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ポーン5

 不快を感じる音が回り、徐々に大きくなっていく。鼓膜が破けそうな程の耳鳴りが絶えず、両耳を塞いでも聞こえてくる程の嫌な音だ。

 音の発生源は元々人の形をしていたであろう生命体。今は人のパーツの名残だけを残して黒い肉塊となっている。体のあちこちが肥大化し過ぎて一目見ただけでは誰もが人とは思えないだろう。


「こいつ、が? 本当に魔族……なのか」

「魔晶石に封じられていた奴だナ」

「石の中に居た魔族、か」


 始祖竜となっていたイースが落下した地面に魔晶石が埋まっていたようだ。その魔晶石から出てきた魔族が目の前にいる大きな黒い塊らしい。


 不快な音が共鳴し終え、代わりに人の呻き声が黒い一塊のあちこちから発生する。会話の様にも聞こえていた呻き声がふと途絶えた後、飛び出た手足を動かし転がりながら俺とアールの方へ近づいてくる。


「アールはイノ達とここから離れろ」


 アールの前に躍り出て、やってくる黒い塊、ポーン5を遠ざけるために駆け寄り、真横に蹴りを叩き込む、が。


「はっ、え!?」


 非常に軽い蹴りの感覚。魔族が5人分まとまってひとつになっているのだから、蹴り飛ばす衝撃もきっと5人分の重さのはず。それだけ重いはずなのだ。


 しかし蹴った感触は空気のようだった。


 空気のように軽いどころか。


 すっ、と蹴りを入れた足がポーン5の体を通り抜けた。


「っ、すり抜けた?!」


 そしてポーン5の胴体ど真ん中を蹴り通った時、軽いものに触れた。俺はその感触に違和感を覚えたものの、その感触ごと思いっきり蹴り飛ばす。すると振り切った足の先。飛び出たモノがひらひらと舞いちる。

 すり抜けた敵の体内から出てきた物、それは。


「なんで紙が出てくんだよ!?」


 ポーン5の体から紙の束が大量にばらけて飛び出していったのだ。出てきた紙は写真のような詳細な絵が描かれていたり、複雑な魔法陣が描かれている。

 状況からして、絵が描かれたこれらの紙がポーン5の体に入っていたのだろう。どうして紙が体内に入っているのか、全くもって訳がわからない。


「おいレスト! 気をつけロ!」

「うおっ!?」


 目の前ギリギリに腕が何本も見えた。


 散らばった紙に目を奪われていて、真っ黒な腕が俺に向かって伸びているのに気づくのが一瞬遅れた。離れる距離を見誤ってしまっていたようだ。


 なんせ腕が異常なほど長く伸びていた。

 普通の人間相手で考えてはいけないらしい。


 人の身長と同じくらいまでに伸びた腕が視界いっぱいに広がる。


 何本もの黒い腕が俺の頬を掠め、慌てて後ろに下がる。ポーン5は腕を歪に伸ばしたせいか、重心が前に出て前のめりになって転倒し、倒れた状態で停止した。しかし震えるようにびくびくと体を何度か揺らした後、歪な長い腕を足代わりにして、べたりべたりと一手ずつ俺たちに近づいてくる。


 少し見ただけで分かる。異様な存在だ。

 しかし腕が伸びようが、歩行が可笑しかろうが、そんな些細な事は気にしてはいられない。

 それよりももっと気になる問題がある。


 何故、攻撃がすり抜けたのかだ。


 近づいてくるポーン5を観察しているが、かすり傷ひとつ見当たらない。防御が硬いのではなく、攻撃そのものが通じていないらしい。


 攻撃が通じないなんて、どうすれば良いのだろうか。一旦下がって作戦を練る必要があるようだ。


 俺は背後にいるであろうアールとイース、イノを探す。アールは姿が見えないが何処かで姿を消しているのだろう。

 イースは少し離れた場所にあった石造りの小屋の影に隠れ、古びて苔だらけの石壁から顔を覗かせ俺に向かって手招きをしていた。

 俺は木々や岩の陰で姿を隠しながら、イースの居る小屋に向かい、共に小屋の壁を背にして俺とイースのふたりで隠れる。イノはどこにいるのだろうか、と俺は周りを確認する。


(安心し、イノは街灯に戻った。アールさんと一緒や)

