我が汝の憂いを断つ
この様な性格の存在です。
大きく足をふみ鳴らし、店内に入ってくるジャンネとヨーデル。
「あのクソガキ、アールだっけか? とっとと連れてくるじゃんね!」
「アールさん……とやらの人とはお知り合いで?」
「奴のせいでオオガンがおかしいままだよぉ。どう落とし前つけるんだよぉ!」
威圧する様に激昂し、イースを取り囲むジャンネとヨーデル。
そんな2人に対して彼女は顔色ひとつ変えない。
「ここは饅頭食う店やで。揉め事は堪忍してくれ」
イースに反応がないのは予想外だったのだろう。さっきまでの怒気を引っ込めて目を合わせる男2人。冒険者達は何やらアイコンタクトを取った後、嫌らしい笑みを浮かべる。
「あくまでしらばっくれるん? ところで、看板娘1人なんて危ないじゃん?」
「この俺たちが用心棒になってやらん事もないよぉ。その分、値段は高くしてくれなきゃいけないがよぉ。断れば……分かるよねぇ?」
あからさまに脅しを仕掛けてくる冒険者達。自分達が優位である事を疑わない言動だ。
イースは呆れるように息を吐き、2人の元へ近付く。そして、自身よりも背が高い冒険者の男2人を両肩にひょいと担いだ。
「「!?」」
驚きの余り手足をばたつかせる2人の男。
それにもかかわらず、イースは何の重さも感じない足取りのまま店の外に放り出した。
「用心棒? 要らん要らん」
彼女は手を叩いて汚れを払う。
体格の小さく、ひ弱そうな女性に軽々と運ばれた事に顔を真っ赤にする男2人。地面に尻をつけたまま大きく顔を歪ませた。
「くそっ、なっなんだよコイツ!?」
「耳が丸い女なんて、きっと魔族だよぉ」
「はんっ、町の住民に魔族に加担する店だって教えてやるじゃん!」
今の運搬で実力差を感じ取ったのだろう。2人の冒険者は捨て台詞を吐いて逃げるように駆け出す。
「ほなねー」
イースが店に戻ろうと踵を返した時だ。
ガシャン。と何かが倒れる音。
バギャリ。と何かが砕け散る音。
ふたつの嫌な音が彼女の耳に届く。
店を出ていったその時、ジャンネが入り口に設置していた街灯を腹いせに地面に叩きつけていた。
ジャンネに叩きつけられた街灯は衝撃で扉が開き、中から飛び出した精霊石がヨーデルの足元へと転がって力一杯踏みつけられたのであった。
イースが店の外へ出て目撃した光景。
そこには、粉々の精霊石が地面に落ちていた。
通路に扉の開いた街灯が倒れており、光を灯さぬ精霊石が粉々で地面にばらけていたのである。
濃い霧の中、焦って逃げる2人の冒険者など彼女の目には入らない。
「…………ぇ?」
彼女はおぼつかない足取りで砕けた精霊石へ近づき、膝をつく。
いつも見ていた鈍い光は消えている。光の発しない精霊石は、精霊が存在しない事を意味している。
「……せや、今日は……掃除しとった……なぁ」
近くには扉の開いた角灯が地面に転がる。街灯は雨風などでは倒れないように壁に設置していた。
誰かが悪意を持って取り外さない限り、街灯は倒れる事など無かった。
「綺麗……に……」
優しい手つきで彼女は石の欠片を、砕けた砂を手に取る。さらりさらりと、手から零れ落ちる石だったモノ。
元の石の形にもう戻らない。戻せない。
精霊が入った精霊石を砕けば、中の精霊も無事じゃ済まない。特に消えかけの精霊にとっては致命傷だ。
消えた精霊は生き返らない。
「…………もう……ええか」
彼女はだらりと腕を下げる。手から更に溢れる石の砂。項垂れる彼女のその目元から、竜の鱗がバキリと音を立てて広がっていく。
広がる鱗は、まるで涙を流すように。
遥か昔の出来事。
星が誕生し幾分の時の経過。
