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落ちた太陽

 スワンの冒険者登録を終え、俺たちはレッドアゼリアの町へと向かっていた。俺はふらふらのスワンを支えながら、だらりと下げられた彼女の手を観察する。


 スワンの手や指の怪我は跡も残らず綺麗に治っていた。実は冒険者登録の時にスワンはナイフで手を切ってしまったのだ。そのあとスワン自身で治療をして治していた。

 魔術は凄い。

 スワンは治療の間もずっと酔っ払った状態だったが、魔術の発動は非常に安定していた。いつも使用していて慣れているのだろう。


 どうしてスワンが手の怪我をしたのか。

 それはギルドで冒険者の新規登録の時に遡る。


 俺とスワンでギルドに入った時、ロンジがカウンターで暇そうにしていたので、スワンの登録を頼みに行ったのだ。


 あの時は——




『とうろくする人は、血がいるんだね』

『少しだけだがな。準備するから待っ……『ないふはあるよ』……って、おい!?』


 ロンジも俺も止める間がなく、スワンがナイフを握り締めていた。キツく握りしめていたようで、スワンの手からはぼたぼたと血を垂れ流していた。


 血を垂れ流した手をロンジに差し出すスワン。


『あははは、おさけのんだから血もいっぱいだ』

『血と酒は別だぞ、スワン?! ナイフ取れロンジ!』

『クソッ! このっ、酔っ払いめ!!』




 ——そう、あの時は俺がスワンの差し出していた腕を取り、ロンジがスワンのナイフをもぎ取って回収した。登録自体は出来たものの、ギルド内ではもっとやれとヤジを飛ばす冒険者が大勢いて本当に大変だった。


 ギルドで昼に酒を呑んでるやつらが多すぎるだろ。ほんと何してんだ。


 だが無事にスワンの登録は出来た。後はレッドアゼリアに行くだけだ。スワンはまだ酔っていて足取りはおぼつかないが、転移陣を使うので歩く距離はそうないのだ。スワンの今の状態であっても、休みつつなら問題ないだろう。


「スワン、立ちくらみは無いか?」

「おさけ飲んだらへいき」

「それは平気じゃない」

「っふははは、レストはおもしろいね」

「どこがだ?!」


 そんな時、新しく買ったデバイスがメッセージの着信を知らせてきた。画面表示を見ると、メッセージはイースからだった。


「メッセージ? 何だ?」


 俺は新しく買ったデバイスを開いて内容を見る。


 因みにこれはさっき新しく買ったデバイスである。最近使い捨てになっているので今度こそ大切に使いたいものだ。……本当に今度こそ壊さないからな。

 

 この新しいデバイスを使って、早速イースに連絡をつけておいたのだ。

 もちろん内容はスワンのパーティー加入について。

 イースには詰所に居た元騎士の女性スワンをパーティーメンバーに誘った事を伝えた。俺たちのパーティーメンバーになるのは大歓迎だとイースは言っていたが……。


 ……どうしてか、通信越しのイースの返答の音量が途中から段々と大きくなっていったのだ。俺がデバイスの設定を弄った訳ではない。イースがいつもとは違う反応をしていたのだ。それに俺の言った内容をそっくりそのまま口頭で繰り返していたが、誰か近くにいたのだろうか?


 スワンもイースの反応で何か思う事があったのか、眉尻を下げている。


「いーすは騎士がにがてなのかい?」

「いや、別に騎士が苦手だとかは聞いてないな」

「そうかあ」

「心配しなくても、スワンの加入は歓迎してたぞ。ほら、メッセージには『2人とも要件は早よ済ませて帰れ』だってさ。それよりアールだ。あいつ返事がないが何してんだ……?」

