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幼いわたしの夢

 私が騎士を目指したのはいつだっただろうか。


 両親はレッドアゼリアの町で騎士の仕事をしていた。

 騎士は町の人々の安全を守る仕事だ。家に帰ってこない事も多かった。


 幼い頃の私は誰もいない家でいつも両親を待ち続ける毎日。

 あの時の寂しさは両親の仕事が原因だと、幼い私でも理解していた。


 だから私は騎士というものがあまり好きでは無かった。

 私から大好きな両親を取ってしまうものだったから。


——私を見て——


 私が冷たい家で1人遊ぶ事に慣れた頃だ。

 叔父が家へと来るようになった。


『初めまして、スワン。僕は君のお母さんの弟なんだ』


 高い背を無理して屈み、私の目を見て話す人。

 雰囲気が母そっくりの人だった。


『この町は精霊が棲みつかないから、姉さんと義兄さんはいつも大変だ』


 レッドアゼリアは他の古都より危険が多いのだ、と叔父が言っていた。叔父は別の町に住んでいるからよく分かるらしい。知らせがないのはいい知らせなんだよ、と私の頭を撫でる。


『姉さん達は僕の誇りだよ』


 叔父は口癖のようにいつも言っていた。

 特に父と母に助けられたという人がうちを訪ねてきた後には、いつも以上にはにかんでいた。


 私は叔父に騎士になろうと考えた事はなかったのかと聞いた事がある。


『僕はなれなかったんだ』


 憧れだった、と寂しそうに言っていた。

 叔父はあまりにも身体能力が低かったらしい。更に悪い事に、体を鍛えようとがむしゃらに特訓して怪我をしたのだととても気落ちしていた。その時の後遺症が残り、身体能力の試験に挑む事すら出来なかったらしい。


 今は騎士とは全く関係ない仕事で働いているそうだ。


『僕の家は誰も居ないし、帰りたく無いなぁ』


 大人なのに子供っぽい事を言う人だった。


 そんな叔父がいつも言っていたからだ。


 両親がどんな仕事をしているのかもっと知りたくなった。

 私のいる町の騎士は何をしているのか見るようになった。


 いつしか私は騎士に憧れを持つようになっていた。


 騎士になる事が私の夢になっていた。


 そんな私を、叔父はずっと応援してくれた。


 両親が殉職した時、真っ先に叔父が飛んできた。

 初めにわんわん泣いていたのは私だったのに、いつのまにか叔父の方が大泣きしていた。


——どうして——


 そして私は叔父に引き取られ、生まれ故郷を離れた。


 それからというもの、私は両親の影を追うように早い段階から毎日体を鍛えていた。


 ある日の訓練中、私が大怪我をしてとても長い日数高熱を出した時、叔父は真っ青になって治療の為に駆け回ってくれた。


 騎士になれた時は私を抱きしめて大喜びしてくれた。あんまりにも強く抱きしめられたので、体力が無いなんて嘘じゃないかと思う程だった。


——あれは嘘でしたか?——


 そんな叔父が失踪したと聞いたのは最近の事だった。

 叔父の勤め先である美術館から行方を聞かれた。


 私個人がいくら探したとしても、足取りひとつ掴めなかった。


 騎士団に相談して捜索願いを出した後、団長からは身内の捜索には関わらせられないと口論になった。調査が少し進んだ後は途中報告すら情報を拒否された。冒険者ギルドに載せた人探しの依頼も何ひとつ情報が無いままだ。


 今はどこにいるのだろうか。

 どうしていなくなったのか。


——貴方様がそれを望むのならば、私は全て叶えます——

——……でも、私は……今の私は昔と何ひとつ変わっておりませんわ——


 急に意識が濁ってぼやけていった。















 スワンは荒い呼吸と共に咳き込み、目が覚める。まるで長い素潜りから顔を出した後のようだった。

 そんな彼女に近づいて来たのはひとりの見知らぬ男性だ。

 ゆっくりと歩いて目覚めたばかりの彼女に声をかける。


「おはよう、ピットマン。気分はどうだ」

「ここ、は……?」


 スワンはすっかり酔いは覚めたようだ。まるで生まれ変わったかのような目覚めに目を白黒させている。

 しかしあまり気分の良いものでは無かったようで、咳が止まった後も口に手を当て眉を顰めていた。


 スワンはベッドから身を起こす。

 眠っていた場所はレッドアゼリア騎士団の医務室だ。


 近くに立っている男はレッドアゼリアの騎士の変更前の制服を着用していた。スワンの両親が着ていた制服と同じだ。制服が変更されたのはここ数年の事ではあるが、彼が変更前の制服を着用している事に彼女は警戒を高める。


