レッドアザリアの事件
レストがノエルに連れられて宗教都市に転移していたその一方、ブルーローズの宿屋にて。
イースは笑顔で宿屋の入り口で客に手を振り見送っていた。
「ありがとうございましたー」
宿屋の一階でまんじゅう屋が開店してから暫く、興味本位にやって来た客の胃袋を掴みに掴んだのだ。
今回もまた饅頭がとても美味しかったと客から伝えられ、イースはいつも以上ににこやかな笑みを浮かべた。
その笑みは客が背を向けて去る間も、決して崩さない。
目線は宿の外から様子を伺う人物達に向けてはいけない。
満足そうな客が道の向こうへ見えなくなるとイースは極々自然体を振る舞って厨房へと戻る。
イースが厨房に入ると椅子に座る少女と目が合う。宿屋の少女ティーラだ。少し不安げなティーラが体を縮こませながら椅子に座っていたのだ。
ティーラは厨房に戻って来たイースを見ると、入り口の方へと恐る恐る目線を向けたと思えば何かを見つけて眉を下げる。
「まだ騎士さま、お外に居たの?」
「そんな気にせんでええ。こっちはやましい事はしとらんから」
直ぐに飽きて居らんくなる、とイースはなんて事はないといった態度で返事をする。初めは不安そうにイースと宿の入り口を交互に見比べていたが、ティーラは目線を上げて軽く頷き、徐々に強張らせていた表情が緩んでいく。
「……そう、だよね! あんなに美味しいおまんじゅうだもん。変な物なんて入って無いんだから」
イースの言葉でティーラは元気を取り戻し、椅子から飛び降りる。そういえばお茶が切れそうなのだとティーラが買い出しの為に外へ飛び出して行った。
「行ってくるね!」
「気ぃつけやー」
ティーラはイースへと大きく手を振りかえした。
宿屋の入り口を見張っていた騎士達はというと、見張っていた騎士の内の1人がティーラを追って行ったようだ。
「イノ、買い出しの見守り頼むわ」
イースは小さな声で店先の街灯へと言葉を溢した後に厨房へと戻る。
店内には客が居なくなり、ティーラも買い出しに出掛けて人が少なくなる。
『……た、退屈だから私も買い物行こうかしら』
少しわざとらしくも感じる台詞と共に、店先の角灯から炎が溢れて空へと伸びる。
そうして、ぼうぼう燃える炎は小さくなりながらも、ティーラの背を追いかけていった。
イースは燃える炎の音を耳に入れながら、厨房の椅子に軽く腰掛けてデバイスを弄る。
「さて、何かあったんかねぇ」
暇つぶしに検索するのはここ最近の記事だ。
ここまんじゅう屋は開店したばかりでまだ客が少ない上、小さな通りの立地で目立たないのだ。わざわざ騎士達が見張る理由などあるのだろうか、とイースは画面を操作する。
「これは……」
イースは最新の記事で指が止まる。
ブルーローズで早朝にドラゴンの咆哮が町中で響き、建屋が幾つも崩れていたにもかかわらず怪我人がゼロという不可解な事件が発生していると記事にある。
事件の時間帯には街灯の精霊が反応しておらず、早朝かつ霧が濃かった事もあって詳細が分からず、調査が難航しているとの事だ。
「……」
記事を見たイースは気まずそうな表情で指の動きを止めるものの、息を深く吐いてまた次から次へと記事を探していく。
「……他はおんなじ記事ばっかやな」
ドラゴンの咆哮以外には特にめぼしい最新の記事は無いようで、イースは難しい顔で頬杖をつく。
「そんで、まだレッドアザリアのは解決しとらんのか」
目立つ記事はレッドアザリアの町で起こった事件くらいのものだ。なんせずっと記事のトップを飾ったまま解決していないのである。記事によると住民達が未だ町から出る事が出来ていないらしい。
「問題なんは確か街灯に魔術障壁やったか?」
レッドアザリアの町は街灯に精霊が居着かない事で有名だ。偶に来る雷獣が小さな精霊達を遊びで蹴散らしてしまうだ。
それで他の町のような街灯の精霊達による警告が無くなってしまった為、代わりに新たな対策が進んでいたのだ。
その対策とは街灯間に特殊な障壁をはる事だった。
特殊な魔術で作製された障壁は人が町を自由に出入り出来てかつ魔族や魔獣の侵入を防ぐもの——だった筈だ。
その特殊な魔術が不具合を起こし、レッドアザリアの住民が閉じ込められるまでは。
一部の外に出られた住民は避難済みだが、大多数が町に閉じ込められたままだ。閉じ込められた人々を解放すべく魔術の解析や調査が進んでいるそうだが、難航していると記事に記載がある。
そして町から出る事が出来ない人々の為に他の街からレッドアザリアへ物資が届けられているようだ。その支援物資の量や時期等のスケジュールが記事にされていた。
イースはデバイスを閉じ、深くため息を吐いた後、再度外を眺める。
「見張りの騎士については……今アールさん忙しそうやから後で言うとくか。レストは帰り次第やな」
イースは何度かアールの部屋の外で耳をすませていたが、驚くほど部屋が静かだった為、何かに集中しているか寝ているのだろうとイースは判断した。
一方でレストは魔石を探しに行くのだと、走っていったので直ぐに戻ると彼女は踏んでいた。
「レストの奴どこまで魔石を探しに行っとるんや」
想像よりもレストの帰りが遅く、イースはまた疲れたように見張りの騎士をこっそりと眺めたのだった。