正しさの証明
叩きつけられた泥が周囲に飛び跳ねて汚す。
今の魔族は完全に俺しか見えていなかった。
「このっ、このっ、このっっ!!」
魔族が苛立ちそのままに泥を操る。
何度も何度も上から叩きつけるだけだ。
あまりにも単調な攻撃で俺の足なら回避するのは簡単だった。
「私がどれだけっ、未来の為に尽くしてっ、どれだけっ、身を切る思いをしているとっ!?」
「苦しいならもう辞めろ! 今からでも遅くない!」
「うるさいうるさい! 何も知らない癖に!」
興奮して周囲が見えていない今のうちに、動けずにいるスワンを巻き込まないよう別の方向へと誘導する。
視界の隅では泥の塊が波のようになってひとりの人物を追いかけていた。一体何人分集まればあれだけの泥の量となるのだろうか。
追いかけられていたベクターは悪態をつきながらも指先の光をぶつけ、泥の塊を弾き出す。弾き出された人は形を取り戻し、すぐさまこの場から逃げていった。
しかしながら、泥の波が減るどころか寧ろ徐々に増えていく。何処からともなくやって来た泥が合流しているのだ。
ベクターに追加の饅頭を押し付けに行くにしてもまず目の前の魔族をどうにかしないと。
何度目かの魔族の叩きつけ。すぐさま後ろに飛んで回避する。目の前スレスレに振り下ろされる泥。そして、踏み締めた足で固い何かを踏みつけた。
「なんっ、だ!?」
見れば足元には大きな金属板が転がっている。ベクターが落下させた擬似太陽を造る装置の残骸だった。装置の模様は地下遺跡アルテイアで見たものと同じ模様だ。
魔族は壊れた装置を目に入れた途端、怒りから一点して急に顔を歪ませ大声で笑い始めた。
あまりにも突然の変化だ。
「何がおかしいんだ……?」
いつでも動けるように警戒を強める。
「あはっ、あははっ! 良いのよ! 1台でも動くのならっ、少しでもこの町を無茶苦茶には出来るもの!」
「1台……って!?」
まずい、まだ擬似太陽を造る装置は2台残っているのだとベクターが言っていた。
いつ動くか分からない機械だ。近くにイースが居たとはいえ、まだ装置が2台とも動いているのには違いない。
「っ、もう辞めろ! そんな事をしても無駄だろ?!」
「無駄でもやるのよっ!! じゃなきゃ私は許されない……!」
「許されるって誰に! そいつは信用して良いのか!?」
「っ、私たちの希望になんて事を言うの?! その不敬な口をすり潰して空に撒いてあげる!」
俺の焦りを察したのか魔族の攻撃の仕方が変わった。泥を横薙ぎにして捕えようと執拗に追いかけてくる。
「そう、そうだわ……ねぇ、知ってる? 転がっている魔石を割るのは簡単なのよ?」
「割った事があるのか?! 何でそこまでするんだよ!」
「ゴブリンの魔石を割った事が無いとでも思っていたの? 少しでも擬似太陽で魔石を露出させれば……後は砂から人へ戻る前に壊せば良い……!」
魔族は泥の槍をいくつも造り出し、くるりと俺から向きを変えてそれらを一斉に放った。
向かう先は——、
「あの女みたいにねっ!」
「っ、させるか!」
スワンの方向だった。
スワンは散らばった体を戻しつつ起こしている。あんな状態じゃ避けることが出来ない。そんな彼女の元へ俺はと瞬時に駆けた。
眼前にまで迫っていた泥の槍。
それらを横から纏めて蹴り飛ばす。
力を込めた足からは光が煌めいていた。
しかしその煌めきは一瞬でふと消失してしまう。
いつもと違って短すぎる。そして着地した瞬間、空腹のあまり膝をつき、辺りに泥水が飛び散る。
「むぐっ、くそっ! どうするっ!」
無論、今は食ってる暇など無い。
けれど手が勝手に動いて饅頭を取り出して食べていた。
俺の食事を煽りだと捉えた魔族は怒りで眦を釣り上げる。
