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地下遺跡アルテイア

 ここは死の谷と呼ばれる深い谷の底。周囲は闇に包まれており、見上げたところで地上の景色は全く見えない。それどころか、今いる場所ですら浮かぶ炎の明かりがないと伸ばした俺自身の手すら見えない有様だ。


「でやぁぁぁぁぁぁっ、ぉぁあ!?」


 俺は目の前にあるだろう壁を目掛けて走り、垂直に駆け上がる。勢いを真上に、体は壁と並行になるようにして素足で岩の突起を掴むように蹴り上げる。

 駆け上がり始めは上手く上がれたものの、走り続けるにつれ岩の突起は俺の体重を支えられず崩れ落ち、駆け上がる勢いを保つ事が出来ずに谷底へと落下していった。


「っ、ぉおおちっ!」

「ちょ、ちょい! 君なぁ!?」


 落下して宙に放り出される俺は巨大な何かに背中から包まれるように受け止められる。視界の端には巨大な竜の爪、そして竜の鱗が見える。俺を受け止めたのは大きな竜の腕だ。


「イース」


 ありがとう、と彼女へと振り向いて礼を伝える。彼女は俺の顔を見た後、ほっと安心した表情を見せた。

 どうやら俺が駆け上がった時すでにイースは腕を変化させていたようだ。彼女は俺を地面に下ろした後、ドラゴンの鱗に覆われた巨大な手をバキリバキリと音を鳴らして人の手に戻していく。


 彼女は体をドラゴンの姿に変化する事が出来て、今のように腕だけでは無く足や胴までも可能だ。けれども目元だけはドラゴンのまま戻せないらしい。

 彼女が変化するドラゴンは世界の始まりに存在したとされる始祖竜グラフォリオンのもの。俺はドラゴンに変化するイースは格好良いと思うし好きだが、彼女は非常にドラゴン嫌いである為、毎回人の姿に戻る。戻せない目元は本人が見たくないし他人にも見せたくないのだと、ゴーグルをつけて隠したりフードを深く被っている事が多い。


 彼女はその瞳を、見られたくないドラゴンの瞳を俺に向ける。ゴーグルが壊れ、隠せない瞳を気にすること無く。


 俺に向けられた竜の瞳は呆れ返っていた。


「いきなり走り出すって……何考えとんねん」

「地上まで駆け上がれるか試してみたかったんだ」


 俺の言葉に彼女は脱力する。俺も分かってはいる。駆け上がれないかもしれないと俺も思ったが、試したくなるのだ。それは仕方ない。あと、少しでも駆け上がれた時は楽しかった。

 そんな俺をよそに彼女はぐるりと周囲を見渡してある方向へ足を向けていた。


「んなアホな事してんと。さっさと行くで」

「行くって何処に?」

「決まっとるやろ」


 イースは俺へと振り返り、指を真上へと向けた。


「地上へと繋がる地下遺跡によ」












 俺とイースがこの死の谷に落ちたのは、魔晶石の中に封じられていた魔族たちを倒す為だった。

 ある事件をきっかけにイースが正気を失い、完全なドラゴンに変化して遠く離れた死の谷に落下した。落下地点には魔族を封じていた魔晶石があり、中から魔力の毒に侵された魔族たち5体が恐ろしい姿となって出て来たのだ。

 出て来た魔族たち、ポーン5と呼ばれる個体は魔術を使う上、最悪な事に攻撃をすり抜ける技術を持っていた。攻撃が効かず消耗する一方だった俺たちは落ちたら這い上がって来れないという死の谷にポーン5を突き落とす事に成功したものの、俺はポーン5に足を掴まれてしまう。

