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白い部屋の壁

43話と44話をそのうち入れ替えるかもしれません。

 時は少し遡る。




「こんなもんっ、どうやったらっ、良いんだっ、よっ!?」


 いつもの白い部屋。

 俺が死ぬ度にいつの間にかいる部屋だ。

 俺は白い壁へと何度も体当たりする。しかし何度ぶつかってもびくともしない。


「はぁ……殴っても蹴り飛ばしても凹みひとつ無いって……何だよこれ」


 俺はつるりとした壁に手を当てる。

 今まではすぐに放り出されていた出口だったがまだ開かない。恐らくアールが近くに居ないためだろう。側にいないアールが俺を生き返らせる事は出来ない。

 しかし近くまで来るにもダンジョンの入り口は消えている。ダンジョンに入れるのかも分からない。

 そもそもアールが俺の死に気付いているかも不明である。


「アールを待つには不確定要素が多すぎる。自力でここを出ねぇと。……でも」


 そもそもこの部屋の事なんて未だによく分かっていないのである。

 生き返れば綺麗に忘れてしまっているのだ。事前に調べようも無い。

 ここでアイテムボックスは開かないし、ポーチなんて持ってない、ポケットにも何もない。

 完全に手ぶらの状態だ。

 アールを呼んでも返事は無いしデバイスも無いのでどうしようもない。


 今の俺が分かる事といえば、

 丸みを帯びた真っ白な部屋、

 机がひとつに椅子ふたつ、

 出口の穴はいつも俺の後ろに出来て、

 俺の目の前にはいつもヴェンジが座っている。


 後ろに居たヴェンジが鼻で笑いながら俺を揶揄ってくる。


「なんだ、もう諦めたのか?」

「誰が諦めるか! 考えてただけだよ!」

「へぇ、力を振るう事しか出来ねぇ単純な脳味噌で良い案が出るのか?」

「うるせぇよバーカバーカ!」


 足を引っ張る奴は無視だ、無視。


「こんな何も無い空間でどうしろ……あ」


 とんでもなく良い案を閃いた。

 何も無くても創れるだろ。俺なら。


 罠を仕掛けた時だ。あの時はロープが創れたのだからナイフくらい創れる筈だ。

 早速やってみようと俺は手のひらを眺める。


「ナイフ……ってどんなのだったか?」


 細かい所はどんなだっただろうか。持ち手は木か何かで出来ていた気がする。刃の部分は……素材は分からないが何かしらの金属で出来ていて鋭い事は分かる。


 悩むよりやってみるか。

 手を握って開いてを何度か繰り返す。

 ぼんやりとナイフをイメージしてみた。


「ぐぎぎ……」


 手のひらの上にゴミみたいな光る塵がふわふわ舞っている。それが現れては消えてを繰り返す。


 それだけだった。


 ロープを創った時の様に手元に同じものが有ればまだマシだったかもしれない。


「コレ無理だな!」

「何してんだお前……とうとう頭が可笑しくなったか?」

「誰も可笑しくなんかなってねぇから!」


 ヴェンジに憐れまれた。

 あいつ、まだ俺の事を見てたのかよ。

 いつもそっぽ向いて顔を合わせない癖にこういう時だけずっと見てるなんて性格が悪い。


 ヴェンジは暇なのかも知れないが、今俺はここから出る事に忙しいんだ。

 考えてはいけない。

 ヴェンジは空気だ。

 あいつは意識の外へと追いやるんだ。

 俺は俺のやる事だけを考える。

 それだけだ。


「さて、どうしたもんか」


 ここから出る為の良い解決策などそんなすぐには出ないのだ。

 うんうんと何度も頭を悩ませ、手に纏わりついた光る塵をそのままに壁に触れる。


 壁に触れた瞬間、奇妙な感覚が手に伝わってきた。


「う、……ん?」


 ふと思考が止まる。

 奇妙な感覚だった。

 今のは何だったのか。もう一度壁をぺたぺたと触れてみる。しかしそんな感覚は綺麗さっぱり消え去っていた。


「さっきの何だったんだ?」


 さっきの奇妙な感覚は気のせいでは無いのだ。

 それは間違いない。

 しかし一瞬で消えてしまったので確かめようが無かった。


 今までとは違う感触だった。

 今までとは何かが違っていたのだ。

 一体何が違っていたのだったか。


 先程触れた時は確か。

 確かナイフを創ろうとした直後で。


「あの光ってた塵か!?」


 俺は急いで壁に手を触れて目を閉じる。

 ひとまずさっきと同じ、ナイフを創るイメージを。

 集中しろ。

 早くきちんと成功する様に、とはやる心を抑え、息を深く吸って、吐く。何度も深呼吸を繰り返して集中する。


 ほんの少しだった。


 手をついた壁が、手元が奇妙に蠢いた。


 続けて息を深く吐き、そっと壁から手を離す。俺は閉じた目をうっすら開いた。


