グラフォリオン
アールが俺を覗き込んでいた。この景色ほんとよく見るなぁ。
「……おはよう、アール」
「死ぬなって言ってんだロ」
「ごめんなさい」
やはりまた死んでたらしい。俺が死ぬのは避けられないと思われたようで、呆れ顔をしていたアールが俺の眉間へ指を刺す。
「せめてボクが近くにいない時は自力で生き返れるようになレ」
「自力でって……どうやって?」
「成せばなル 」
成せばなるのかぁ……
……いやこれ何も解決してないな。
遠くから俺たちを呼ぶ声が聞こえる。
俺を治す秘術があるだとかと言って他の冒険者達を遠ざけたらしい。確かに饅頭100個分の力で生き返りましたなんて理解しては貰えないだろうからな。
俺もまだ信じられない気持ちはあるが、実際に死んだ事も生き返った事も両方経験している。きっと俺などでは理解できないパワーが饅頭にはあるのだろう。饅頭は美味ければもう何でも良い。
俺とアールを呼ぶ声が大きくなる。
きっと心配しているのだろう。俺は大きく返事を返し、アールと共に無事を知らせに戻ったのだった。
所変わってギルドのカウンター。依頼を終えた俺たちはブルーローズに帰って来ていた。いつも通りアールは後ろの机でだらけ切ったまま饅頭を食べている。
俺は依頼完了の手続きの為、ロンジに報告していたのだ。
「————と、まぁ色々あったが何とかなった」
「そいつは何よりだ」
「ロンジも無事そうで何より」
「変なもん食わせやがって……と言いてぇとこだが、その時の記憶がすっぱり無ぇんだよな。目ぇ覚めた時、遅刻かと焦ったぜ」
ロンジは本気で困惑しているようだ。目が覚めたら何故かギルドの救護室だったと。そして倒れる前後の記憶が全く無かったのだと。
……記憶が無い?
「記憶喪失か。なら俺と同じだな」
「同じにするな。あぁいや……お前も饅頭とやらの食い過ぎで記憶失くしたんじゃないだろうな」
まさかそんな、饅頭で記憶喪失になるなんて俺は違……いや、大量に食べればあり得るのかっ……!?
「っまさか!? そ、そうなのかも……しれない」
『そんな訳ないだろ』
即座にアールに否定された。饅頭食べ過ぎで記憶喪失の線は無いらしい。
……やはり記憶を失う前の俺————ヴェンジがアールに願った内容を知らないままでは何も分からないだろう。
しかし記憶を失った原因を探るよりずっと急務なのは饅頭だ。
早くこの量の饅頭を何とかしないとまずい。ひとまずパーティーを組む時に借りれるシェアバングルで饅頭の置き場所を確保だ。
その為にはパーティーメンバー勧誘が必要になってくる。そのメンバー勧誘の件で今回は良い知らせを持ってきた。きっとロンジも驚く事だろう。今から反応が楽しみだ。
「それよりロンジ。冒険者登録して欲しい奴がいるんだ」
「ほう、自力で勧誘なんてやるじゃねぇか。どいつだ?」
俺がパーティーメンバーを勧誘したがっていた事を当然ロンジは覚えていたようだ。
そして俺たちがギルドでメンバー募集を出来ない事も知っている。だから自力でこんなすぐにパーティーメンバーを探す事が出来た事にやはり驚いたようだ。
ふ、ここまで全て俺の読み通りだ。
ふふん、と俺は自慢するようにして腕に抱えていたコイツをロンジの目の前へ————ギルドのカウンターにそっと置いてやった。
「紹介しよう、グラフォリオンだ」
どうだ、この可愛さを見ろ。
カウンターに置かれたグラフォリオンはぴぃひょろと、か弱く鳴いている。そしてクリクリの瞳を俺とロンジの方へ行ったり来たりしていた。
いいぞ、その調子だグラフォリオン。
あの斑らなドラゴン討伐時の怪我をした鳥の子ことブラックカイトに名を付けたのだ。
その名はグラフォリオン。
名前は始祖竜グラフォリオンの名から取ったものだ。
初めに名前を何にしようかと考えた時、とある書籍があるのを思い出したのである。
そう『全て丸わかり! ドラゴン大全』だ。
この本は『竜の足跡』のリーダーから布教品(アールからの横流し品)だ。
名付けのヒントになるだろうかと何気なく読み進めたのだが、非常に良い書籍だった。全てのドラゴン種が写真付きで、更に絶滅種は論文等からイメージ像を作られおり、難しい記載以外も目で楽しめたのだ。
ドラゴンってこんなカッコいいんだな。めちゃくちゃ良いものをタダで貰ってしまった。
そしてその本に始祖竜グラフォリオンについても記載があったのだ。そう! グラフォリオンは咆哮だけで建物を壊すほどらしく————いや、今は俺のグラフォリオンの冒険者登録が先だった。
きっとこの愛らしさに目を奪われることは間違いない。ロンジも喜んでいる事だろう。
その流れで快く冒険者登録をしてくれればシェアバングルはこちらのものだ。
俺もロンジもギルドもメリットしかない!
