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魔王パンドラと呪術師パンドラ

 目の前に浮かぶ炎だけを道標に真っ暗闇な通路を俺とイースは2人歩いている。所々崩れた天井や床、壁を注意しつつ、慎重過ぎるほどにゆっくりと、饅頭片手に進み行く。


 地下遺跡の内部の崩れ具合は何か巨大な生物が暴れた跡のように大きな穴が空いている。そして施設の内部では道中の通路に巨大な魔晶石がいくつか存在していた。中には魔族や動物がいるのかもしれないが、魔晶石の色は真っ黒で中身は外からは伺えず、何が入っているのかが全く分からない。


 目の前をゆらゆらと赤い炎が揺らめく。真っ暗闇を照らすその炎はふわりと右へ移動する。

 アールが炎を操作したようだ。


『レスト、次の十字路を右だ』

『右だな、了解』


 俺は背後を少しだけ振り返り、後ろの人物に次の方向を伝える。


「次は右に曲がるぞ」

「み、右やな……」


 俺の言葉を受け、彼女は歩みを合わせる。俺が無理に動けばきっと服の背中部分がちぎれる。それくらいの力強さを背後から感じた。なんなら服の繊維が千切れる感触が伝わっているのだ。ついて来れるようにゆっくり歩こう。


 それにしても地下遺跡の内部がここまで広い空間だとは思わなかった。歩いている時に魔晶石に触れないように、と注意するまでもないのだ。なんせ縦にも横にも俺の身長の4倍くらいはある。

 あちこちに巨大な魔晶石が壁や床にあっても通行に問題はなかった。


『本当に広くて複雑な遺跡だな。地上まであとどのくらいあるんだ?』

『建物でいうと大体1000階ってとこだな』

『多すぎないか!? 1000階も!?』

『元々は世界中の人や動植物を避難させる施設だからな。居住エリアだけじゃ無いぞ』


 自然をそのまま持ってきたような海や森林のある区域、工場が密集している区域、住居や商業施設が立ち並ぶ区域が幾つもあるらしい。


『色々あるんだな。時間が有れば遺跡の全エリア探検したかったよ』


 他の冒険者に見つからず今まで手付かずだった広い遺跡だ。デバイスで調べても何の情報の出る事のない。未知が詰まっている場所なのだろう。気にならない筈がない。


 けれども俺は地下遺跡アルテイアを一刻も早く出て港町ブルーローズに帰らないといけない理由がある。


 何故なら俺自身の魔石を回収しないといけないのだ。


 俺の体の中にあった筈の魔石が今現在、体内に無いらしい。

 魔石が無ければ魔術なんて使えない。加えて饅頭を入れるバングルの容量なんて増えっこないのだ。手に入れたバングルは使えないままの飾りだけなのは困る。増え続ける饅頭の置き場所を増やすために、俺は魔石を探しに急がねばならない。場所の目処はつけてある。


 俺が記憶を失って目覚めたあの森だ。


 森に行くにはまず、この1000階もの巨大な地下遺跡を出なければならない。


『メインコントロール室ってどこにあるんだ? 500階くらいの遺跡の中心地とかか?』

『場所は今レストが居る位置から近いぞ。中央には何も無い広い空間だけだ』


 メインコントロール室は最下層付近にあり、割とすぐに辿り着けるそうだ。全ての施設をコントロールするなら遺跡の中心部にあると思っていたが違うらしい。

 地下遺跡のど真ん中には広くて何も無い空間だけらしい。


 地下遺跡の構造としては、その何も無い空間を取り囲むようにして、遺跡が存在している。

 何も無い空間を作るなんて、せっかく作った施設が崩れやすくなったりしないのだろうか。


『? どうして中央には何も無いんだ?』

『今は無いが、中央には擬似太陽が存在したんだよ』

『擬似太陽……』


 地下にある遺跡だから日の光など当然差し込まない。だから太陽をそっくりそのまま再現出来る装置を開発して運用していたようだ。地下遺跡の擬似太陽とやらは本物の太陽より小さいがそれでも莫大なエネルギーを秘めているらしい。


