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招かれざる客

「"まんじゅう屋"ぁ?」


 ロンジの肘がギルド受付の机との衝撃で音を鳴らす。もどかしさか、苛立ちか、彼は乱暴に頭を掻く。

 そして彼は視線を目の前の俺とイースへ、続けて背後でだらけて座っているアールとグラフォリオンへと巡らせて手元のタブレット端末へと戻した。

 その後、諦めた様子で乱暴にタブレット端末を叩く。


「変更するなら一定期間経ってからじゃないと出来ないからな。俺は伝えたぞ」

 

 俺の顔真正面に勢いよく指を突きつけられる指。俺はパーティー名を伝えただけなのにこの様子だ。


 あの後、"まんじゅう屋"をパーティー名とする事に決まったので早速ギルドへ来たのだ。


 しかしパーティー名なんてすぐ変えるものでは無いから何の問題もないだろうに。パーティー名の登録後に心変わりするパーティーが多かったのだろうか?


 イースは俺の隣で街灯を肩に担ぎ直し、目元の新品のゴーグルの位置を確認していた。


 ロンジはひとしきり端末を睨みながら指を画面に叩きつけて操作した後、目の前に立つイースを眺める。


「魔術が殆ど使えない、と。魔術師じゃなくて鍛治師か……アンドロイドの冒険者も居なくはないが、戦闘向きじゃない奴に無理はさせるなよ。それとリーダーはレストで良いんだな?」

「リーダーか。俺はやってみたいけど、イースとアールは?」


 そうだった。

 リーダーを誰にするかを相談していなかった。

 俺はアールとイースはまとめ役に興味はあるのだろうか?


『レストがしたいならそれで良いんじゃないカ? それから、ボクはボディの年齢が基準に達してないから無理だナ』

「君が適任やろ、間違いない!」


 そもそも面倒くさい事はしたくない、とアールは嫌そうに手を振って拒絶の意思を示す。

 イースは後ろに居るアールの様子を振り返り、焦るように俺を推薦した。

 2人とも俺で賛成の様子だ。


「ロンジ、それじゃあ俺で頼む」

「レストがリーダーだな……頑張れよ」


 ロンジは達観したように俺へ告げる。何やら含みのある反応だ。それほどまでにリーダーというのは大変なのだろう。


 何がともあれ、これで念願のパーティー結成だ。


 無くせば弁償だからな、とロンジが俺に手渡した物。俺はこれが欲しかったのだ。饅頭を入れるスペースを増やす腕輪タイプの魔道具。俺は慎重に受け取り、イースとアールの下へ向かい手渡す。

 アールはバングルを何ひとつ調べる事もなく仕舞い込み、イースはそのまま腕につけて使い勝手を入念に確認している。俺も腕につけたものの、魔術を使った事がないからかバングルが反応がしない。

 今は使えなくても、練習して使える様にしていこう。


 しかしやっとここまで来た。ここからがようやく一歩目だ。ただ単に食べるだけではどうにもならなかった問題が解決へと進んでいる事を実感する。

 

 やるべき事は必ず実現させる。

 目標は言葉に出せば叶うと信じ、俺は声を出す。


「全員で力を合わせて饅頭を食い切るぞ」


 俺の言葉にアールはニヤリと笑う。イースは世界の危機だとでも言いそうなほど、非常に深刻な表情で頷いた。












 それから数日後。俺はブルーローズの宿の一階ラウンジ改め、1階の店舗の片隅で饅頭を相手取っていた。


「っと。よし出来た」


 俺は神気を抜いた饅頭を大きな容器へと並べていく。

 イースは丁度、店先から街灯の清掃を終えて店内に戻ってきた。


「ええやん。何個目?」

「20個。順調順調!」


 追加で空の容器を取ってくるわ、と言ったイースは奥の厨房に引っ込んでいった。


 この宿の一階は元々、食事処として営業していた。俺はティーラが食事処の営業をしたいと言っていた事を思い出し、そこで提供する料理のひとつに饅頭はどうかと提案してみたのである。


『まんじゅう美味しそう! お母さんに聞いてみるね!』


 俺の話にティーラは快諾し、そこから話が進むにつれて寧ろ饅頭を主軸にする事になった。

 不思議だったが、実は俺がティーラに提案するよりも前に、アールが女将さんと話を通していたらしい。

 こちらで饅頭は全て用意するから、飲料を提供して欲しい、と。


 そういう訳で、今日から宿の一階はまんじゅう屋として開店する事になった。ちなみに内装は以前と全く変わらない。


 それで饅頭が普通の人も食べられるように、こうして神気とかいう謎パワーをひたすら抜いていたのだ。コツさえ掴めば簡単だ。そして数を多くこなすと気付くこともあった。俺が神気を抜くと食べた後の満足感があるが、満腹感は得られない。

