消えた理由は
ノエルに肩を触れられた直後、ふっと一瞬だけ体が軽く浮き、着地した時には周りの景色が一変していた。そこは圧倒されるほどの荘厳さを感じる建築物が目の前にあった。
転移で連れられ見える景色はもはや巨大な町だった。
転移して目の前にある敷地は普通の人ならいくら走っても辿り着けやしないと思えるほどだった。それに加えて、広大な敷地の中央にドンと建つ巨大建築物は見上げれば首が痛くなりそうだった。
地下遺跡の事といい、最近は巨大な建物を見過ぎて、ブルーローズのようなぎゅうぎゅうの町並みがとても恋しい。
俺とノエルが宗教都市に転移してすぐの事、近くでカツンと靴が鳴る。
音の発生源を見てみると、ノエルに向かって1人の門番が敬礼をしていた。
「お帰りなさいませノエル様!」
「ただいま。いつもありがとう」
「とんでもございません!」
ノエルは俺を来客だと門番へ告げる。ひとつ頷いた門番は柱付近に設置されていたデバイスを慣れた手つきで操作した。
しばらくして門は重い音を立てながらゆっくりと開いて行く。門の向こう側にはノエルと同じような服装をした人々がまばらにあちこち動き回っていた。
ちなみにパーカーやビーサンを着用している人物は誰1人としていない。
周囲の人々から向けられる視線を居心地の悪く感じつつ開かれた都市へと足を踏み入れる。
俺たちが向かう先は正面の大きな建物では無いらしく、敷地内でしか転移出来ない転移陣を使用し、大倉庫という場所が目的地のようだ。
何故直接転移せずに門の外に来たのだろうか、と思い門番を振り返った時にノエルと目が合う。
「あぁ、僕の転移はさっきの門番の彼を起点にさせて貰っているんだ」
「接触転移のスキルか。事前にあの門番に触れていたって事か?」
「うん、同じ場所に留まる時間が長い人や会う機会が多い人にお願いしてるんだ」
さっきの門番だけで無く、世界中のあちこちでノエルの転移の起点となる人達がいるらしい。転移陣はあちこち色々な場所に存在するが、人の行き来が少ない場所や、安全とは言い難い場所などには存在していない為、設置場所の偏りは大きいのだ。
「便利だよなぁ。でも今回は何で直接大倉庫に転移しないんだ?」
「今回は問題無かったとしても……それをしてしまうとかなり警戒されるからね」
ノエルは少し言い淀んだ後、困った顔を見せる。
「警戒されるのか? 知り合いが来るだけなのに」
「普通は食事中や不都合な時に突然転移して来たら驚くよ。場合によっては暗殺者だと思われるからね」
「暗殺!? って魔王パンドラの時もそうか……?」
「僕にとっては使いたくなかった手段だったけれど、魔王討伐にはそれが最善だったからね」
ノエルは懐かしむように遠くを見つめる。
魔王討伐の時は直接城の中へと転移したそうだが、ノエルはいつも接触転移の際に直接建物の中へ転移する事の無いようにしているようだ。トラブルを避ける為に、緊急時を除き、プライベートな空間へと直接入るのを避けているらしい。
「あぁ着いたね。ここが大倉庫だよ」
「ここも凄いな。ドラゴンとレース出来そうな広さしてるぞ」
青い空の下、少し階段を上がった先には平べったい長方形の建物が奥へと広がっている。
何でも入りそうなほど広い倉庫だ。もしもノエルが饅頭に抵抗が無かったとしたら、俺はこの大倉庫に饅頭を置かせてくれと交渉しただろう。
大倉庫に入った受付にて、ノエルが受付嬢に一言二言会話をする。話は通してあったようで、相手の女性はノエルを見てすぐに手元の端末を操作した。
「ノエル様ですね。予定は伺っております」
「うん、彼が調査していた物の持ち主だよ」
「承知いたしました。こちらにサインをお願いします」
俺は彼女からデバイスを渡され、言われた通りに手続きをする。
簡単な手続きののちに、またノエルの先導で大倉庫内の奥へと進んでいく。
進むにつれて倉庫内の通路は閑散としていき、人ひとり居ない廊下をノエルと2人進み続ける。この大倉庫内では転移陣が存在しないらしく全て徒歩での移動だ。
この先はノエルが回収した守護竜シルヴィアヴラムの亡骸が保管されている。シルヴィアヴラムの調査で出てきたというモノについてはおおよそ予想はついている。
それよりもアールの右腕とライが居ない事をノエルはいつ知ったのか。一体どこに行ってしまったのか。
「ノエルはライがどこにいるか知っているか?」
「いいや、寧ろ僕が知りたいよ」
魔王の呪いなんてものが消えたのだ。神妙な顔つきとなったノエルはあれこれと俺にライの行方の心当たりを質問してくる。しかし、考えてもどこに行ったかなど俺にも全く分からない。
アールなら何か知っているかも知れないが、朝からずっと部屋に引きこもっており、呼んでも返事が返ってこないのだ。
「それならレストからアールに聞き出してくれないかい?」
「ああ、俺も知りたいからな」
アールはライとずっと共にいたのだ。行く先の予想をつける事も出来るだろう。
そうしてノエルはあるひとつの扉の前で足を止める。彼が手をかざせばギシギシと分厚い扉が動き出し、隙間から冷気が漂ってくる。
開いた扉の先、そこには何度も見た白いドラゴン、守護竜シルヴィアヴラムが中央に鎮座していたのだった。