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泥の指

 スワンはレストから拾得物の鏡を受け取り、その足で騎士団団長室へと向かった。早急に行わなければならない件があるのだと呼び出されていたのである。

 団長室にはブルーローズの町にて騎士団団長を務めるアルバンズが自身のデスクに座っている。デスクの傍に立っていたのはレッドアゼリア町の騎士団団長のドゥーダだ。


「——以上だ。急で申し訳ないが頼めるか」

「何点か確認をさせてください」


 ここ最近、レッドアゼリアの町では奇妙な事件が幾つも発生していた。レッドアゼリア騎士団ではそれらの事件の対処で手が回らなくなった為、ブルーローズ騎士団が協力をしていた。


 緊急だという本件に関してもレッドアゼリアのドゥーダ団長がブルーローズへ足を運んで要請に来ていた。詳細を詰め終わり、お互いのすり合わせが終わったのを見計らって、スワンは懐からある物を取り出した。


「別件で報告です。先ほど拾得物として鏡の割れた欠片を預かりました。先日盗まれた真実の鏡だと持ち主から伺っております」


 スワンはレストから受け取った鏡を取り出し、ブルーローズのアルバンズのデスクへ置く。

 鏡に映るスワン自身の姿が泥で出来ている事にスワンは少し眉を寄せる。


「私は詳細を存じておりませんが、お二方がこの事件の責任者だったかと思——どうかされましたか?」


 スワンは泥の指が映る鏡から視線を外すと、アルバンズ及びドゥーダの双方ともが割れた鏡に釘付けとなっていた。2人とも目を見開き声を出せない程に驚いている。違いがあるとすれば、ドゥーダは思いもよらなかったといった様子で、アルバンズは口を真一文字に結び、見てはいけないものを見てしまったとばかりに硬直している。


 そこまでの大きな反応をされるとは思っても見なかったスワンは戸惑い、鏡をデスクへ慎重に置いて下がる。


 アルバンズは自身のデスクに置かれた鏡の欠片を手に取り、机に伏せる。机に伏せた際、アルバンズの手が鏡越しにスワンから見えていた。

 スワンの様に決して泥の指が映ってはいない。


 ドゥーダは先ほどとは打って変わり、いつの間にやら感情の無い眼でスワンをじっと見つめていた。


「ピットマン副団長。この鏡を君に渡した人物はどのように鏡に映っていた?」


 眉ひとつ動かさずにドゥーダ団長は淡々と告げる。


「どのように……? ただそのままの姿が映っていました」

「待て。ドゥーダ団長、これが本物か決めつけるのは早急だ」


 アルバンズが焦りを抑えて立ち上がる。上司の見慣れぬ反応にスワンは異常な空気を感じつつあった。


「君のように映った人を見た事はあるか?」

「……いえ、見た事はありません」


 スワンはあの鏡がどの様な意味を持つのかを知らない。

 スワンがドゥーダの質問に否を告げた直後だ。感情の読めない表情だったドゥーダは唐突に自然な笑みをスワンに向ける。


「スワン・ピットマン。今日から長期休暇を取りなさい。暫く休んでいないだろう? あぁ、以前も聞いたが、君の叔父さんには会っていたり、他にやり取りも無いんだね?」


 スワンに近づき、彼女の肩に手を置き、ドゥーダは笑顔で語りかける。

 以前にもスワンはドゥーダに叔父の事を書かれていた事を思い出して困惑する。それは丁度レッドアゼリアの町で事件が起こる直前の時、そしてスワンが明らかに無理な仕事量をアルバンズ団長直々に振られ始める前の事だ。

