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竜の瞳

 ピーリョロロと鳴き声が聞こえる。

 鳴き声の方向を見てみると見覚えのある一羽の鳥。俺のグラフォだった。こんなに空高くまで飛べるようになったのか。胸が熱くなりながら、グラフォに向かって手を振って呼び寄せる。


「こっちだ!」


 始祖竜は煩わしそうに羽ばたきを強めて風を巻きおこした。近づいていたグラフォはぐらりと体を揺らしていたものの、なんとか立て直そうと羽ばたいていた。

 始祖竜はそんな様子のグラフォを見て口を大きく開き。


「離れろグラフォ!」


 グラフォは俺の言葉と同時にすぐさま羽を畳み、自ら垂直に落下していく。


 直後、グラフォが寸前まで飛んでいた場所に炎の柱が突き刺さる。落下するグラフォへとブレスが追ってくる。追いついてしまうかという所までブレスが近づいた時、ブレスが続かず細くなり消える。


 ブレスまでの挙動が大きくて助かった。俺は無意識に息を吐く。

 しかし空気をも飲み込み焼きつくす程のブレスだ。グラフォは軽いから近づくと吸い寄せられてしまうだろう。

 ポーチだけを指差して、向かって来ようとするグラフォに指示を出す。


「良い! そのまま放り出せ!」


 グラフォは加速していき、俺へと打ってくるようにポーチを投げる。そんな小さなポーチですら、始祖竜はめざとく捕捉し、振り返りながら口を開く。


「早っ!」


 ブレスの威力は小さかったものの、放つまでの時間は非常に短かった。

 目の前でポーチが青白い火柱に燃やされる。


「あぁ、くそっ!」


 青白い炎がポーチを的確に貫いた後、役目を終えたかの様にブレスが細い線となり薄れていく。細めていた眼を開くと、周囲には燃やされて消し炭になったポーチの残骸が散っていた。

 その消し炭の付近からパチンと弾ける音と共に、様々な物が一斉に空へと散らばる。


「ポーチも中身が出るのかよ!」


 アイテムボックスの所有者が死亡すればその中の物が散らばる。どうやら魔術付与されたポーチも例外では無いらしい。ポーチの中身まで全て燃やされると考えていたから運がいい。


 しかし、ばらけた中身に再度ブレスを放とうとする始祖竜。


「グラフォ!」


 ひとつだけでも、と俺は思い、宙にバラけた物のうちの一つを回収する様に指を刺す。グラフォは風を切り俺の指差すものを瞬時に空から掠め取った。直後にブレスがグラフォの近くを貫き、轟音を響かせる。放たれたブレスは空に散らばるものを焼き尽くしていき、グラフォが回収したもの以外は大気のチリとなった。武器も全て燃えてしまった上に、回収したのは割れた鏡だけだった。ナイフ一本すら手元には無い。

 俺が道具なしで始祖竜を落とすしか無い。


「くそっ、やってやるよ!」


 作ったロープを活用する為、背中の突起に固定したロープを解き始めた時、始祖竜はくるりと真反対に体を回転させて、真っ直ぐ飛び始める。迷いがない動きだ。まるで町の方角が判明したかのような動きだった。

 不審に思い、ぐるりと辺りや俺たちの位置関係を見て気づいた。


「っ! グラフォが飛んできた方向に向かってるのか!?」


 始祖竜は進む方向にある全てのブルーローズを片っ端からブレスを放っていく。ブレスが町に触れればブルーローズの町はふわりと空気に溶けて消えゆく。始祖竜は町の方角に当たりをつけてからしらみ潰しにブレスを放っているようだ。


「無茶苦茶に全部攻撃しても無駄だろ。地面で休もうぜ?」


 アールからの返事はないからブルーローズの方向に向かってはいないのだろう。

 しかし始祖竜が急に方向を変えてブレスを放ってしまったら俺にはどうすることも出来ない。それに俺の体力も限界に近づいてきているのだ。


「くそ、腹減った……な?」


 いい案を思いついた。少し危険が伴うがやってみる価値はある。


 俺はアイテムボックスから饅頭を取り出して神気をこめた。すると饅頭から6本の足がニョキリと生えてくる。


「ヨンダ?」

「呼んだ! 地面でゆっくり饅頭を食べたいから手伝ってくれ!」

「ギギッ、イイヨ」


 片方の羽を封じて欲しいと伝えた後、俺は入念に饅頭が食べたい事を伝えた。特に今目の前にいる饅頭を。さっき取り出してみた時にとても美味しそうだから、地面に降りた時には必ず俺の所に戻ってきて欲しいと伝えた。


「それじゃあ頼んだ! 兄貴!」

「ギギギッ!? マカセロ!!」


 饅頭は一度驚いた後、とても力強い返事をして体を大きく膨らませた。そしてまるで瞬間移動かの様に俺とは反対の羽まで辿り着く。そして羽に6本の足でしがみつき、始祖竜の羽を畳み込ませた。


 突然饅頭が羽にしがみついた為、始祖竜は驚いた様にバランスを崩す。きっと饅頭が大きくなって動く姿を初めて見たのだろう。喉を鳴らす音は不快と焦りが滲んでおり、離そうと羽を振る仕草は俺の時とりも切迫していた。