我の意識、形、存在を世界に証明。
平和な世界。
内なる獣を秘める賢き民。
皆に笑顔を広げる強き花々。
互いを慮る美しい二柱の神々。
民が我を命名。
——承知。我が名はグラフォリオン——
一柱の神が発狂。周囲にも伝播を開始。
もう一柱は裂かれて再起不能。
二つに裂かれた片割れが行方不明。
終焉の開始。
ビースト達の絶えぬ戦争。
小さな事件が発端。
徐々に争いが拡大。
各々の勝利が泥沼の戦争を招引。
民が魔力増幅装置なる機械の創出。
勝利の力を得る目的。
——戦争は魔力が原因。何故装置の創出? 理解不能——
我は講和の日々。
愛しの民へ抑止を実行。
しかし狂気の侵食は我も該当。
侵食度の高いビーストとの接触は危険。
我は膨大な魔力に敗北。
——……——
思考——乱が悪化。
強制で機能停——実行。
再起動。
目前にはビーストの魔術研究員達。
過去の記録から男女比率の偏りを確認。
『前線で戦う者たちは全て狂化しました』
『まっ、まだ……終わらない……どころか戦争が悪化して……精霊達まで皆……反転して……しまい』
『空気中の魔力の増加が著しい。加えて多勢に無勢。残る我々も時間の問題だ』
『どうか、どうか我々をお助け下さい』
我への説明。魔力の狂化を受けぬよう我を加工する計画——GR計画。
狂化しない新たな存在の我が先導し、残る民を守護する戦い。
我は異論なし。
——承諾——
『ご無礼をお許し下さい』
『き、狂化の影響を受けていない生命体と……貴方様を、魔術で混ぜます。……魔術を実行した時点で……死亡するので……つまり死体のキメラです……生命では無いので狂化はしません』
『既に狂化された部分は魔術で取り除かれ、グラフォリオンは完璧な存在となる。主人格は魂の格で決定だ』
『貴方様ならまず間違いないでしょう』
『私たちが検体として実用可能であれば……良かったのですが……本当に申し訳ありません』
既に準備は完了。
素材は施設に運ばれた海に住む巨大生命体。
我や素材の狂化が進む前に計画実行。
……完成する民の希望。
『どうして人の形をしているの!?』
『失敗か』
『い、いえ……成功……です』
『グラフォリオンでも無い、奇妙な装い……一体どこから?』
理解、把握。
我は片割れ様の中に溶解。
魂の格は元が神の片割れ様が上。
巨大生命体の中の存在を看過。
片割れ様からチェンジリング——入れ替わりの魔術の残滓を確認。この世界で逃亡中であった片割れ様の気配は消去を確認。世界追放の片割れ様と逃亡の片割れ様の入れ替わりと判断。
狂気に犯された一柱の神による殺意と認識。
我の代わりに民の希望となる片割れ様。
敵味方の区別がつかぬ戦争。
片割れ様は眼球を自ら破損し出陣。
理解不能。
片割れ様は度重なる機能不全での出陣、改善が必須。
内なる我が、眼球の変化を固定。
眼球の不壊が完了。
片割れ様の戦場出陣の頻度が低下。
我は追放の片割れを、汝を、理解不能。
研究員達が逃亡の片割れ様を召喚。
我を有する汝は錯乱。
召喚時の負傷の目撃が原因と判断。
人が害される事への忌避感と断定。
この世の状況は更に悪化。
時空の裂け目の発生。
黒蝶による黒き巨人の発生。
改善の見込み無し。
汝は片割れ様と現存の六花で、魔力を有するモノ全ての封印を実施。
神を月へ。
その他の生命、ビースト達を魔晶石へ。
封印の解除方法。
汝が月や魔晶石への接触。
もしくは封印の要である片割れ様や六花の脱落。
……。
再び平和な世界。
生命の居ない世界。
動く存在は汝のみ。
逃亡の片割れ様と現存の六花は悠久の存在へと汝が加工。封印の為に花の神殿にて眠る。
