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叡智の亡霊

「誰よ貴方」


 2階の手すりに立つ少女が俺を睨む。

 何やら敵意剥き出しの彼女だが俺とは初対面のはずだ。

 いや、そういえばここは学生しか居ない筈の場所だった。きっと彼女は俺という部外者を警戒しているのだろう。レナード達もそうだったからな。


 今度はしっかり俺が誰なのかを説明しようとするが、俺が口を開きかけると同時に彼女は強い口調で質問を重ねてくる。


「一体どこから、入ってきたの?」

「ハイ、普通に入り口から入って来ました。それよりも落ちると怪我をするので手すりから床に降りた方が良いと思います。……あれ? そういえば入り口ですれ違った女の子?」


 俺は彼女に見覚えがある事を思い出した。確かこのダンジョンに入る時にすれ違った女の子だったような気がする。

 彼女は俺の返答を聞いた後、俺ではなく何故か虚空に視線を彷徨わせて相槌をうっていた。


「あぁそう。彼はトレヴァーの身代わりなのね。殺したのに生きている? スキルかしら。厄介だこと」


 独り言と共に彼女は悩ましげなため息をついている。近くにいる誰かと話をしているようだ。周囲を見ても誰一人居ないが、何処かに隠れているのだろうか。

 彼女が話す内容をうっかり聞いてしまったが、俺が身代わりをしていた事はなんとバレているらしい。依頼はもうダメだこれ、バレるのが早かったのもあるな。それにしても彼女が呟く言葉は少し物騒だ。


 そんな時、カーラが2階にいた彼女を指差し、目を血走らせながら悲鳴のように俺へ怒鳴り上げる。


「そこの冒険者! 早くこのゴブリン女を殺して!」

「え、何? いきなりどうしたんだよ。あの子と喧嘩してるのか?」

「カーラ! スケルトンに囲まれているんだぞ!? リリスの機嫌を損ねないでくれ!」


 2階の彼女はリリスと言うらしい。

 レナードがカーラの肩に手を置いて諌める中、フクリが俺に柔らかな笑みを向ける。ずっと昔から親しげな友人だとでも言うように。

 

「来てくれて助かった〜。リリスは死者に好かれる向こう側の生者だから敵だよ〜」

「あの長い耳が見えてないの!? どう見てもゴブリンだから早く殺しなさい! 今すぐ!」


 少し離れたところにギーニャは目を釣り上げ、興奮しながら俺に命令する。

 フクリもだが2階に立つリリスを敵だの殺せだのと物騒だ。敵は彼女じゃなくてスケルトンに決まってるだろ? 俺の足元に居る骨の粉がまさにそうだ。


 それにギーニャの言っている耳が長いからゴブリンだなんて、非常に極端な考えだ。ギーニャはゴブリンを実際に見た事が無いのかもしれない。


 今の人は丸い耳の人が多いと俺は聞いた事があるが、ギーニャは初めて耳の長い人を見てしまったために彼女をゴブリンと間違えているのだろう。


「耳が長いってそんなの個性だろ?」

「ねぇ、それ誰の言葉? 誰に向けた言葉? 定型文振りかざして知ったような口を聞かないでよ」


 あまりにも冷たくそして鋭い叱責に思わず肩を跳ね上げ驚いてしまった。

 振り返って上を見ればリリスは冷たい眼で俺を見下ろしていた。


「貴方には分からないでしょうね。この耳は生まれてからずっとなのよ? 周囲の蔑む目線や陰口を生まれてから今まで途切れる事なくずっと浴びて来た。社会にとって、家族にとって、私は異物。いつも苦しくて……早く死にたいってずっとずーと思っていた。だって死ねば魔力を使わずとも皆と永遠に居られるもの」


 周囲を取り囲むスケルトン達が一斉に骨をカタカタと鳴らす。

 それを見たリリスは少し表情を和らげて口を尖らせる。


「そうなの、でも来るのは早いって皆が言うのよ。ある日、こっそり死のうとしたら皆がすっごく慌てて止めてね。そしたらあのお方を紹介してくれたの。困り事ならあのお方に相談すればきっと解決してくれるって」


 あのお方、とリリスが言った途端に彼女の様子が一変した。声が高くなり、明らかに喜びを含んだ音だった。


「叡智の亡霊と畏怖されている。あのお方を」


 “叡智の亡霊”、その言葉を聞いたレナード達は目を見開いて驚き、皆一斉に顔を青くした。


 それとは真逆に、リリスは両手を頬に当てて顔を赤く染めている。彼女の目は挟まって口元はゆるみ、外から見えるその様はとても幸せそうだ。


「情報を扱うお仕事の方だから博識でね。色んな事を教えて下さったわ。恐ろしいゴーストかと思っていたのだけれど、とても優しい方だったの。沢山話をしたわ、毎晩のように。皆んなが深入りは良くないって言っていたけど本当に素敵な方でね。色んな事を相談したわ。家族の私の扱いの事、学園のクラスメイトの事、この耳を見た人々の事」


