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前夜祭の代理人

「ロンジはツテって知ってるか?」

「次は何をやらかすつもりだ」


 いつものギルドのカウンターに俺は来ていた。

 目の前のロンジは探るような目つきを俺に向けてくる。

 何をやらかすか、なんて人聞きが悪い。


「安心してくれ、ただのパーティーメンバーの勧誘だ」

「お前どうせまた失敗するだろ。悪評ばら撒くだけだからやめとけ」

「大丈夫だって。次こそ絶対いける」


 この言いようだ。ロンジは俺をまるで信用していないようである。


 きっと昨日の件が原因なのだろう。

 昨日は初めて設置した罠の回収を終えた後、時間があったのでギルド内で勧誘をしていた。


 そこでひとりの青年に声を掛けてみたのだ。メンバーを探している事と勧誘の理由を伝えた所、まずその饅頭をひと口食べてみたいと言われたのだ。


 勿論、俺は躊躇した。


 以前ロンジが饅頭を食べて倒れたのもあって、この青年が饅頭に合うのかはまだ分からなかったからだ。


 しかし青年の熱意に負けた。俺はひと口だけだと念押しして饅頭を千切って渡そうとした。

 青年は、齧るからいいよと笑って手を出してくる。俺は不安になりながらも必ず少しだけにするよう伝えて饅頭をそのまま渡した。

 受け取った青年は一切の躊躇無く饅頭を齧った。

 それを見て俺は驚いた。


 ひと口がクソでけぇ。


 その青年はどうなったかというと。


 とても楽しそうに笑ってた。


 泣きながら。


 ギルド中がドン引きする声量だった。そしていつのまにか青年は渡した饅頭を食べ切っていた。

 彼は案外食えるのだろうかと俺は思った。しかし青年の泣き笑いは一向に止まらなかった。


 あまりにも騒がし過ぎたせいか、前回のロンジ同様に職員たちによって青年はギルド奥の医務室へ連れて行かれたのだ。

 その日、彼はギルド奥から戻ってこなかった。


 そして今日の朝、俺は心配だったので彼の様子を聞いてみた。


 すると彼は街を出たらしい事を知った。


 幸せを探す旅だとか。

 とても目を輝かせていたそうだ。


 俺の勧誘の話はうやむやになったが、彼が元気そうで安心した。

 ま、こういう事もあるだろう。


 また再度勧誘が必要だと思い、俺はギルド内で声を掛けようとした。


 そしたら、俺は見事に避けられた。


 蜘蛛の子を散らすようにとはこの事か。

 見てて面白いよな。こんなにも勢いが良いんだぜ。


 ……どうやら噂が広まったらしいのである。

 ヤバいブツを食わせる奴がいるのだと。


 ああ、分かっているさ。俺は完全にしくじったんだ。心の中で泣いてなんかないからな。

 俺はオープンな場での勧誘は痛い目をみると流石に学んだ。


 そこで俺は考えた。

 オープンではない勧誘ならば良いのでは無いか、とな。


「探して欲しい依頼があるんだよ」

「依頼人に迷惑かけるならお前ギルド出禁な」

「報酬!! 報酬で希望するなら良いだろ!? なんでも食える奴か、冒険者かつパーティー作りたい奴の紹介だけ!」

「……そういう事か」


 ロンジは乱暴に頭を掻き、諦めたようなため息をつく。そして手元のタブレットデバイスを操作し始める。


「ったく。しょうがねぇな、探してやるよ」

「流石ロンジさん!」

「いきなり交渉は辞めとけよ? 次から指名依頼を頼むなりして何度か受けてから交渉してみろ」

「おう、分かった!」

「そもそも人脈がある奴はギルドに依頼なんかしねぇから、依頼自体も気をつけろよ」

「……そうなのか?」


 そもそもギルドの依頼全部が危険なものばかりだ。気をつけろと言われても中々ピンとこない。


 人脈がありそうな依頼人はこの辺りだろう、とロンジは俺にタブレットデバイスを渡す。

 俺はそれを受け取り、表示された依頼の一覧をひとつずつ確認していく。


 そんな中、ひとつの依頼に目が留まった。


「へぇ、どれにするか……お、"前夜祭の代理人"だってよ。これ面白そうだな」


 どうやら学園都市では学園祭というお祭りがあるそうだ。その前日に学生限定の前夜祭というものがあるらしい。依頼人は訳あってその前夜祭に参加出来ない為、代理を務めてほしいという依頼内容だ。