(そうか、アールとなら安全だな)


 俺たち全員が隠れた後、ぴたりとポーン5の動きが止まる。簡単に俺たちを見失ってしまうのかと思いきや、そうではなかった。


 すい、と一本の腕が俺たちの方向へ指を刺した。

 す、す、す、と他の腕も続けて指を刺す。

 指し示す方向は全て同じ。

 

 俺たちの隠れている方向を一斉に指差していた。


 完全にバレている。


 俺は壁に隠れるイースへ、バレているようだと首を振る。イースは石壁の向こうを覗いた後、難しい顔をして思案していた。

 イースは倒し方を考えているのだろうか。けれど、攻撃が効かない事にはどうにもならない。何かカラクリでもあるのだろうか?


「何でさっきの攻撃が効かなかったんだ?」

「ボディストレージやな。アイテムボックスの発展型や」

「アイテムボックスの発展型?」


 ボディストレージと呼ばれている技術で、アイテムボックスを身体に合わせて重ねる事で、体のどこからでも物を収納する事が出来るらしい。本来は収納しか出来ないが、熟練の戦闘員なら体に受けた攻撃のすり抜けが可能になるらしい。


 つまりは俺の蹴りも収納の技術ですり抜けられたという事だった。


 俺がすり抜けの仕組みを理解した瞬間。

 盾にしていた石壁から、飛び出たポーン5のひとつの顔。

 突然の登場に驚き、背筋が凍る。


 石の小屋をすり抜けられた。


 見ていないうちに距離をかなり詰められていたようだ。


 飛び出たポーン5はイースを見る。


 イースは顔を引き攣らせながらも、すり抜けてきた顔を目掛けて拳を放つ。その拳が見事命中したかと思いきや、ポーン5の顔をすり抜け石壁を砕くだけであった。

 瓦礫を作っただけでダメージひとつ無さそうだ。


 そんな俺たちの様子をお構いなしに、砕けた壁や瓦礫から更にすり抜けて飛び出るいくつもの黒い腕。


 俺は咄嗟にイースを掴もうと伸びる腕を横から鷲掴みにして投げ飛ばす。が、ポーン5を放り投げている瞬間、するりと手からすり抜けられる感覚がした。


「あぁ、くそっ!」


 俺は空気を振りかぶっただけ。地面に叩きつけてやる予定が逃げられた。すり抜けて中途半端に宙を舞うポーン5はべちゃりと地面に着地する。

 そしてまたずりずりと俺たちへと向かってくる。


「こんなの、どうやって倒せば良いんだよ!?」


 収納のすり抜けで攻撃のダメージを与えられない敵など、どうやって退ければ良いのか全く見当がつかない。


『攻撃を読まれるな! なるべくタイミングをずらせ!』


 アールは離れた場所にいるのだろう。頭の中から声を届けてきた。話を聞くとボディストレージが開かれる際に攻撃リズムをずらせれば、つまり敵に読めない攻撃をすれば良いのだという。それにボディストレージでも生き物は収納出来ない為、収納を閉じる時に弾かれて反動が入る。その反動を大きくすれば良いという事だ。武器を使わないほうが良いのは助かるが、タイミングをずらせなんて無茶を言う。

