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足と魔石

 教会の大倉庫内を歩き回り、ひとつの扉の前に着いていた。ノエルが扉に手をかざすと分厚い開き、ヒヤリと冷たい空気が流れてきた。

 開かれた扉の前、そこには大きな白いドラゴンが存在している。


 何度も目にしたドラゴン——守護竜シルヴィアヴラム。


 首と胴は離れ、今は確実に動くことはないだろう。俺とノエルは部屋の中に入り、シルヴィアヴラムへと近寄る。すると置かれたドラゴンの亡骸の前には何かが置かれているのが見えた。


「シルヴィの体内から発見された物だよ」

「……」


 いつのまにか歩く足が速くなっていた。俺自身、心が落ち着いていない事は理解していた。

 そして前へ近づくにつれ、そこに何が置いてあるのかはっきりと見えてくる。


 予想なんて前々から出来ていたのだ。けれどこうして目にして見ると信じたくないという気持ちが溢れていた。

 見れば自覚してしまう。


 これが現実なのだと。


「足だ」


 亡骸の前に置かれていたモノは人の下半身だった。装備が砕けてただの金属片となっており、破れた布がまとわりついている。


 これが俺の足なのかどうかは……正直言って分からない。


 置かれた下半身の直ぐ近くには小物がいくつか置かれていた。破壊されたデバイス、冒険者タグ、真っ黒な石だ。


 屈んで冒険者タグを手に取る。

 タグに刻印されていたその名は。


「"ヴェンジ・スターキー"」


 血がこびりついたタグには間違いなくその名が刻まれていた。記憶を失う前の、俺の名前だ。


「デバイスも君のものだと判明したよ」


 俺は冒険者タグの隣にあったデバイスだったものを手に取る。外装は割れてしまい、内部の細かな部品がこぼれ落ちた。

 俺の物だとノエルは言うが、こんなに壊れていれば誰のものか分からないんじゃ無いだろうか。


「どうして俺のだって分かったんだ?」

「デバイスの内部メモリは無事だったんだよ」


 聞いてみると、壊れていなかった部品からデータを取り出せたそうだ。取り出したデータを調査して俺の物だと判明したらしい。

 デバイス内部の調査方法は説明されてもよく分からなかったが、こんな金属片でも案外分かるものなんだな。

 バラバラのデバイスを見ながら思わず感心した。


 つまり、下半身の側に置かれた冒険者タグとデバイスは俺のものだったというわけだ。

 そして一緒に並べられている黒い石についても予想はつく。


「じゃあここに置いてある黒い石は……」

「そこの半身から取り出した魔石だよ」

「……取り出した魔石、か」


 俺は黒い石を見つめる。


 これが魔石。

 画像では見た事があったものの、やはり肉眼で見るのとは違っていた。


 目の前の魔石はつるりとした表面をしており、形は少々歪である。特に欠けたりはしていない。大きさは手のひらに収まるくらいだ。


 こうして見てみると本当にただ綺麗な石だ。

 けれど身体から出てきた石なら魔石で間違い無い。

 そして魔石は目の前に置かれた下半身から取り出されたのだという。


 俺が横たわる足と魔石を観察していると、ノエルの緊張した声が耳に届く。


「ヴェンジ、この魔石は君の魔力で満ちているんだ」

「……それじゃあこれは、俺の魔石なんだな」


 となれば置かれた下半身も俺の足という事で確定だ。薄々感じていた通りの結果だった。目の前に証拠が全て揃っている。もうひとつ自身の足があるなんて、不可思議な事実を受け入れざるを得ない。しかし俺は何処かすっきりとした気持ちになっていた。


 すっきりとした俺の心とは反対にノエルの声は固いまま。


「……気づいているよね。今の君には魔力がまるっきり存在していない」


 張り詰めた空気だ。彼は真剣な表情をしていた。


 確かに俺は魔力なんて全く持っていない。しかし魔力は無いが、そんなに困ることはない。日常で使用するようなちょっとした魔術や魔道具が使えないくらいである。体調だってすこぶる良い。


