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クビ、つまり解雇

 床の転移陣の煌めきが一層強くなる。光が収まり、目を開くと陣の外の景色はガラリと変わった。同じ服を着た人々が多く歩いていたのが、色とりどりで涼しげな服装の人々が多く歩いている。

 見慣れた景色。ブルーローズに戻ってきたのだ。

 一緒に転移した人々は陣の外へと向かって歩く。俺も人の流れに乗って歩みを進めた。


 俺は転移陣のある建屋を出て、ブルーローズの町中をのんびりと歩く。


 俺は饅頭を食べながら、考えを巡らせる。


「"接触転移が弾かれた"か」


 ノエルはベクターの元へ接触転移しようとしたら弾かれたのだという。これは初めての事らしいが、それもそうだ。勇者であるノエルのスキルを弾ける人なんて殆どいないだろう。もし魔術で弾く事が出来そうな人物が居るなら、間違いなくベクターくらいだとノエルは言っていた。


 そもそもノエルは個人の元への接触転移をなるべく避けていると言っていたが、今回は何故ベクターの元へと転移したのか。

 聞けばどうやら、俺がきっかけだったらしい。

 ノエルは俺の足の件でベクターに連絡しており、返事がこない事に疑問を抱いたのだそうだ。ベクターはいつも返事が遅いのだが、今回はいつもと少し違う、と。


 ベクターはマメに返事をするタイプでは無く、いつもデバイスをほっぽり出しているらしい。

 けれどあまりにもほったらかしの時はベクターのデバイスから助手が代わりに返事をするそうだ。


 今回は助手から代わりの返事がなかった。


 そこでノエルから直接助手に連絡をしたとのことだ。

 "ベクターと連絡がつかないけれど、どうしたのかい?"、と。


 しかしベクターの助手からの連絡がなかった。ベクターやその助手の所属する魔術研究所にも問い合わせたらしい。魔術研究所の職員達も2人と連絡が取れず困っていたそうだ。長期の出張に行ったっきりでいつ帰るのか分からないと。


 その為、ノエルがベクターへ接触転移しようとした。


 スキルの発動は確実に出来た。

 しかし何度やっても弾かれる。


 ベクター達がいつ帰るのかどこに行っているのかすら不明で、ノエルのスキルも使えない。それにどんな魔術で居場所を探そうにも何の手がかりも無いらしい。完全にお手上げ状態だ。


 もしベクター何か研究で集中していてノエルのスキルを弾いているだけであれば、それで良いのだ。けれど魔王を倒してからずっと音信不通だというのはおかしい。事件に巻き込まれた可能性がある。


「何か手掛かりを見つけたら知らせてくれ、か」


 何度首を捻ったとしても思い出せないものは思い出せない。なんせ俺自身の情報すら頭からごっそり抜け落ちている記憶喪失なのだから。


「遭遇したらベクターって分かるか……?」


 ノエルからベクターが映された画像データを見せて貰ったものの、手振れが酷く詳しい事は分からなかった。写真嫌いのベクターを奇跡的に映したものだ。画像データも画質の悪い2枚だけだった。


 ようやく分かったのはベクターは身長が高く、髪の長さが腰まである男性だという事だ。画像データを見るより、ノエルから口頭で伝えられた特徴の方がイメージはつきやすかった。


「髪が長くて……身長が高い……」


 この町に居るわけが無いと思いつつ、ブルーローズの町中で歩く人々をじっくりと観察する。


 あそこの身長が高い人物は……スキンヘッドの冒険者だ。良く見かける人物だ。間違いなくベクターでは無い。


 屋根の上にいるローブを着た男性は……髪が短い。近くにも複数のローブを着た人物が壊れた屋根を見て何やら話している。確か始祖竜が壊した廃墟だな。あれらの集団の中で腰まである長い髪の男性は居ないようだ。


 見慣れた町をいつも以上に観察しながら歩く。こうして見ていると、俺自身も誰かに見られている気がする。何故かガタイのいい男性とよく目が合う。いつもこんな風に見られていたのだろうか?


