俺の魔石はどこいった?
動く石に押し潰される音はなかった。直前に見えたのは大きな石をするりとすり抜ける黒い巨体。ずしりと叩きつけられた石はヒビのひとつも入る事なく地面を揺らす。
地面が揺れたその直後、つんざく悲鳴が鼓膜を揺らす。重なり揺れ合う嘆きの声は地面の下へと遠のき消えていく。
「……随分と地面深くまで、すり抜けていったな」
聞こえた声からして、地面まですり抜けてそのまま深くまで落下したようだ。こうなってしまえば、途中ですり抜ける事を辞めても地下深くに埋まったまま。地上に戻る事は難しいだろう。
イースは動く石から手を離す。労いの言葉をかけようと俺が近づくと、イースが足元をふらつかせた。傾く体の彼女を支えようと手を伸ばすものの、腕で受け止めた見た目に似つかない重さに耐えきれず俺まで転んでしまう。
「っと、おぉ!?」
「っ、すまんな」
イースは疲れた口調で俺に詫びながら起き上がろうとする。俺は彼女に手を貸して2人地面に座り込み息をつく。
「今日はやけに疲れが早いわ」
「かなりの数のブレスを吐いていたからじゃないか?」
「なんやそれ」
この場まで飛んで来た時に何度もブレスを放っていた事を伝えると奇妙なものを聞いたとばかりに俺を見て顎に手を触れ考える。
イースが完全に始祖竜となっていた時ははっきり覚えていないようだ。
ただひとつ、微睡の中で誰かが呼んでいた事は薄ら記憶にあるらしい。
「……通りで変な所におった訳よ」
魔晶石に触れとったか、と彼女は息を吐き、動く石の地面を眺める。
俺もそうだが、イースもアールもそんな状況で戦えたものだ。
「勝ったな」
「勝ったわ」
俺とイースは無言でお互い手を挙げ、手のひらを打ち合わせた。打ち合わせたイースの手はまるで壁のように微動だにしない力強さだ。これだけ力が強いのにあの石を持ち上げる時に苦労していた。疲れていたとはいえ相当の重さだっただろう。
「あの石、かなり重かったんじゃないか?」
「せやなぁ。待てるけど、見た目以上に重くてびっくりしたわ」
彼女は頬を掻き苦笑する。そもそも動く石は谷を掘るというものだから、並大抵の重さではない。
「君もようそんだけ長いこと動けるよな」
「実は腹減り過ぎてもう動けない」
俺は饅頭を取り出してイースにも差し出す。
「食うだろ?」
「貰うわ。こん中の饅頭は店用やからな」
イースは腕につけたバングルをチラリと見やり、俺が渡した饅頭を大口を開けて齧り付く。そういえばイースは受け取った饅頭から神気を抜いた後、全てバングルへと収納していたのだ。だからイースが出せるのは店に出す用のみなのだ。今食べる分は俺かアールかがイースに渡す必要がある。
「あれ? そういえば饅頭を持ってるのは俺たち3人だけだよな」
思えば、俺とイースとアールの3人が町から随分と離れてしまっているのである。今現在、まんじゅう屋には女将さんと娘さんのティーラだけ。そして店で提供するはずの饅頭はバングルの中。つまり店で出すはずの商品がまんじゅう屋には無いのだ。店舗に商品が無い。店が開店していても客に饅頭を提供出来ない。
だから今更ながらに気づいたのだ。
「待て待て、初日に開店休業じゃないか!?」
「……やばない?」
『ティーラにボクのバングルを渡してある。上手く饅頭を出せているぞ』
アールは悪びれも無くそう答えた。宿の切り盛りをしているティーラがバングル内の饅頭を提供出来ているらしい。
そうか、なら良かった。
……じゃなくて。
「渡した!? アールのを!?」
『使い方も教えたから問題ない』
「そういう問題じゃないだろ!?」
アールがティーラにバングルを渡したようだとイースに伝えると、彼女は驚きで目を見開き、諦めたように手で顔を覆った。
「ギルドにバレたら大目玉やな」
『ボクが持つより断然良いだろう?』
「……今回はティーラに渡して助かったから……まぁ良い、か……」
「僕とレストが持っとったら十分よ」
イースがバングルをとんとんと指で叩いてみせる。
彼女の言うとおり、アールが持っていなくても俺とイースが持っているから問題はない。
しかし俺も持っているとはいえ、使えなければ意味はない。
「俺は未だに使えないんだよな。でもイースはすぐ使えてたよな。確か魔術が使えないって言ってただろ?」
どんな生物でも量の差はあれど魔力は持っているのだ。たとえ魔力が空になっても休めば徐々に魔石に溜め込まれるから、バングルを所持していれば魔力がどんなに少なかろうが容量は確保できるのだ。
問題は俺とアールとイースの3人のうち誰がバングルを開けられるかだった。アールもイースも魔術は使えないと言っていたから、俺が練習して使えるようになればそれで解決すると考えていた。
しかし一番に使えるようになったのは俺ではなくイースだった。
「魔道具くらいなら使えるんやけど、魔術は使おうとしたら暴走するんや。デカい魔石なんかあってもコントロール出来んと意味あらへんよ」