 そこにはナイフの模様がある壁が出来ていた。


「間違いない……この壁は動かせるぞ!」


 早速、壁に出口を創ろうと四苦八苦する事しばらく。


 その結果。


「表面の模様しか出来ねぇ!!」


 俺の目の前にはナイフや饅頭、ロープやカッコいい大剣、グラフォリオンなど様々な模様が刻まれた壁。思いつくままイメージしてみた。このイメージに統一性などはない。

 結果としてのっぺりした壁から目を楽しませる壁が完成しただけであった。


 これには全く深くないワケがある。

 穴を空けるイメージでは壁の表面が少し波打つだけだったのだ。なので方向性を変え、壁から何か創って取り出す事にした。その分壁が薄くなると考えたのだ。しかし何度やっても壁の深くまでは動かせなかったのだ。なので創って取り出すまでは辿り着けなかった。


 最初より深い模様を作ることが出来たがそれだけ。模様じゃダメに決まってる。この部屋の壁はもっと分厚い。穴を開けるのが目標なのである。


「……何遊んでるんだよ」

「遊んでねぇからな!?」


 この必死さ見てただろうに。どこが遊んでる様に見えるんだよ。ちくしょう。


 落ち着け。俺ならなんとか出来る。


 今までの感触からして、いつかは穴が出来るだろう予感はする。しかし時間が掛かるだろう事も分かった。


「はぁ……長期戦だな」


 俺は全身力んでいた事に気付き、脱力しつつ壁を横目に床へと寝転がった。つるつるした天井を眺めつつ思考を巡らせる。


 色々と壁に手を触れ、模様替えをした結果分かった事がある。この壁も恐らく光る謎素材で出来ているのだ。

 謎素材……逆さ吊りになっていたイースが興味を持っていたな。きっと彼は職人なんだろう。ものづくりは時間がかかるらしい事は知っている。こんな風に色々とイメージ通りにすぐ加工出来るなら気になるだろうな。

 ふと、イースを罠にかけたロープを思い出した。あの時のロープは触れたら消えたよな。


 俺は寝そべったまま壁に拳を当てる。


 あの時は手で触れて、ロープを外そうとして……結び目をどうにか消したいと思ったんだっけか。


 すると、急に拳の支えが急に無くなった。そのまま腕が外側に放り出される。


 外側、壁の向こうへと。


 突然の事に驚き、手を引く。頭を真横に向け、壁を見る。俺が触れていた場所には大きな穴があった。


 人ひとりが通れそうな大きさの穴。


「え、は!?」


 慌てて飛び起きた。瞬きを繰り返す。

 何度見ても真横にぽっかり穴が空いていた。


 目の前の出来事を頭で理解出来ず、出口らしき穴の前にしゃがみこんだ。

 そのまま落ちぬ様に、ゆっくりと出口の向こう側に手を伸ばしてみる。

 何も無い空間だ。壁にしっかり穴が出来ていた。

 続いて恐る恐る出来た穴から首を出す。部屋の外、その周囲を見渡す。

 辺り一面に真っ暗で吸い込まれそうな空間が広がっていた。


「出口……なんか出来た」


 そして無意識にふらりと一歩踏み出しかけて……足を押し止める。


 きっと足を止めなければ良かったのだろう。

 ここから外へ出れば生き返れる。今までずっとそうだった。


 しかし……


 今まで強制的に放り出されていたが故に初めて感じた感情。


 光の見えぬ暗闇への恐怖。


 ここから落ちたとして本当に生き返れるのか?


 ここから落ちれば永遠に落下し続けるのではないか?


 そんな不安が胸を押し寄せてくる。


 周囲を見る限り何も無いのだ。ただの漆黒が広がっている。光すら全て吸い込む暗闇。


 緊張で固唾を呑んだ。

 そんな時だった。


 背中に強い衝撃をくらってたたらを踏む。

 続けて足を踏み外した。


 暗闇の中へと。


「っと……ぉ!?」


 心構えゼロでの浮遊感。


 全身が落ちる瞬間に声が耳に届いた。


「さっさと行けポンコツ」


 落ちゆく中で振り返ると部屋の出口付近にヴェンジが立っていた。

 上げていた片足を床に下ろしている。


 成程そういう事か。


 ヴェンジの奴、俺を蹴落としやがった。


「いきなりひとを蹴り飛ばすんじゃねぇぇぇぇクソ野郎おおおおおおおお!!」


 ヴェンジに聞こえるように全力で叫びながら、俺は暗闇に包まれていったのだった。


















 レストが落下して暗闇で見えなくなった頃、白い部屋の出口は再び閉じられた。

 閉じられた壁にはレストが創っていた模様が残っている。何の統一性もない、レストが思いつくまま刻んだ模様。


 ヴェンジは壁の前に立ち、彫られたそれをただじっと見つめる。


 彼の眉間の皺は消えていた。



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