不審者
無理矢理黒い造花を押し付けられた男子生徒はその黒い造花を不思議そうに見ていた。彼はそれを渡した相手の去り際を眺めた後、俺の方へと振り向く。そして俺と目が合うなり近づいて声をかけてきたのだった。
「やあ、君も同じ黒い花だね」
「……そうだな」
彼はレナードと名乗った。学年がひとつ上の先輩らしい。とても気さくに話をしてくる。俺は何もせず聞いていただけだが、どうやら彼はトレヴァーとはほぼ初対面らしい。それを聞いて安心した。俺がトレヴァーでは無いのだとすぐにバレる事はないだろう。
にしても未だにトレヴァーとの通信が途絶えているが、何かあったのだろうか? 通信を再び繋げる方法なんて俺は知らないから、どうしようもないのだ。所持している記録装置は動いているので報告は後で出来るが……今のように人との会話時には非常に困る。
本音を言えば今すぐ帰りたい。こんなに長時間饅頭を食べていないなんて初めてだ。その為か俺は非常に饅頭食いたくて仕方がない。
というか、こんなに食ってなくてアイテムボックスの容量は大丈夫なのだろうか。……少し心配になってきた。今ならこっそり食っててもバレない、か……?
そんな事を考えているとレナードが俺に親しげに声を掛けてきた。
いや、俺じゃなくてトレヴァーにだった。トレヴァーに成り切らないと。
「前夜祭のイベントは毎年変わるから面白いね。今年は学内で巨大迷路があるらしいよ」
「何が面白いんだ……それより迷路の攻略を学園内でって?」
「転移陣や訓練用ダンジョンのコアなんかを使うみたいだ。教室や廊下を迷路にしていると後輩から聞いたよ。おや、丁度今から始まりだね」
レナードが指差すのは壇上。そこには拡声機を持った司会の女性が立っていた。彼女は大きな身振り手振りをしながら、この場にいる全員に向けて声を発している。
先ほどまでは明日の学園祭の出展紹介をしていたが、これからの紹介は今から行うイベントらしい。
『それではラスト、今日のビックイベント! その名も……学内迷路攻略! こちらは全員参加です。今からする説明をよく聞いてくださいね!』
拡声機から響く紹介によると、学園内全てのエリアを使用した大規模迷路を行うイベントを今から行うようだ。指定の入口から開始して今いるホールがゴールとの事。
『道の途中に隠してある景品は早い者勝ち! また、ゴールの先着上位にも豪華景品があります! 協力するもよし! 単独踏破するもよし! 一位でゴールを目指しましょう!』
混雑回避の為、入り口はグループごとに分けられているようだ。そのグループ分けというのが今日受付で渡された造花その色らしい。
色ごとの場所は何処なのか、司会者によって次々と発表されていく。
『——青色は植物園。赤色は、生徒会室。黒色は魔法訓練場が開始地点です!』
どうやら俺の開始地点は魔法訓練場らしい。魔法の訓練とはどんな事をするのだろうか。どんな設備があるのだろうか。想像すればするほど何だかわくわくしてきた。
しかし場所は何処にあるか分からないな。トレヴァーとの通信は切れたままだから聞くに聞けない。ここは同じ場所のレナードに着いて行くしかないようだ。入り口まで着きさえすれば彼と離れて単独でゴールを目指せば良いだろう。
長い時間共にいてボロを出すのもまずいからすぐに離れておかないと。……何故かバレる事もあるようだし。
『それでは皆さん、移動を開始して下さい!』
もう移動するらしい。
周囲を見渡すと、楽しそうな人、無表情な人、不服そうな人、この場にいる学生たちは様々な反応をしていた。そして一部の学生が動き始めると、つられて皆が動き出し、指定の入り口へとそれぞれが向かっていった。
俺は自然な動きを意識してレナードと魔法訓練場へと歩いて進む。
周囲の学生たちがそれぞれ別の道へと向かい、まばらになっていく。イベントで無くとも既に迷路のような複雑さの学園内をひたすら進み続ける。すると頑丈そうな扉が目の前に現れた。扉の側には小さな机が置いてあり、上には黒い造花を刺した花瓶が置かれている。どうやらこの場所が入り口で間違いないようだ。
扉の近くには既に3人の学生が立って待っていた。
気の強そうな女生徒は巻き毛を弄っており、指で腕を叩く仕草を何度も繰り返して全身で不快感を露わにしていた。その彼女の側にいた細身の女生徒は巻き毛の女性の苛立ちに頷いている。
小柄で可愛らしい女生徒は退屈そうに窓の外を眺めていた。すると彼女は俺とレナードが来るのに気がついたのだろう。窓を見るのを辞めて、俺たちへと溶けるような笑顔を見せてくる。
「あ、トレヴァーだ〜。う〜ん。あとはオークラットが居ればいつものメンツだったのに〜」
「オークラット君は僕にこの造花を渡して帰ったよ」
レナードは自身の黒い造花を指差して彼女へ返答をした。
