蹴り上げられた中から数十匹の透明な蛇たちが宙を舞う。

 うねりながら俺の所まで落ちてくる前に潜り抜け、足元から飛んで来ていた蛇を踏みつけ進む。


 ブルーローズの町へ飛び込んだ時は、街灯の精霊たちが魔獣だと震え出していた。

 それくらいの速さで辿り着いた。


「っ、アールは!?」

『中にいるわよ。……ねぇ、イースは一緒じゃないの?』

「まだレッドアゼリアなんだ! 俺だけ先に来た!」

『走って来たってあの距離を!? ……あんたならやるわね……』


 イースとスワンはまだレッドアゼリアに残っている。

 それはレッドアゼリアにある転移陣の復旧の為だ。


 今回、レッドアゼリアの町に擬似太陽が落ちた事によって町が大きく破壊されたのだ。


 イースは瓦礫の除去をメインに残っている。

 スワンはベクターと共に陣の修復作業中だ。


 店内に目を向けるとひとりの客が座っている。

 ここらじゃ見かけない不思議な服装の人物だ。


 分厚くゆったりとした服を厚着しており暑そうだ。


 彼は先ほどまで口をつけていたカップをそっと机に置き、そして懐からハンカチを取り出して口元を押さえる。


 落ち着いた雰囲気で彼は店の奥を指差した。


「彼女ならそこに居るよ、ほれ」


 床には人ほどのサイズの大きな物体が落ちていた。


「アール……じゃなくて荷物?」


 その物体は奇妙な細長い布でグルグルに巻き付けられてある。白地に黒い文字がびっしりと書かれている布だ。


 まんじゅう屋に何か荷物でも届いたのだろうか。


 その時、荷物の陰から鎧の腕が、カシャリと這い上った。


 アールの右腕だ。

 しかも鎧の腕だけ。


「いや待て……まさかこれ」


 鎧の右腕が梱包された物体をがしりと掴み、ずるずると引きずり移動する。


 宙に浮かぶ右腕が大きめの荷物を引き摺るという不思議な光景に思わずまじまじと見てしまう。


 ピンと引っ張られた謎の細長い布は乱暴に掴まれようが引きずって床に擦れようが切れる様子はなさそうだ。意外と丈夫な布らしい。


 大きめの荷物は小柄な人くらいのサイズで重さもそこそこあるように見える。

 そうやって右腕はまっすぐ俺に向かって来た。


 ……少しだけだが、引き摺る動きは苛立っているようにも見えた。


 そして、謎の梱包物が俺の目の前にやって来て止まる。


『帰りが遅い』

「あ、アール……か。遅くなって悪い」


 頭に響く声は久しぶりだ。

 レッドアゼリアで擬似太陽が落ちた時から今まで連絡ひとつ無かったから随分と懐かしく感じる。


「アールが無事で安心した。それで……その布は一体……?」


 俺は布でグルグル巻きにされたアールであろう梱包物体を眺める。


 恐らくアールで合ってる。

 ……はずだ。


 どうしてアールがこんな芋虫状態にまで布を巻かれているのだろうか。


『そこで茶を飲んでいる奴に勝手に巻かれた』


 鎧の右腕がアール本体であろう梱包物体に肘をつき、ちょいちょいと指をさす。


 指し示したその先は店内にいる不思議な服装の客だ。


「緊急事態だったのでな。余の判断で符を巻いた」

「符……ってこの布の事か」

「うむ、余の手製だ。即興で書き上げたにしては上手く効果が出ておるわ」


 満足そうに彼は頷き、ティーラから追加でお茶を貰っていた。


 俺はしゃがみ込み、アールに巻かれた布を手に取る。


「……読めない」


 布には黒い線が複雑に絡み合っている。それは絵にも見えるが恐らく文字だろう。どちらにしても不思議な模様が描かれている。細長い布に途切れないようにして書かれたその複雑な線は眺めていて勢いを感じとれた。


 何が書いてあるのかを読めたとしても、恐らく意味が分からない気がする。


 俺が布を眺めているとアールの鎧の右腕は退屈しているのか、肘をつきながら本体を指で叩く仕草をしている。


 アールは元気そうで良かった。

 少し不機嫌そうだが。


「イースがアールの呪いが不安定になったって聞いたから急いで帰ったんだが、もしかして……」


 アールの呪いが不安定になったと俺はイースから聞いていた。


 しかし今の状態を確認する限りグルグル巻きになってはいるものの、いつもと様子は変わらないようだ。


「うむ。ノエル殿からの連絡でな」

「そうだったのか……ありがとう」

「礼ならノエル殿に告げるが良い。自身が鎮魂祭の祓いで多忙ゆえに、と余に頼んで来たのだ」

「助かったよ。その鎮魂祭ってのはいつ終わるんだ?」

「ふむ。そちは鎮魂祭を知らぬのか?」

「あぁ、初めて聞いた。有名なのか?」

「この世に知らぬ者などおらぬ程、有名な催事であるぞ」


 彼は心から驚き、不思議そうにそう言った。

 鎮魂祭というのは一般常識なのだろうか。


「俺、記憶が無いんだ。教えてくれないか?」

「それは難儀よの。ふむ……月に神を封じているのは知っておるか?」

「あぁ、知ってる」

「各地に建てられた6つの花の神殿が神を封じておる。どれひとつ欠けてはならぬもの、それ故に狙われるのである」

「狙われるって、誰に……?」

「神の手先にの」


 彼は懐から粉薬を取り出し、何杯目かのお茶と共に飲み干した。


「蝶の形をした邪悪な魔力よ」


 花の神殿に群がる黒蝶を祓う為の儀式、それが花の鎮魂祭だという。

1463字

1/27 7:00予約投稿完了


(寝落ちしました。すみませんが、文字数いつもの半分です。それではおやすみなさい)

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