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陽の光

 シロイノの視界から外れない程度に、俺は広い空間を駆け巡る。気を引きつけ、向かわせたい方向へと気を引き、離れたとしてもシロイノは追ってこない。蹴り飛ばそうにも、俺の足が触れる直前に体を柔らかくされ、迂闊に蹴飛ばせなかった。

 俺が周囲を走り続ける間も、シロイノはその場をじっと動かずに、硬く鋭い刃を伸ばし、柔らかなボディで絡め取ろうとしてくる。


「くそっ!」


 真っ赤な腕は鞭のようにしなり、俺を叩き潰そうとする。叩きつける瞬間にだけ体を硬くしているのか、狙いを外した真っ赤な腕が周囲の柱を砕いて跳ねる。


 柱を砕き、床が抉れて舞い散る空間には、他とは違った透明な筒の柱が数本立ち並んでいた。太さは通常の柱よりもずっと太く、中には人が入れそうな広さだ。


「この筒……まさかこれが?」


 丁度目の前にあった透明の巨大な筒の壁へ着地し、再度シロイノへと目を向けて方向転換しようとする。


「それで地上へ上が——」


 イースが俺に返事をした時には、シロイノが俺へと既に斬撃を放っていた。

 すんでのところで気付き、紙一重で赤い刃を回避する。急に回避した事で足場にしていた透明な筒からヒビが入る音を感じ、続いて風を切り裂く刃が筒にトドメをさした。


 割れて舞い散る光のカケラ。透明な筒の柱はいとも容易く粉々になる。


「悪い、壊した!」

「なんでやねん!?」


 そんなに脆く無い筈やのに、とイースが悲鳴をあげていた。聞けばこれが地上へと上がる昇降機らしい。

 周りを見渡せば壊れていない昇降機はあと3つほど残っていそうだ。


「まだ3つある!」

「ああ! この際どれか動いたらええわ!」


 シロイノが昇降機へ向かせないように俺は攻撃直後の硬化部分を蹴り上げようする。しかし、ほんの少しの違和感を感じてすぐさま下がる。


 シロイノが人型から球体へと変化したかと思えば、その場で回転しの加速を繰り返し、昇降機へと弾かれたように飛んでゆく。


「丸くなったぞ!?」

「僕らは絶対逃がさんってか!」


 壊れていない3つのうちの1つ、その狙いを定められた昇降機は高速で転がり回るシロイノによって見事に破壊された。下の支えを失った昇降機は上へと大きな亀裂を発生させる。はるか上空から昇降機の筒の壁は割れて地面に降り注いでいる。

 それでもシロイノは止まる事なく残りの昇降機2つを崩しにかかるようだ。滑らかに方向を変えた球体のシロイノが次の昇降機へと転がり行く。下り坂でも無いのに速度を更に上げ、俺たちが止めることが出来ないままシロイノは昇降機にぶつかる。


「しまったっ……!」


 しかしシロイノが触れた直後に昇降機が目の前で歪み、空気に溶けて消滅する。幻のように消え失せた昇降機の付近を赤い球体はぐるぐると何周もしつこく回った後、球体が縦に伸び、再び人型となって動きを止めた。