 折角の楽しそうなお祭りに出られないなんて依頼人は不憫だな。


 ロンジは俺の言葉に苦い顔をする。


「……一応リストには入れたが、そいつは辞めとけ」

「ロンジは何か知っているのか?」

「今日で掲載終了だが、今まで誰も受けた奴が居ねえんだよ」

「確かに、こんな簡単そうなら誰かがすぐ受けるだろうし。何で誰も受けてないんだ?」


 ここをよく見ろ、とロンジはデバイスのある部分を指差す。


「初めはAランク以上の指定だったんだよ。ギルド職員からはランクフリーを最初に勧められていたらしい。案の定、誰も受けないから昨日締め切りギリギリになってランク指定無しに変更されている。……俺の感だが、この依頼人は何か隠してるぞ」

「変更履歴? ほんとだ」


 ロンジが指差す場所には依頼の変更履歴が記されていたのだ。

 ロンジの懸念点も分かるが、誰も受けてないなら依頼人が困るのは確実だろう。あと依頼の学園は入場の制限がかなり厳しい場所らしく、そんな場所には滅多な事では行けないのである。この機会を逃せばいつ中へ行けるか分からないのだ。


「やっぱ俺これ受けるよ。隠し事なんて誰でもある事だろ? それに学園ってどんな所か見てみたいんだよな」

「後で後悔しても知らんぞ」


 ロンジは渋々ながらもデバイスを操作する。文句を言いながらも俺の希望通りに依頼の手続きをしてくれているようだ。


「依頼の手続きはこれで完了だ。あと、学園のある学園都市の行き方だが……」

「ロンジ! 呼び出し来てるぞ!」

「すぐ行く! レスト、少しここで待ってろ」


 ロンジは別のギルド職員に呼ばれて席を外していった。どうやらデバイスで誰かと話しているようだ。微かに聞こえるロンジの言葉使いが丁寧だ。ちゃんと仕事しているところ初めて見た。


 暫くして会話を終えたロンジが眉間に皺を寄せながら俺の所まで戻ってくる。

 何かあったのだろうか。


「……お前が受けた依頼人から伝言だ。今から迎えを寄越すからここで待てだとよ」

「今から!?」

「向こうさん、時間がないらしいな」


 依頼受注をすぐさま確認して連絡してきた訳か。あまりにも早いが、依頼を受ける奴が来るのをずっと見てたのか?


 そして問題がひとつ。

 俺は今めちゃくちゃラフな格好なのだがこれは良いのだろうか。具体的にいうといつものパーカーにジーンズ、ビーサンである。

 勿論、今着替えなんて持っているはずがない。俺の所持品はほぼ饅頭だからな。


 ……まぁ向こうがどうにかしてくれる事を期待しよう。





 












 そう待たずして年配の男性がギルドまで迎えにやってきた。そして俺は彼の案内にて豪邸のとある一室へと通される。


 ここに来たのは俺ひとりだ。アールは今日、職業の試験を受け直すらしい。グラフォリオンは宿でティーラに面倒を見てもらっている。

 それにしても今すぐ依頼に行くだなんて俺は思っても見なかった。


 目の前には豪華な机を挟んで少年が片膝を立てて椅子に座っている。

 彼はどうも気が立っているようで親指の爪を何度も噛んでいた。


「やっと来たのか、遅すぎる! もう時間が無いのに何をしているんだ!」

「……初めまして。依頼を受けたCランク冒険者のレストです」

「は!? 話が違うじゃないか! 何故そんな低ランクが来た!?」


 キレても良いだろうか。

 何故、俺は出会い頭に罵倒されているんだろう。依頼を受けに来ただけなのに。


 まずお前は誰だ。名を名乗れ。


「しかし坊っちゃま、以前ランクはどうでもよいとおっしゃって」

「そんな事オレは言っていない!」

「しかし……」

「ちっ……仕方ない。そこら辺のゴブリンよりはまだマシか」

「帰っていいか?」


 うっかり本音が口に出た。

 目の前の少年はそれを聞いて気分を害したようだ。益々声を荒げる。


「お前はオレの依頼を受けに来たんだろ! はん! これだから底辺冒険者は」

「坊っちゃま……」

「わーかったよ。無事に前夜祭から帰ったら報酬は何でも聞いてやるよ。とっとと行ってこい」

「…………何でも?」

「お前みたいな低ランクでも! 問題なく! オレの代わりが出来たら! だからな!」

「それで前夜祭ってのは何時から始まるんだ?」

「はぁ……今日に決まっているだろ。今から1時間後に出発しろ。爺や、すぐに準備に取り掛かれ」

「もうすぐじゃないか!?」


 その1時間でマナーやらキレ坊っちゃんの振る舞いを覚えろとの事。

 そんな短時間では流石に無理があ……いやちょっと待て。俺が代理として参加するのではなく、俺が依頼人の振りをするのか!?


 身長も性格も、見た目や声色など全てが違うのだ。なのにこの嫌な奴の振りなんて出来ないだろ。唯一の共通点は性別だけだぞ。


 そんな無茶にも関わらず時間が無いのだと言われ、俺は問答無用で別室へと引き摺られて行ったのだった。

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