スワン勧誘
「騎士を解雇されたって何で!?」
「あはは、にゃんでだろうなぁ。はは」
「スワンが何かした訳じゃ無いんだろ?」
「……」
俺の言葉にスワンは少し驚いたようなそぶりを見せた後、一層楽しそうにけらけらと笑った。
「なーんにもわからない」
「分からないって……解雇の理由がか?」
「そう。きしだんほんぶから解雇の書類がきただけ。くわしいことは、なにもきいていない。かいこだけしか、かいていなかった」
「それだけ!? 説明が何も無いなんておかしいだろ?!」
聞いて驚いた。解雇の通達と手続きの書類だけで、何一つ理由が書かれていなかったようだ。
俺は騎士の内部事情は詳しくないが、理由が無ければ納得など出来ないだろうに。詰所で欠けた鏡をスワンへ渡した時は解雇される予兆なんて何一つ無かったぞ。
俺の言葉にスワンも頷く。感じた事は同じだったようだ。理由について何も説明が無いなんてありえない。
「だんちょーに理由をききにいったよ。らんどもなんども」
「何て、言われたんだ?」
「あえなかった。いつも出張、いつも不在だった」
「いつも? そんな事あるのか?」
休暇や出張の予定など無かったよ、とスワンは水のグラスを掴んで握る。
スワンはあらかじめ団長が空いている日を見計らって騎士団へ訪問していたようだ。それなのに会えないのは流石におかしいだろう。
「……そのへんの騎士にいわれたよ。わたしはもう、かんけいしゃじゃないってね」
あのくそ野郎、とスワンの口から低い音が漏れ出る。
そして彼女は水の入ったグラスを一気に煽り、叩きつけるように机へ置いた。
水だ、とスワンは座った目で呟いた。
目つきが怖い。
ずっと笑顔だったからすぐには気づかなかったが、スワンの内心は随分と荒れているようだ。理由無しに解雇となれば、そりゃ酒を飲みたくもなる。……既にかなりの量を呑んでいるのが心配でならないな。
酒よりも愚痴を言ってストレスを発散した方が良いだろう。
「関係者じゃ無いって何だよそれ……大変だったな。愚痴でも何でも聞くよ、話したらスッキリするだろ」
「ぐち……やまほどある」
そんな時、タイミングが良いのか悪いのか、注文したものが届いた。
「お待たせ致しました」
テーブルに並べられたのは、グラスに注がれたワイン、パンのような見た目のスイーツとジャムだ。
この腹が膨れそうなスイーツで腹を満たせばお酒の量も減るだろうか。
スワンの方を見ると空っぽのワイングラスを店員に返している所だった。
「ついかで、もういっぱい」
「かしこまりました」
「いつ呑んだんだ……?」
目を離したのはほんの一瞬だったのに、呑むところなど見えなかった。俺は追加注文を止められなかった。
「呑むのが早すぎる」
スワンは水を飲みながら届いたスイーツの皿を俺の方へとずらしてよこした。
「あじの感想おしえてくれ」
「食わないのか?!」
「うん……? すまない。私はおさけを呑んだら、あまりたべれないんだ」
そういった体質もあるのか。知らなかったな。
それなら、よく分からないパンのスイーツは俺が食う事にしよう。
皿に置かれたパンらしきスイーツを手に取りまずは一口。
……なんだかパサパサしている。
「乾燥したパンの味がする」
「ぱん? ふ、ははははっ、そうだな。ぱんだな」
俺の下手くそな感想にスワンは腹を抱えて笑う。俺の感想の笑えるところはよく分からないが、楽しそうなスワンに釣られて俺も笑ってしまった。
「でもこのパン、なんか物足りないな」
「じゃむをつけてたべんるんだよ」
そうだったのか。
言われた通り、ジャムをスプーンで掬ってパンにつけてみる。
少しマシにはなったが、あまり食べた気がしなかった。饅頭が美味すぎるだけなのかもしれない。やはり饅頭が1番だ。
そういえばアールからは饅頭以外食べるなと言われていたのだった。しまったな、バレればアールに怒られるだろうか。
店を出たら饅頭を多めに食べておこう。
それにパーティーメンバーを募集も進めておかなければ。世界は饅頭で埋め尽くされてしまう。
俺はふと閃いた。
……メンバー募集だ。
俺はスワンを見つめる。
「……スワンはこれからどうするんだ?」
「ろうしようか」
無職になってしまったな、とスワンは氷の入ったグラスをカラカラと揺らして遊んでいた。
「スワン」
「ん?」
「冒険者にならないか?」
「……私が、か?」
予想外の事だと言わんばかりに彼女は目を見開いている。
「俺のパーティーに来て欲しい。魔力を扱えるメンバーを探しているんだ」
「私は魔術師ではないよ?」
「パーティーで持ち物の共有ができる魔道具を扱える人を探してるんだ」
俺はアイテムボックスに入りきらない物が多いのだと、具体的に言えば店を開けるほど饅頭が多いのだと伝えた。……因みに饅頭が動く事は言っていない。
「れすとのパーティーかぁ」
スワンの反応を見る限り、悩んではいるものの、冒険者になる事に抵抗はなさそうだった。
「ぼうけんしゃ……かんがえた事なんて、なかったなぁ」
饅頭はまだ溢れるほどにある。食えるメンバーの募集は必須だ。しかし饅頭が食える食えないに関わらず、饅頭を入れる容量が増やせる人でも嬉しい。つまり魔道具を使える人であるなら大歓迎だ。
……饅頭が動くのだと、いつ言おうか。
色々と悩む事が多い。なんせメンバー勧誘は全て俺に任されているのだ。
アールやイースにはどんなメンバーが良いのか、ある程度の希望は事前に聞いている。
宿屋内でアールに聞いた時は確か……。
『新しいパーティーメンバーを勧誘するなら、アールはどんな奴が良い?』
『ボクの意見は変わらんヨ。レストが選んだ奴なら誰でも良イ』
『良いのか。……本当に良いのか?』
『オウ』
アールは毎回誰でも良いのだとしか答えない。面倒くさいから丸投げしている気もするが、きっと俺の意思を尊重してくれてもいるのだろう。恐らく。
また、イースに聞いたのは最近の事だ。ブルーローズへの帰り道の時のこと。
『新しいパーティーメンバー募集する時、イースはどんな奴を誘いたい?』
『まともな奴。良識さえあれば誰でもええよ』
『……りょう……しき……? どうやって探すんだ……?』
まともな奴ってどうやって判別するんだろうか?