ひとり世界を歩く汝。
永遠の孤独を嘆く汝。
…………理解。
我の存在を認識不能である事が歯痒い。
ある日、時空の裂け目を検知した火口にて、汝の目付け役の赤薔薇を発見。
汝は驚愕と歓喜。
……我は安堵。
幾年もの時が過ぎ去った。
我らはゴブリンの急速な進化を確認する。
進化の早さが不可解、何者かの意図が存在すると我は考える。
ある日、新たな神の存在を検知する。
片割れ様たちでは無く、狂気の神でもない新たな力の化身。
…………我は自認した。これが、不愉快。
ある日、魔晶石への不慮の接触事故を汝が起こす。
汝は封印が解かれたビーストとの交流するが……我は少々懸念している。
案の定、封印解除のビースト達による反乱を検知した。やはり。
我は全てを観測する。
竜の眼を通して観測している。
ある時、汝は邪神の配下レストと交友関係を持った。
以前の邪神の仕打ちを考慮すると我は非推奨である。
その後、レストが黒蝶を消滅する能力を有するのを確認した。
我は交友関係を推奨する。
……以前の判断は情報不足である故のものである。
我は全てを観測する。
汝の目を通して観測している。
故に、故に。
倒れる街灯、扉の開いた角灯、砕けた精霊石。
我は全てを理解した。
『…………もう……ええか』
汝が空虚になった事を表す言葉。
煮えたぎる我の感情。
汝の家族を、赤薔薇を壊したゴブリンを我は許さぬ。
これ以上、ゴブリンどもの好きにさせてなるものか。
デザイア、神を名乗る者は何もしておらぬでは無いか。手柄を取り、ゴブリンを配下にして世界の掌握を目論むものを——
我は否定する。
「ッガアアアアアアアアアアアァァァァ!!」
イースの全身が鱗に覆われ、みるみる内に巨大な体躯へと変化する。背からは人では有り得ない大きな羽が生えてきており、顔も手足も何もかも全てがドラゴンそのものに変化する。
壊れて地に落ちるゴーグル。
踏みしめるドラゴンの足は地面を大きく窪ませた。
もう人だった頃の名残など何処にも存在しない。
表に出てくるのはビーストを愛するドラゴン、始祖竜グラフォリオン。
その姿は現存のドラゴンとは比べ物にならないほどの体躯をしており、見かけ以上に筋肉量が凄まじく、守護竜でも束でかかったとて押し負けてしまう力強さであった。
グラフォリオンは力強く羽ばたき、周囲に突風を発生させながら空へ飛ぶ。
始祖竜は一際高い塔のてっぺんを鷲掴みにして着地。ぎょろりとブルーローズの町を見下ろす。
今は濃い霧に覆われる朝だ。人影は殆ど見当たらず、見えるのは町並みのみ。
かつてはビーストの暮らしていた町。
今は進化したゴブリン達が暮らす町。
そんな中、少ない人影のうち、逃げる様に走る人影が2人。
——あぁ、安心して我に任せろ——
——我が汝の憂いを断つ——
始祖竜グラフォリオンは敵の排除の為、全てを薙ぎ払う為、2体のゴブリンへと口を大きく開いたのだった。
時は少し遡る。
レストがまんじゅう屋を飛び出した時。
「すぐ戻ってくるよ!」
「おー、いってらっしゃい」
イースの気楽な掛け声を背に、俺は駆け足で店を飛び出した。
が、催涙弾を購入した店舗へ戻ろうとして俺は足を止める。視界に入ったものを見て、ふと気になったのだ。
そのまま何歩か後ろ歩きして真横を見る。
設置された街灯、ぶら下げられた角灯の中にはぼんやりと光る精霊石がひとつ。
「……そういえば精霊って、饅頭を食えるのか?」
仲間はずれは良くない、という考え。
そして純粋に喜んだ反応を見たい気持ちが俺の中でむくむくと膨らんだのであった。