押し付けたあの男は彼女達3人とも親しい仲の様だ。トレヴァーとも知り合いらしい。依頼人の知り合い多いな……早々に離れておかないと不味い状況になりそうだ。
「そうね、こんな色の花を準備するなんて考えなしだわ。にしてもこんなに知り合いで固まるなんて今日はとても運が良いじゃない? カーラ」
「良くないわ! 逆に不吉なのよ! フクリも思うでしょ!? でも一番信じられないのは黒い造花を渡された事よ! 生徒会は何を考えているのかしら!?」
「私もこの色の花は避けた方が良いと思うよ〜。このメンツについてはギーニャの言う通り運が良いのかどうかは分からないな〜。レナード元生徒会長はどう思いますか?」
「これが終わったら少し聞いてみるよ。普段接しない生徒との交流も兼ねているからランダムでチーム分けをしている筈だけれど……」
巻き毛の強気な女の子がカーラで、細身の女の子がギーニャ、小柄で間伸びした話し方の女の子がフクリだな。よし覚えた。
より一層荒ぶるカーラをギーニャが宥めていた。それを人ごとの様に眺めていたフクリは退屈しのぎと言わんばかりに俺へと目を向け声をかけてくる。
「トレヴァーは珍しく大人しいね〜。なんかあった〜?」
「別に。どうすれば早く終わるか考えてただけだ」
依頼人はこういうキャラだよな。変な反応はしていない筈だが、さっきバレたのもあって妙に緊張する。それを表に出さぬ様に押し込めてなんでもない風を装った。
フクリは俺のその返答にふうんと気のない返事をひとつする。そして自身のデバイスを弄りだす。
「うわ、通信切れてる〜。使えないじゃ〜ん」
「何それ自力でやれって事!? ダンジョン攻略を協力しようにも、ひとり足りないんじゃないの!?」
カーラが更に怒りを露わにした。それを聞いたレナードは体の前で腕を組んで何か考えるそぶりを見せる。
「6人ごとのチーム分けだったね。後から来るとは思うけれど……今回のはちょっと不備が多いね」
魔法訓練場の入り口前で騒いでいた時だ。壁に取り付けられたスピーカーから声が届いてきた。
『皆さんの準備完了を確認致しました!』
「何それ、やっぱここは5人スタートって訳?」
司会者言葉にギーニャは顔を顰める。しかしそれに対する返事は返って来ず、スピーカーから楽しそうな声が響き渡り、開始の合図が宣言された。
『それでは、学内迷路! スタートです!』
司会者の女性の合図と共に目の前の重厚な扉が大きな音を響かせてゆっくりと解放されていく。
扉の向こう側は見ることが出来ず、そこには白い光だけがあった。
「ほんっとに最悪! 必須参加を無くしなさいよ!」
カーラはそう言ってずかずかと一番に扉の向こうへと消えていった。ギーニャは慌ててカーラを追って駆け足で扉へ飛びこむ。
「この学園ってバカ多いよね〜」
フクリは頭の後ろで手を組み、のんびりと扉の向こうへ消えていく。
レナードはまだ考え事をしているのだろう。腕を組み、ぼんやりと目線を上にしながら扉の中へと進んでいった。
「……俺も行くか」
ひとり残された俺も扉の向こうへと進む。
そして扉をくぐる、その時だった。
「ふふっ」
軽快な足音。とても楽しそうな笑い声。それらが風を切って後ろから聞こえてきた。
俺が扉をくぐっている最中に誰かがやってきたようだった。
俺は扉をくぐった後に後を振り返る。しかし暫く待っても誰もやってこない。空耳だったかと不思議に思い、視線を前に戻す。
扉の向こうには夜の風景が広がっていた。いくつか建物も立っており、一際大きな教会が向こうに見える。それ以外は全て墓石が建てられている。今立っている場所は人ひとり分の範囲で黒い薔薇が地面へ植えられていた。
先に扉に入った4人はちゃんと居るようだ。墓石を避けつつ進んでいた。6人揃ってない事を心配していたようだし念の為伝えておくかと何気なく俺は声を上げた。
「今さっき最後に入ってきた人が居な……い?」
声がおかしい。
いや、おかしくはないのだ。俺の声だから。
さっきまでトレヴァーの言葉をずっと使っていたのでそっちに少し慣れていただけ。それだけだ。
目の前の4人は俺を見て全員固まっている。
俺は今の自分の様子を確認してみた。
パーカー、ジーンズ、ビーサン。
よし、いつも通りだ。
俺は彼らに目線を戻す。
何故トレヴァーは途中で解ける変装魔法を使ったのだろうか。疑問は尽きない。
けれどレナードたち4人は驚いたろうに、何だか申し訳ないな。
取り敢えず挨拶はしておくか。
「あ、どうも。レストといいます」
俺が名乗った瞬間、咳を切った様に全員口々に声を上げる。
「キャーーーー!」
ひたすら叫ぶギーニャ。
「誰だお前!」
俺に問いただすレナード。
「不審者よ! 捕まえなさい!」
興奮で顔を真っ赤に染めるカーラ。
「トレヴァーは〜?」
無表情で依頼人の事を聞くフクリ。
そうして全員が襲いかかってくるのを俺は宥めようとしたのだった。




