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まんじゅう屋の不思議な客

「饅頭が美味すぎる」


 辺り一面が瓦礫となった町を空腹に耐えながらも俺は歩き続ける。


「……何度も死に続けたせいだな」


 泥の沼で何度も死んでからも碌に食べないまま戦い続けたからだろう。

 今は饅頭を食べる手が止まらない。


 ……目の前に饅頭が無いと不安にさえなってくる。


 動かない頭で今の俺なら饅頭食い尽くせるかもなぁ、なんて事を考えている横ではスワンが住民たちに饅頭を配り歩いていた。


 またひとり、スワンは座り込んでいる住民に饅頭を差し出し調子を聞いていた。


 泥の波となっていた住民たちはベクターによって魔族から体の主導権を取り戻したものの、まだ魔族の魔力が僅かに残り不調となっているようだ。


 その不調なら饅頭を食ったら治る。


 スワンは渡した饅頭が食べられるのを見届けて自身も取り出し、ぱくりと一口齧る。


「こんなに配ってもまだ残っているなんて……これを作った料理人は手が早いんだね」

「あぁ、作ったのはアールなんだ」

「アールか!? ……料理好きのようには見えないが」

「アールはかなり偏食でさ。食えるものを作ってこうなったんだよ」

「……そうか」


 スワンは饅頭を目の前に持ち上げている。

 口を真一文字に結んでおり、喉をごくりと鳴らしていた。


 俺たちが大量に消費しているこの饅頭、その料理人はアールだ。


 アールは大層偏食な奴だから自分の舌に合う料理を作っていた。

 そのひとつが饅頭だったのだ。


 そしてアールが作った饅頭を自身のアイテムボックスに入れておいた結果、思わぬ大惨事となった。


「饅頭の数か……今はどのくらいか分からないけど、最初はブルーローズ12個分だったってアールは言ってたぞ」

「へぇ12個……え」


 饅頭を見ていたはずのスワンが勢いよく首を回して俺を見る。

 驚くよな。

 その気持ちは分かる。

 俺も最初は驚いた。


「それで確かその後は……町13個分まで増えたんだっけな?」

「まてまて、今なんと言ったんだ?」

「少し前はブルーローズが13個埋まるくらいに饅頭があったんだ。でもだいぶと食べたからさ。増えるよりも今は減ってると思うぞ?」

「……」


 スワンは目を伏せ、眉間の皺を揉んでは伸ばしを繰り返す。


「……町が何個分埋まるかはこの際、置いておこう。しかしだな、食べたら減るのは分かるが……増えるとは何だ??」

「饅頭が増殖するんだ。アイテムボックス内で」

「増殖……? アイテムボックスの中は時間が止まっているだろう?」

「時間が止まっていてもお構いなしだ。増えてるんだ」

「おかしいな。私は今、酔っているのか……?」

「いや、酒を飲んで無いから……酔ってないんじゃないか?」

「そうか。私はシラフなのか」


 どうも耳の調子がおかしいようだ、とスワンは耳から水を抜くような仕草をしている。

 いつの間にかスワンの目が死んでいた。


 その後、スワンは立ち止まり、無言で饅頭を見つめている。

 俺は隣でスワンの変化に戸惑っていた。

 その時、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「おったおった! おーい、レスト!」


 急いで走り寄って来ていたのはイースだ。

 ブルーローズに居たはずのイースはどうしてかレッドアゼリアの町に来ていたのだ。


 イースは擬似太陽の装置の破壊、そして俺が擬似太陽の装置を破壊している間に魔族たちを退けていた。


「イースが来てくれて助かったよ」

「ええねん。それより、食いながらでええから、はよブルーローズに帰るで!」

「どうかしたのか?」

「アールさんが——!」

「……何があった?」


 イースは口を開き、焦った表情で俺に事情を告げたのだった。


「呪いが暴走しとる……!」
















 ここはブルーローズの宿の一階。

 営業中のまんじゅう屋には客が来ていた。


 店内の奥には不思議な雰囲気を放つ男性が椅子に座っている。

 その不思議な雰囲気は彼の服装が大きく影響している。

 彼の装いはブルーローズの人々とは異なっていたのだ。

 上下が繋がった前開きの服を帯で締め、その下にはゆったりとしたズボンを着用しており、袖も太い。全体的にゆったりとした服装である。

 そして長い癖毛の髪は紐でひとつに結ばれていた。


 彼は取っ手の無いカップに口をつけてお茶を飲む。

 その仕草は優雅そのものだった。

 それを見れば誰しもが気づくだろう。彼が普通の人々とは違う存在である事を。


 そんな彼の元へポットを持ってやってくるのは宿屋の娘ティーラだ。

 彼女はまんじゅう屋の店番も務めている。


 ティーラは非常に明るい笑顔で手に持つポットを彼に示す。


「お茶のおかわりいかがですかー!」

「では、頂こう」

「承知いたしました!」


 コポコポとカップにお茶が注がれる。

 ティーラはお茶を注ぐその間、彼の横顔を覗き見ている。


「ありがとう」

「——っあ、はい!」


 溢れそうになったカップからポットを戻して間一髪。

 再びカップからお茶を飲んだ彼は机に並べられた饅頭をぱくりと口に含む。


「これほどまで美味いとは思わなんだ」

「ありがとうございます! お饅頭はいーーーーっぱいサービスしますね!」

「いや、ひとつで十分だ」


 彼はもう一口ぱくりと食べた後、優雅にお茶を飲む。

 その様子をティーラはまじまじと眺めている。


 非常にリラックスした状態となり、店内には穏やかな空気が流れていた。

 しかし、そんな店内とは裏腹に、まんじゅう屋の入り口では何やら揉め事が起こっている。


『何してくれんのよ!?』


 まんじゅう屋の入り口には街灯が立てられている。街灯にぶら下げられた角灯には精霊石が入れられており、そこには炎の精霊イノが住み着いているのだ。


 イノは角灯から炎を出して目の前の存在に怒りをぶつけていた。


 イノの目の前にいるのは細い雷だ。

 しかしただの雷ではない。

 その細い雷はかろうじて棒人間を形作り、それが維持されていた。


『何を言っている、少し当たった程度だろ? 目くじらを立ててくるな』


 雷の棒人間は苛立ち混じりにイノへと返答する。


『な、なななっ何ですって!!』


 更にイノは炎を膨らませて怒りを露わにする。


『あんたが角灯にぶつかっただけでねぇ! 精霊石にヒビが入ったりするのよ!? 最悪は砕けちゃうんだから!!』

『砕ける脆さなのだろう? いっそ砕けてしまった方が今後の為だ』

『何もしなきゃ砕けないんじゃない! あんたがぶつかってこなきゃね! どこ見て動いてんのよ!?』

『こんな所に街灯がある方がおかしい』

『だからっ——ん?』


 そんな騒がしいまんじゅう屋に急ぐ足音がやって来た。

 走って来たにもかかわらず、息ひとつ切らしていない男性。


「アールは大丈夫なのか!?」


 レッドアゼリアから走って戻って来ていたのはレストだった。


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