「俺も居るんだ、ぞっ!」


 俺も背骨の突起に巻きつけたロープを解き、始祖竜の羽の根元へと駆ける。そして羽を超えて空へと飛び込み、羽にロープを絡ませる。


「アール! 視界を暗くしてくれ!」

『はいよ』


 途端に何一つ見えない闇が辺りを覆う。

 片方の羽と足の自由が効かなくなった直後の暗闇だ。始祖竜は完全にコントロールを失い、地面へと真っ逆さまに急降下する。そして両方の羽を封じられたまま、始祖竜は無理な体制で地面に墜落し、俺も共に地面に投げ出されるのだった。











 ピーヒョロロという鳴き声が耳に届いてくる。


 身体中の痛みが襲いかかってきた。また死んだらしい。死ぬ前に覚えているのは、真っ暗闇の中で地面に叩きつけられて上から押しつぶされる感覚だった。痛みと共に全身の感覚が戻る。そして理解した。

 唇に柔らかい何かが押し付けられている。

 更には硬くて細いモノが口をこじ開けようとしている。

 何が起っているのかを確かめる為、俺はゆっくりと目を開ける。


 俺の目の前では、饅頭が俺の口をこじ開けようとしていた。


「ギギッ、クエ」


 ……流石は饅頭だ。ちゃんと戻ってきてくれたらしい。口をこじ開けて食べさせようと行動するのは予想外だが。口が少し切れて血の味がする。

 俺は押し付けられている饅頭をそのまま咀嚼し立ち上がる。墜落した時にかなり墜落時に舞った砂埃が視界を悪くしていたものの、近くに居る大きなドラゴンの存在は分かる。俺はそっと腕に繋がったままだった光るロープを消した。


 巨大なドラゴンは目を迸らせ、ゆっくりと警戒する様に周囲を見渡して何かを探している。


 俺はグラフォをチラリと横目で見やり、手を上へ挙げる。


 その死角になったタイミングでグラフォは俺へと急加速する。そして燃えたポーチの中身のひとつを、グラフォから鏡の欠片を受け取った。


「イース」


 俺が何かを受け取った事に気づいたのだろう。グルッと勢いよくドラゴンは眼前を俺へと向ける。

 ブレスか、噛み付くか、攻撃の挙動その前に俺は受け取った鏡を竜の瞳にかざす。


「今のお前、すげぇ怖い顔してるぞ。ほら」


 ——ガ……ァ——


 竜の眼がまるでこぼれ落ちそうな程に目を見開いている。

 良かった、ちゃんと見えている様だ。変な鏡だから映っているかどうか心配だったのだ。俺の下半身は見えないし、アールは本来の姿がダブって見えていたから。


 大きなドラゴンは鏡を見て完全に停止した。そして小さな鏡にギリギリまで目を近づけて食い入る様に見ている。

 俺は小さな鏡をただ支え続けた。


 どのくらいの時間が過ぎただろうか、砂煙が晴れた視界でイースの名を叫ぶ声が聞こえ、そして見覚えのある赤い炎が横切った。


『もう! こんな遠くまで飛んで!』


 大きなドラゴンの目の前に真っ赤な薔薇の炎が舞い踊る。

『わたしが見てないと、ほんとダメなんだから』

「あっ、え? ……イノ、まぼろし?」


 ちゃんとここにいるわよ、と優しい言葉の後、竜の眼からボロボロと大粒の涙が溢れ出てくる。そして大きなドラゴンはバキリバキリと大きな音を立て、小さな人の形になっていく。


 少しの間は2人だけにしておこう。

 俺は鏡の欠片をジーンズの後ろポケットに仕舞いつつ、炎が飛んで来た先へと向かう。その先にはアールがゆっくりと俺の方へ歩いて来ていた。街灯を杖代わりにしていつもより猫背になっている。顔色が少し悪いので疲れているらしい。


「お疲れ様。助かったよアール」

「……気を、抜くナ……」

「え?」


 アールは疲れた顔をしつつも、とある方向へと顎でしゃくる。その方角へ目線を辿ると、奇妙な塊が見えた。

 真っ黒な塊だ。距離があるからそこそこ大きいのだろう。恐らく生き物の様で、塊から飛び出る細い棒はあちこちに突き刺さって折れている様に見える。


「ここ、死の谷の付近には……デカい魔晶石が多くあル」


 こんな所に飛んできやがってクソデカドラゴンめ、とアールは舌打ちをする。その間も真っ黒な塊はこちらへと近づいて来た。近くに来ると分かってくるものがある。


「棒が刺さってるんじゃない……あれは、人の手足、か?」


 黒い塊から飛び出る細いモノは何人もの人の手足だった。それにあちこちが膨らみ歪な形のせいで気づかなかったが、胴体の様な丸い中心から何人かの目や鼻や口が、つまりは顔の様な何かが見える。


「過剰な魔力で気が狂い、食い合い、触れ合ってひとつになった肉塊。コイツは魔族の、通称ポーン・5(一般兵5体分)だナ」

「これが、まぞ……く?」


 俺が見た魔族とは全く異なる生命体に何度も目を瞬かせる。すると真っ黒な生命体から甲高い音や、低い唸り声が発生し、徐々に大きく、そして複数の音が共鳴し、聞く者の鼓膜を震わせる。

 それは周囲の生命全てに、身の毛のよだつ程の恐怖を感じさせるモノであった。



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