 地面を蹴り、ポーン5の目が付いている場所に向かって砂煙を立たせる。


『そのまま攻撃しろ!』


 周囲に小さな刃がきらりと反射するのが僅かに見えた。俺はポーン5を思いっきり横から蹴り上げ、てから途中で真上に蹴り上げる。

 ぶちぶちと何かを足で千切る音と柔らかい感触。俺が蹴り上げた直後にも風を切るナイフが黒い塊をざくりと切り裂く音が大きく聞こえた。


 甲高い断末魔が2人分、周囲を震わせる。


 ふたつの声が途切れた後、ひとつ、ふたつ、みっつと雄叫びや怨嗟の声が重なり、何本もの手足が地面を叩きながら俺に近づいてくる。


「攻撃通ったんだよな!?」

「ようやった! 今のでふたり機能停止しとる」

『あと3人分だ。でも、そう簡単にはいかんだろうがな』

「だよな。攻撃をすり抜けられるのはかなり厄介だ。戦闘用に特化させたアイテムボックスなんて」

「戦闘用とちゃう、一般人に広く親しまれていた技術や。昔はアイテムボックス内の物を精霊に盗まれてな。アイテムボックスの中身が触れられた際に分かる様にしとるだけや」


 常識扱いの技術だったから、正気を保てなくとも使えるという事らしい。


「へぇ、それじゃあ俺たちの饅頭も、精霊が食べてくれるかもな」

「……時間停止空間を操作出来る精霊は全部消滅か反転して消えてもうたよ」

「そう、か」


 そんな事を話していると、黒い塊がべたりべたりと勢いづけて俺に近づきながら、ひとつの声が奇妙な事を呟いた。


「……ぶ、うせ……な・い、えな……」


 ぶつぶつと呟く単語が出なくなったと思えば、細かったはずの真っ黒な手足が4本だけ膨らみ、筋肉質で太いモノに変化する。

 そして変化した手足によって追ってくるスピードが明らかに上がる。


 イースは砕けた大きな瓦礫を投げ飛ばすものの、太く変質した腕が瓦礫を簡単に破壊して前へと進んでくる。


「なんか進化してないか!?」

「近づいてあの手足には掴まれんようにな!」

「それじゃあ攻撃出来ないだろ!?」

『他の方法としては、体の体積分では収納出来ないくらいの大きな物で潰してしまうかだな』


 大きな物を相手に全身をすり抜けさせると、地面の下まですり抜けてしまい、重力で落下して地中に埋まるらしい。

 紙一重の使い方をしている為、地面に埋まる危険があるようだ。

 でも大きな物で潰すといっても、この辺に全身を潰せるような大きなモノが無いのだ。あの黒い塊の大きさは単純に人数分の大きさではないのだ。混ざっている魔族の全員が膨れ上がってかなりの大きさとなっている。


 つまりその方法は使えない。


「……俺たちが逃げたらポーン5はブルーローズまで着いてくるか?」

「ここはブルーローズからかなり距離があル。着いてくる事はまず無いナ」

「ブルーローズは問題ないやろうけど、近くの森の中に新しく開拓地が出来とるで」

「あぁ、すぐそこだナ。奴を放っておけば確実に蹂躙されるだろウ」

「それなら逃げる訳にはいかないだろ」


 今俺たちがどうにかしてあの怪物を倒さないと近くに居る人が被害にあうだろう。


 ここは引けない。


「アール、ここは死の谷付近だって言ってたよな?」

「おう、あそこに地面を割る大きな亀裂があル。世界一の深さで谷底は光が届かなイ。今も深くなり続けているゾ」


 今も深くなり続けるってなんだ。ただの谷だから生き物って訳でもないだろうに。


「今も深くなるって、どういう事なんだ?」

「ひとりでに動く石が谷底を掘ってる。ここの真下にある地下遺跡が影響しとるんやろうけど」

「動く石が掘る谷か、良いな。その谷にあいつを落とそう」


 深い谷に落としてしまえば容易には上がっては来れない。それに谷を掘る石が這い上がるのを邪魔するだろう。


「決まりだな。やるぞ」


 俺はやってくる黒い怪物を見据えたのだった。


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