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勝負しようぜ

 突如として町中でドラゴンの咆哮が聞こえてくる。町中でドラゴンが急に現れるはずが無いのに。嫌な予感がする。外から入ってくればきっと精霊たちが騒ぎ出すのだから。

 イノも同様するように炎を小さく吹き出し揺らしていた。


『この声は……』

「近かった」


 俺はイノ入りの精霊石を掴み、音の発生源を確認しようとひとまず宿の入り口へと急ぐ。

 辿り着いた先では倒れた街灯、そして粉々になった俺の精霊石が散らばっていた。

 この場には誰1人として居ない。奇妙な事にイースですらここに居ないのである。

 一体何があったんだ。


「イース! 無事か!? どこにいる!」


 店の中を覗いてももぬけの殻だ。店内をくまなく探そうと一歩踏み出した時、イノが炎を細く伸ばして外を示した。


『見つけたわ。塔の上に居る』


 振り返って見上げると、塔の上に薄ら巨大な何かが居た。霧がかかって見えにくいがシルエットや先ほどの咆哮から考えるに、確実にドラゴンだ。

 イノは塔の上にイースが居ると言ったが、ドラゴンしかいないじゃ無いか。……いや、イースは目元がドラゴンそのものだった。その上、腕なども変化する事が出来た。


「まさか……あのドラゴンなのか?」

『間違いないわ。あそこまで完全なドラゴン形態になるなんて、わたしも見るのは初めてだけれど』


 イースが体をドラゴンに変化させる時は、危険が迫った時や敵対する人がいた時くらいしかない。と、学園祭の爆発事故や宿での俺とのやり取りを思い出し、地面に散らばる精霊石が見に留まる。


「イースはイノが居ないと知って探してるんじゃないか?」

『そ……そんな事……する筈が……』


 イノは言葉ではそう言いつつも、心当たりがありそうな口ぶりだ。

 俺は倒れた街灯にイノを入れて上へと掲げる。


「おーい! こっちに居るぞ、イース!」

『もう少しゆっくり振って頂戴!』


 見えるように街灯を左右に振って見るものの、揺らめき動く大きな影は気付いた様子がない。

 最初よりも街灯をゆったりと大きく振ったのだが、イノにとっては揺れが激しかったようである。慌てたイノも街灯から炎を薄く広げたのだが、全く効果がないようだった。


 ドラゴンになったイースは周囲を見渡した後、何かを見つけたようで、ぴたりと動きを止める。


 ドラゴンが見つめる方角はもちろん俺とイノでは無い。

 そして大きな体を後ろに引いて、大きく息を吸い込むような仕草と共に口を開く。


 あの動きは以前参加したレッドドラゴン討伐で見た事がある。

 口から放たれるそれは軌道線上の木々を全て焼き払っていたのを俺はしっかり覚えている。


「ブレスか!?」


 ブレスの放たれるであろう方角。

 それはブルーローズの町の一角だ。


 俺は空いた片手でポーチから咄嗟に催涙弾を取り出し、封を急いで齧って開ける。そして開けた催涙弾を軽く真上に投げた。


 くるりと回転し、落下してきた催涙弾をドラゴンに向けて思いっきり蹴り飛ばす。


 持っていた街灯が蹴った衝撃で大きくガラリと揺れ、中にいたイノが短く悲鳴を上げた。

 不思議な匂いを撒き散らしつつも、真っ直ぐ飛んでいった催涙弾はドラゴンの目元あたりに見事命中する。


 カコン、とぶつかる音が僅かに響いた直後だ。催涙弾はかなり軽い物だったにも関わらず、ドラゴンはぶつけられた顔を大きくのけ反らせた。その後、体勢を崩したかと思えば激しくのたうち、深々と塔に刺さっていた鋭い爪が外れ、地面へと落下していった。


 建物の崩れる音、ずしりと地響きと砂埃が霧に混じり、怒りと苦しみの唸り声を上げながらめちゃくちゃに暴れ回る。


「……すげぇ怒ってる」

『何を呑気にしているのよ! 今すぐに逃げなさい!』


 逃げろと言われてもイースがこちらに来ないと、俺の目的は何も始まらないのである。

 イースには悪い事をしたが、ここじゃ場所がまずいのだ。今のうちにと、俺は履いていたビーサンを脱いでポーチに仕舞い込み、素足の状態になる。


「俺さ、ドラゴンとやりたかった事が丁度あったんだよ」

『何か知らないけれど諦めなさい! 他の果てまで追われるわよ! それこそ貴方が死ぬまで』

「そりゃ良いな。死んでも何回でも出来る」


 ドラゴンが暴れる音が収まったかと思ったら、大きく地を踏み込む振動と、翼で風を切る音が俺たちへ急接近した。


 目の前で風が吹き荒れ、瓦礫が吹き飛んでくる。

 街灯を俺の体の後ろにして瓦礫から防ぎ、顔を片腕で庇う。

 俺は目を細めながらも、飛んできたドラゴンを腕越しに見つめる。


 竜の瞳は酷く血走っており、睨んだだけで殺せろうな気迫を出している。更には人が吹き飛びそうな鼻息を何度も吐き出し、口からはギラつかせた牙をこれでもかと俺へと見せつける。