イースに聞いたところ、アールみたいな奴が増えると収拾がつかないから駄目だと言っていた。それもそうだ。理由は納得できる。でもアールに似た奴はそうそういないから大丈夫だろ。
アールの誰でも良い発言はひとまず置いておいておこう。
イースは良識のある人なら良いと言っていた。俺が知っている中で良識のある人を挙げるのならば、間違いなくスワンだ。
全裸の不審者(俺)が森からやってきても丁寧で親切だったし、足の怪我も治療してくれる優しい人だ。
もし可能ならばパーティーに入ってくれると俺は嬉しい。
スワンが考え事をしている時、店員から再注文のワインを受け取っていた。
スワンはワイングラスを揺らし、揺れる水面を見つめながら考えているようだ。
しばらくの沈黙ののち、スワンはくるくる回すワイングラスをピタリと止めた。
「やる」
そう言ってスワンは持っていたワインを一気に飲み干し、ひとつ息を吐いて俺に目を合わせた。
「れすとのパーティーにいれてくれ」
「良いのか!?」
「よろしく」
「あぁ! よろしくな!」
4人目のパーティーメンバーだ!
良識があり、魔術が使える人材だ。とても頼もしい。
なんせまんじゅう屋のパーティーメンバーは俺を含めて3人とも魔術が使えない。アールは魔石が無いから魔術が使えず、イースは魔術の発動が上手くいかないと言っていた。そして俺はようやく魔石を手に入れたものの、まだ魔術を発動させたことはない。
そうだ、スワンに魔術を教えて貰えないだろうか。俺だって魔道具を使えるようになりたいのだ。
「良かったら何か簡単な魔術を教えてくれないか?」
「ふぅん……かんたんな、まじゅつかぁ」
スワンはジャムの入った小鉢を見て、懐かしむように目を細めた。
「そのじゃむ、きれいにとれる魔術があるんだ」
「へ? ジャムを取る魔術??」
「"天地の交差"」
ジャムの小鉢を持つ俺の手の上から、スワンは手を重ねる。するとジャムがゆっくりと宙へ浮き上がる。
「おわっ! 浮いた!?」
「ははは、かんたんだから、れすともできるよ」
とにかく浮かせるイメージを作るそうだ。浮いていたジャムはゆっくりと小鉢に落ちてくる。
スワンの手が俺から離れる。
「さっきのかんかく、そのままでやってごらん」
「分かった」
俺は持っていた魔石を手に取る。
初めての魔術だ。
ちゃんとジャムを浮かせてやるのだ。目を閉じて先ほどの感覚を思い出す。
「浮くイメージ……浮く、"天地の交差"……あ、出来た……ってスワン!?」
「ワインもういっぱい。れすと、うまくいったな!」
「かしこまりました」
案外サクッと魔術を発動出来た。しかし魔術が発動した時の興奮は束の間だった。
俺が集中している間にまたワインの追加注文がされていたなんて……してやられた。俺の感動すべき初魔術の興奮が吹っ飛んだ。
スワンはにこにこと笑みを浮かべている。
……ワインは後一杯だけなら良いか。
「頼んだ分を呑んだら出ようか。あぁ、そういえばスワンは冒険者登録はしてるのか?」
「まだしてない。今日とうろくして……あと、はかまいり寄っていいか?」
再就職の報告をするのだとスワンは言う。でもこの後に冒険者登録をして墓参りに行くと日が暮れてしまいそうだ。それにこんなに酔っ払った状態で大丈夫だろうか。
「墓参り? 今日は酔ってるし明日でも良いんじゃないか?」
「いくのはきょう、じゃないと」
「……そうか、分かった。俺もついて行く」
「すぐにおわるし大丈夫だよ」
「別の場所で酒を呑まない?」
「……呑む」
「呑ませない。墓参りするんだろ?」
目的地まで辿り着けるか怪しかったので、俺はスワンの墓参りに付き添うことにした。
「墓参りの場所はどこなんだ?」
「レッドアゼリアだよ」
丁度今日ノエルから聞いた町だ。きっと大きな町なのだろう。
そうして俺たちは飲食を済ませて席を立ったのだった。




