盗まれた太陽
のそりと起き上がったシロイノは崩れた形を整えて俺たちへと振り向いた。
「今から真反対の方へ向かう!」
「はいよ!」
アールから聞いた道筋を並走するイースに伝える。つかず離れずの距離を保とうとして気づいた。背後からの音が止んでいる。背後のシロイノへと振り返ると、赤く艶やかな球体が音もなく転がり、俺たちに迫ってきていた。
「こいつ転がるのか!?」
「移動する時は球体でな!」
真っ赤な球体が平らな床の上を蛇行する。廊下の瓦礫を器用に避けて転がり、俺たちの方へと距離を詰めてくる。
「案外速いから注意……って言っても注意せなあかんのは僕かっ!」
イースは音もなく近寄る球体を見てから更に速度を上げる。俺の方を見る余裕など無いのだろう。声を荒げて腕を大きく振りかぶり、彼女は必死の形相だ。
俺が到着するまでに、イースとシロイノは既に交戦していたからお互い消耗はしているのだろう。シロイノもいずれ動きが鈍くなってくると思った瞬間だ。
ガガガッと鋭い物が突き刺さる破壊音が背後から襲いかかってくる。
見ればさっきまで球体だったシロイノから棘が幾つも生えていた。いつの間にかシロイノはすぐ後ろにまで迫っている。生えていた棘は太く短く、瓦礫の障害物を砕き、床を抉りながら俺たちを砕き潰さんと追ってくる。
イースが速度を上げていなければ音もなく押し潰されていた事だろう。
「危なかったな!」
「何が!? てか今真後ろに来とる?!」
「来てる! 棘まで生えてる!」
「殺す気満々やな!?」
「っ、ほんと勘弁してくれっ、よ!」
くるり、と反転して即座に棘の部分を足で蹴り上げる。床を砕いた直後の棘は硬く、俺の足はシロイノに取り込まれる事なく振り切る。蹴り上げられたシロイノは一度天井にぶつかり、遥か後方へと吹き飛んでいく。
「ナイスシュート!」
「これでっ、少しは時間を稼げただろ!」
「充分や! 頭上も気ぃつけや!」
「コウモリだなっ……!?」
頭上を見上げたその先では、通気口から出てこようとするコウモリ達が突然出口付近で爆発する。
「なんで爆発した!?」
「上手いこと穴塞がってんな」
『遺跡内の通気口を作った奴は何考えてるんだ。無駄が多すぎる』
「アールか! 助かるよ!」
『コウモリの方は任せろ。もう少しで全ての通路を塞げる』
「あぁ! そっちは任せる!」
シロイノと距離を取ったのも束の間。振り返ったイースが俺の背後を見て驚く。
「もう後ろに来とるで!?」
「曲がれ曲がれっ!」
すぐ目の前はガラス張りの行き止まりだ。急ぎ体勢を低く飛び込むように進路を変更する。
直後に頭上スレスレに鈍く風を切る音と風にバランスを崩す。
「ぃい!?」
「レスト!?」
俺は頭のてっぺんを少し掠っただけ。受け身で転がる距離も無かったが、シロイノはそれで収まらなかった。直撃すれば俺の頭など塵になるほどの勢いで空振りをしたのだ。
音もなく転がっていたはずのシロイノは盛大にガラスを破り薄暗闇の底へと落下していった。
「俺は平気だ。シロイノは……」
「落ちてもうたな」
2人して破れたガラスの向こう側をそっと覗く。
「一応誘導してたのに……曲がれなかったか」
「閉じ込める場所を変えんなあかんな」
どうやってシロイノを探そうか、と考えてふと思いついた。シロイノが居ないのならば、その状態のままで良いのでは無いか、と。
「シロイノが居ない今のうちに昇降機に乗れば良いんじゃないか?」
シロイノの放っておいてさっさと地上まで上がってしまえば良いのだ。
俺の名案を聞いたイースは眦を下げて困った様子だ。
「……実はな、昇降機で一気に地上まで上がるには」
イースはさっき出来上がった穴を指差す。
ガラス張りの窓が破られて出来た穴だ。指差されたガラス窓の向こう側は薄暗くて非常に見えづらい。
「下からしか乗れんくてな」
俺はイースと顔を見合わせた後、2人して先ほど出来た穴をじっと見つめる。シロイノが作った穴で、シロイノが落下していった先だ。
振り返ってイースの顔を見た。
「上がったのに、また降りなきゃいけないのか?」
彼女は俺に向かってゆっくり頷いた。深い死の谷へと落ちて来たばかりだというのにまた落ちるのか。
