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スケルトン

 湿った土の匂いがする。風もなく揺れる枯れ草が額をくすぐり、ひんやりと冷たい砂利が頬に触れる。

 俺は今、地面に横たわっている。それも腕くらいの太い蔦で全身ぐるぐるに飾り付けをされ、さらに地面に固定されているのだ。もちろん手や頭、胴体や足など全身くまなくだ。


 この蔦は勢いよく地面から出てきて俺に巻きついた後、また地面に潜って根を生やしたんだぜ?

 魔法ってすげぇよな。

 にしてもこういった植物は実際に存在するのだろうか? それとも魔法を使う時にしか生えないものなのだろうか。


 指先近くの葉っぱを揺らして見ていると、俺の目の前に足幅の広い革靴が現れた。

 これはレナードだな。

 レナードはその場にしゃがみ込み、固い声色で俺に質問を投げかけた。


「ここに……何しにこの学園に来たんだ?」

「依頼人トレヴァーから前夜祭の代理依頼を受けて来ました」


 それしか言いようがないんだよな。事実だし。

 続けて別の声が耳に届く。


「ここの出口を教えなさい!」

「知りません」


 初めてこの場所へ来たのに出口を教えろなんて無茶を言うなぁ。続けて警戒心の強い声。


「ねぇ、本当にトレヴァーの振りしてたの? さっきまでずっと?」

「してました。さっきまでずっと」


 俺がトレヴァーのフリをしていたのをまだ信じていないようだ。続けてのんびりとした声。


「トレヴァーは何で代理を立てたの〜?」

「分かりません」


 本当に何でだろな。俺も知りたい。


 これは俺の推測だが、依頼人のトレヴァーは自身のスキルで不都合な何かを知ったんだろう。オークラットとかいう奴が俺の耳元でトレヴァーのスキル危険察知がどうとか言っていたからな。

 しかしこんな事になる可能性があるなら事前に共有しておいて欲しいところだ。


 まぁ、これで俺が何も知らない事は伝えられただろう。これで敵では無いと分かって貰えたのではないだろうか。


「危害を加えたりしないのでこの蔦を解いてください。出口を一緒に探します」

「黙りなさいクズ!!」


 えっ、辛辣過ぎない?

 全くもって信頼を勝ち取れていなかったようだった。

 ほんとに何故こんな事になっているのだろう。

 初動が肝心だったのかもしれないな。何が駄目だったのか。あの時、このダンジョンに入った直後は確か——、


『キャーーーー! 犯罪者よ!』

『待ってくれ、俺は何もしてないぞ!?』

『無断でこの学園に侵入した時点で不法侵入! 犯罪者でしょう!』

『え、そうなのか!?』

『名家の子息令嬢が通う学園に侵入したんだ。お前の目的はテロか? 生徒の誘拐……いや暗殺か?』

『へ!? いやいや、全然違うって! そんな物騒な事しに来たわけじゃ……』

『“氷楔(ひょうせつ)の——”魔法が使えない〜?』

『待って待って! 攻撃しないでくれ! 俺の話を聞いてくれ!』

『魔法の妨害なんて卑怯な男ね!』

『だから俺は何もしてないって!』

『何も悪い事してないなら逃げも隠れもせず大人しくしているわよね?』

『え、あ、確かに悪い事してないし……そうか……そう、なのか……?』


『完全に使えないって事もないわ……なら殺す気でやるわ! “荊棘(いばら)圧砕(あっさい)”!』

『殺す気って何!? ぉうわっ!!』


 で、蔦が絡まり今に至る。


 そういや全員聞く耳持たずだったな。この場合は逃げれば良かったのかもしれない。けどもう今更なのである。悲しい。

 俺が揺れる葉っぱに癒しを求めている間も、この場では張り詰めた空気が流れていた。


「早くこいつを突き出しましょ!」

「ええ、早くそうしましょう。とても怖いわ。放っておくと何されるか分からないもの」


 カーラが俺を指差し、ギーニャは両腕で自身の肩を抱きしめる。

 俺は何もしてないしするつもりもないのに……


「どの道出口を探さないといけないな」

「入ってきた場所は消えちゃってる〜」


 レナードとフクリは俺たちが来た場所を確認している。俺が通ってしばらくすると入り口は消えてしまい、黒薔薇が地植えされているだけの場所となっている。

 どうやら他に出口を探さなければならないようだ。


「魔法が上手く使えないなんて嫌らしい場所だこと!」


 探索魔法が使えないわ、とカーラは髪を弄りながら、まなじりを上げていた。


 彼らが出口を探すために二手に分かれる事を相談していた時だ。

 俺が地面に添い寝しながら周囲を観察していると、遠くで白いモノが地面からボコりと出てきた。


 地面から生えてきたあれは何だろうか。まんじゅうでは無いのは確かだが。


 見ればそこかしこの地面がボコボコと揺れて白いモノが地表に現れる。出てきた白いモノは空へと伸びた後、折れ曲がるようにして地面へ接地する。そして接地面を支えにして更に白いモノが這い出てきた。同じ様にして幾つもだ。

 

