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赤薔薇の炎


「……そういえば精霊って、饅頭を食えるのか?」


 店先の角灯の中、赤い精霊石はうっすらと光を放っている。

 もしイノが饅頭を食べることが出来なかったとしても、匂いや雰囲気は楽しめるかもしれない。

 なんにせよ困った時はアールに相談だ。

 俺は街灯に近づき、角灯の扉をゆっくり開けてみる。


「アール、この精霊。イノは饅頭食えるのか?」

『問題なく食えるぞ。通常の精霊なら食えてもひと欠片程度だったが、その個体なら大丈夫だ』


 難なく扉が開き、うっすら光る精霊石を覗き見る。饅頭を渡しても大丈夫らしい。アールの話ぶりから情報だけじゃ無くて実際に渡したことがある様な気がする。


「アールは精霊に饅頭を渡した事があるのか?」

『町に入る時にな』


 饅頭を少しばかり渡せば、何があっても快く町に入れるんだ、とアールは得意げに告げてくる。

 そういえばブルーローズの町に入る時、賄賂を渡していたと俺はアールから聞いた事があったな。


 早速俺は饅頭を取り出し、まずは一欠片ほど千切って角灯の中へ、精霊石の真横に置いてみる。

 すると精霊石からごく小さな炎がひょろりと飛び出し、饅頭を舐めるように触れた。そして炎が触れた箇所が饅頭が薄い灰色に変色したかと思えば、砂となってぼろぼろと崩れていった。


「饅頭が灰になった……食べてるのか」


 どうやら精霊が饅頭を食べると細かな灰になるらしい。

 じっと見つめて気づいたが、饅頭の崩れ具合が案外早いのもっと食べれるのかもしれない。


 俺は残りの饅頭を角灯の中に入れようと扉の前に持ってきて気づく。

 目の前の角灯の大きさでは、饅頭は入らない。

 勿論、饅頭を潰して入れるなんて論外だ。俺はイノにも美味い饅頭を食べて欲しいのだから。


「一旦、精霊石を裏の石釜に移動させるか」


 宿の裏にある庭には石窯がある。そこならば精霊石や饅頭が燃えてても問題ない。


 饅頭をいくつかあげたら、すぐに元の場所に戻そう。と、精霊石に触れようとして手を止める。

 ……先ほどは炎が出ていたからまだ熱いのだろうか。

 指先でそっと精霊石に触れてみる。


「熱くは……無いな」


 精霊石を手のひらに乗せてみた。

 熱いどころか寧ろひんやりとしていて、俺の手のひらを冷やしているくらいだ。


 俺はイノを取り出した後、角灯を閉めようと扉に手をかけ、ふと思う。

 なんだか角灯の中身が空っぽで寂しい。


「……代わりに俺の精霊石を入れておくか」


 俺はポーチから赤い精霊石を取り出す。アールが『竜の足跡』パーティーから貰った精霊石で、アールが俺へ押し付けてきたものである。こちらは精霊が入ってないから光ってはいないただの石だ。


 ふたつの精霊石を比べると大きさは似通ってはいるが、形は違うと見てすぐ分かるだろう。

 俺は光っていない方の精霊石を角灯へ代わりに入れておく。これならお客さんが来たとしても、単にクオリティの高い街灯のオブジェに見えるだろう。


「俺の精霊石は光ってないしイースも分かるだろ。……一応、裏口に着いたら声掛けとくか」


 石窯の場所は裏口の横だ。裏口から入るとすぐ厨房だからそこからイースが見えるはずだ。


「それにしても、まだ霧が晴れないな。濡れはしないだろうけど、少し我慢してくれよ」


 いかに深い霧であろうと裏口までの道のりくらいならば難なく見える。朝に町中をうろついた時は霧で遠くの建物が把握出来ず不便をしたものだ。

 俺は精霊石を手で優しく包み、外から裏口へと向かった。

 













 霧の中、難なく裏口へと辿り着いた。

 外からなら宿の建物内を通るより早いし足元に物が置いていないから想像以上にすぐ着いた。


「あれ? 石窯が綺麗になってる」


 裏口の石窯を見ると、いつでも使える状態になっていた。恐らくティーラが食事処の開店に向けて掃除したのだろう。少しばかり借りさせて貰おう。

 俺はしゃがみ込んで石窯の金属扉を開き、精霊石を中にそっと入れる。


 その後、先ほど千切った饅頭の大きい方を精霊石の隣に置く。

 先ほどはひと欠片だけだったがどの程度食べるのだろう。


 ひとまず追加でもうひとつ入れて様子を見るか。


「よし。じゃあイースに伝えて来…………待て、もう饅頭が灰になってないか?」


 イースに居場所を伝えようと腰を浮かせたその瞬間、俺は石窯の中を二度見した。饅頭は既に石窯の中には無く、精霊石のみがポツンと灰に埋もれていたのだ。


「え、そんなに腹が減ってたのか」


 恐らく俺が饅頭を入れた直後に食べたのだろう。こんなに早く食べるなんてきっと酷い空腹に襲われているに違いない。俺も空腹を何度も経験しているから分かる。イノの腹を空かせたままにしておくのは可哀想だ。


 俺は饅頭を取り出しては石窯に入れ、また饅頭を取り出しては精霊石の上へと更に積み上げ、ひたすら饅頭の山を作り続けた。しかし山を作る最中も精霊石から炎が細く吹き出し、饅頭をさらりとなでつけ、すぐさま灰にする。

