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獲物の命乞い

「俺は全て理解した」


 アールを小脇に抱え、ブルーローズから最も近い森の中を歩く。

 ここは空間の歪んだ森、その手前に位置している。

 更に森の深くへと向かえばアールの右腕ごと魔王の呪いを半分封印している所まで辿り着くだろう。そこにはライが見張りを兼ねて呪いを安定させているのだ。


 魔王の呪いは封印したものの、残りの半分は未だアールにかかっている。その為、近づけば影響し合って不安定になると俺は聞いている。では何故ライの居る場所に向かっているのかについてだが。


 ライが寂しがってる、とアールが言って聞かなかったのだ。なのでアールの意図を汲み、ライの居る封印場所の近くまで来た。


 来たのだが……


 俺は抱えたアールをチラリと見る。


「………………ゥマ……」


 案の定アールはこの状態だ。


 既に饅頭を食べる以外の機能が働いていないようだ。

 口に饅頭を咥えたまま体は完全に脱力し切っており、俺の呼びかけには全く応えない。


 アールは何故大丈夫だと思ったんだ。散々呪いが影響するだの言ってたろうに。流石に俺でも分かるぞ。


 立ち止まり、これ以上近づくのは無理そうだと俺は街の方へと踵を返す。

 しかし遠ざかるだけだ。まだ街に帰る訳にはいかない。

 俺たちはライの様子を見るためだけでこの森に来た訳ではないのだ。


 今回の目的はまた別にある。


「今の俺ならどんな獲物だって罠にかけられる……!」


 周囲を見つつ、ぐっと拳を握り締めて気合を入れた。


 そう、罠を仕掛けるために俺たちはこの森に来たのだ。

 短期間で武器を消耗してばかりではこなせる依頼が限定されてくる。そこで俺は考えた。


 武器が無くとも出来ることを増やせば良いのだと。


 そしてギルドで罠の仕掛けを学べると知り、アールと講習を受けてみた。内容はとても簡単で俺でも簡単に出来るようなものだった。講習を聞いていると本当に簡単そうなのにどうして罠を作る専門家をあまり聞かないのだろうか?


 ちなみに他の参加者を勧誘しようと思ったが、俺とアールしかいなかった。そしてアールは饅頭を食べてながら寝ていた。


 そして午後の今、俺は実践の為にこの森に来ている。グラフォリオンは宿でお留守番だ。


「きっと明日は凄い獲物が手に入るぞ。そうだろ? アール」

「…………ム……」


 さっきよりアールの反応が良くなっている。

 あともう少し戻った場所で罠を仕掛けられそうな場所を探してみよう。




 ***



「丁度良い場所があるな」


 アールを側の木の根に置いておき、俺は罠の準備に取り掛かる。


「ロープを……少し長めに使うか」


 ひとつ目、初めは余裕を見たほうが良いだろう。

 俺は『罠師 虎の巻』の本をじっくり見つつ罠を設置した。



 ***


 

 ふたつ目の場所。

 罠を仕掛けるため、餌のドライフルーツを取り出す。

 気にしていなかったが、これで誘き寄せる事が出来るとなると案外美味しいのだろうか。


「この餌、どんな味なんだ……?」

「………………食ってみりゃ……良い……だろウ」

「あぁおはよう、アール。人も食えるのか、これ」


 俺は餌用のドライフルーツを口に放り込んでみた。


 ……案外いけるな。

 饅頭の間食に丁度良い。


 とても食べやすいドライフルーツで気に入った。俺は歩きながらぽいぽいと口に入れ、まだ不調のアールを小脇に抱えて次の場所を探し歩く。



 ***



 みっつ目の場所。


「ここも長めにロープ使うか。にしてもこの餌、味が素朴で食が進むな。美味い美味い」

「そりゃ良イ。罠も手慣れてきたじゃないカ」

「だろ?」


 無事に設置を終えて次の場所へ。次で設置は最後にしようか。アールとふたり、饅頭を食べながら並んで歩く。



 ***



「良い場所あるな、少し奥まった所だし」


 森の奥の方ではあるが、呪いの封印場所から少し離れている所だ。


 よっつ目の罠はここに仕掛けるか。


 ここなら野生味溢れる動物もいる事だろう。俺はこの森で一度も動物を見た事が無い為、どんな生き物がかかるのか今からとても楽しみだ。


 さてと、手慣れてきた罠の設置をしようとして気付く。


「……ロープの長さが足りない」


 どう工夫しても無理そうな長さだった。

 さてどうしたものかと目の前のロープと周囲を見比べる。


「創れば良いだロ」

「つくるったって、どうやって?」


 こんな風に、とアールが差し出す手から光るロープがするすると出てくる。


「この前、錆びた剣の半分を創ったロ。ロープくらいならレストでも創れるんじゃないカ?」

「あんな感じか」


 アールを真似て手を出し力を込める。錆ソードの半分を補填した前と同じように……すると臍の下辺りからずるりと何かが動いた感触がして——


 にゅ、と手から光る紐らしきものが出てきた。


「おお! 出来……お、ぉお……おお?」


 するする出てくるのは良い。しかしコントロールが難しく、出てくる紐の太さがくびれたりして不均一となってしまう。

 せめて目的の長さまでと粘りに粘り、ようやく罠に使えそうな長さまで出す事に成功した。


「出来たぞ!!」

「フム、良いじゃないカ」


 このままだと目立つので地面の土にまぶすそうだ。アールによると周囲に溶け込むように意識すると良いらしい。

 がさがさと土や落ち葉と共にかき混ぜ、適当な所で取り出す。


「おっし、出来た。……すっげぇ」


 ピカピカ光っていた紐が木の葉や土の色でまだら模様になった。このまま地面に置けば完全に分からないだろう。しかも所々透明な部分も出来ている。

 これならどんな獲物でもバレないだろう。


 ボコボコのロープだが細いくびれの部分もかなり丈夫に出来ているものだし、捕まえればどんな獲物でも逃がさないだろう。素晴らしいものが出来てしまった。

 ロープはこれで完璧だ。


「後は餌……も、かなり少ないな。いっそ全部食うか」


 何か餌の代わりはあっただろうか。

 残り全てのドライフルーツを咀嚼しつつ、無造作にポーチを探る。すると硬いものが手に触れた。


「あ、これ」


 硬く艶やかなそれを取り出す。純白で大きな鱗————守護竜シルヴィアヴラムの鱗だ。封印の為に取ってきた鱗だが、余った分を持っていたのだった。取り出したそれを傾け、アールに見せてみる。