 リリスは相談したその時の事を思い出しているのだろう。目を細め、固い声であった。


「屋根裏部屋で泣いていた私に掛けて下さったお言葉は一字一句違わず記憶しているの。『そいつらは罪悪感を感じていないんだ。自分の行為が正しいと考え、犯した罪に気づかない。正しさの為に君を傷つけ、正しさ故に君の味方はいないと考えているんだ。加えて奴等には想像力も無い。そこに正しさなんて無いと気づかない。傷つけられた君の心なんて何一つ考えちゃいないんだ。そいつらは変わらないだろう。今までもこれからも、ずっとだ』だって。私を心配して下さったの」


 リリスは目を閉じ、その時の思い出に浸るようにして叡智の亡霊について語る。


「そして力を貸して下さったわ。『直接協力は出来ないが、君に知恵を授けよう。君自身が思い知らせてやるんだ。弱くて反撃なんてしないだろうと鷹を括っている奴等に思い知らせてやるんだ。君は知性無きゴブリンなどでは無いのだと。いつだって傷つけられる側になりうると、その身をもって教えてやれ。虐げられるだけの存在などいない。君自身が君の希望になるんだ。安心しろ、君は何の心配もいらない。この叡智の亡霊の知恵を授かるのだから。君だけの完璧な計画を、君がこれから前へ進む為の特別なプランを提供しよう。大丈夫だ。全て上手くいく』……あのお方のお言葉を見てからは何もかもが上手くいく、そんな予感がしたわ」


 でも、とリリスの顔に憂いが帯びる。


「でも頂いた計画は……怖くて……私に出来るか分からなくて暫くは一度保留にさせて頂いたの。でもね、この女達に魔術の訓練中"不慮の事故"で耳を切られてから。そしてあのお方とのやり取りの紙を汚されてから目が覚めたわ。私が変わらないと駄目なんだって。……そして、あのお方が私にとっても大切な言葉を下さったの『最後に必要なものは、君の勇気だ』って」


 前を見据えるリリスの瞳からは必ずやり遂げるという覚悟が映っていた。


「私、気づいたわ。ちゃんと私が始末してあげなきゃって。まずはあんた達からよ。出口の無いこのダンジョンで! 虫ケラの様に這いつくばってこれまでの全てを懺悔なさい!」


 いつの間にやら周囲のスケルトン達は一箇所に集合していた。

 そしてスケルトン達は互いの骨を積み重ねていきひとつの骨の集合体を作り上げる。この場全てのスケルトンが大きな一体のスケルトンとなった。


 レナード達は正気を失った表情で大きなスケルトンを眺めるだけであった。叡智の亡霊と聞いてから未だに様子が可笑しいのである。

 このままずっと棒立ちされていては上手く動く事が出来ない。

 俺はさっさと彼らに逃げてもらおうと大声を出す。


「おい、しっかりしろよ! 叡智の亡霊ってそのがここにいるわけでも無いし大した事無いだろ?!」

「あ、あんた知らないの!? 叡智の亡霊相手よ?! 敵うはずがないじゃない……」

「知らないのか……“叡智の亡霊”。十数年前からいつの間にか噂されていた存在だ。紙とペンを机に置いておけば稀に夜中に現れる。運良く出会えれば誰も知らない情報を、知り得ない情報を、対価次第で全て提供する。それこそ恋の悩み相談から、完全犯罪の方法まで全て。騎士達が血眼で探して消滅させようとして未だに尻尾すら掴めない存在。殆ど全ての犯罪に関わっているとされている非常に危険なゴーストらしい……」


 そんなヤバい奴の計画の中にいるのか。そうなるとかなり不味い状況だな。俺は記憶がないからここから出る解決策なんて殆ど思いつかないし、レナード達ははなから諦めてしまっている。デバイスも使えないとなると、リリスを説得するしかないのだろうか。


 しかしリリスの行動その全てに迷いは見当たらない。これでは説得は難しいだろう。先にスケルトンを全部砕いてから後で考えようと足に力を込めた。そんな時だ。


「あのお方の——叡智の亡霊アール様の策略に嵌った事を恐怖なさい!!」

「………………アール?」


 非常に聞き馴染みのある名に思わず足を止める。アールという名はよくある名前だったりするのだろうか。


 この場の皆が狼狽え、絶望し膝をついている。そんな中、俺は嫌な予感に額がうっすらと汗ばみ、胸騒ぎを覚えた。俺の頭の中ではひとつの疑問が脳の容量を支配していたのだ。


 そんななか、そこに割り込む声がした。


『どうしたレスト。ボクを呼んだか?』


 俺の頭の中でアールの声がやけに大きく響き渡った。

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