 ふと、少し遠いが道を挟んだ向こうに髪の長い男性魔術師らしき人物が歩いている、気がした。


 ベクターらしき人物につい気が取られ、近くで開いた扉に気づけなかった。

 俺は店から出てきた人物とぶつかってしまった。


「っと、すみま……」


 ぶつかった人物を見て思わず言葉が途切れた。

 探していた人物と特徴が似ていたのだ。


 身長は俺と同じくらいの人。一般的には高い方だ。

 ゆらりと揺れる長い髪は腰まであった。長い髪は整える余裕が無かったのか乱れている。


「はっはは、ひめん(地面)とぶつか——? あぁ、ひと! 人か! ぅふふ、ふ、ふまないね」


 朗らかな言葉と共に強いアルコールの匂いがした。出てきた店は酒を取り扱っている。昼間から大量の酒を飲んでいたのだろう。


 声は女性の声だ。全然違う。ベクターでは無い。


 しかし、俺は顔を見て驚いた。


「す、スワン!?」

「おや、れすとじゃないか?」


 勤務中のスワンしか見た事が無かったから気が付かなかった。私服姿のスワンはシャツに足にピッタリ沿ったズボンを着用している。髪は下ろしており、少し頬が赤い。


 楽しそうに笑う彼女が突然大きくよろけた。慌ててスワンを抱き止める。俺の腕を掴んだ後、何故か彼女は小さく笑った。


「いまから、いっしょにのまないか?」

「スワンはかなり酒を飲んだ後だろ??」

「あははは、ひょこまでのんれないよ」


 ひとりで真っ直ぐ立つ事も出来ないくらいには飲んでいる。どう見ても家まで帰れる足取りじゃあ無い。


「と、とにかく何処か休めるところに行こうか」


 スワンを肩で支えながら、俺は近くのカフェへと向かっていった。




















 こういった店ならお酒が置いていない、気がする。いつも飲食している人を眺めるだけだが多分そうだ。カフェテラスに座り、店員から受けとった水をふたつともスワンに渡す。

 俺はメニューを眺めてみた。


「……どれも分からん」


 俺に饅頭以外の料理なんて分からない。けれど写真ならなんとなく何が出てくるのかは分かる。

 座ってスワンは少し落ち着いたようだ。店員に向かってゆっくりと注文をする。


「わいん、ひと樽で」

「……樽でのご提供はしておりませんでして、グラスでのご提供となります」

「え、ここって酒置いてあるのか?」


 カフェに何で酒があるんだよ。

 俺が通った時はワインを飲んでる人なんて見た事ないぞ。


「じゃあグラス5杯……」

「待った待った。せめて注文は1杯だけにしようか」

「? 1杯だけ? すぐなくなるじゃあないか」

「えーと、ほら。一気に頼むと飽きるかも知れないだろ?」

「ふぅ……む、そぅか?」


 さっきの店ものみつくせたからなぁ、とスワンが悩んでいる。俺はその隙に数の変更をしておく。

 バレていない内にメニューをスワンの目の前に見せてみた。


「飲み物より何か食べた方が良いだろ? ほらコレとかどうだ?」

「それが、良いのか?」


 俺が示した写真のものをひとつ頼んで注文を終わらせ、店員が去っていくのを見届ける。


「今日スワンは休みなのか?」

「あぁ、やすみだよ。くびになったんだ」


 スワンは相変わらずにこにこしているが、俺の思考が止まった。

 今スワンはなんて言った?


「クビ」


 話の流れから汲み取ると嫌な予感しかしない。

 カランと氷が溶ける音が妙に大きく聞こえた。


 スワンは固まった俺を見て、ひとつ頷いた。記憶がないとはふべんだな、と言った彼女は言葉を続けた。


「きしを解雇されたんだよ」


 ははは、と笑顔を崩さずにスワンは告げたのだった。

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