鎧の右腕
少し追記しました。23/3/18
アールから受け取った服に着替え、レナードから貰ったチケット片手に学園へ到着する。
昨日の前夜祭で来た時とは違い、門にたどり着く前から人々のざわめきが空間中を埋め尽くている。俺は人々が発する熱が周囲を埋め尽くしているのを肌で感じていた。
「凄い人の数だな」
開場時刻から少し時間が経っていたにもかかわらず、未だに次々と人がやってくる。人数を制限していると聞いてはいたが、制限してもこんなに多いなんて驚いた。
この人の多さだ。入口でずっと立ち止まっては後ろがつっかえてしまう。俺は後続の人々に背を押されるように、そして逸る心に急かされるように、前へ前へと歩みを進めていった。
目に映るもの全てが新鮮だった。複雑な機械で出来た乗り物の展示、様々な色合いの液体が入っている袋が地面に山積みに販売され、空気のクッションに転がる人々。
通行人は目を輝かせながらあちこちと指をさし、展示物の説明をする声が嬉しそうに飛び交っている。
人の多さゆえに、俺とアールは立ち止まってじっくりと見るタイミングを見失ってしまう。しばらく流れにのった末にたどり着いたのは、ひと際大きな広場。
広場の中央には遠目からでも非常に目立つ大きな黒い石が飾られていた。高さは俺の身長の3倍くらいだろうか。横幅も高さと同じくらいだった。
黒い石を見上げたその真上。
ひらりひらりと黒蝶が不自然に舞い踊っている。
上空にいた黒蝶は数匹程度で、リリスの時ほど多くはない。少しの時間観察してみても、何か悪い事をしているわけではなさそうだ。
空をただ舞っているだけなら放っておいても大丈夫だろう。
舞い踊る黒蝶にどこか不吉な予感を感じつつ、視線を石と周囲の人々へと戻す。するとまばらな人だかりの隙間から立て看板が見えた。人をすり抜けて歩み寄り、看板に書かれた文字をさっと目でなぞる。
「"死の谷産、巨大魔晶石"?」
目の前の大きな黒い石は死の谷付近で発見されたと記載があった。
魔晶石の側では男性が大きく手を広げて周囲へ視線を配り、声を張る。
「これほどの大きさの魔晶石が見つかるのは本当に珍しいんです! 大抵は地中深くに埋まっていたり、危険地帯にしかありませんから!」
彼は興奮しながら目を輝かせ、次々と言葉を紡ぐ。
「魔晶石は魔石と違い、内部に膨大な魔力が存在します。もしも魔晶石から魔力を取り出せれば何が出来るでしょうか? そう! 長期間の魔道具の使用が出来る事でしょう! そして更に、これまで魔力消費が多く、実現不可能であった魔道具の運用すら可能となるのです!」
よく分からないが、便利になるんだなという事だけは分かった。アールは何をしているのだろうかと俺は横を向いた。
隣に立っているアールは説明文をちらりと一瞥した後、饅頭を口に含んだまま顎で魔晶石を示す。
『殆ど見えないだろうが、この中に魔族が複数体いる』
魔族の単語に思わず大きな声を出しそうになる。ぐっと出かかった言葉を飲み込み、緊張しながら魔晶石に近づいて目を凝らす。
石自体がどす黒く濃い色であるため、魔族らしき形すら全く見えなかった。
『……全然見えないな』
『もし見えていたら今頃大騒ぎだろうよ』
それもそうか。楽しそうに、そして興味深そうに魔晶石を眺める人々は内部に魔族が居るだなんて思いもしないだろう。
『魔晶石が割れたりして急に出てきたりしないのか?』
『それは無い。この魔晶石は魔術による人工物だ。術者本人が設定した解除方法でないと出てこれんよ』
ずっと紹介をしていた男性は魔晶石を支える土台とそこに繋がる装置を手で示す。
「魔晶石から魔力を取り出す為に我々が発明した装置がこちらです。魔力の取り出し効率は10〜15%で——」
目の前の男性の説明を聞き流していると、人々のざわめきを割るような声が遠くから耳に届いてきた。
「紹介してくれ! 頼む!」
今俺がいる場所から少し離れた所からだった。
衆目を集めていたのは、地面に両膝をつく筋肉質な男性だ。机を挟んで立つ若い女性の販売員へ向かって、彼は何かを懇願していた。
「だから無理だって言ってんでしょ!」
「後続機の共同製作だけだ! 教育は俺がする! 同じアンドロイドなら良いじゃ無いか!?」
サーモグラフィーをつけている時に遠目で見かけてだとか、見たことのないコアの大きさと熱量に惚れたと、俺が聞こえるほど大声を出しており、かなり目立っている。
