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ドラゴンを騙すなら

 振り回されるロープにしがみつき、ドラゴンに食らいつきながらも、遥か下の地上をくまなく探す。上空から見えるのは木々ばかりだ。地面が隠れ、街灯を探すどころか、俺がさっきまで何処にいたのかすら全く判別が出来ない。

 炎の精霊が海に落ちれば消えてしまうのでは無いかと焦りが押し寄せてくる。


「アール! イノは海に落ちてないよな!?」

『地面に転がってるだけだ。回収して追いつく』

「頼んだっ!」


 始祖竜は鬱陶しそうにロープが結ばれた足を振りながら、空を縦横無尽に飛び回っている。たまに爪や足で結ばれたロープを引っかき、千切ろうとしているがロープが痛む様子すら全くない。


「っ、落ちるかよ!」


 上下左右、前後に激しく振り乱される。手から作り出したロープは出した時のまま、それ以上細くなる事もなく、とても頑丈でピカピカと光り輝いている。ロープが千切れる事は無いようだが、先に俺の腕が先に千切れてしまいそうだった。


 俺は手元のロープを少しずつ手繰り寄せながらも、回る視界の中で今いる位置を探す。始祖竜は鬱陶しげに足を振り回しつつも、どこかいい加減な仕草にも見えた。それもそのはず。飛び立ってから向かう先の、恐らく目的は一切変わっていないのだ。


 向かう先は港町ブルーローズ。


 始祖竜は間違いなくブルーローズに標的を移している。催涙弾で俺に標的を移したのにまた元に戻ってしまった。海に突き落とそうとした時に町を見せてしまったのが不味かったのかもしれない。しかし今更過去の出来事を嘆いても仕方がない。俺は


 ロープごと俺を振り落とすのを完全に諦めたのか、町へと加速するドラゴン。


「止まれ!!」


 何故か俺が叫んだのと同時に、ほんの少しだけ速度が落ちる。直後に胴を膨らませて大きく口を開けるグラフォリオン。間違いない。


 ブレスをする挙動だ。


 冷や汗が額を伝う。流れる景色を睨みつけ、町までの距離を見る。これまでに放たれたブレスの飛距離を考えると間違いなく町に届く。届いてしまう。


「おい辞めろ! 止まれって!」


 始祖竜にはこの制止すら殆ど聞こえていないだろう。ごうごうと、風とすれ違う音だけを耳が拾う。俺自身の叫びですら俺の耳には届かず、風に置き去りにされていく。聞こえていたとしても止まりはしないのだろう。でも、それでも言わずにはいられなかった。


「待っ!」


 口から放たれる炎の柱。


 何も届かない。止められない。

 俺が見た中でも一際力強いものだった。


 町の全域を消し飛ばす威力をこの一撃に込めたのだろう。影響はブレスを放つ方向だけじゃなかった。俺とドラゴンを中心にして衝撃波が分散し、耳鳴りがする。


 ブレスを放った時の反動で急停止する形となったが為にロープは大きくたわみ、大空の中で俺はもみくちゃになった。更に悪い事に、ブレスの眩しい光をそのまま直視してしまい、うまく周囲が見えない。


