骨砕き
俺は急激な空腹を感じつつ、徐々に意識が戻ってきた。
顔を上げて辺りを確認すると近くには誰も居なかった。
目覚めた感覚からして俺はさっきまで死んでたのだろう。
ぼんやりとして未だに頭が回らない。地面にうつ伏せの状態で喉の不快感を感じ、咽せて血反吐を吐く。少ししたのち、体のあちこちからの痛みを自覚した。
その途端にただの痛みが激痛に代わる。
幾度となく途切れそうな意識をすんでのところで繋ぎ止めた。
手はいつの間にかまんじゅうを取り出しており、ひたすら口に詰め込んでいた。
食べている筈なのに全く満たされなかった。
幾つも幾つも機械的に、いつも以上の早さで平らげる。
ようやくまんじゅうの味を楽しめる余裕が出来た時だ。心の底から沸々と湧き上がる気持ちを素直に吐き出した。
「あの斧持ち骨野郎……ぜってぇ見つけ出して全身骨折させてやる」
きっと丈夫な骨の体だからって良い気になってるに違いない。体の肉だけでなく骨まで断たれる事がどんなに痛いのか知らないのだろう。
纏わりついた蔦を押し退け引きちぎり、軋む体を起こて立ち上がった。白かった服は血で赤黒く染まり、少しばかりの重みを感じる。体の傷口は塞がっており、痛みも引いていた。
近くには血溜まりに落ちたイヤホンと割れたメガネが散らばっている。胸元に付けていた小型の記録装置は血塗れでもまだ動いているようだ。ポーチも無事のようだが、使えそうな物は入っておらず、デバイスは通信不能であった。
スケルトン達は何処に居るのかと周囲に目を凝らせば、みな教会へ一直線に向かっていた。
「あっちか。探しやすくて助かる」
教会を見据え、ひとつ伸びをする。
一度軽く息を吸って吐き出す。
俺はスケルトンを見据え、全速力で地面を駆けた。
すぐさま目前に現れる骨々の群れ。
激る心をぶつけるように、足から白い群衆へ向かって真横に飛び込む。
「どっせええええええええい!」
俺の接近にスケルトンは全く気づいていなかった。隙だらけの彼らへ蹴りが直撃し、骨が折れたり外れたりと勢い良く飛び散った。飛び散る骨は他のスケルトンを巻き込み引き倒していく。少し離れていたスケルトン達も俺の全力疾走の風圧で飛ばされ、倒れた先のスケルトン達まで薙ぎ倒しバラけて地に転がった。
地面に転がるスケルトン達が立ち上がる前に、と何十体もの群衆へ素早く目を凝らす。
見つけた。
いや、少し離れたスケルトンの側にも斧が落ちているな。
待て、更によくよく見ればその隣に斧を持つ奴がもう一体いるような?
注意して周囲を見渡すと斧持ちのスケルトンを4,5体は確認出来た。
「どいつだよ!?」
思っていたより多かった。武器が被っていればスケルトンの見分けなどつかない。
「せめて身長だけでも分かっていればあたりをつけられたのに」
見上げていたので奴の背丈がいまいち分からないのだ。さっきの出来事を思い出して悔やんでいると、ようやくスケルトンは俺という敵に気付いたようだ。スケルトン達は骨のぶつかる音を立て、身体中の骨を組み上げながら敵意を剥き出しにこちらへ向かって来る。
「もういい! 全部砕く!」
俺は近くのスケルトンを全力で蹴り上げ、バラバラになった骨から剣を奪う。
剣を取った勢いのまま真横に振り抜けば、周囲にいたスケルトンたちの背骨は上下ふたつとなり上半身は地に落ちた。
慌てふためく下半身はもたつき他のスケルトンに絡まって転倒させていく。
その隙に俺は近くの斧持ちスケルトンへと駆ける。間に立っていた骨の群れを剣で薙ぎ払い進み、目前の斧持ちスケルトンを縦一線に切り裂く。
「一体目、次の斧持ちはどこだ」
辺りに目をやれば、遠巻きに見ていたスケルトン達は逃げ出し始めていた。
逃げ出すその中に斧持ちが一体紛れている。
別の場所を見ていた俺を隙だらけと思ったのか、正面から攻撃してきたスケルトン。
「見え見えなんだよっ!」
