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任された

『何故そいつまでここに居る?』


 急にアールは不機嫌になった。アールの言うそいつとはレナードの事だろう。なんせ彼も本来ならば、この場にいる筈が無い人物だ。計画を立てた側のアールにとっては俺だけでなくレナードが居る事も予想外に違いない。


『何故って、俺と同じで押し付けられてここにいるんだよ』


 そう伝えた後に俺がこの場にいる理由をアールに伝えていない事を思い出した。

 しまったな。完全に忘れていた。

 俺やレナードがこの場にいる経緯を急いで説明したものの、どこか納得がいかない様子でアールは相槌をうっていた。


 そんな風に脳内で経緯をアールに伝えている時だ。

 俺以外の全員が地面に座り込み、崩れる教会を唖然と眺める中、ギーニャがぼうっとした瞳でぽつりと呟いた。


「ねぇ、ゴブリン女……死んだんじゃない?」

「……なんだぁ叡智の亡霊なんて所詮うわさだけってこと〜」


 ギーニャに同意するようにフクリも疲れた声で安心するが、それを遮るレナード。


「そう簡単にいく筈ない」


 未だ顔色がすぐれないレナードにこの場の全員が目を向けた。


「あらゆる手で何度もコンタクトを取ったから分かる。あの亡霊がそこまで考えていない筈が無いんだ。表に出た事件は実行犯が不手際を起こした場合だけ」


 やけに叡智の亡霊のアールについて詳しいようだ。まさかとは思うがレナードもリリス同様、アールに唆されて犯罪行為に手を染めたのか……?

 不安を感じた俺はレナードに恐る恐る尋ねてみる。


「レナードもまさか何かした事があるのか……?」


 彼は体を脱力させながら自虐するように笑う。

 やけに弱々しいがそんなにアールが恐ろしいのか。


「……妹を探していたんだ。ずいぶん昔に突然行方不明になって、それで叡智の亡霊を頼ろうとしたんだが……気に障ってしまったのか高額な報酬を突きつけられたり、様々な妨害を受けたよ。こちらが音を上げるまでずっと……しかも証拠は何ひとつ出てこないんだ」


 何が気に食わなかったのかさっぱりだが、とレナードは肩を落とす。


「……既に死んでいるから死んでから来いって事なのかもしれない。はは……それなら、もうすぐ会えるか……死後の世界で」

『おい待て、別に今その話は要らんだろ。話を変えろ、レスト』

『え? あ、あぁ』


 レナードは随分と悲観になっているようだ。話題を変えるのは構わないのだが、不思議なことにアールは焦りを感じているようだ。過去にレナードに嫌がらせをしたのを気にしているか? 気にするくらいなら、素直に人探しの依頼を受ければ良かったろうに。

 それよりも全員脱出に前向きにさせないと。アールから出口を聞き出して、協力してここを出るんだ。


「大丈夫だ、生きてここを出よう。妹さんもまだきっと生きているよ!」

『違うだろ。話を蒸し返すな』

『えっ、いやでもさ。レナードはかなり気落ちしてるだろ』


 脱出する気が無いのに無理矢理連れ出すなんて難しいだろう? 説得してやる気を出してから全員で動けばすぐに出られると思う。


『出た後の希望があったら動けるってアールもそう思うだろ?』

「ほら、俺も外に出たら探すのを協力するから。妹さんの見た目や特徴は?」

『希望なんて必要ない。人の特徴なんて知った所で無駄だろ。ボクは手伝わないからな』

「……妹は、僕と同じ珍しい髪色で」

「分かった、薄い色の髪だな」

『アールと同じ色か。珍しいんだな』

『珍しいだけで居るには居るんだよ。早く立って移動しろ。そいつとレストふたりだけなら出してやるから』


 アールが譲歩してきた。やはりいつもと様子が違う気がする。

 アールに対する疑問が何かと頭に浮かんでいるとレナードが続けて特徴を伝えてきた。


「もし生きていたら……歳は14になる」

「……へぇー」


 なんだろう。14歳か。頭に引っかかって、うっかり生返事で返してしまった。


『アールと同い年なんだな……?』

『そうだな、もういいだろ。さっさと立て。この際、全員外に出しても良いから』

「でも2歳の頃に失踪したから外見はそれくらいしか分からない。本人を名乗る怪しい手紙は毎年来てっ……来てたがっ、こ、この間、突然……家にっ、ぞ、臓器と、魔石が届っ、いて……っ」

「ぞ、臓器!?」


 待て。家に臓器が届いたって? 臓器って家に届くようなものなのか? 普通体の中にあるだろ?