 何故擬似太陽があったのかというと、遺跡に住んでいた人々や動植物の日常生活の為だけでは無く、空気中に溢れかえる魔力の消費を目的に運用する意味合いもあったようだ。


『その中央付近にはいくつか高速の昇降機がある。遺跡のメインコントロールを動かして使え』

『了解』


 昇降機ですぐに地上に上がれるのならばそんなに慌てる必要も無いだろう。今は動いていないという擬似太陽とやらもゆっくり見てみたかった。メインコントロールを動かした後、擬似太陽も動かしてみる事を提案してみようか。イースやアールが居れば擬似太陽も動かせる気がする。


『それより、後ろに引っ付いてる奴を何とかしろ。いつまで経っても出られんぞ』

『そう言うなって、遺跡の明かりをつければきっと大丈夫だろ。アールは追加の火種頼むよ』

『……仕方ないな』


 俺は今は止まりそうなほどにゆっくりとしたペースで歩いている。遅いには遅いが、背中の布を太いドラゴンの腕で強く握りしめられている以上はどうにも出来ない。急に動けば俺の服が無惨に破けるだけだろう。なんせ今さっきビリっという音が聞こえたからな。間違いない。


 遺跡に入ってからのイースはこのように張り付くだけの状態になってしまったが、以前に何度かこの地下遺跡アルテイアには来た事があるらしい。

 前回に来た時は遺跡に一歩足を踏み入れれば明かりがついたらしいのだが、今回は何故か明かりがついていないそうだ。突然明かりがつかなくなって暗い上、まさかの幽霊がいる可能性が高いとなれば怖いのもわかる。

 彼女はしばらく俺の背にしがみついて歩いた後、ぼそりと呟いたのだ。暗闇さえ何とかしてくれれば大丈夫だと、聞こえない程の小さな声で途切れ途切れに呟いていた。聞こえる様子から明かりだけで解決するのか俺は不安に思ったが、本人がそう言うならきっと大丈夫なのだろう。


 また後ろからぼそりと呟く声が聞こえてくる。


「なんか……喋らん……?」


 静かなのは怖いのだと俺の背中を強く握りしめる彼女。その小さな言葉は空気に溶けて消えてしまいそうだった。


 俺とアールが脳内で会話していてもイースは聞こえないのだ。彼女にとっては無言で歩いているだけの時間だったことに気づく。

 無言の時間で余計な不安を抱くより、別の話題で気を紛らわせる方が良いだろう。


 俺は少し気になっていた事を彼女に聞いてみた。


「そうだ。イースは割れた鏡で自分を見たか?」

「鏡?」

「ほら、俺のポケットに入ってる鏡だよ」


 割れた鏡を彼女が見た時、何が映るのか気になっていたのだ。現実をそのまま映さない奇妙な鏡だが、始祖竜がその鏡を見た時は食い入るように見ていたのだ。イースが見ればまた違うのだろうか。


 彼女は俺の後ろポケットから鏡を取り出す。

 ぴたりと止まる彼女の足取りに釣られ、俺も足を止める。


「……真実の鏡」

「あれ、知ってたか?」

「知っとるも何もニュースで出てたで」


 美術館から盗まれたが、ただ割って捨てられていただけだったと記事で公開されていたらしい。犯人は捕まったそうなのだが、犯行の動機は不思議な程に情報が出ておらず、ただの愉快犯だったのではと世間で噂されている。

 そして現在、盗まれた真実の鏡は、美術館に割れた部品が戻されて修復中らしい。


「ブルーローズで拾ったんだよな。これ、美術館に返した方が良いか」

「まぁ、返してくれ言ってんなら返す方がええやろな」


 俺に割れた鏡が手渡される。勝手に拾ってしまったのでなんだか少し気まずい。美術館ではこの真実の鏡に関して、鏡を目撃した人は最寄りの詰所などで申し出て欲しいと呼びかけられているらしい。見たとか拾ったとかでの罰則は特に無く、純粋に鏡による悪影響が無いかの確認だけだそうだ。