「これ、キラキラしてるし何かしら寄ってきたりするか?」

「オウ、良いんじゃないカ」


 アールによると光る物に近づく動物も居るらしい。

 ならこれにするか。

 大きい鱗だから風で飛ばないようにしないと。


 地面に鱗を勢いよく突き刺す。


 これで完璧だ。


 どんな獲物がかかるのか、明日が楽しみだ。
















 そして翌日。

 ざくざく木の葉を踏み締め、ひとり目的地へ向かう。今日はグラフォリオンと一緒にアールも留守番をしている。俺がさせたと言った方が正しいが。

 まぁ今日はかかった獲物を回収するだけなのだ。さっさと獲物を持ち帰って、アールをびっくりさせてやろう。


 俺は足取り軽く設置した場所へと向かったのだった。



 ***



 ひとつ目の罠。

 餌も罠もそのままだった。


「かかって……無いか。最初はこんなもんだろ」



 ***



 ふたつ目。

 餌が無くなり、罠が無茶苦茶に踏み荒らされたいた。


「ここも失敗、か。そういう事もあるだろう。次に行こう、次」



 ***



 みっつ目。

 餌だけ綺麗に無くなり、罠は昨日のままの状態だった。


「…………罠…………それは深みの境地……至るは長き道」


 確かそんな言葉が本に書いてあった。


 俺。罠。何も分からない。


 もうこれ直接追いかけて獲物を狩った方が早いな。俺足速いし。


 にしても相変わらず饅頭美味いなぁ。

 俺の心を癒す饅頭は最高だ。美味い。



 ***



 よっつ目。

 その最後の設置場所へと向かう。あそこは餌が違う上に、ロープは自作だ。

 何かしら獲物がかかっていると嬉しいのだが……

 肩を落としながら歩く最中、この森にいる幽霊たちの声が聞こえてきた。


 しずかに、しずかに

 ばれちゃうよ

 たのしいね、たのしいね

 くろいちょうはきてないね

 あーるさまはすごいね


 相変わらず姿を見せてはくれないがここに来た時に偶に話をする仲だ。

 今回はとても小さい声だ。

 静かにしろと言っているが何かあるのだろうか。


 不思議に思いつつ、周囲へ耳を澄ます。

 すると遠くから微かに声が聞こえてきた。


「……歌?」


 方向は俺が罠を仕掛けた場所だった。饅頭を食べるのを辞め、足跡を消して声の方へ向かう。




 声からして青年だろうか。

 楽しそうな雰囲気が伝わってくる。


「………………〜〜ふんふん〜〜〜〜凍えた心がドキンっと! 好き〜す、きす〜〜」


 恋の歌だろうか。可愛い歌詞だ。

 裏声の合間に低い地声が出てしまっている。


 目視できる場所まで気付かれずに上手く来れた。俺は木の葉の隙間からそっと観察する。

 ……あれが声の主か。


 そこには人がひとり逆さ吊りになっていた。ロープに結ばれた片足は空へ突き出し、逆さの体はぶらぶらと揺れている。

 ローブで隠していたのだろうか、ツナギ服を内側に着用していたようだ。長いローブが重力で頭の方へと裏返っていた。

 握りしめた手を口元近くに当てて機嫌良く歌っている。

 吊るされ、揺れる体がくるりとこちらへ向く。

 顔は————


「ふんふ〜ふ……んっ!? ………………」

「……」


 目元に大きなゴーグルを着用しており、顔が分からない。


 そして突然止まる歌、

 びくりと硬直する全身、

 ……これは見てるのがバレたのだろう。


「……あー……何かその……すまん……」


 俺は隠れていた木陰から出て彼に姿を見せる。


 何と言ったものか。見られるのは嫌だったようである。

 俺は頬を掻きしばし考える。


 吊られた彼は未だ揺れる勢いの為、

 くるりと俺に背を向ける形となり、

 更に半周してまた顔を合わせる。


 ……一周した。


「や、やや、やっと人が来たんか! ちょ、ちょいとそこの君、お、降ろしてくれんか?」


 動揺を隠しきれない声だった。


 そうだ、俺の作った罠にかかったのだから先ずは早く下ろさないと。


「あ……あぁ少し待ってくれ」


 気まずさと焦りを感じつつ、虎の巻を取り出してぱらぱらとページをめくる。

 こういった場合の対処はどうすれば良いのだろう。


 罠にかかってしまった人を下ろすのは……あった。項目『〜罠に獲物がかかった時〜』……これか?


「『獲物が罠にかかっていたら、トドメを刺す前に殴打や電気で昏倒させ————』あ、これ違……」

「助けて下さい……! この哀れな僕に、貴方の人生のほんの一瞬だけ……! お手間とお慈悲を……頂きたく……!」


 やべぇ、めちゃくちゃ命乞いをさせてしまった。


 俺は取り敢えず本を放り出し、必死で誤解を解いたのだった。

 



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