相性が悪い
「スワンにっ、何をしたっ!?」
「何って? なーんもしてないじゃない」
目の前を水の刀が切り裂く。
スワンは勝手に動く左手を押さえているが、太刀筋は鋭く、少しの迷いで両断されるだろう。
更には足元の水面から水で出来た刃が姿を現し、俺を追ってくる。
魔族が俺たちの様子を見てけらけらと笑った。
「強いて言うならそうねぇ……前からでしょうけど、私の配下になったって所かしら?」
「……スワンを今すぐに解放しろ」
解放、と魔族は一言呟いて目を丸くする。考えもしない事を聞いたといった反応だった。
「……あははっ! 良いんじゃない? この子の魔石を壊せば解決よ。そうしたら私から解放される。ね、簡単じゃない?」
「魔石を壊す……そんな事をしたら……」
魔石を壊すなんて事をすれば、魔力が使えなくなってしまう。それどころか、常に魔力の毒に晒されてしまう。
しかし、現実は予想を遥かに超えていた。
「えぇ、身体も何もかも全て崩れるんだけどね」
「…………は……身体が……崩れる……?」
「あら、そんなに意外だった? でも私たちはそう出来ているもの。それに、言っておくけれど私には魔石なんて無いわよ?」
あんた達みたいなゴブリンじゃ無いんだし、と魔族は楽しそうに俺たちを見て笑っていた。
そんな様子ですらよそ見をしている余裕は俺には殆ど無い。
飛び交う刃は俺の行動を封じてくる。
それら全てを躱す事は出来なかった。
躱し切れなかった刃が身体を掠める。
流れた血が飛沫となって水と混ざる。
けれど刃を躱すのは最低限で良い。
俺の目の前で刀を振るうスワンは動揺していた。身体が崩れると聞いた時からだ。
今も戦慄く唇からは声が出ていない。
そんな不安定な状態であっても、振りかぶる一閃に影響は微塵も無かった。
だからこそ今、俺がスワンの攻撃を喰らうわけにはいかないのだ。
彼女の心に傷がつかないように。
そしてスワンの身体を攻撃してしまわないように。
スワンの魔石を壊さないように細心の注意を払い、攻撃をいなす。
「じゃあお前は魔石が無いのにどうしてっ!」
俺たちには魔石があるが、魔族に魔石はない。
けれど、スワンや目の前の魔族は魔石を壊せば崩れる存在だという。
つまりこの魔族は倒せないとでもいうのか。
「私たちビーストにだって魔力を貯めておく身体の器官はあるわよ? けれど私は最初に何もかも全て混ざってしまったもの……ここにね」
視線で示した先はここにある泥の温泉だった。
スワンが治療で浸かった場所。
そして俺が落ちた場所だ。
「目が覚めたらゴブリン達が蔓延る世界に迷い込んでしまったって絶望したわ。……でも違った。そうじゃなかったの。ここは私達の世界が滅びた先の未来。仲間達はみんな理性を失った世界だった。私は……私たちの世界を取り戻すわ……ゴブリンなんかに……ゴブリンなんかに奪われたままにはさせない……!」
「俺たちよりもまずは仲間達を見ろよ! 理性を失ってんならどうにかして……!」
「何度も試したに決まっているでしょう?! でも、私の方法じゃあ……私の解決策じゃあ……っ、……! ……いいえ、他にも試行錯誤している仲間はいるもの! それにゴブリンは邪魔なんだから先に全滅させなきゃいけないでしょう!?」
「っ!」
「レスト!?」
スワンの持つ刀を蹴り飛ばし、激昂する魔族の方へと向かわせる。
しかしそれを予想していたかのように魔族は体を泥に変え、飛びゆく刀を回避した。
「……この私を倒してもこの子の中に私は残り続けるわよ? それにこの子の中に居る私を取り除くのは無理ね。この子は諦めて魔石を壊してあげたら?」
「も、もう良いレス——」
「諦めるな! 無理な訳ないだろ!」
俺は絶対に諦めない。
地面から生えてきた刀を手に取るスワン。
何度も抑えようとしているものの、体の動きを止めるには至っていない。
「スワン! 何処まで身体の制御が出来る!?」
「……右腕だけだ……! けど一瞬だけしか取り戻せない!」
スワンの右手が震える。刀を握るその指は、少し浮いては握り込んでと繰り返す。
不規則で小さな変化でしかなかった。
右腕すら既にコントロールが出来なくなっているのは明らかだった。
「それじゃあ、魔術をこれ以上使わないようにっ、持ってる魔力は全部使い切れるか!?」
「……っ駄目だ!」
「諦めなさいよ」
即座に魔族が反応し、スワンの動きが俊敏になる。
身体を無理やり泥に変えられて、俺に襲いかかってくる。
ありとあらゆる方向から泥が伸びてくる。
掠った服はすり潰されて穴が開く。
辞めろとスワンは泣き叫ぶ。
長く回避し続けるなんてまず無理だ。
それにスワンの魔石を壊すなんて選択肢などあるはずがない。
これは間違いなく絶体絶命のピンチなのだろう。
けれど、けれども、俺はそうは思わなかった。
魔族が苛立つような反応をしたのだから。
スワンに魔力を使い切れるか聞いた時に。
「まさか」
魔石を壊せば解放される、と魔族は言っていた。
魔石とは、魔力を貯めておく器官だ。
では魔力が空になればどうなるのだろうか?