「つきあわせてすまないね。用はすぐにすむ」

「いや、いいよ。けど酒は呑まずに帰るぞ」

「私のけつえきはひつようだ」

「酒は血液じゃない。それに酒よりも夢中になれるもの、知りたく——と、着いたな」


 ようやく転移陣のある建物の目の前に来れた。

 中に入り、いくつかある転移陣を横目に、俺は近くに立っていた職員を見つける。


「すみませーん。レッドアゼリアへの転移陣はここであっていますか?」

「ええ。レッドアゼリア行きをご希望ですか?」

「はい、俺と彼女の2人で」

「レッドアゼリア行きを希望される方には確認項目があります。こちらを入力して下さい」


 渡されたタブレットには現住所と居住期間、そして過去のレッドアゼリアへの訪問回数と滞在日数を入力する欄があった。今まで転移陣を何度か使った事があったがこんな質問などは無かった。何故この質問をされているのだろうか。


「なんだこれ、今の住所……? この質問は……?」

「現在一部の方々がレッドアゼリアの町から出られない状況になっておりまして……関連性は未だに不明ですが、レッドアゼリアに長く住んでいた方々がその傾向にあるようです。けれども、じきに解決すると思いますよ」

「じき解決するって、何か進展があったのか?」

「ええ、解決にあたっては——」


 "魔術師ベクター様が尽力してくださっているとか"


「レッドアゼリアでベクター様のお姿を見たという人もいるみたいで。実は私、彼のファンなんですよ! 私昨日までレッドアゼリアの職員だったのに移動のタイミングが悪くてここに……私、悔しくて悔しくて……。だって今日ベクター様が秘密裏に活躍するんですよ……! お達しでは、今日までに町から出れる人は出ておくように、とレッドアゼリアの騎士団から町中に連絡されてたんです。だからきっとそうに違いな……あっ、でもあくまで噂ですよ?」

「へぇ。あぁ、2人分入力しました」

「ありがとうございます」


 べくたーにくわしいんだねぇ、とスワンは眩しそうに職員へ微笑んでいた。

 職員はあくまで噂だと言っていたが、ベクターが居るのなら少し探してみるか。


 そんな風に思いつつ、俺とスワンはレッドアゼリアへの転移陣に乗ったのだった。
















「ここがレッドアゼリアか。自然が豊かなんだな」


 転移陣により転移した後、建物の外に出ると湿っぽい空気を肌に感じる。周囲は水たまりの様に見える沼地があちこちにあった。建物は沼地を避けて建てられているようで、密集している場所や、ポツンと建っているなどまばらだ。町を見渡すと低い建物が多く、5つの塔が一際目立っている。