 チラリと鏡を見た彼女は苦笑して俺に鏡を返す。

 聞けば昔の姿が見えたらしい。なんだか益々よく分からない鏡だ。


 返された鏡をチラリと見やると、鏡越しにまた人影が見えた。


 見えた人影はゴーストだった。正面の通路に立っている。

 今度ははっきりと見えている。


「……うん?」


 鏡越しに見えるゴーストは十字路の正面を指差していた。


「な、何や……? なんか見えたんか?」

「あぁ……いや、別に大した事は無いんだけどさ」

『行かなくても良い。そっちには何も無いぞ』


 割れた鏡を手で隠し、イースに見せないようにする。ゴーストのいた場所を横目で見ればうっすらと輪郭が見える。恐らく意識して見ないと気づかないだろう。


 ゴーストが指刺すのは正面の道だ。アールが何も無いと言っているが、ずっと正面を指差し続けている。


『何も無くても、見て欲しい物があるって事だろ?』

『……それは、そうだな』

「レスト、右に曲がるんとちゃうんか?」


 俺は右に曲がりかけた足を止め、正面の道をイースに指し示す。


「やっぱり俺、ちょっと探検してくる」

「探検? ここでか??」


 何も無いとイースも言っているが、ゴーストが指し示す方向が気になるのだ。それに純粋に探検したい気持ちが抑えられなくなってきた。


「怖かったらここで待ってても良「僕も行く」……分かった」


 そして方向を変えて正面の道へ向かい、しばらく歩いた時だ。ある壁の向こうにゴーストの彼女が消えていってしまった。


「壁の向こうに特別な部屋でもあるのか?」

『焦げた部屋だけだよ』

『ゴーストはなんて言ってるんだ?』

『……骨をネズミに齧られるのが嫌だから何とかしてくれってさ』

『骨を齧られるのは嫌だよな。ゴーストに分かったって伝えておいてくれ』

『寄り道してまでする必要無いだろうに』


 なんだかんだで文句を言いつつもアールは伝えてくれたようだ。けれど、ゴーストを手助けするのを嫌がるというよりも、俺が寄り道する事に対して嫌がっている気がする。

 俺たちは壁をすり抜ける事は出来ないので、周囲をぐるりと周り込み、入り口まで向かう。


「……確かこの場所はパンドラが使ってた部屋やな」


 地下遺跡が滅ぶ前の随分昔では呪術の研究をする場だったらしく、初めから立ち入り禁止で彼女は存在すら忘れていたらしい。

 それよりも、聞き覚えのある名が出てきて俺は少し驚いた。


「……パンドラ?」

「せやで。あ、ここに解呪の方法あらへんか!?」

「お、おい急に押すなって!?」


 ここで呪いの研究をしていたのなら何か解呪の方法も残っているのではないか、と急に元気になった彼女が俺の背中をぐいぐい押してくる。あくまでも俺が先頭らしい。


『そこには何も無いって言ってやれ』

「なぁ、アールがここには何も無いって言ってるぞ」

「え? 無い……んか」


 途端に肩を落としてただ俺にしがみつく彼女。気を落としているところ悪いが、気になる事ができたので聞いてみる。


「それよりさ、パンドラって魔王パンドラの事か?」

「魔王パンドラなぁ……多分そうやろ。あの男やったら魔王やとか名乗ってそうやし」

「うん? ……男? 女じゃなくて?」

「そこ気になるとこなんか?」

「俺は、勇者パーティーが倒した魔王は女だって聞いてたぞ」

「へ……? あぁ、そういえば魔王が勇者達に倒されたってニュースになってたな」

「おい……アール?」

『……』


 何でこんなに食い違った情報が出てくるのだ。

 それに、アールは何故かずっと黙ったままだ。


「僕の知ってる呪術師パンドラはまだ生きとる思うで」

「なんでそう言い切れるんだ?」

「だってなぁ。女体化の呪い消えとらんし」

「呪いが消える……?」


 たったひとつだけの呪いなのに簡単には解呪出来ないようだ。いくつもの呪いを混ぜ合わせてから、取り出した呪いだから変な呪いになってしまっているようだ。引き離しても絡み合った呪いだからまとめて消すしかない。