そして彼女は先ほどよりも大量の泥を集める。
「ち、足りるかっ……?」
明らかに食い足りない。
しかし躊躇う時間もない。
足に力を込めて飛びあがろうとした瞬間の事だ。
水の刀が泥を一閃した。
ふたつに割れる泥の塊。
直後に水の刃が割れた泥の塊へと突っ込み、泥水ごと全てが弾け飛んだ。
見覚えしかない後ろ姿の人物だ。
弾ける泥水を背後にして、派手な水飛沫を上げながらスワンが着地する。
「もう体は平気なのか?」
「あぁ、そうだな……少し酒が足りないくらいか?」
「……代わりに水を飲んでくれ」
「ふふふ、水じゃ酔えないじゃないか……レスト、ここは任せて行ってくれ。そこのと同じものがまだあるんだろう?」
スワンの目線の先は壊れた機械が散らばっていた。擬似太陽をつくり出せない残骸だ。
「レストの足ならきっと間に合う」
スワンは柔らかい表情をしていた。
俺なら間に合うと信頼している。
そんな瞳だった。
先に行け、とスワンは言った。
信頼されている。
俺ならやれると。
「分かった、ここは任せる」
俺も同じく信頼を返す。
スワンなら魔族に勝てると。
急ぎ俺とスワンが入れ替わる。
そうして破壊されていない塔のひとつに駆け出した。
レストが走り去った後、どういう事か魔族は怒りを露わにする様子はない。見逃す事がどういう事なのか理解していない訳ではないのに。
「……随分と簡単に見逃すものだね」
「あははっ! あんな低ランク冒険者は彼がすぐに片付けるわ! 勿論あんたもね!」
直後、魔族の泥とスワンの水が激しくぶつかり合った。
俺は今にも崩れそうなヒビだらけの塔を無理矢理に駆け上がる。
飛び上がって、てっぺんまで登った先だ。
そこにあったのはどう見ても異物とわかる装置。
その装置の目の前でひとりの騎士が中を覗いて修理しているようだった。
しかし騎士の手は全く動いていなかった。
装置の前で立ち止まって内部をただただ見ているだけのようにも見える。
「っと、……お前……」
「やっと来たのか」
オリヴィエは待っていたとばかりに動きを止め、俺に両手を見せつける。
「鬱陶しいモノが混ざったものだ。……見ろ、少しでも動きを止めれば勝手に身体が動く」
「オリヴィエ……お前はあの魔族の仲間なんじゃ無いのか……?」
「仲間か……俺も初めはそう思っていたさ」
「"初めは"って、どういうことなんだ?」
「……そうだな、俺が人では無くなっていた時……随分と昔、初めて会った時のサラは未来の希望で満ちていた。これで仲間を救えると、俺に協力しろと言って来ていた……だが、彼女は否定された。そこから歯車が狂っていったのだ」
オリヴィエは昔を思い出すように遠い目をしていた。疲れを滲ませた声だった。
「人は異物だと知れば排除する。よく見知った相手であってもな。散々思い知らされたよ。サラも、俺も。故に今後起こりうる悲劇の芽を摘む。それしか方法はない」
「それが町ごと無かった事にする事か。……でもさ。お前、今も町を壊すの嫌だろ?」
オリヴィエはただじっと俺を見ていた。
「初めに持った価値観を覆す事は難しいものだ」
「変えられないものなんてない」
「年月を重ねれば重ねるほどに困難なのだ」
「重ねた年月に差があるのは当然……で」
オリヴィエの手が剣の柄に伸びていた。
俺の視線でオリヴィエも気づいたようだ。
自身の手が武器を持とうとしている事に。
ひとりでに動く身体が、動かされる身体が戦えといっているようだ。
「問答している余裕はないらしい」
「あぁ、お互いそうだな」
「勝って正しさを証明しろ」
丁寧に磨かれた剣が俺とオリヴィエを互いに映し出していたのだった。
次回本編 3295字 12/23 7:00に予約投稿完了!
(起きれたら手動投稿します!)