 そこかしこの沼地には渡るための橋が浮かんでおり、迷路のようになっていた。これでは迷ってしまいそうだ。


「あるくばしょを間違えたら、ぬけだせないよ」


 見た目がただの地面でも緩くなっている場所があるらしく、慣れた人でも沼にはまって抜け出せなくなるらしい。


「こんな所に家建てられるのか……?」

「硬いじばんにとどくまれ、どだいを地下につくってるんだ」


 のせただけの家はすぐに傾いてしまうらしい。そのための対策で大抵の家はある程度の深さの地下室があるそうだ。あの高い塔も地下があるらしい。

 少し酔いがマシになったのか、ひとりで歩けるくらいになったスワンが前へと進む。


「はやくいこうか」

「あぁ、さっきの職員からも言われたしな」


 レッドアゼリア側の職員は俺たちが転移してきた事に驚いていたのだ。今日の午前に町を出れる人は出ておくようにと、直前で時間が早まったそうだ。


「ん?」


 デバイスが震える通信が来たらしい。俺はスワンの背を追って歩きながら、通信を繋げる。

 繋げた瞬間にノイズ混じりの怒号が耳に飛び込んで来た。


『レスト!! 早クそこカらデロ!!!!』

「——っぅお、アール? どうし『ハ、ヤク!』……。分かった」


 デバイスの通信を閉じて、前を歩くスワンの手を握る。振り返ったスワンは不思議そうにしている。


「スワン」

「れすと? なにかあったのか?」

「今すぐ帰ろう。嫌な予感がする」

「? けれど……」

「頼む」


 明らかに困惑するスワン。当たり前だ、ここまで来ていきなり帰るなんておかしいのだ。俺だって分かってる。


 しかしアールの通信を聞いてからというもの、俺の中で警戒心がありえないくらい急激に高まっていたのだ。


 何に対してなのかは分からない。

 けれどただならぬ雰囲気を全身で感じ取っていた。


「スワン、今日は辞めておこう」

「そう……か。そうだね、むりはよくない」


 スワンが今から帰るのは嫌だとは分かっていた。今でも彼女は帰ることに納得していない。

 俺は足取りの重いスワンの手を強く握り、足早に転移陣まで戻る。


 転移陣のある場所には人がまだそこそこ残っていた。どうも今日の午前までに出ておくようにという通達を聞き逃していた人たちだった。周囲の人々が口々に話す会話から、おそらくここにいる人たちが転移すれば、ほぼ全員外に出たことになるようだ。


「まだ結構人が残ってたんだな」

「……そうだね」


 スワンはずっと上の空だった。ついさっきあった職員は俺たちの事を覚えてくれたようで、ほっとした表情をしている。


 俺とスワンは人の流れに乗り、転移陣を踏む。足元の陣から光が輝き出した。


「帰ったら一杯だけ付き合うよ」

「さっきまで、だめだっていってたのに」


 ははは、とスワンは力無く笑った。


「それよりずっと気になってたんだが、"おさけよりも夢中になれるもの"をおしえてくれないか?」


 眩い光が一層輝き、視界が全て白で埋め尽くされた。良かった。何だか分からないが町から出るのは間に合ったようだ。

 お酒よりずっと夢中になれる美味しいもの。スワンなら食べられる気がする。スワンを宿に招待して一緒に饅頭パーティーをしよう。


 転移陣の眩しさで閉じていた目を開けば、ブルーローズの町だった。


「もちろん。一緒に食べ………………スワン?」


 俺は横を向いた時、そこに立っていたはずの人物が居ない事に気づいた。


「は? え?」


 強く握っていた筈の俺の手は何も掴んでいなかった。周囲は転移後の人が出口までの流れを作っている。


「スワン! スワンどこだ!?」


 転移の終わった人々の流れを掻き分け、スワンを探す。何度見ても、どこを見てもスワンは居なかった。


「どうなってんだよっ!?」


 混乱しながらも近くに立つ職員に向かって走る。


「すみません! 俺と一緒にいた髪の長い女性を見ませんでしたか?!」

「いえ見てな……もしかして取り残し……?」

「取り残しって何だ?!」


 レッドアゼリアから出れない人は転移陣での転移が出来ないらしい。つまり——


「まだレッドアゼリアに居るんだな?」

「少々お待ちください。向こうの職員に確認をとります」

「俺が行く」

「え? いやそれは……」

「転移陣を発動させてください!」


 俺の勢いに押され、職員は転移陣にてぱたぱたと発動準備をする。すると脳内で負荷がかかり、ノイズ混じりだがアールの声がした。


『何シテル……ヤメロ! 行くナ!!』

「スワンを置き去りになんて出来るか!!」

『コのバカ野郎ガ!! クソッ!』


 転移陣から光が溢れて周囲を埋め尽くす。転移の時間はほんの一瞬だった。


 目を開けばすぐ真横に困り顔のスワンが立っていた。


「れすと」

「スワン! 無事で良かった」


 俺を見て驚くスワン。

 近くでスワンに聞き取りをしていた職員も困ったようにタブレットを弄っていた。


 良かった、と安心した時だった。

 転移陣が発動していないのに周囲が光が溢れてきた。

 光の発生源は外から。

 轟音が聞こえ、周囲が光で満たされる。


 太陽が落ちている、と誰かの声と共に。

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