短剣を弾き、スケルトンが怯んだ直後、そいつの骨の膝や肩を踏み台にして俺は上へ飛び上がる。見晴らしが良くなった所で俺は手に持つ剣を逃げる斧持ちへと力一杯投げつける。くるくると回転する剣は狙い通り斧持ちスケルトンを切り裂く。切り裂かれたスケルトンはバラバラになり、逃げる後続のスケルトン達に踏まれ躓かれてガラガラと骨の山が出来上がっていった。
「二体目っ」
足元のスケルトンを踏みつけ骨を折りながら着地する。あの2体の斧持ちはどこだと、さっき居た場所を見れば奴らはいない。
「あれ? 見失ったか?」
再度探そうとした瞬間、俺の両隣から斧が振りかぶられる。
「近くにっ!?」
慌ててバックステップで回避すると背後からきらりと俺に向かって振られる剣の光が俺に届いた。
「ち!」
俺は体を捻って回避つつ、背後のスケルトンの背骨を引っ掴む。そのまま掴んだ背骨を思いっきり真横に放り出し、剣の軌道を無理矢理ずらしたのだ。狙いの外れた剣は空を切り、スケルトンがもたついた瞬間、俺は全力で蹴り上げて骨を破壊する。
バラけて宙を舞う骨を振り払って剣を奪った後、俺は2体の斧持ちスケルトンの片方へ駆ける。
コンビネーション攻撃を外してすぐのスケルトンは俺に反応出来ず、もろに俺の横薙ぎの攻撃を食らった。
「三体目」
しかし片方のスケルトンは持ち上げた斧が盾となり、すぐには倒れない。反撃される前にと俺は素早く足払いで骨を折る。
「こいつが最後かっ!」
俺は倒れかかったスケルトンの頭蓋骨を剣で突き刺し、地に伏せた骨の体に重なる斧を踏みつけ骨を折る。
周囲のスケルトンの殆どは教会へ逃げており、わずかにこの場に立っている骨達は警戒からか俺を前にして動かない。
後は他のスケルトンを倒しつつ出口を探すかと考えていた時だ。
背後から微かに嫌な音が聞こえ、咄嗟に屈む。直後に何かが俺の頭上の風を切る。
飛来物が何かを確認した時、回転する斧とその柄に付着した血痕が目に飛び込んでくる。
まさかと思い振り返ってみると、一体のスケルトンを見つけた。
物を投げた姿勢のスケルトンだ。
白い骨の頭部には血痕を拭った赤黒い跡をつけていた。
「お前かぁぁぁぁぁぁ!!」
間違いない。きっとあの血痕は俺を斧でズタズタにした時の返り血だろう。さっきまで砕いていたスケルトンは骨違いだったようだ。
俺は近くに落ちている骨を血痕付きの頭部目掛けてぶん投げる。
と、同時に体勢を低く距離を詰めた。
俺が投げた骨を追い抜きスケルトンの下へ。投げられた骨に気を取られていたスケルトンは俺に反応し切れない。その隙をつき、勢いよく足払いを仕掛けて骨を砕く。
両足の骨を砕かれたスケルトンはふらりと体勢を崩した。そこへ俺の投げた骨がようやく追いつく。飛んで来た骨はまるで追い討ちをかけるように骨の頭部へ直撃する。それにより、たたらを踏んでいたスケルトンは完全に地面に倒れた。
すぐさま追撃しようと足を振り上げた瞬間、俺に向かって突き出される槍先。咄嗟に体を捻って回避を試みる。
「あぶねっ」
服は裂けたものの紙一重で避けられた。
急に現れた槍だが、どうもスケルトンは倒れ込んだ際に骨の手を遠くに飛ばし、地面に転がる槍を取っていたようだ。
骨の腕だけで槍を突き出し、今はぴたりと俺に向けて離さない。
俺は槍から目を離さずに隙を伺う。
うっかり接近して自分から刺さりに行くのは避けたい。
お互いが隙を伺う中、視界の端でカタカタと何かが動いていた。
俺は隙を見せないようにしながらそっと地面へと視線を向ける。
動いていたのは俺が足払いで折った両足の破片だった。
その両足の破片が動き、別のスケルトンの骨を引き寄せている。
引き寄せられた骨は目の前のスケルトンの足元へ。
辿り着いた瞬間、元から自身の足だったとでもいうように俊敏な動きで立ち上がる目の前のスケルトン。
「は?」