「嘘だと言ってくれよ」
「残念ながらほんまやで」
「ちくしょう! どんな構造してんだこの遺跡!!」
『いっそ全部壊して埋めようぜ』
「待った待った。埋めたら次にここ来れないぞ、アール」
『……見る所なんて何も無いだろう?』
「君ら何の会話してんの?!」
怖い事言わんといてくれ、と彼女は額から汗を拭う仕草をする。
「そもそも地下遺跡は広過ぎて埋められないだろ?」
「せやで。ほんならその広さを体験しにいこか」
「楽しくなってきた」
そうして俺と2人でガラス張りの向こう側へと飛び込んだ。
俺とイースが落下した先は小さな明かりがぽつぽつと点在しており、それ以外の光源は見当たらなかった。
薄暗く空っぽの空間が広がっていた。
「随分と何も無い空間だな」
「地下遺跡の中央部やで」
「へぇ、ここがそうなのか。それよりシロイノはどこに……悪い、踏んでた」
俺たちの踏みつけた床にシロイノがべちゃりとくっついていた様だ。俺は潰れて床に広がったシロイノから足を引き抜き、距離を取る。
後ろに距離を取った際、中央部の空間にも何やら大きな装置が幾つも立ち並んでいるのが目についた。
その大きな装置は完全に破壊されている。元々はもっと大きな装置だっただろうが、現在はただの小さな鉄屑となっていた。メインコントロール室の壊れ具合よりももっと酷いものだった。
「残骸ばっかりじゃないか。かなり暴れてたんだな」
「……盗られとる」
「え?」
「そういう事か。まずいわ」
「まずいって何が……って、こっちもまずい。シロイノが起きてきた」
床に暫くへばりついて沈黙していたシロイノは急に形を作り上げ、立ち上がった。その様子は真っ赤な水が跳ねる様であった。
——再起動——
——警告:擬似太陽の消失を確認——
——擬似太陽の行方を検索中——
——施設内で対象が確認出来ません——
「擬似太陽が無い?」
「どこを探しても残骸すらあらへんのや」
——ドラゴンアイは擬似太陽の未所持を確認済み——
「さっき呑まれた時に探されてとったか」
——侵入者を確認しました——
——侵入者のアイテムボックス内の確認を実施します——
——目標:侵入者の排除——
「俺だけ殺意高くね!?」
シロイノが俺へ急接近する。今度は振り下ろされる拳を難なく回避し、シロイノの形の変化に追いつける様に距離を取り、叩ける隙をうかがう。
「もしかしてさ!」
「なんやどうした!?」
「無くなった擬似太陽!」
「おう!」
「俺たちが盗んだと思われてないか?!」
「十中八九せやろなぁ!」
「また冤罪かよ! ちくしょう!!」
「"また"って、何やらかしたんや?」
「俺じゃ無いけど学園の前夜祭で色々あってさ!」
目の前を横切る赤い刃を見た直後、刃を蹴り上げる。認識が遅れてしまう程の速さを受けた刃は中程からボッキリと折れて広い空間へと飛んでいく。
「でもその時は取り調べで疑いは晴れたんだよ!」
「そりゃ何よりでな!」
「シロイノも警備システムなんだろ!? 普通盗った疑いだけで殺すか?!」
「盗られたのが擬似太陽やろ! 物が物だけに急いで探すやろな!」
「殺してアイテムボックスに無いか確認するってか!?」
「この場に居る人ってのと、住民登録されてない侵入者ってのが効いてるな!」
「くそっ! なんて雑な探し方だ!!」
「緊急事態やろうからな!」
「にしても! 擬似太陽って盗めるモノなのか!?」
「それ自体は流石に無理や! 擬似太陽をつくる装置が盗られとる!」
「盗んで何に使うんだよ!」
「さて夜が苦手な人か、はたまた常に野菜栽培でもしたい人か、あるいは……」
「どうしたんだ?」
「何もない。気にせんでええ」
「途中で隠されると余計気になるぞ!?」
『レスト、この件には関わらなくていい』
「アールまで急にどうした?」
『ただ忘れろ』
「……そうか、分かった」
アールやイースの様子からして何かあるのは分かるが、俺に関わるなとはどういう事なのか。
胸の中に芽生える疑念を後回しにして、俺は暴れるシロイノに向かって手を招く。
「来いよ」
情報の整理は後回しだ。
今は地上へ戻る事だけを考えるのだ。
シロイノはまっすぐ俺だけに向かってやってきたのだった。