 そのアルバンズは語気を強めてドゥーダに告げる。


「ドゥーダ団長。話を聞いてくれ」

「アルバンズ。君から何の話を聞けとでも?」


 途端に対立する2人の団長。スワンに関して2人が対立しているのだと彼女も理解していた。しかし彼女にはどうして2人が対立しているのかが分からない。


「一体どういう事ですか? それに先ほどご説明を頂いた件は?」

「いや良いんだ。状況が変わった」


 別の者に任せるから気にするな、とドゥーダはスワンに目もくれずアルバンズと睨み合うのみだ。

 アルバンズはスワンを見た後、扉を目線で示して退席を促す。


「アルバンズ。今までと今後については後ほど話を詰めよう」


 ドゥーダはアルバンズへと言い捨てるように告げた後、スワンへと向き直る。


「スワン。君はここ最近、無理な仕事量を団長に押し付けられていたと風の噂で書いている。些細な雑用までもだ」

「判断を下すのは早すぎるだろう。スワン、下がって良い」

「はぁ……失望したよアルバンズ団長。あれを見てもなおその態度か。お前の頭の中にはさぞ立派な花畑が広がっているのだろうな」

「なんだと!? お前こそ部下から——」

「お二人とも落ち着いて下さい!」


 より熱を持った団長2人の発言を制止するスワンにドゥーダは眦を下げる。


「スワン、私は今もずっと心配なんだよ。君は幼くして両親を亡くしてすぐに叔父に引き取られただろう? 大変だったろうに」

「それは……えぇ」


 人を殺せそうな眼差しのアルバンズにスワンはより一層困惑する。


「久々にレッドアゼリアに、君の故郷に顔を出すといい。外に出られない人々は退屈しているんだ。君の土産話はいい酒の肴になる。しばらくは仕事の事は考えなくて良い」


 そして何も伝えられないまま、スワンは団長室から半ば追い出される様にして退室したのだった。
























 



 俺は見慣れた獣道を早足で歩く。

 ここはもう何度も来た事のある森だ。人を惑わせる森だと噂されているが、俺にとってはなんの変哲もない普通の森である。


「俺の魔石ってどんな形なんだ?」


 地下遺跡から地上に出てからは早かった。近くの小さな町の転移陣を利用してブルーローズの町に戻ったのだ。町で休んで翌日、俺が落としたであろう魔石を森に探しに来たのだ。

 きっとどこかその辺に転がっているに違いない。一般的な人の魔石は画像で確認しておいたので、何を探せばいいのか分かっている。すぐに発見できるだろう。


「そうだ。ライが俺の魔石を見かけてたりしないか?」


 最初に目覚めたあの場所では、魔王パンドラが所持していた呪いをアールの腕ごと封印している。その封印の維持をしているのがライだ。

 ライに俺の魔石探しを協力して貰おう。として、見えた目的地では奇妙な現象が起こっていた。


「……なんだあれ」


 焦る気持ちを抑えながら駆けて向かった先には。


 培養槽に入れられたアールの腕が無い。

 ノエルやバンダーが創り上げた封印の灯籠が無い。

 そして何より、ライが居ない。


「は、え? 待て……何で? 何がどうなった?」


 あったはずの場所は地面ごと抉れ、何も無くなっていた。


「ライ! どこにいる?!」


 抉れた地面の上で周囲に呼びかけるものの返答が返ってこない。

 森に居たはずのゴースト達は嫌に静かだった。


「無事なら返事をしてくれ!」


 どれだけ待っていても聞こえてくるのは風で揺らぐ木の葉の掠れる音だけだった。


「どうなってる?」


 何故ライが居なくなってしまっているのだろうか。それに俺の魔石も見つからない。辺り一面が地面ごと抉られていて探す事の出来る範囲が決まっているのだ。すぐに見終わってしまえる程狭いのである。


 そして俺が抉れた地面に立っていると、急に目の前が歪み、見慣れた人物がふわりと現れる。以前も見た事がある登場だ。

 くるくるした髪の可愛らしい少年はラフな格好で俺の目の前に転移してきたのだった。

 勇者パーティーで魔王を倒した仲間のひとり。


「っ、ノエル?」

「レスト、またデバイスを無くしたのかい?」

「あ、そういえば燃えた……と思う」


 呆れる様な口ぶりでノエルから問われて気付いた。またデバイスをなくしてしまった。確かポーチの中に入れていて、始祖竜グラフォリオンのブレスで燃やされてしまったのだった。

 俺が町に帰って来たことを知ったのだと、ノエルは抉れた地面に目を向ける。


「これも含めてだけれど、少し来てくれないかい?」

「あ、あぁ……でも来るって何処に?」

「始祖竜グラフォリオンを保管している保管庫だよ」

「…………まさか」

「そのまさかだよ。見つかったよ、君の探し物が」


 ノエルは俺をじっと見つめつつ、緊張しているように息を長く吐いた後、言葉を続けたのであった。


「君の半分がね」


 風が一度強く吹き、周囲には木の葉が舞い散るのであった。

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