 目の前に居るドラゴンを一度見てしまえば、レッドドラゴンなどはまるで赤子の様だった。


 俺は体の後ろで隠していた街灯を目の前にかざしてイースにイノの炎を見せつける。

 角灯の中からも、イノは炎を吹き出しゆらめかせる。


 しかしイースはイノを全く気にする事もなく俺だけを睨みつけ、腕の爪を深々と地面に突き立てた。


「イース……案の定、目の前に居るイノに気づいて無いな」

『催涙弾なんて物を使うからでしょう! 今は怒りで貴方の事しか見えていない!』


 イースの目元と同じの綺麗で大きな鱗をした獰猛なドラゴン。半信半疑だったが本で見た姿形と全く同じだった。俺の目に狂いはなかったようだ。


「イース……始祖竜グラフォリオンか。最高の相手じゃないか」


 鱗で覆われた巨大な体躯は全身に力が入る事で更に大きく膨らむ。

 いつでも飛び込んで来そうなグラフォリオンの一挙一動を俺は逃さない。

 古代の始祖竜は鼻から息を大きく吹き出した。


「俺とお前でどっちが速いか、勝負しようぜ?」


 永遠にも思えた一瞬の静寂。

 ほんの僅かな挙動だった。

 微かにドラゴンの腕に力が入ったその瞬間。


 ドン、と俺とグラフォリオンは同時に駆け出した。

 俺の背後で空振りするドラゴンの爪。


『!!!!!?』


 俺に担がれた街灯の中ではイノが声にならない悲鳴を上げていた。

 グラフォリオンが引っ掻く動作をしてしまった為、グラフォリオンと俺とで距離が離れてしまう。引き離してしまうかと、慌てて俺はスピードを少し落とそうとした時、空気が後ろに引かれる感覚を察知して真横に飛んで転がる。

 その直後、俺のすぐ横で刃を散りばめる様な青白い炎のブレスが放たれる。


「凄ぇ! ブレスだ!」

『ぎ、ぎりぎり横っ?!?!』


 俺は見るのもそこそこに、再度町の外へと駆け出す。先ずは外へ誘導だ。その後はイースを正気に戻さないといけない。どうすれば良いのかは俺には全く分からない。こういう時はアールに聞こう。


「アール! 催涙弾で怒ったドラゴンを正気に戻す方法って何かあるか!?」

『……あー。怒りが収まるまで放っておくか、水で臭いを洗い流すか、ぶっ飛ばすかの3つだな』

「分かった! ふたつ目の洗い流す案で行く! 一旦俺が町から出るから、アールは海までの誘導手伝ってくれないか!」

『ティーラへの用を済ませたらすぐに行く』

「ティーラに用って何だ?」

『シェアバングルの使い方を教えるだけだ。すぐ終わる』

「? なんでそんな事をっ、あぶね!?」


 いきなり暗くなったかと思えば、長い尾で俺を叩き潰そうとしていた様だった。慌てて尾の影になっていない斜め前へと飛び出し、転がり回避する。


『きゃ!!!!』

「イノは落ちないよう、中から扉を閉じててくれ!」


 俺は角灯の周囲がイノの炎で包まれるのを確認し、グラフォリオンの攻撃を警戒しつつ再び外へ向かう。

 今はバングルの事を考える余裕などないので後回しだ。

 俺は右へ左へと惑わせて、時に上から振るわれる竜の腕を避けつつ走り続ける。


「それよりも、アール! 騎士や冒険者がドラゴン討伐しに来ないよう出来るか!?」

『そこのドラゴンが町の住人から見えない様にボクが隠しているから安心しろ』

「町の建物をかなり壊してるけど、不信に思われてないのか?!」

『問題ない。代わりに隕石が降っている様に見せて、建物の障壁も張らせている』

「分かった、助かる!」

『ただし、ブレスは町や建物に撃たせるんじゃないぞ』

「おう!」


 既にもう町の外だ。

 目前に見えるのは、地面に立つ幾つもの街灯だ。街灯の中の精霊たちは俺とイノが急いで外へ向かうのに困惑しざわついている。

 始祖竜グラフォリオンは見えていない様子だ。精霊達にも見えないように、アールが上手く幻で隠しているようだ。


 後はグラフォリオンが町の街灯にぶち当たらないようにして外へ出す。


 俺は街灯の立ち並ぶ空間の丁度真ん中に立ち、振り返る。

 振り返ったそこには、攻撃が全て当たらず苛ついている大きなドラゴンが見える。


「イノ、合図したら炎を全方向に目一杯広げてくれ」

『え?』


 俺はイノの入った街灯を勢いよく地面に刺し、グラフォリオンにとびっきりの笑顔を向ける。


「俺の勝ちだな」


 その瞬間だ。

 始祖竜グラフォリオンはただただ俺へと一直線に飛んでくる。

 牙の並ぶ大きな口が俺へと届く、その直前。


「イノ!」

『っ!』


 周囲に大きく広がる炎。それは俺の全身をも包み込み、グラフォリオンの視界を炎で埋める。


 勢いそのまま真っ直ぐ町の外へ飛んだ始祖竜グラフォリオン。口の中に俺が居ない事に苛立ち、天に向かって大きく咆哮する。


 炎に隠れ、攻撃の寸前に真横へ回避していた俺はすぐさま走り、町から遠ざかる。


 やっとブルーローズから出る事が出来た。

 お次は町や人を回避しつつ海へと誘導だ。


 すぐに臭いで分かったのだろう。周囲を見渡した始祖竜グラフォリオンは視線を再び俺へ固定したのだった。



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