 今の記憶を失った俺が魔力を持っていなくても、何も問題は起こっていない。

 ノエルは何故ここまで真剣な表情をしているのだろうか。


 俺はどう言葉を返したものかと少し迷い、ただ頷きを返した。


「本来なら魔力は全ての存在が持っている"はず"なんだ」

「空気中に魔力が満ちているからだな」


 人も動物も植物も。みな呼吸して体内に魔力を取り入れている。これは望む望まないに関わらない。それが自然なのだから。


「そう。そして魔力には毒がある。魔力の毒を受け止めるのが魔石だよ。だから、魔石が無ければあらゆる生命は生きていられない」


 魔石が無ければ毒に侵され気が狂い、最後は死に至る。


「魔石は身体の中のとても重要な器官のひとつ」


 魔石が無いのは魔族くらいのものだ。

 そうだ、アールもだったか。あいつは自分で身体から魔石を取っていたはずだ。


「それなのに君は生きている」


 魔石が無くとも生きていられる理由なら、俺は知っている。


 そうか、ノエルは理由が知りたいのだろう。

 魔力の毒の影響を受けない理由を。

 分からない事を知りたい気持ちは俺にもよく分かる。


「君は——」

「饅頭だ」

「——何、え?」


 いきなり何を言われたのか分からないと言った反応だった。それもそうだろう。突然饅頭の話をされてもノエルのトラウマを刺激するだけなのだから。

 俺も真剣な表情で言葉を続けた。


「饅頭が魔力を打ち消しているんだ」

「急に変な事を言わないてくれるかい?」


 ノエルが俺をおかしな目で問いかけて来た。

 本気で言っているのかと問われれば勿論本気だと答えるしかないのだが。ノエルは俺を疑っているようだ。


「何故魔力の毒の影響を受けないかって事が知りたいんだろ?」

「うぅん……そうだけれどね?」

「食ってみれば分かるよ、ほら」


 饅頭を取り出して小さく千切り、ノエルへと渡す。残りの大きい部分は俺が食べる。美味い。


「……ここは飲食禁止だよ」

「ぐむっ、悪い」


 饅頭は急いで口に詰め込んだ。千切ってノエルに渡そうとした饅頭も食べた。ノエルが後退りして距離を取るので諦めたのだ。それにしても饅頭美味い。


「俺の事、心配してくれたのか?」

「心配しもするでしょう?」


 君の場合は魔王討伐から問題しか起こってないよね、と半目でじっと見つめられた。

 それもそうか。ノエルからすれば仲間が突如行方をくらませたと思えば、記憶を失っていて、その上さらに守護竜を亡骸にしており、さらに魔石を失った事が判明して、魔力の毒に常に晒されていると気づいたのだ。


 ……うん、とんでもない事になってるな。


「はぁ……少し話は変わるけど、レストはレッドアゼリアの町に足を運んだ事はあるかい?」

「いや、俺の知る限りでは無い。そもそもレッドアゼリアの場所を知らないな」

「君の足、義足じゃないよね?」

「おう、生足だぞ」

「……記憶が無いなら仕方ないね」

「俺の足がレッドアゼリアと何か関連があるのか?」


 勘違いだから気にしないでおくれ、とノエルはただ首を振るのみだった。


「もしかして、レッドアゼリアでは生足がつくれたりするのか?」

「……いや、あり得ない噂話を聞いた事があるだけだよ。君の場合は違うだろうけどね」


 ノエルは予想が外れて考え込んでいるように見える。

 俺の足について考えているのなら、今の足を観察したいのではないだろうか。

 俺は片足を上げて、足の指を動かしてみた。指をばらばらと動かせば、履いているビーサンがゆらゆら揺れる。


「ほら見えるか? ちゃんと指も動く」

「見せなくても良いよ?」

「そうか……」


 今の俺の足は見なくても良いらしい。

 俺は渋々足を下ろした。


「そうだノエル。俺の魔石や冒険者タグなんかは返してくれ。俺の下半身は……持って帰ってもどうするか」


 置かれた下半身を背中に付けて4本足にしてみたい気もするが、口に出すのは辞めておこう。ノエルからとんでもない事をするなと引き留められてしまうかもしれない。


 それに良く考えたら背中に付けるにしても腐っているのは普通に嫌だ。


 なんせ目の前の下半身は長時間ドラゴンに食べられていたのだ。臭いや見た目からしても良い状態では無い事は明らかだ。4本足は駄目だ。でもそれ以外に持って帰ってどうするのだ。


「腐ってるみたいだし、予備の足にも出来ないな」

「君は時々とんでもない事を考えるよね??」

「えっ?!」


 俺は4本足の事は言っていないのに。何故だ。


「念の為言っておくけれど、普通は身体の半分を千切られたら死ぬからね?」

「お、おう」


 俺が驚いてから、より一層ノエルの目線が痛い。


「それにしても君の今の足、ベクターなら飛びつきそうだけれど、返事はあったかい?」

「ベクターからは何の連絡来てないぞ……何かあったのか?」


 ベクターは元勇者パーティーのメンバーのひとりで魔術師だ。俺の記憶を取り戻す為のきっかけになるかと連絡をしたものの、全く返事が返ってこなかったのだ。


 ズボラな性格なのかと思っていたのだが……ノエルの反応を見る限りそうでは無いらしい。


 ノエルは一瞬だけ不安そうに顔を歪める。

 全く連絡が出来ないどころか、接触転移すら弾かれるのだと。

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