 そして呪いを解呪するのに一番手っ取り早い方法がある。


「術者が死亡すれば、大抵の呪いは消えるか弱体化するで」


 生贄を捧げ続ける仕組みを作ったりと、呪いを継続させる事の出来る例もあるようだが、それは別人が作った呪いを追加で絡める事となり、綻びやすく徐々に弱くなっていくそうだ。


 そしてこの魔王の呪いはパンドラひとりが作り上げた呪いだ。


「パンドラも想像以上に魔力過剰症が進んでたからな。もう体が持たんやろ。どんくらいかは知らんが、そう長くない内に弱体化くらいはするやろ」


 アールさんにかかってる残りの呪いは弱体化していないからまだ生きている。イースはそう言った。


「大方、この女体化の呪い使って逃げとって、途中で替え玉と入れ替わったんちゃう?」


 魔族が女しかいないと世間で言われている。しかし実際にはそんな事は無く、呪術師パンドラが男であったら?

 世間の目をくらませる為に女体化の呪いを作ったのも納得が出来る。


『アール』

『……なんだ』

『魔王パンドラは勇者パーティーが倒したんだよな?』

『……合ってるよ』


 アールは俺に嘘をつかない。

 アールは勇者パーティーの一員として同行し、その場の全てを目撃している。

 だから魔王パンドラが倒されたのは事実だ。


『お前が今持ってる呪いは魔王が持っていたもので合ってるな?』

『……イエス』


 魔王パンドラを倒した際に呪いが体から溢れ出したそうだ。それも確かな事実。


『今アールが持っている呪いの、その術者は……生きているのか?』

『…………イエス』


 やけに苦々しいアールの返事。

 きっと俺に知られたく無かった事なのだろう。

 アールは知っていた。


 魔王パンドラと呪術師パンドラは別人なのだと。

 そして勇者パーティーに倒されたのは魔王パンドラの方だった。


 それはつまり、魔王に呪いをかけた術者は……呪術師パンドラは未だに生きている。

















 ある洞窟の中、巨大な魔晶石に囲まれた場所に1人の男が座り込んでいた。彼はデバイスを手にして届く言葉を聞いている。


『——地底都市アルテイアから回収した装置は修復完了しました。ご安心ください。後始末は順調に進んでおりますわ』


 パンドラ様、と女性の猫撫で声がデバイス越しに届いた。


「ご苦労。サラ」

『全てを精算して貴方様とお会い出来るその日を楽しみにしておりますわ』

「あぁ」


 女性の声に短く答えた後、彼はすぐに通信を切断する。

 彼が顔を上げたその目の前には巨大な魔晶石の山々。色は真っ黒で中身は全く見えない。けれど彼にとっては見えているのだろう。

 じっと特定の場所のみを見つめ、周囲に置かれた魔晶石を見渡す。


「アイーダ、キオル、リラストラ……」


 彼は誰かの名前を呟きながら魔晶石に近づいて触れる。その後に激しく咳き込んだ彼は赤紫色の痰を地面に吐き出して荒い息を何度も繰り返す。


 治療法など存在しない病。過剰な魔力に彼の病弱な体が耐えきれず、じきにやって来る死を待つだけの日々。

 しかし、ここ最近では前よりも咳き込む頻度や血痰の量は減り、彼は体が不思議と軽く感じていた。


「っ、何故……まだ生きて居られるのか」

『何故だか知りたいですか?』


 突如として、ひとり隠れ住む洞窟に聞き覚えのない精霊の声が聞こえた。


「……誰だ」

『貴方に死なれると困る存在がいるから、ですよ』


 だから生かされている、と淡々とした返事がどこからともなく周囲に響く。この洞窟にはパンドラと呼ばれた男性以外に動く生き物は存在しない。


 直後、洞窟の天井にある影がひとりでに大きく揺れ動いた。


『申し遅れました。僕はライと言います。貴方に良いお話を持ってきました。聞きたくはありませんか?』


 声の主である"影"はライと名乗り、呪術師の男パンドラに語りかけたのだった。

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