 喜んで沢山の饅頭を食べているのだろうと思えばとても嬉しくなって来た。


 次から次へと饅頭を灰にするイノと、対抗するように饅頭を積み上げる俺。


 灰になれば石窯に入る空間もその分増える。俺は饅頭を取り出す速度を上げ、石窯に詰めることしばし。


 遂に石窯の中は饅頭でぱんぱんになり、扉が閉まらなくなるまでとなった。


「これでどうだ!」


 食い切れない程の饅頭に満たされる楽しさを存分に堪能してくれ。イノが食って灰にするより早く積めた喜びと達成感で満たされながら、俺は汗を拭う。


 今気づいたのだが、なんだか石窯の周囲の気温が上がったような気がする。


 にしても饅頭がこれだけあれば満腹にはなるだろうが、少し詰めすぎたかもしれない。イノが食べきれない分は後で俺が回収して食う必要があるだろう。


 ある程度、饅頭が減るのを待つとして、その間にイースにイノの居場所を伝えておくか。イースが角灯に入れた俺の精霊石を見た時にイノが盗まれたのだと勘違いしてしまうかもしれないのだから。


 俺は立ち上がり、裏口の扉を開こうとした時だ。


『…………っと……』

「……うん?」


 何か声のような音が耳に届いた。


『…………ちょっと……』

「この声は……石窯からか?」


 石窯まで戻り、もはや饅頭しか見えない石窯の中へと耳を澄ませる。もしかしたらと期待を膨らませて続く音に集中した。


 その直後だ。


 突如、子供を叱るような若い女性の声が聞こえた。


『ちょっとは量を考えなさい!!』


 同時に吹き出す巨大な炎。

 それは石窯の扉から溢れる様に周囲へ広がり——


 ——()()()()()()()()を模した炎となり、俺の全身を撫でた。


「火ぃ?! ぅアッツぅゥ!?」


 花の形をしていた炎に目を奪われ、一瞬反応が遅れてしまった。炎が服に燃え移り、俺は慌てて地面に転がる。

 俺は暫く転がり、体と地面で挟まれた炎は燃える空気が無くなり消えた。

 服が燃えた焦りで変に力が入ったものだ。俺は息を上げながら立ち上がった。


「はぁ……はぁ……火が消えた……いきなり何すんだよ……!」

『あら、火傷しないようにしたでしょう?』

「え? ……確かに案外熱くはなかったな」


 思い返せば俺は熱いと言ったものの、消すまでの間ずっと熱さを感じない不思議な炎ではあった。

 なんせ焦げた服の穴から見える肌に火傷ひとつ負っていないのだ。


「じゃなくて、だからって服を燃やす必要あったのか?!」

『そこはまだ上手く出来ないの。それより、このお饅頭よ! 近くに置かれると食べちゃうでしょう?! 早く回収しなさいよ!』

「回収?」


 石窯の中にいる精霊石からはっきりと声が聞こえた。

 開け放たれた扉からは大量の灰にまみれた精霊石が赤く爛々と輝く。つい先程までの消えそうな光を放っていたなど信じられない程に力強い光であった。

 精霊石の一番近くにあったはずの饅頭は全て灰になり、端に置かれていた饅頭も吹き出す炎により、みるみるうちに灰に変わる。


「食えるまで食ってくれた後に俺が回収するよ」

『これ以上食べたくないの』

「すまん、好みの味じゃなかったか」

『……味はとっても美味しいわ。ご馳走様で……追加で入れようとしないで!』

「まだ食べれるなら食べてくれないか?」

『食べれるか食べられないかで言うなら、食べれるわ。だけれど』


 聞けば、饅頭を食べると元気になってしまうという。

 近くに置かれると意思に関わらず食べてしまうという。


 それは……良い事じゃないのか? 恐らく会話している精霊がイノなのだ。饅頭を食べて元気になったイノを見れば、イースは飛び上がって喜ぶに違いない。俺としては是非とも饅頭を食べて元気になって欲しい。

 しかしイノは徐々に声が小さくなり、悩んでいるかのように炎を萎ませた。


 俺は行き場を失った饅頭を口にしながら、石窯の前に座り込み、話を聞く体制をとる。


 少しの沈黙の後、石窯の中のイノは意を決した様に一度炎を渦巻かせる。


『わたしが、消えられないじゃないの』


 恨みのこもった言葉だった。

 届いた言葉に俺は思わず耳を疑う。


「消えられないって、どういう意味なんだ?」

『……』


 さっきまでの騒がしい精霊はなりを潜めて周囲は静かになる。

 答える気は無いらしい。


 そうか……それなら俺は饅頭をひたすら詰め込もう。


「よっし、俺のおすすめの饅頭やるよ」

『?! ちょっと待っ、待ちなさいよ! 燃やすわよ!!』

「ほら、あんこが美味いんだよ」

『嫌がっているレディになんて事するの?!』

「俺は元気になって欲しいから食わせてる」

『なっ…………』


 イノはそのまま押し黙ってしまった。どうやら俺の返答が予想外だったらしい。

 そして後ろめたいことを話すかの様に、イノは所々言い淀みながら俺の知らない単語を並べる。


『……わたしは……敵なのよ? わたしは、かの神の……信者で……天命は監視で——っ!?』


 しかし、イノの言葉は突然吠え叫ぶ音によって強引に掻き消された。


 ガアアアアアアアアアアアアアア


 町中で耳をつんざく竜の咆哮。

 地面と空気が音で揺れ、腹の底から恐怖が覗く。

 俺は無意識に石窯の中の精霊石を掴み取り、体に隠した。そして建物の壁に背中を預けて耳を塞ぐ。そう長くない時間の後に突風と共に羽ばたき音が遠ざかっていった。


『この声は……』

「近かった」


 俺はイノを掴んだまま、宿の入り口へと急いだのだった。



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