胸に手を当て、彼女は自嘲するように笑う。
「そもそも、元々は僕の魔石ちゃうから」
自分の物でない魔石を使用して魔術を使うのは困難なのだという。例えば、亡くなった人の魔石を使って魔術を使う事も出来るそうだが、血縁や相性に大きく左右されるらしい。
イースの場合は人の魔石ではなくドラゴンで、更に始祖竜という特別な魔石だから余計にコントロールが難しいらしい。
「でも助かったよ。イースのお陰で饅頭の置き場が出来た」
「まぁそらデカい置き場やろな。僕の体内の魔石以上に大きいものなんてあらへんから」
「最大魔力量が大きければその分の容量が使えるんだよな?」
「せやで。魔力量の大きさは、魔石の大きさとほぼ同じやから、魔石が大きけりゃ容量も広いんや」
人の最大魔力量を知るには魔石の大きさから調べるそうだ。そもそも魔石の容量以上の魔力を体に取り込んで使用すれば確実に体に不調をきたすらしい。
「レストとアールさんは魔石大きい方なんか?」
「俺はどのくらいか知らない。アールも知らないんじゃ……いや…………そういえば実家に自分の魔石を送ったとか言ってたな」
「へ?? アールさんの体内に魔石無いん?!」
魔石が無ければ魔力の毒が体内に蓄積するのみで、魔族のように肌の色が変化したりする。アールの場合は呪いで不調らしいが魔力の毒に関しては問題ないようだ。
『ボクのチカラはそもそも魔力を食うからな』
「饅頭パワー……神気が魔力と相性が悪いって事なのか」
「うわ……ほんまや」
確かに神気が魔力を消しとるわ、とイースが饅頭を食べて茫然自失につぶやいた。
「これ……多分やけど、食べ過ぎたら魔石の中の魔力まで減るで」
「じゃあ俺は饅頭の食べ過ぎでバングルが使えないのか?」
通りでバングルを開ける練習してもうんともすんとも言わない訳だ。
「そんでアールさんの場合は魔石無いやろ? 魔道具使うのも無理ちゃうん?」
『使えはする。壊れるが』
「それは使えるって言えるのか……?」
本来の方法では使えないから強引に使用するらしい。アールによれば、バングルは容量も関係するから一回開けて壊すより渡した方が良いと判断したのだという。
「ティーラに渡すのが一番やったって事か。にしても腹から魔石を取るてとんでもない事するやん」
「魔石って腹にあるのか?」
「せやで、位置はへその下あたりやな」
「へその下か。……へその……下……?」
俺の場合、へその下辺りは割れた鏡に映っていなかった気がする。
俺の体が映るか当たらないかのギリギリの境目。
そんな場所に魔石があるらしい。
「……」
「なんや、どうしたんや?」
「アール……その、変な事を聞くけどさ」
『イエスかノーなら答える』
「俺、今さ。体内に魔石が有るか?」
『ノー』
今、俺の体に魔石は無いようだ。
……あれ? 俺の魔石はどこいった?
もしかしたら割れた鏡に映っていない足と関係しているのだろうか。
「……ついでに聞くけどさ、俺の足って『あるだろ』あ、るよな、うんそうだよな……?」
今はまだノエルの返事は来ていない。何もなければ何も無いのだと連絡をするように頼んでいるのだ。きっと何も無かったのだと連絡がくるだろう。念の為にデバイスを確認しようと手がポーチを探ろうとして気づく。
ポーチが無い。
「……デバイスをポーチの中に入れてあったんだった」
ポーチは始祖竜のブレスで燃えた。割れた鏡以外の中身もきっと跡形もなく消えたのだった。
足が無いなんて、きっと俺が気にしすぎなのだ。
悩む思考を振り払い、他の可能性は無いかと思案する。
残る可能性があるならば、アールが俺の怪我を治した際に魔石を森に落としたままだということだろうか。俺が目覚めた時は周囲が血まみれだったので腹が裂けるような怪我だったかもしれない。アールのチカラは魔力と相性が悪いそうなので可能性としては大きいと思う。
「……人の魔石ってどんな見た目なんだ?」
「ただの黒い石っころやで」
『レストが学園祭で見た魔晶石を小さくしたようなものだな』
魔石には魔力が含まれていなければ紫の半透明な石らしい。魔力が込められているとドス黒い色になり、そこら辺に落ちている黒い石と変わらない見た目だという。
俺が目覚めた場所は血まみれで地面は赤黒く染まっていたのだ。そんな血溜まりの跡に黒い石が落ちていたかなんて見ていないに決まってる。
「イース」
「嫌な予感しかせんのやけど」
「もしかしたら俺の魔石さ。森に落としたかもしれない」
「ほんなら早よ拾て来てもろて」
「ちくちょう! 一刻も早く町に帰るぞ!!」
君らなぁ、と呆れるイース。追加の明かりは少ないぞと言うアールの声を耳にしつつ、俺は焦りを感じ見えない地上を仰ぎ見るのだった。
二章 竜の瞳にいのりを灯せ 完結
次章 三章 太陽が堕ちた日
66話は小話を挟みます。
三章は67話から開始予定です。
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