「町は! どうなった……!」


 白くぼやける視界の中、何度も瞬きをする。にじむ涙を肩で拭い、ブルーローズの町を探す。


 ぼんやりとした輪郭の町並みを見つけ、目を細めて無事を確かめる。


 港町ブルーローズは、無傷だった。


「何で……どこも壊れていないんだ。外れた訳……ないよな?」


 何一つ変わらないなんて、ありえない。


 確実に直撃していたのだ。

 壊れた町の上空では煙や粉塵が上がっていると思っていたが、青空が広がっているだけだった。

 建物は広範囲で壊れているのかと思っていたが、どこも崩れた様子はない。


 何度瞬きしても変わらない景色。始祖竜グラフォリオンも無傷という不可解な結果に驚いたようで、グルリと喉を鳴らした後、ブレスを外した苛立ちを発散させる咆哮をあげた。


 間違いなくあの凶悪なブレスは狙いが町ど真ん中で、威力も確実に町を破壊していた。

 なのに何故。


 ブレスが町に掠ってすらいない様子に苛立ちや混乱の最中、港町ブルーローズが——


 ——ぐにゃりと大きく歪んだ。


『くく……残念だったなぁ』


 アールの楽しそうな声がした。可笑しくて仕方ないと笑いを抑えるような、悪巧みが成功したかのような喜びようだった。


 アールの笑い声だけで理解出来た。


「……アールの仕業か」

『大正解』


 俺が今まで港町ブルーローズだと思っていた景色が歪み、空気に溶けて消えていく。

 さっきまで見ていた町はアールの幻だったらしい。ブレスに当たった町は無いのだとほっとひと安心していると、見える景色がまた変わる。


 地上に見える景色。眼下に見える陸地には町が大量に発生していた。見覚えのある建物、見覚えのある大きさに形。


 見える全てが同じ町だ。


「え、これ全部ブルーローズだよな……?」

『当たりだ。今度、饅頭を焼いてやるよ』


 俺が周囲を見渡せばその度に地上で町が増え続けていく。俺が見える地平線の先までブルーローズの町で埋め尽くされる。それだけでは無く、何故か海面上にまで海に浮かぶ町が増えていく。更には飛んでいる俺たちの目の前や、頭上のはるか上空にまで町が現れ続ける。視界いっぱいに港町ブルーローズが埋め尽くされた。


 しかし多すぎる。本物の町を隠すには良いかもしれないが、幻で町を増やすにしても。


「何で町が空に浮いてんだよ!?」

『町が浮いてるって? 今飛んでて、本当に上下は合っているか?』

「どういう事だ?」


 幻で出来た町々が揺れ動いた。頭上の町は逆さにひっくり返り、はるか上空には新たに地面が現れた。


 地面と地面に挟まれて飛んでいる始祖竜グラフォリオンと引きずられる俺。


 周りを取り囲む町も、くるりくるりと上下が変わり、周囲を動き回っている。


『正解はどれだろうなぁ?』


 普通に飛んでいるだけでも体が回転しているのに景色まで回されると、完全に目がまわる。


「う、ぉっ!?」


 始祖竜グラフォリオンも混乱のあまりか、真っ直ぐ飛ぶのを辞め、空中に留まる。

 留まるだけなら良かったのだが、周囲をくるくる回る町に上下左右の感覚を失ったようで、その場で苛立ちながらも、あちらこちらへ行ったり来たりを繰り返す。

 その大きな動作に釣られてロープで引っ張られ、俺までもが上下左右に空を跳ねさせられる。


「いやっ、さぁっ! 俺までっ、偽物の町をっ、全部見せなくてっ、良いだろっ!?」


 俺が落下する衝撃と同時にロープがぴん、と引っ張られる。連続して短時間で。いつ終わるかすら分からない。腕がもげそうだった。


『そこの過激派ドラゴンを騙すにしても、レストの仕草でバレるのは避けたいからな』

「っ、そうかよ!」


 だから俺ごと騙しているのだ、とアールは楽しそうだ。納得は出来ないが、理解はした。俺が幻を見えていなければ、意識せずにはいられない。正しい町の場所がバレてしまうだろう。


「それならっ、うっかり町に近づいた時だけっ、知らせてくれ!」

『おう』


 この幻はアールから遠ざかりすぎると維持できないらしい。なるべく幻を見せたままにしておきたいが、始祖竜を混乱させた状態のままでぶら下がり続けていれば確実に俺の腕が持たない。


 俺はロープで上空まで引っ張られたタイミングを見計らい、飛び上がった瞬間にロープを手繰り寄せる。


「よしって、うおっ!?」


 掴んだロープは手を滑り、落ちて空に放り出される。

 放り出された勢いと暴れるドラゴンの動きに引っ張られて、俺はまた大きく振り回される。


 反動で飛んだ先は始祖竜の背中。


「ちっ!?」


 始祖竜の背骨に沿って鋭い突起部位が並んでいる。そのままぶつかれば俺の体など容易に貫くだろう。咄嗟に腕のロープを巻き上げて短くし、着地場所をずらす。直後に竜の背に叩きつけられる。また空へと放り出されるその前に、真横に見えた背中の突起を掴み、しがみつく。


「乗っ、たぞ!」


 手に巻きつけたロープを背骨の突起に巻きつけて固定する。もう宙をぶら下がるのはごめんだ。


「なぁ! そろそろっ、地面が恋しくないかっ!」


 どうにかして飛ぶのを辞めさせないと。


 ポーチに何か使えるものが無いだろうか。確か普通のロープやハンドガン、量産品のナイフや割れた鏡など色んなものが入っていた筈だ。落ちないよう気をつけつつ腰回りを探る、が腰回りには何も無い。

 何度も手で探すものの、全く見当たらなかった。


「ポーチどこいった!?」

『落としていたぞ。ポーチは軽いから先に届ける。受け取ってやれ』

「届ける、って?」


 ピーリョロロロと特徴的で聞き覚えのある鳥の鳴き声が耳に届いた。


「この声っ、グラフォか!?」


 上空から陽の光を背に飛ぶ姿。足で俺のポーチを掴んだ一羽の鳥。俺のグラフォリオンが追いついた。



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