魔晶石の紹介をしていた男性は眉間に皺を寄せつつ、またかと一言呟いた後、何事もなかったかのように説明を続けた。
「なぁ、アール……って。あれ?」
『おう、今は少し離れている。近くに奴がいてな。どうしたんだ?』
いつの間にか隣にいた筈のアールが消えていた。近くにレナードがいるらしい。あまりにも人が多過ぎて、どこで見たのかなんて俺にはさっぱりだ。
『アンドロイドって何なんだ?』
『体の構成要素の殆どが無機物で出来た生命体だな』
『体……の? 要素?』
聞けばデバイスのような機械の部品で体が構築されている種族らしい。一見して普通の人と見分けはほとんどつかないらしいが、触れた時の体温が低い事と、通常の人よりも体の重量がある事が特徴だそうだ。
では今懇願している男性そのアンドロイドという種族のようだ。
アールとは後で合流する事にして、俺は魔晶石の側を離れて騒ぎの元へと近づいた。
遠目に見えるのは未だに頭を下げる男性。彼に対して、販売員の女性は煩わしそうに眉をひそめ、腕を組んでいた。
「あたしが"彼"に変な奴を紹介したらさぁ。もう取り引きが打ち切りになるかもしれないでしょ?」
女性が机の上を指さす。指し示す先は完売の札が立てられていた。
苦労を滲ませるように女性は首を横に振り、男性に拒絶の意思を示す。
「やっと信頼されてきて、さっきも追加分を——あ」
「さっき……追加分?」
しまった、と口に手を当てる彼女。それを見た男性はパッと顔を明るくして素早く立ち上がる。
「まだ近くにいるんだな!?」
「ちょっと、待ちなさっ!」
女性の引き留めも虚しく彼は人混みに消えていった。
「……きっと、この人だかりじゃ流石に見つけられないわよ、ね……?」
彼女が伸ばした手は空を掴み、苦いものを口に含んだような表情をしていた。
しかし俺が目の前に行くと彼女はすぐさま微笑みかけてくる。
「あら、いらっしゃい!」
さっきは騒がしくてごめんなさいね、と頬に手を当てて困った顔をしている。
「いえ、大変でしたね。ここでは何を売っていたんですか?」
俺は机の上にあった完売の札と空っぽの机を指し示す。
「"神武の名刀"の包丁です。お目当てでしたら申し訳ありません。入場開始直後に完売してしまいまして……」
入荷数を増やして貰ったがまるで足りなかったのだと彼女は空の机を眺める。
「折角なので私の作品もご覧になって下さい! 右足部分は売れてしまったんですけれど」
彼女の隣には鎧が飾られていた。その鎧は関節部分に隙間が出来ており、パーツ単位で宙に浮いているように見える。
「スケルトンを参考に自動で動く鎧を作ってみたんです。関節部分は魔術で繋げることで、動かし易さを上げ、かつ鎧自体の軽くする事に成功しました!」
彼女が鎧の肩部分に触れると、ひとりでに鎧が腕を回し始めた。
「凄いですね。でも、どうして右足だけ売れたんですか?」
「私もこの売れ方は予想外だったんですけど、アンドロイドの方が『右足だけ破損したから代わりを探していた』って。それで右足だけ購入頂いたんです」
さっきの男性とは別の方ですよ、と女性は言った。目の前の鎧は接続部分から予測して自動で動くらしい。さらに魔術を使える人なら自由自在なのでボディの代わりに丁度良かったそうだ。
俺は彼女の説明を聞きながら鎧の腕を観察する。つるりと銀に輝く頑丈そうな金属プレートが幾つも繋がって出来た腕だ。あちらこちらに尖った部分があり、表面に模様が刻まれているデザインで中々カッコいい。
俺は観察しながら口の中でアールを呼ぶ。
「『アール』」
『どうした』
『腕欲しくないか?』
『…………好きにしろ』
毎度あり、と元気な声を背にして俺は再度人の流れに乗る。人にぶつけてしまわないよう抱え直したのは紙で梱包された鎧の腕だ。
はぐれてしまったアールと何処かで合流しようと、周囲をよそ見しつつ人気の無さそうな場所へと向かう。
レナードと遭遇し無さそうな、出展している場所から外れて周囲に人が全く居ない所に来た。遠くからでも見えない建物の陰にと思い、学舎の角を曲がったその瞬間。
急に目の前に人が現れた。
「なっ?!」
「……へ!?」
突然の出来事に反応が一瞬遅れる。
回避する事が間に合わず、ほとんど真正面からローブを着た人物にぶつかった。
俺とぶつかっても微動だにしないローブの人物は以前に見た事があった。手に持つ街灯も既視感がある。
そして腕の中からぐしゃりと音が聞こえると共に、俺だけが弾き飛ばされたのであった。