 レナードは両手で顔を覆い、咽び泣く。


「し、調べたら妹本人の臓器と魔石だったんだ……体内の魔石を取るっ……なんてっ、魔石無しで人が生きられる筈がないだろ!? 魔力に含まれる毒が魔石で受け止めれず、全身に回って、狂って死ぬっ! 魔石を持たない魔族のようになって! 魔石が小さいだけでも過剰に魔力を使えばそうなるのに!」


 魔石が無いと死ぬらしい。それよりも俺は気になる事が出来た。


「そう、なのか。なぁ最後にひとつだけ聞いて良いか……? 分からなかったら別にいいんだが、レナードの妹のスキルは知っているか?」

『おい辞めろ。聞くなって、頼むから』

「レイは、妹のスキルは確か、"料理"だと手紙に書いてあったな」


 料理か。そうか。

 しかも名前が出たな。レナードの口から。


「……妹の名がレイ?」

「そうだ……この名がずっと頭から離れなかったと父が言っていた。天啓……だったんだろうな」

「頭から離れない」


 俺はそれが出来そうな奴を知っている。


『なぁ、アー『口に出すな。忘れろ、絶対だ』ル……』


 突然、アールの遮りと共に頭の中が大きく一度揺れる感覚に陥った。


 ……あぁ、うん。

 レナードの妹って、多分さ。

 いや、ほぼ間違いなくさ。


 今ギルドで反省文を書いてる奴じゃないか?


 言うに言えない事が出来てしまった。聞くんじゃなかったとすら思い始めてきた。俺は隠し通せるだろうか。でも死んだと思っているなら生きている事だけでも伝えてた方がいいのか? アールは嫌がるだろうな。更に問題に発展するだろうか?


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつもチラリとレナードを見る。彼は話を聞く前よりも項垂れてしまっている。辛い事を思い出させてしまった。

 ……だけでは無さそうだ。やはり様子がおかしい。これは恐れで力が抜けているのではないんじゃないか?


 レナードの肩を掴み目を合わせる。閉じかかった眼はどこも見ていなかった。


「おいどうした! 立てるか、レナード! 全員……」


 言いかけて周囲がやけに静かだった事に今更気がついた。見れば他の3人全員が地面に倒れ伏している。


「何だ。何が起こったんだ?」


 次の瞬間、崩れた教会後から一斉に黒い何かが吹き上がり、中から大きなスケルトンが立ち上がる。


「私がっ、失敗する訳にはァっ、いかないのっ!!」


 スケルトンの手の中にはリリスが居た。彼女が黒く吹き出す元となっていた。


「まだ計画の序盤なの! 失敗すれば失望されてしまうじゃない!? もう2度と私なんかと会話して下さらないじゃない!! 良い報告がっ、出来ないじゃない!?」


 リリスは俺に苛立ちをぶつける。その度に黒い渦が激しさを増した。側から見れば八つ当たりに見えるかもしれない。


 けれど、どうしてだろうか。

 俺には彼女が泣いているように見えた。

 涙なんてひとつも流していないのに。

 

 リリスを中心に黒く渦巻くものは蝶の形で激しく舞う。レッドドラゴンの討伐で見た事がある。黒蝶と呼ばれていたものだ。暴れ狂うレッドドラゴンに群がり、体に染みを作っていた存在。

 黒蝶に触れる彼女も顔や手足などをうっすらと紫に染めていた。


 分かるよ、アレは良くないものだ。


 俺はアールへ真っ直ぐに問いかけた。


『アールはこれで良いのか?』

『まさか、良い訳ないだろ』


 レストが紛れ込む事なんて考慮してないんだよ全く、とアールは不貞腐れる。


『出口は薔薇の花畑だ。体内の魔力が尽きた状態で花畑に居れば外に放り出される』


 このダンジョンは中に居る生物の魔力を吸い尽くして溜め込むらしい。溜め込む先はリリスが手で抱え込む核だそう。

 逆に魔力が無ければ用済みと見做されるらしい。用済みの状態で特定の場所、薔薇の花畑に居れば放り出される。


『レスト、今すぐそこの害虫駆除を頼む』


 周囲の黒蝶を全て蹴散らせ、だそうだ。


『任された』


 そうだ。

 丁度、腹ごなしが物足りなかったんだよな。

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