間違いなく俺はこのスケルトンの足を砕いた。それで動けなくなったはずだ。にも関わらず立ち上がったのは他のスケルトンから足を取ってきたからである。それはつまり。
他所様の骨も使えるという事。
「いやお前その骨さぁっ!?」
俺が砕き周辺に散らばる骨々は未だにカタカタと音を立て、無事な体を探して動いていた。見たところスケルトンとは骨を折った程度で倒した事にならないらしい。俺が折ったのではあるのだが、他人のスケルトン達が探す無事な骨だったのだ。目の前のこいつはそれを盗ったのだ。
盗人スケルトンは驚く俺に向けて槍を投げ、他のスケルトンが群がる教会へと逃走する。
俺は反応が少し遅れながらも半身で槍を回避し、逃げたスケルトンの背中を追う。
きっと他のスケルトンの群れに紛れようとしたのだろう。
スケルトンの群に追い付いた時、周辺のスケルトンも纏めて下から上へと全力で蹴り上げる。
宙を舞い、丸腰で隙だらけのスケルトン。
落下のタイミングに合わせて飛び上がり、斧持ちスケルトンへと全身をかけた蹴りをお見舞いした。
「こんのっ! クソ骨ええええぇぇぇぇ!!」
勢い余った俺と骨達の向かう先は教会のステンドグラスだった。このままだとぶつかると分かってはいても今更避ける事など出来ない。そのまま綺麗な色のガラスを俺と骨とで突き破った。
細かく砕けたガラスは光に反射し、辺りをキラキラと煌めかせる。思いっきり蹴ったせいか、足もまた光っているように見えていた。墜落先に置いてあった筒の多い楽器が変な音で辺りに大きく鳴り響く。
教会の中にもスケルトンが大量にいたらしく、突っ込んだ時の残骸が教会内のスケルトンを何体も薙ぎ倒した。
着地時は教会内に居た骨はいいクッションだ。
足元には俺を殺した憎きスケルトンが倒れている。片腕と胸あたりの骨が俺の蹴りで粉々になっていた。
俺はまんじゅうを食べつつも、足蹴にしているスケルトンを睨みつけて指差す。
「それお前の骨じゃねーだろ!? 何勝手に盗ってんだ!!」
いちいち新しい骨を他所から取って来られるなんてたまったもんじゃない。
倒しても倒してもキリがないのだ。それに取られた他の骨達もきっと困るだろう。
俺の言葉にスケルトンは何の反応もしない。思い起こせば骨をぶつける音は聞こえるものの言葉を聞いた事はなかったような?
ひょっとして人骨ではあるが意思疎通は出来ないのだろうか。
スケルトンの生態について疑問に思った時、聞き覚えのある声が僅かに届いた。
「死んだ筈じゃ……」
振り向くと声の主はレナードだった。俺が殺された時、一番近くに居たがどうやら無事だったらしい。
あり得ないという顔で俺の方を見ていた。
あり得るのだ。俺は斧持ちスケルトンにしっかり殺された。流石にあれだけズタズタにされれば普通は死ぬ。死んだ時を思い出すと、収まっていた筈の怒りが再度燃焼し始めた。
俺はクソ斧スケルトンに切り裂かれた服を引き、レナードに見せつける。
「死んだよ!! 見ろよこれ!!」
白かった布は今や黒くなり、血が固まってバリバリになっている。そんな上半身に纏わりつくボロ布と化した服だ。怒りに任せて引っ張ればどうなるか冷静に考えれば分かったのに。
服を引いた途端、ビリっと嫌な音が聞こえたのだ。恐る恐る手元を確認してみる。そこには斧で切られた時よりも大きな割け口が出来ていた。
勢い余って自分で服を大きく破ってしまった。
自業自得なのだが、元々の原因は俺ではない。
「全部! これも斧持ち骨野郎のせいだ!!」
俺は心に決めた。
足元にいる骨野郎が何度骨を付け替えようと全ての骨を打ち砕いてやる、と。
やけに空腹を感じる中、ひたすら食べつつ足踏み骨砕きをしていた時だ。頭上から可愛らしい声が聞こえてきた。
「誰よ貴方」
聞こえた声はどうにも聞き覚えがない。
見上げてみると2階の手すりに立った少女が俺に鋭い眼差しを向けていたのだった。