 奇妙な感覚を払拭するために俺は饅頭を食べながら作業を進めていた。


「そうだ……逆に増やしてみたらどうなるんだ?」


 ふと興味を覚え、饅頭から抜いた神気を別の饅頭へと追加してみる。

 これで本来の2倍の含有量だ。


 案外簡単に出来た、と満足した瞬間。追加した饅頭からにょきっと、勢いよく6本の脚が生えてきた。


「ギギッ、ヨンダ?」

「ごめんなさい呼んでいません今から食べたいので戻って頂けますでしょうかお願いします」

「ギ ワカッタ」


 ここは町中だぞ。

 指先が冷え、心臓の音が激しくなる。饅頭の一挙一動を、俺の集中力全てを注ぎ込んで饅頭を観察する。

 饅頭から脚が引っ込み、ただの饅頭に戻った瞬間、俺は光の速さで饅頭を頬張った。

 あぁ、目がチカチカするほど美味い。


 分かったぞ。アールの謎パワーを増やすのは駄目だ。これは間違いない。俺でも分かる。


 俺が気を落ち着かせている最中、イースが空の容器を持ち、俺の目の前に積む。


「? なんかあったんか?」

「いいいやいや全然全然。何でもない大丈夫だ」

「……そうか。せや、救世主さんはどこに居るん?」

「アールは部屋でグラフォリオンの面倒見てるよ」


 アールは部屋でグラフォリオンが飛ぶ練習をしている。今日は朝から非常に濃い霧が町を覆い尽くしている為、室内で練習しているのである。


「イースは角灯の掃除は終わったのか?」

「終わったで。かなり扉くっついとったわ」


 イースが担いでいる街灯は放っておくと角灯の扉がくっつくらしい。それで、魔法薬を使ってくっつき防止や内部の掃除をしていた。普通の精霊なら魔法で掃除やら出来るらしいが……


「イノはいつ元気になるんだ?」

「…………そろそろ——」


 消えてしまいそうな声だった。続く言葉は無かった。イースの隠した目元は俺には見えない。


 それから、声を出してはいけないような、張り詰めたような空気が俺たちを包む。イースが長いため息を吐いた後、俺に話題を振る。いつも通りの仕草と声色で。


「まぁ、それよりや。なんや、ここ臭くないか?」

「……。別に臭くは無……あ、思い出した。さっきのおつかいで魔法薬以外に俺の買い物してたんだよ」


 イノの事は触れない方が良いかもしれない。俺はさっきの事を忘れ、手を拭いてからポーチに手を突っ込み中を探る。

 あった、これだ。


「今度、依頼でドラゴン探しに行きたくてさ……臭いってこれか?」


 ポーチから催涙弾を取り出して自慢するように見せると、イースは俺が差し出す催涙弾から素早く距離をとった。


「まだ封を開けてないぞ」

「近づけんといてくれ。怒るで」


 イースは眉間に深い皺を刻み、鼻の前で手をぱたぱたと振る。

 俺は催涙弾をすぐにポーチに仕舞う。


「悪い。嗅覚が良いんだな……どんな臭いするんだ?」

「何とも言えん臭い。ただひたすら不快や」


 初めて聞くほどの低い声色だ。ドラゴンの唸り声まで聞こえてきそうな苛立ちを感じる。


 俺は催涙弾を使ってやりたい事があったんだが、イースが不快になるなら諦めるしかないな。


「少し用が出来た。外出てくるから、イースは店頼むよ」


 さっさと催涙弾を手放しに行くか。

 返品か廃棄か、購入した店に行って聞いてみよう。

 初めてのお客さんは何時くるか分からないから早めに戻らないと。

 実はお客さんが饅頭を食べる時の反応を見てみたくて待っていたのである。ティーラや女将さんが神気無し饅頭を初めて食べた時は本当に美味しそうに食べるものだから、それを見ていた俺まで気分が上がったのだ。きっとお客さんの反応も良いに違いない。


 俺はイースに声を掛けて、店の外へと飛び出した。














「すぐ戻ってくるよ!」

「おー、いってらっしゃい」


 イースは店を出るレストを見送り、饅頭が詰まった容器を厨房へと運ぶ。


 今日はティーラは女将さんの付き添いをしている為、店舗には彼女ひとりだ。イースが厨房で雑用をこなしていると、ドカドカと踏み荒らすような足跡がいくつか彼女の耳に届く。


「アールってクソガキはここに居るんだよぉ?」

「匿ったって無駄じゃん」

「いらっし…………客、か?」


 とある冒険者2人組が苛立ち混じりに来店したのであった。



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