通常は魔力を全て空にするのは危険だ。
それに魔力を完全に使い切ろうとしても本能的に出来ないらしい。
でも魔力をゼロに出来るその術を俺は持っている。
「スワン!」
なんせ、かなり相性が悪いらしいと評判の一品だ。
取り出したそれを咥える。
開けた両手でそのままスワンを抑えた。
スワンの泥は俺に襲いかかってきて、手足の肉が削られる。
水面に血が滴り澱んでいく。
「もう……もういい! レストを傷つけたくな……ぐむっ!?」
「なっ……?!」
スワンの開きかけの口へと、さっき咥えた饅頭を押し込んだ。
予想外だというように魔族が驚いている。
「ふへそーか?(食えそうか?)」
「!?」
スワンは動揺しつつも押し付けた饅頭を咀嚼していた。
するとスワンの手足が泥となり、一斉に周囲に飛び散った。
「なによ……それっ……!?」
「あ……う、動け……る……?」
欠けた両足、欠けた左腕の状態で動けない状態ではあったが、自分自身の意思で身体を動かせるのだとスワンは言った。
「……良いわ……まとめて消せば良いだけだもの! 2度目の太陽はもうじきに落ちる! そしたらあんた達まとめて——」
その時だった。
突然轟音と共に何かが落ちてくる。
スワンの上に身体を被せつつ、何が起こったのか周囲に視線を巡らせた。
そこには大きな機械部品が壊れて地面を転がっている。
近くに誰かが立っていた。
「……全くもって魔力が足りん」
そこに居たのは少し前にボロボロで行き倒れていた彼だった。
会った時よりも元気そうだ。
魔族は苛立ちながら憎しみが籠った視線を彼に向ける。
「ベクター……インクリース……!」
「やぁサラ、貴女に折られた骨は治療に骨が折れた」
「……装置を壊すだなんて……あの女がどうなってもいいっていうの?」
「うん? ……あぁ、知らないのか? うちの助手は有能でな」
何処かで大きな破壊音が聞こえる。
壊れたのは塔のてっぺんにある何かのようだ。
遠目からドラゴンの翼のような何かが見えた。
近くに何人か人が動いていた。詳しくは見えないが、どこか見覚えのある人物達だ。
「丁度フィーサ達が壊したみたいだ」
「なっ!? いつ外に出て…….っこの! 良いわ! 私を混ぜた住民は大勢いる!」
魔族が腕を振るった直後に遠くから地響きが聞こえてくる。
まるで泥がこちらに向かってきているようだった。
「……仕方ないか。ヴェンジ、あの刺激ブツを寄越せ」
「腹が減ってるのか? ……食うなら少しずつにした方が良いぞ」
「バカか、食うわけないだろう。中に込められた刺激を増やすだけだ」
ベクターが俺が渡した饅頭に指でとん、と触れたかと思うと饅頭からするりと光る何かが出てくる。それを指先でくるくると回す内に徐々にその量が増えてくきた。
「非常に強力な力だ。しかし扱いづらいにも程がある」
徐々に見えてきたのは案の定泥でできた街の住民達。
魔族の女は何とかしろ、とベクターは俺に向かって一言告げて俺とすれ違う。
魔族は苛立ちを隠そうともせずに俺とスワンを睨みつけ、周囲の泥を操り俺たちへ押し潰そうと叩きつけてきたのだった。
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