 俺はポーン5もろとも死の谷に落ちようとすると、イースが言ったのだ。何も言わずに自己犠牲で消えるな、と。

 イースの言葉で俺は決めた。どんな強大な敵だろうが勝つと。

 そしてイースと共に俺は地の底まで落ち、ポーン5をくだしたのだ。


 そして今現在、谷の底に落ちたのは俺とイースの2人だけだ。俺たちは地上で待つアールとイノ、グラフォの元へと帰るのだ。


『地下遺跡アルテイアに入るなら、そこの入り口が一番近いぞ』

「……ここが地下遺跡か」


 アールの案内で示された場所。そこは崖を少しだけ登った所にぽっかりと穴が空いていた。その穴の内部の床や壁はつるりとした質感で明らかに人工物と分かるものであった。


 遠い昔にあった地下都市らしい。都市名は"アルテイア"。ロストテクノロジーの塊のような都市らしい。

 今は人っ子1人いない古い遺跡だ。


「何でこんな暗いんや」


 イースは地下遺跡の入り口に入ると、その場を少し動き回ったり手を頭の上で軽く何度も降っている。


「何をしているんだ?」

「明かりをつけよう思ってんけど……点かへんわ」


 何でや、と彼女は不可解そうにうんうん唸り、眉を寄せている。聞けばこの地下遺跡は人の存在を検知して明かりがつくようになっているらしい。


『メインコントロールが完全に機能停止しているぞ』

「老朽化やろか。僕以外には誰も来んはずやし」


 メインコントロールとやらが機能していないらしい、と俺はイースに伝える。

 世間には発見されていない遺跡だから冒険者にうっかり壊されるのは考えづらいらしい。それならただ古くなってしまっただけだろう。

 けれども今現在、遺跡内で明かりがつかないのならば俺たちが灯りを持ってくるしかないだろう。


「アール、炎で周囲を照らしてくれ。火種は持ちそうか?」

『スクロールの枚数は心許ないな。念の為、次の火種用に落ち葉や木を乾燥させておくが、早めに施設の照明をつけるようにしろよ』


 この地下遺跡は複雑な作りをしていて、空気の流れが良くない場所もあるらしい。遺跡内の明かりがつかないならば恐らく空調も効いていない。炎での灯りは息苦しくなる可能性がある為、早めにメインコントロール室へ向かって照明をつける必要がありそうだ。


「早よ行ってメインコントロール設備の修理しよか。スクロールはあんまり燃やさんようにしよな……それ燃えやすくて持続性あるってのは知っとるけど」


 ふわりと俺たちの周囲を明るく灯す炎。イースはそれをぼんやりと虚に見つめる。


『イノは嬉々として燃やしてるぞ』


 イノはアールと一緒にいるのは炎の精霊のことだ。ずっと昔からイースと行動を共にしている。いわば家族のようなものらしい。角灯の中にある赤い精霊石の中に入り明かりを灯している様は、まるで街灯のようだ。


 俺たちの周囲をぷかぷかと浮かぶ炎は精霊のイノがスクロールを燃やしたもので、それをアールが遠隔操作している。


「スクロールって燃やすものじゃないのか?」

「そんな訳あるかい!?」


 彼女は必死で俺にスクロールという存在を説明する。

 スクロールには写真のような絵と複雑な模様のものが存在している。紙は魔力を織り交ぜた特殊なもので、物に押し付ければ押し付けた物が紙の中に入るらしい。

 そして複雑な模様は魔術を込めるものだそうだ。インクは魔力がふんだんに込められた特殊なものを使用していて、魔術を発動させる為の陣をあらかじめ描いておくのだそうだ。そうする事により、ほんの少しの魔力を通すだけでどんな複雑な魔術でも発動出来る優れ物らしい。


 そんな便利な物だったのか。元々このスクロールはポーン5の体内に収納されており、戦闘中で詳しくは見れていなかったから少し興味がある。


 火種として全部燃やしてしまう前に進もう。と、俺は真っ暗闇な通路の先を見た時、あるものを目撃した。


「じゃあ早く先に進……ん?」

「どないしたんや」

「通路の先に一瞬だけ人影が見えた」

「……」


 ここで人に遭遇する事なんてあるのだろうかと疑問を持っていると、俺の背中の服をイースががっしりと掴んだ。


「? どうかしたのか?」

「……先に」

「え?」

「先に歩いてくれんか」


 俺は振り向きイースを見ると、彼女は俺の服を破れそうなほど力一杯握りしめ、俯いて地面を見つめている。

 この状態だと周りなど一切見えないだろう。


 ……いや、まさか見ないようにしてるのか?


「……目は開けてるのか?」

「目も閉じとる」


 見ないようにしていたようだ。

 聞こえるか聞こえないかくらいの音量でイースが呟いた。


 幽霊、苦手やねん。


 力押しで勝てへんやん、と更にか細い声が聞こえた。どうも俺の言葉が原因だったようだ。

 さっき人影が見えたといっても、迷い込んだ人が居たか、俺が見間違えたかだろう。

 アールなら遠くからでも見えるだろうし聞いてみるか。


『アール、地下遺跡アルテイア内に生きた人は今いるのか?』

『いないぞ』

『……ゴーストとかの、死霊は?』

『いる』

「イース、目は閉じてて良いからさ。曲がる時に声かけるから聞いといてくれよ」

「び、びっくりさせんのとかは無しやからな」

「分かった」


 進む方向性が決まった。イースがついて来れるようにゆっくりしつつ、メインコントロールまでを最短で行って地下遺跡の明かりをつける。


 俺は地下遺跡アルテイアの中心部へと歩みを進めた。

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