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イース勧誘

 ブルーローズの宿、そのラウンジで机を挟んでイースは俺を見る。彼は人目を気にしてローブのフードを深く被り直した。対面する俺はまんじゅうを取り出して食べていた。なんせ死ぬ程の怪我をした直後はかなり空腹なのである。


 取り出したまんじゅうを俺が食べるたびに、彼は挙動不審になりながら俺を観察する。


 目線は俺の頭だ。


 頭がぱっくり割れてしまっていたからだろう。饅頭を食べているからもう大丈夫だと思うが。


 念の為に確認を、と俺は頭に触れてみる。

 髪はゴワついており、乾いた血がパラリと落ちた。

 手で傷口を探る感覚から、既に治っているようだ。


「その……大丈夫か……?」

「怪我は塞がってるぞ。ほら」

「いや! 見せんでええから?!」


 俺は髪をかき分けながら明るく声をかけると、彼は凄い勢いで顔を逸らす。

 ずっと眉間にしわが寄った暗い表情を見る限り、怪我を見るのが嫌というよりも血そのものを見るのが少し苦手なのかもしれない。


「饅頭食ったら大怪我はすぐ治るんだよ」

「んなアホなことあるかい」


 彼は俺から顔を晒したまま言い切った。

 どうやら気が立っている様子だ。美味いものを食えば気持ちも上がるだろうか、と手を拭き俺は考える。

 早速、俺はポーチから取り出した小さな皿に饅頭を幾つも乗せていき、ひと山つくってみた。これ以上は乗り切らない所まで積み上げた後、饅頭を横目で見る彼へと皿の上を示す。


「食ってみないか?」

「……変なもん、入ってへんよな?」

「怪我が治る成分は入っている」

「……」


 彼は納得出来るような、出来ないような複雑そうな表情をしている。


 饅頭に何が入っているのかは俺も気になっているものの、アールに聞いても美味いものとしか言わないのだ。俺にとって饅頭は美味くて、死んだ時の怪我が治る素晴らしい食べ物なのに……容易にオススメ出来なくて少し悲しい。


 しかしイースなら饅頭を食える気がする。もちろん根拠はない。ただの勘だ。


 彼は饅頭を見て口を固く結んでいる。警戒する彼に対して、毒は入っていないのだと示す為に俺は皿の饅頭をひとつ取る。そして目の前でゆっくりと半分に割り、片方を皿へ、もう片方を口に放り込んだ。


 甘くて柔らかい生地、そして食べ応えのある様々な具材。舌に触れるたびに、歯ですり潰すたびにこれでもかというほど脳に幸せを届けてくる。


 饅頭は相変わらず美味い。


 俺が食べている所を見た彼はごくりと生唾を飲み込み、積まれた饅頭の山へ目線が釘付けとなった。


「じゃあ、ひとつだけ」


 恐る恐る饅頭を手に取った彼は饅頭を何度もくまなく観察した後、意を決した様に齧り付いた。


「?!」

「ど、どうだ?」

「…………美味すぎやろ」


 信じられないという声が聞こえて来そうなほど、イースは驚いた顔をしている。


 俺は心の中で大歓喜した。いいぞ、その調子で饅頭好きになればきっと勧誘もスムーズだろう。


 ぱくぱくと彼は饅頭を食べる勢いを止める事なく、何度も何度も手が皿へと伸びる。


「ほんま美味いな……」

「遠慮なく食ってくれ!」


 幾つも饅頭を食べていても彼の調子は変わらない様子だ。


 俺はようやく見つけたのだ、饅頭を食える人材を!


