シロイノ
たどり着いたメインコントロール室は広々とした空間だった。部屋の中央は空間があり、まるで机のような円形の装置が円形に設置されている。その装置に近づくと、操作盤が所狭しと存在しているのが暗闇の中でも見える。この操作盤を使って遺跡内の明かりをつけるらしい。
浮かぶ炎がふわりと近づき、操作盤を照らす。見えた装置は力任せに叩きつけられたかのような凹みが幾つもあった。
遺跡の天井が落ちてきたわけでも無い。
明らかに壊す意図を持って叩きつけられた跡だ。
割れて歪んだ装置に触れても画面は真っ暗なままであったを装置を動かそうと指で叩く音しかなく、目の前の装置は完全に沈黙してしまっている。
「酷いな。完全に壊れてる」
「誰か知らんが、なんちゅうことすんねん」
「直せそうか?」
「……どうやろな。動くか祈っといてくれ」
イースはどこからともなく道具を取りだし、破壊された装置を開いて中を弄り始めた。装置の中に体を入れて作業していたので俺からは見えない。見えたとしても何をしているのかきっと俺には分からない。
俺は彼女の真横で言われるがままに細かい部品を持ち、指示された道具を手渡し続ける。暫くすると近くでブォン、とぶつ切りの鈍い電子音が途切れ途切れに発生し、唸りを上げで稼働音が鳴り響いた。
「イース! 動いたぞ!」
彼女は安堵の息を吐き、操作盤から出て来て俺の隣に胡座をかいた。
「もうちょい待っててな」
操作盤のディスプレイは完全に割れて操作不能だった為、イースの持っていた操作端末に繋げて操作するようだ。
そう時間が経たずに部屋が一斉に明るくなり、メインコントロール室の隅々まで見えるようになった。
明るくなった視線をぐるりと見渡すと、壁や天井は灰色で、四角い窓が等間隔に幾つか存在していた。操作盤だけではなく床や壁も所々壊れて、窓が割れていた。
部屋の四隅には砂埃が溜まっているが、俺たちのいる操作盤付近は埃が無い。
操作盤に怒りをぶつけた先客が砂埃を蹴散らしたのだろう。
部屋を眺めていると、気になるものが目についた。
灰色の部屋の端には白い円形の床が存在していたのだ。円の縁は銀色の枠で縁取られていて、白い床は液体の様に波が立っている。水たまりにしては透明度が無さすぎる。
波の揺れは徐々に大きくなり、円の中心が上へと伸びたり凹んだりを繰り返す。
何度か液体が上下するのを繰り返したと思えば、上に上がった液が床から離れ、大きな一塊の球体が宙に浮かんだ。
「何だこれ、饅頭か?」
「そんな訳あるかい」
饅頭よりも大きな白い球はぐにゃりと縦に伸びた後、左右からにゅるりと腕が伸び、床にも2本の足が出来ていた。
目の前に出来た謎の白い人型は俺より頭ひとつ分ほど身長が高く、横幅は俺の胴体ふたつ分くらい広い。
「人のカタチになったぞ」
「警備システムのシロイノやで。見た目が可愛いって地下民に人気でな」
「これが可愛いのか」
可愛いってなんだろう?