 間違いなくアールの幻だ。

 どこを見ても残りふたつの昇降機の行方が見えなくなった。


 シロイノは昇降機を見つけられずに動きを止めて体を揺らめかせている。


 そんなシロイノを中心にして真っ赤な薔薇の炎が大きく開花する。みるみるうちにシロイノが炎に包まれ——ボン、と大きな音と共に空気が爆ぜる。


 衝撃で落ちていた瓦礫が遠くへ散乱し、俺は思わず膝をつく。

 とんでもない威力の爆発だ。シロイノだってきっとひとたまりもないだろう。


『見て頂けましたか! アール様!』

「あぁ良い花火じゃないカ」


 声の主は壊れた昇降機からやってきた。


「アール! それにイノも来たのか……って、なんかあったのか?」


 炎の精霊イノはアールの側で喜び悶えるように揺れて、小規模の爆発を自身の炎の中で繰り返している。


 おかしい。どう考えても様子がおかしいのだ。


 イースは様子の変わったイノを凝視し、口をぽかんと開けて固まった。


「なんやアール様て……?」

「……イノと仲良くなったんだな」


 イースの絞り出す疑問は俺も分からないが、俺たちが不在の間にアールとイノで何かしらあったのだろう。

 アールは左腕でイノの炎に触れる仕草をしつつ、俺とイースを見て不可解そうに首を傾け言い放つ。


「改宗なんて良くある事だロ?」

「……改宗ってなんだ?」

「簡単に言えばボクを信じるって事ダ」

「そうなのか」

「ちゃうくない?」

「違うのか……?」

『アール様が正しいに決まってるでしょう』

「うぅん……まぁ……間違いでは無いんだろうな?」


 アールは俺に嘘をつかないから事実なのだろう。

 イノの発言を聞いたイースはさっきから動けなくなる程の衝撃を受けている。先ほどの否定は信じたくないとの思いから出た言葉だろうか。


「イノ……さん? 何がどうしてこうなったんや??」

「仲が良いならそれで良いんじゃないか?」

「仲ええとかの度合い超えとらんか?」

「そうか?」


 イースと相談している最中、がらんがしゃん、と急に何かが落ちて砕ける音がした。

 燃やされたシロイノは歪な球体となって存在していた。ゆっくりと形を変えて体を動かす度に焦げて炭と化した表面が落下する。それはまるで殻が剥がれるようであった。


「あの状態で動くのか!?」


 再度球体となったシロイノは高速で回転し始めたかと思うと闇雲にフロア中を移動し始めた。

 せめてシロイノをどこか別の場所へと蹴飛ばそうとしてみるが、追いつけたとしてもシロイノが柔らかい状態に変化する為、蹴飛ばせない。


「っダメだな! シロイノは放置して昇降機に乗ろう!」

「遺跡を丸ごと埋めるカ?」

「何でそう埋めたがるんだよ!?」

「……付近に立ち入り禁止の立て看板作らなあかんな」


 シロイノは無茶苦茶に転がっているのかと思いきや、しらみつぶしに転がっているようだ。ありとあらゆる場所を全てを破壊して回っている。


「アールとイースは先に乗っててくれ。地上へ上がるぞ」


 俺はふと思いついた。シロイノを無理に蹴飛ばすことも無い。俺はシロイノへと駆け出して進行方向の床を力の限り蹴り飛ばす。飛ばされた瓦礫と、床の穴や凹みによって勢いが削がれたり弾かれたシロイノは少しばかりその場で動きをとめる。それを何度も何十も繰り返す。



 そうして、さほど時間が経たずにアールから声が届く。


『来いレスト!』


 アールの言葉と同時にシロイノの視線が俺から外れ、周囲を探るような動きを見せた。アールが俺の姿をシロイノから隠したのだ。急に消えた俺をシロイノは何度も見回し探している。


 俺は音を立てずに昇降機へと飛び込む。全員がひとつの昇降機に乗り込んだ事を見たイースは手元のデバイスへ素早く指を走らせる。


 どうやら全ての昇降機を一気に起動させたようだ。もうひとつの無事な昇降機も誰も乗っていないが上昇していく。


 シロイノはと言うと、急に全方向へと長く鋭い針を伸ばして攻撃を仕掛けてくる。


「あっぶねぇ!」


 俺たちの乗る昇降機は運良く外れたものの、もうひとつの無事だった昇降機には一本突き刺さってしまった。

 するとシロイノは昇降機以外の針を引っ込めた。そして刺さったままの昇降機へと針を伝って瞬時に移動した。


「そんなの反則だろ!?」


 シロイノが無人の昇降機にたどり着いた瞬間、今度は太い刃を全身に出して筒を粉々にしてしまう。

 しかし誰もいない事に気付いたのだろう。出した刃を引っ込め、俺たちの乗る昇降機へと正確に針を伸ばして刺してきた。


「飛び乗って来る気か?!」

「そうはさせン」


 アールは昇降機の壁に突き刺さった針を指差して口笛を吹く。すると上空に待機していたのかグラフォが急落下し、刺さった針を中程からボッキリと折る。


「グラフォ!? 偉いぞよくやった!」

『今度はシロイノがなんか飛ばしたわよ!?』


 べちゃべちゃり、と昇降機で真っ赤なスライム状のモノが何個も張り付いてくる。張り付いてきた小さなシロイノ達はその身を全て刃に変えて俺たちの昇降機まで破壊してきた。


 張り付いてきたシロイノの数は多く、一斉に刃を出されて破壊された昇降機は上に上がるのを停止し、落下していく。


「っ、だめだ! 落ちるぞ!」

「これは完全に壊れた!?」

「ふん、すぐに上へ行けば良いんだロ?」


 慌てる俺たちをよそにして、アールはどこからともなく紙を一枚取り出した。見覚えのあるその紙はポーン・5から出てきたスクロールだ。


「最後のひとつダ」


 湿気ってないだろう、とアールからスクロールを押し付けられたイースは渋々ながらスクロールをなぞってアールへと返した。

 アールは穴の空いた昇降機へとスクロールを放り投げ、グラフォがそれを弾き返した。弾き返す方向は俺たちの丁度足元だ。


『爆発させるわね!』


 俺たちの立つ下からイノの大きな爆発音が鳴り響いた直後だ。2度目の爆発があった。鼓膜が破れそうなほどの音と衝撃が足元から発生した。


「うっ、——ぉ——!?」


 爆発の勢いよく真上へと飛んでいく俺たち。周りを見る余裕などない。しかし瞬時に強い光を全身に感じ、体が宙を浮かぶ。


 目を開けるとそこには懐かしい本物の太陽がそこには存在していた。

 


















 ここは見慣れた町、ブルーローズの詰所だ。俺の目の前にはスワンが疲れた顔で立っている。対する俺は半裸で饅頭を食っていた。

 アール達は先に宿に戻っている。俺はここに少し用があったのだ。


「レスト……随分とボロボロじゃないか。何かあったのか?」

「少し遠くまで冒険してたんだよ」

「そう、か、君は冒険者だものな。ゆっくり休んでくれ」

「それでさ、これを美術館に返却しておこうと思っ……」

「鏡にしては変な物が見える」


 スワンに割れた鏡を返してもらおうと手渡した時だ。鏡に妙なものが見えた。存在するはずのモノが見えず、映るはずのないモノが映り込んでいる。


「泥……?」


 ()()()()()()()()()()()()()


「レストはちゃんと映っている」


 俺の目の前に立っているスワンが一切映ってない。


「……普通の鏡じゃ無いからあまり気にしない方が良い」

「そうか。これは魔術でも掛けられているのだろうか?」


 2人して推測を並べていると、遠くから他の騎士達がバタバタと駆け足でスワンの元へとやってくる。


「ピットマン副団長! 団長がお呼びです!」

「すぐに向かう! 悪い、こちらで手続きを済ませておくよ」

「頼んだ。ありがとう、スワン」


 仕事だからな、とスワンは苦笑し呼ばれた場所へと向かっていったのだった。

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