 貴重な人材を逃さない様に俺は追加で饅頭を積み続ける。饅頭が無ければ口が寂しい、と思えるまでになれば完璧だ。


 今の俺の様に。


 見れば彼は饅頭のあまりの美味さに機嫌が良くなっている。

 良かった、今勧誘すれば良い返事を引き出せるのではないだろうか。


「饅頭がアイテムボックスを埋め尽くしててさ。物が入らなくて困ってるんだ。それで饅頭を消費する冒険者メンバーを勧誘してるんだよ」

「……冒険者メンバー? 僕は冒険者と違うで」

「それなら登録だけでもしてくれないか!? 頼む!」


 俺は手を合わせて頭を下げる。

 饅頭を食べる手を止めずに、彼は心底不思議そうに言葉を続ける。


「わざわざ冒険者登録せんでもええんちゃうん?」


 疑問はその通りだろう。しかし利点はあるのだ。俺は彼に冒険者のパーティーだとバングルという収納用の魔道具が貰えるのだと説明した。


「中身を減らすのも大事だけど、何かを新しく入れる場所が無くて困ってるんだ。バングルに入れておけば、いつでも好きな時に饅頭を食べれるようになるだろ?」


 あと、増えるかもしれないからな、饅頭が。

 饅頭が増えるなんて言えば頭がおかしいと思われるだろうから、イースには言えないが。

 しかし増やさないように今も食べているものの、俺とアールだけでは流石に無理がある。


 更に言えば、探しても食える奴が殆ど居ないのだ。イースが登録が出来ないなら、定期的に食べに来てもらうしか無いがどうだろうか。

 彼を見ると難しそうな顔をしている。


「他はどんなメンバーが居る?」

「荷物持ちがひとり」

「荷物持ちと君のたった2人で……?」


 彼は不安そうな顔に変わった。言われてみればその通り。試験に落ちまくってるアールだからしばらくは荷物持ちだろう。


「戦力に関しては安心してくれ。そうだ、イースは勇者パーティーのヴェンジって奴は知ってるか?」


 もし知っているなら、俺がヴェンジであると言えば戦力に問題無いと伝わるだろう。

 ついでに記憶を失う前の俺の事も少しばかり聞けるかもしれない。


「知っとる。以前、酷い目に遭わされてな」

「…………そうか」


 彼は虚空を見つめて瞳から光が消えた。

 俺は思わず口角が引き攣った。


 予想外にがっつり関係してたようだ。

 しかもこの反応は迂闊に言えないし聞けない。


「嫌なこと思い出させて悪い。さっきの質問は忘れてくれ。それで俺の相棒は問題無いんだ。魔族をひとりで退けられる程だから」

「そりゃ凄い」

「でもその時に右腕を負傷してさ。それで学園祭にあった人工物の石の、えっと名前は何だったか……あぁ、魔晶石か。魔晶石近くで売ってた鎧の右腕を代わりに買ったんだよ」


 机の端に置いた鎧の右腕。完璧に治ったその鎧を見てイースの腕を褒めた。見れば見るほど、修理された後だなんて思えない程に元通りだ。

 どうやったらこんなに綺麗になるのか、と俺は顔を上げてイースを見る。


 そこには鋭い竜の瞳。

 敵意に満ちた視線が俺に向けられていた。


 彼の目元から割れる音と共に、人の肌から鱗へ範囲がどんどん広がっていく。


「へぇ、魔晶石が人工物ねぇ」


 ヒヤリと空気が冷え込む感覚。

 彼は淡々と言葉を続けた。


「魔晶石。それは世間的には自然でしか作れない石やと思われててなぁ」


 イースは饅頭を持つ手で俺を指し示す。


「魔晶石を人工物やと知ってるんは、古き時代を知る者達。神々や六花、そしてビース——あぁ、魔族やな」

「待った」


 ドカリと前のめりに机へ乗っかり、俺は語尾を強める。

 イースは饅頭を持つ手まで完全に竜の鱗に変化させていた。そして変化した鋭い爪で持っていた饅頭を口に放り込む。

 一瞬たりとも俺から目を離さずに。


 俺も竜の目を離さない。離せない。

 目を離したその一瞬で、首をへし折られる。

 そんな予感がする。


 恐らく、先ほどの話振りからして俺は魔族側の人物だと思われているのだろう。

 彼は目を細めて俺の様子をじっと見つめる。

 敵だと思われてはいるものの、一応は俺の話を聞くつもりのようだ。


「美味しいもので釣って、人の良さそうな人物を使い油断させる。僕に君らのの仲間になって貰おうと? 今更、穏便な手段をとるって?」


 話が読めないが、彼は魔族と対立している様だ。そもそも魔族とは会話が出来ないのではないのか?


 分からない事だらけではある。

 しかし俺に分かる事がひとつある。


 ここで出方を間違えればイースは敵に回る。


「イースはひとつ勘違いをしている」


 俺は目を逸らさずに人差し指をピンと立てた。


「俺は魔族とは無関係だ」

「口ではどうとでも言えんねん」


 嘘だと思われているならば証拠が必要だ。俺と魔族は無関係である、と。

 俺はとびっきり良い証拠を用意出来る。


「俺はヴェンジ・スターキーだ。魔王を倒した勇者パーティーのひとりだった。今は記憶を失っているが、ギルドに確認は取れている。今からギルドに行って証明を——」

「わざわざ敵を逃すとでも?」


 俺が逃げ出すと思われているのか。

 それならば。


「ギルドまでの道のりずっと俺を見張ればいい」

「はっ、どんな罠が待ってることやら分からんのについて行くか?」


 かなり用心深い性格だな。そりゃ用心深くもなるか。魔族と対立しているならそうでないとすぐに殺されるだろう。


 宿から移動するのが無理ならば、この場で無実を証明しなければならない。

 証明するなら、俺がヴェンジであるから魔族と協力関係には無い、という流れは悪くなさそうだ。今の状況では最早パーティー勧誘どころではないが。


 しかしどう証明したものか。冒険者タグの名前はアールの強い希望でヴェンジからレストに変更している。これを見せたとて証拠にはならない。


 今言える証拠か……イースが酷い目に遭わされた時の事をもし知っていたら別だが、俺には記憶がないから……いや、知ってる奴が1人いるな。


 反論の無い俺を見てやはりと彼は確信を持った表情に変わる。


「大方、魔晶石の事は魔族から聞いたんやろ。魔族に人質でも取られたか?」


 情状酌量の余地はあらへんけど、とイースは牙を剥いた時。


 宿の入り口から風が吹いた、気がした。


 あぁ、やっと来たようだ。

 とんでもない情報をさらっと教えるんじゃ無い、あいつめ。


「俺が魔族と無関係だと知っている奴が近くに居る。イースもそいつを知っているんじゃ無いか?」

「……例えば?」

「例えば——」


「ボクとか、なァ」


 真後ろからの声にイースは酷く驚き、背後を見て固まった。


 イースはヴェンジに酷い目に遭わされたと言っていた。ならば近くに居た精霊にも会っている。その精霊の事を彼が詳しく知っていたかは不明だったが、今判明した。


 彼はその精霊が誰かを知っている。



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