見た目はもちもちしていて柔らかそうだ。
それ以上は……いつか理解出来る日が来るだろう。
俺には良さが分からないが、イースはシロイノを見て少し嬉しそうだ。彼女の声が弾み頬が緩んでいる。
「人手が必要な時になんでもしてくれるええ奴やねん」
「警備システムって事は、揉め事の解決とかもするのか?」
「せやで。遺跡内の侵入者確保でも割と活躍しててな」
脱出までシロイノに手助けしてもらおか、と言いつつイースは手元の操作端末を弄っていた。
「続きまして、映像記録を……」
そう言ってイースは操作に集中する。来る前に見た焦げた部屋で何があったのか、大量の同じ骨はなんなのかを部屋に付けられた記録を探しているのだ。
しかし探して間もなくの事だ。
俺たちのすぐ傍らに居るシロイノは白い体を徐々にピンクに変え、そして濃い赤に変化していった。
色が変わった後に全身を波うたせ、シロイノの体から音声が発生する。
音は低く、広い範囲で響き渡り俺たちの耳に届く。
——し、シ、侵入者、は、発見。ただ、だ、直ちに排除しします——
「侵入者確保ってさ。例えばこんな風にか?」
「そうそ……はい?」
俺は赤くなったシロイノを指差す。
彼女にも警告が聞こえていただろうが、予想はしていなかったようだ。慌てて顔を上げた後、すぐさま操作していた端末を乱暴に仕舞った。
シロイノが拳を作り、振り上げる。
「あ、不味い」
振り下ろされる先には俺とイース。
俺は全力でイースに体当たりする。
攻撃の範囲から外れる事が出来たものの、イースの重量はかなりのもので、全力の体当たり程度ではほぼ距離は稼げなかった。
「うごっ」
「悪い、イース!」
ドゴン、と鈍く重い響きが俺のすぐ真横から発生する。ギリギリで回避は出来た。振り下ろされた白い拳は床をひび割りめり込んでいる。
「おい! 俺たちは何もしてないだろ!?」
『何ぼさっとしてる! 早く離れろ!』
アールは早く離れろと言うが、シロイノの動きは遅い。俺の足で回避は簡単だろうが、イースはすぐに離れた方がいいだろう。先に離れるよう彼女に告げようと振り返り、全身に衝撃が走る。
「……ぅあ……」
体のあちこちで突かれた衝撃だった。何が起こったのか首を回せば全身に真っ赤な棘が何本も刺さっていた。
赤い棘は非常に長い。一体どこから出たのか、長い棘を辿った根元はシロイノの拳から。地面にめり込んだシロイノの真っ赤な拳から、俺とイースの方向へと何本も長い棘が突き出している。
棘が突き刺さった箇所から血が滴り、シロイノの拳へと伝いながらポタリと床を赤く染める。
動こうにも動けないどころか、体は宙に浮いて刺さった棘に支えられている。棘を握るが全く動かせない。シロイノは棘を元に戻すつもりは全く無いようだ。
「レストっ!?」
俺の背後に居たイースは無傷だった。
俺が串刺しになっているのを見てか、シロイノの暴走を見てか、酷く混乱している。
「シ、シロイノ? そこまでの緊急事態ちゃうやろ……?」
緊急度合いのレベルはそんなに高く無い筈だと、彼女は声を震えさせるがシロイノは一切反応を示さない。
「先に、にげ……ぐ、がっ……!」
イースに先に上へ向かうように言った時だ。俺の体に刺さった棘が平たく変化する。まるで剣のように変わった棘は突然左右に動き、俺の体を引き裂く。
「……ぁぐ……っ」
支えを失った俺の体は重力で落下し血の海に沈んだ。俺が最後に見えた視界はシロイノがイースを追いかける姿だった。
徐々に意識が戻ってくる。ぼやけた視界がクリアになり、血の匂いが鼻をつく。死ぬ前よりも強い焦りで頭が酷く混乱して、考えるよりも先に立ち上がる。
「あぁっ、くそっ!」
最近は死んだ時がすぐに分かるようになった。死ぬ前と死んだ後でズレを大きく感じるのだ。感情の変化だったり、違和感だったりと何かが足りない気分だ。
近くにあった装置にもたれかかり、ふらつく体を支える。
深呼吸して霞がかった頭を落ち着かせると、死ぬ直前までの出来事が徐々に戻ってくる。
「イース! どこにいる!?」
『ようやく起きたか、10区画先で走り回ってるぞ』
俺の言葉に少し遅れてアールの反応が返ってくる。何かをしているのか、アールも余裕が無さそうだ。
「アールはシロイノを止めれないか?!」
『今やってるが、直接は無理だ』
俺が死んでいる間にシロイノだけではなく別の警備システムが起動したようだ。小型の飛行する機械が大量にイースを追いかけており、アールはそちらの小型を潰しているらしい。
「数が多いならさ。アールが大元の装置を止めたらシロイノを停止出来るか?」
『出来るが明かりまで2度と点かなくなるぞ』
「それはナシ!」
案内するから早くなんとかしろ、とのアールの言葉を聞きながら俺はイースの元へと駆け出したのだった。