 レナード達は話し合いに夢中で周囲の異常に気が付いていない。

 地面から出てくるものが何かは分からないが、嫌な予感がひしひしとする。

 早く警告したほうがよさそうだ。


「おーい! なんか地面から生えてきたぞ!」


 俺の声を聞いて全員がこちらを向く。

 地面から這い出る白いモノへと俺が目線で示してみた。

 すると皆が示し合わせたかの様に顔面蒼白となった。


 やっぱり不味い状況なんだろうな。俺でも分かる。


 そうこうしているうちに這い出る白い物体は地上へ完全に姿を現した。

 見れば地面から出てきた白いモノはまさしく人の骨そのものであった。


 スケルトン、と誰かが呟く。


 あちらこちらの地面から這い出てくる人骨はカタカタと顎を鳴らし、古びた武器を手に俺たちの方へとゆっくりと近づいて来る。

 その数はみるみるうちに増えていった。


「ヒッ!」


 カーラが喉を鳴らして後ずさる。

 ガラガラと骨の当たる音が辺りを取り囲む。


「あそこの教会に逃げ……っ!?」


 レナードが教会を指し示す。しかし突然足元からも人骨の腕が飛び出し、彼の足を掴む。

 それを見たのだろう。彼女達のパニックになった声。逃げるような足音が聞こえる。


 俺をそのままにして。


「ちょっと待って! せめてこの蔦解いていってくれ!!」


 俺の叫びは空に虚しく響くのみ。彼女たちにそんな余裕は無いのだろう。近くのレナードの目線からして既に遠くへと逃げているようだ。


 それを嘆く暇もなく俺の目の前すぐそこからも地面から人骨が這い出てくる。

 俺はどうする事も出来ずにただスケルトンの華麗な復活を見届ける。

 手に斧を持っているが、それを持って埋まっていたのだろうか。

 出てきたスケルトンは近くの俺に気づいたようだ。空虚な眼窩を俺に向けている。


「えっと……とても白くて丈夫な骨ですね」


 這い出たスケルトンは俺を見下ろして顎をカタカタと鳴らしている。近くでスケルトンを観察すると関節の部分は空間が空いている。どうやって骨の体を動かしているのだろうか。アールと同じような方法か?


 俺が何も出来ずただ見ている間も、スケルトンはすぐには襲いかかってこないようだ。

 スケルトンって意外と友好的だったりするのか?


「あの、その斧でこの蔦だけ切ってくれませんっ……がァ!」


 俺が言い終わる前にスケルトンは動いた。

 地面に横たわる俺に勢いよく斧を振りかぶり、ざくりと太い蔦を切ったのだ。


 俺の背中ごと。


 やはり敵だったようだ。見逃してくれるのかと思ったが完全に騙された。

 喉の奥から迫り上がる血を吐き、レナードの悲痛な声を聞く。何度も何度も背中からの衝撃と熱と痛みを感じる。声にならない声が血と共に口からこぼれる。そして俺はいつの間にか意識を暗闇に落としていった。










 気づけば俺はいつもの白い部屋にいた。

 死ねば毎回ここに来る。俺の意思など関係なく、いつのまにかここにいる。そしてこの白い部屋での記憶は目覚めれば消えてしまう。そんな謎の多い空間。

 机を挟んで向かいには顔を背けたヴェンジが座っていた。


 ただひたすらに俺とヴェンジの間に沈黙が流れる。

 以前は俺も会話を試みようとしたがヴェンジが全く反応を返さないのだ。なので俺は会話を諦めた。

 ……諦めたのだが。


 俺はじっとヴェンジの横顔を観察する。

 いつもは比較的すぐに部屋全体がひっくり返って追い出されては生き返るのに、今回はかなり遅いのである。要するに今は時間を持て余している。暇なのだ。その退屈な時間に俺は色々と考えを巡らせる。

 どうして記憶を失っていない俺、ヴェンジがここにいるのか。どうして記憶を失っている今の俺とここで会えるのか。何もかもが謎だらけだ。

 それにヴェンジはずっと顔を背けているがそんなに俺の事を見たく無いのだろうか。


 そういえばトレヴァーは俺の変装を見た時に気持ち悪いだとか言っていた。自分と同じ人物が目の前に現れると気持ち悪いのだろうか。だから見たく無いのだろうか。目の前でそっぽ向くヴェンジと同じか?


 同じ人物か……今俺が受けているこの依頼はトレヴァーが代理人を募集して代わりに前夜祭に行かせようとしていた。見た目を全く同じ人物に仕上げて。


 ……ヴェンジがアールに願いを叶えてもらった結果、今の俺の状態になっている。


 俺はヴェンジを見つめる。まだ頭が整理出来てないが、時間はあるのだ。俺は今の考えをそのまま口に出した。


「お前は俺に何かさせたいんだろ?」


 ぴくり、とヴェンジの体が反応した。

 当たりかよ。……けどそれ以上の詳しい答えなんてすぐには出なかった。


「して欲しい事があるならちゃんと言えよ」


 俺はため息をつき、ヴェンジに告げる。これに対する反応は全く返ってこない。

 そしてまたしばしの沈黙。

 長いような短いような時間が流れ、突然にヴェンジが俺に質問を投げかけてきた。


「こんな所でずっと油売ってていいのか?」


 正直めちゃくちゃ驚いた。ヴェンジが質問してくるなんて思っても見なかったのだ。

 俺は思わず口を開けて驚いてしまう。


「なんだよ急に」

「今は近くにアールが居ないだろ」

「…………あ」

「お前どうやって生き返るんだ?」


 ……ああそうだ、そうだった。今このダンジョンにアールは居ない。今あいつは職業変更の試験を受けているはずだ。


「不味いっ! くそっ、どうする……っ!」


 今更ながらに焦りが膨らむ。動悸が早くなる。全身が冷えるような感覚に陥る。

 俺は勢いよく立ち上がった。座っていた椅子が転ける音がした。


「この白い部屋から出る方法を、俺が生き返る方法を考えねぇと」


 俺は出口になるであろう白い壁を睨みつけたのだった。

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