「安全な場所だ。手足は動くか?」

「手足?」


 スワンは手足を伸ばし、くまなく確認する。打ち身や切り傷はひとつもない。動きにも違和感は何もないようだ。


 スワンが手足を確認しているその様子を男は凝視していた。


「……動きます。問題ありません」

「それは良かった。何かあったらすぐに知らせるんだ」


 オリヴィエと名乗った男はやけにあっさりと背を向ける。

 そしてすぐに机に置いてあった物を片付け始めた。


 机には一際大きく頑丈な箱が置かれていた。男はその大きな体を壁にしてスワンからは見えないように隠す。


 よほど見られたくないものなのだろう。


 バチンバチンとオリヴィエは頑丈な箱に何重にもロックをかける。


「また取り替える」


 バチンと、彼は最後に大きく音を立てて閉じた。


「取り替えるとは……?」

「異常を感じていないのなら気にしなくて良い」


 オリヴィエは背を向けたまま。スワンには平坦な言葉が聞こえるのみで、男の表情は全く見えない。


 スワンはそんな読めないオリヴィエの様子に目を細める。

 そして、ふと先ほど自身の姓を呼ばれたのを思い出した。


 スワンは先ほど目覚めたばかりでオリヴィエに名乗っていなかった。だから自身の名前を男に伝えた人物がいる。


 医務室の中にはオリヴィエとスワンの2人だけ。

 外に誰かがいる気配も無い。

 

 レストがこの場には居なかったのだ。


「っ、私の側に男性がいませんでしたか?! 髪は金色で身長は私と同じくらいか少し高い冒険者で……」

「彼は別の場所に居る。ここよりもずっと安全な場所だ」


 くるりと振り返ったオリヴィエは真剣な表情で、話があるのだとスワンに向き合った。

 スワンは突然の彼に真摯さを感じ、戸惑いを覚えたのだった。




















 俺はレッドアゼリアの町にある塔のひとつに連れられて来ていた。


 あの後、オリヴィエと名乗った男がスワンの手足を直すと言ってスワンをレッドアゼリアの騎士団へ連れていったのだ。


 俺は付き添おうとした。したのだが、続けてやって来た2人のゴツい騎士に両脇を固められ、彼らそれぞれに腕を掴まれて避難所とやらに連れられていた。

 真剣な表情の彼らは俺の様子をしきりに確認して目配せしあっている。


「えっと、俺は怪我してないからひとりで歩けます」

「何を言う。あんな事があったんだ」

「気づかない内に疲労は溜まっているものだ」


 左右からの筋肉にガッチリ腕を掴まれて足が浮いている。

 何故こんなにしっかり掴まれているのだろうか。オリヴィエやこの2人も騎士のようなのもあって、まるで逃げ出さないように捕まえられている気分だ。

 せめて自力で歩かせてくれ。


「いやいや、足が浮いてると逆に疲れる気がしませんか?」

「避難所まであと少しだ」

「それまで踏ん張るんだ」

「足が踏ん張る地面から遠いんですが……?」


 この2人の騎士は俺より頭二つ分ほど高く、身長が大きいという事に気づいてくれているだろうか。何度か足が浮いているのだと訴えているが、全て聞き流されているような気がする。


 そうして最早無理矢理連れて来られたこの塔は騎士団の所有している建物のようだ。入ってみると非常にセキュリティの厳しい場所のようで、2人の騎士がなにやらカードを翳して入り口を開けていた。中にも閉ざされていた壁のような扉が何枚もあり、それを2人の騎士が手を翳して開いたり、物理的な鍵や番号に入力して進んでいく。床には魔法が発動しているであろう陣が薄らと光っていた。


「ず、随分と厳重なんですね」

「ああ」

「当たり前だ」


 ずんずんと先に進む2人に運ばれてついた先。

 ここだ、と連れられた塔の中の一室は鉄格子の扉が付いていた。


 凄い。中で誰が何をしているのか丸わかりな部屋だ。


「なんかここ牢屋っぽくないですか、ってうぉ?!」


 2人の騎士は鉄格子の扉の鍵を開けて、俺を中へと放り込み、またすぐに鍵を閉めた。


「ぇ」

「ゆっくり休め」

「他にも居ないか調査してくる」


 また来るからな、と2人の騎士はそう言って足早に去っていった。

 鉄格子を握りながら頑丈な扉の向こうに消えていく2人の騎士を呆然と見送る。


 部屋には先客の男女がひとりずつ居た。

 2人とも手を拘束されて首輪に繋がれている。


「……ひ、避難所…………?」


 そんな訳ないだろう、と初老の男性が暗い口調で俺に返答したのだった。

次回の本編 3659文字(直前に少し見直し出来たら若干変わります)

11/11(土) 7:00予約更新完了

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