なんて素晴らしい流れだろうか。
完璧だ。
俺はロンジの顔を見た。
口角を一度引き攣らせた後、固まっていた。
……うん? 思ったよりも反応が悪いな。
「レスト、ひとつ聞いて良いか?」
「いいぞ」
「本気で言ってんのか?」
「本気でって何だ? 俺はコイツをパーティーメンバーにしたいんだよ」
長い沈黙だった。
ロンジは目頭を押さえながら唸り、絞り出す様に声を出す。
「…………パーティーメンバーはせめて意思疎通が出来る奴を連れて来い。話はそれからだ」
意思疎通が出来る、か…………そうか。
俺は何度か咳払いをして喉の調子を整える。
鳴き声からして高い声の方が良いだろう。
グラフォは両手で優しく固定する。
俺はグラフォの陰へ顔を隠す。
グラフォは本当に小さいなぁ。俺が全然隠れられないがまあ良いか。
俺とグラフォリオンの目の高さを合わせ、ロンジを見上げて告げた。
「『ボク グラフォリオン ダヨ。ボウケンシャ トウロク ヨロシクネ ロンジ!』」
ロンジはカウンターへどかっと乱暴に乗り、俺とグラフォへ目線を合わせて顔を近づける。
貼り付けた笑顔、そして額には青筋が見える。
「おーし、よく聞け。
コイツは。
出来て。
従魔登録だ。
————理解したか?」
ロンジはグラフォリオンを何度も指差し、俺の目を見て語気を強める。
明らかに俺に向けて言っていた。
俺がグラフォリオンの代弁をしても駄目のようだ。
どうやらグラフォは冒険者登録が出来ないらしい。言葉を話せるかどうかで登録方法が違っているなんてギルドのルールは奥深いな。
俺はグラフォリオンの陰から顔を出す。
冒険者登録が出来ないのは残念だが……グラフォリオン用の登録の方を頼むとしよう。
「なら従魔登録っての頼む」
「……マジで従魔登録すんのかよ」
ロンジはため息をつき、ぶつくさ文句を呟いて奥へと引っ込んでいく。出来て従魔登録だ、ってロンジが言った事だろうに、何故俺は文句を言われているのだ。
でもこれでグラフォリオンの登録が出来た。
一歩前進だ。
こちらへと戻ってきたロンジは俺に足輪を投げて寄越す。
「ほらよ、これ足に付けとけ」
「ありがとう! じゃあ続いてグラフォリオンのパーティー登録を————」
「人を連れて来い!!!!」
もはや取り付く島もなかった。
パーティーメンバー勧誘は険しい道のりだ。
「パーティーメンバーは人を連れて来いってさ」
「ここの世界も頭の固い奴らばかりだからナ」
俺たちは宿に戻り、アールとふたり作戦会議をしていた。テーブルの上ではグラフォリオンが睡眠している。夕暮れ時のラウンジで窓から生ぬるい潮風を浴び、俺とアールは饅頭を食べていた。
やはり勧誘するなら共に依頼をこなす所からの方が良いだろう。後は……パーティーに入りたいって時はどんな時なのか、考えてみる事だろうか。
脳裏に浮かぶのはあの斑らなレッドドラゴン討伐の時だ。
あの時、俺が思った事……
「カッコいい所を見せれば寧ろ入れてくれって言われる筈だ」
「……マァ、そうだナ。レストに合ったやり方を探るのが良いだろウ」
あの『竜の足跡』のリーダーの一振りについてはカッコよかった。あんな風に依頼でかっこよさを見せればパーティー勧誘もしやすくなるに違いない。
「そうだ! 依頼をする時に見せつけるんだ、コイツをな!」
俺は買ったばかりの大剣を掲げる。
いや別に影響されたからとかでは全く無い。全く無い。本当にただの偶然だ。偶々同じだった何てよくある事だろう? 折れた剣の代わりを物色しに武器屋に寄ったら目に入ったのがこれだった。
ただそれだけ。それだけなのだ。
少々持ち慣れてなくて振り回しが変に感じる事もあるが、慣れの問題だろう。武器屋の親父は俺にいつものよく折れるロングソードを今回も薦めたが、太くて強い大剣の方がいいに決まってる。後、何か光の反射が他とは違ってカッコよかったのだ。高い買い物だったがその分良い物に違いない。
そう、この大剣で俺の力を見せつける!
「わわ、とっても大きな剣」
幼い少女の声が俺の耳に届く。振り返って見ればこの宿を現在切り盛りしている少女ティーラが包丁を片手に立っていた。因みに女将さんはまだまだ碌に動けないらしい。
彼女は今現在、ひとりでも食堂を再開出来るように準備を進めているらしい。
確かに俺とアールだけしか泊まってない宿では不安だろう。しかし客を呼ぼうにも食事は出せない、洗濯も客側で行う宿だと中々選ばれないらしい。
そこでメニューを絞った食堂だけでもとティーラは厨房で料理の練習していたのだ。
その料理の練習中に何事かと俺たちの様子を見に来たようだ。
この買ったばかりの素晴らしい大剣を是非とも多くの人に見て欲しい。
俺はティーラへゆるりと大剣を見せつける。
「コイツは何があっても折れない、何でも切れる剣なんだ!」
「うちの家宝の包丁だって何でも切れるよ! その剣だってスパッと切れるの!」
ティーラはそれに張り合い、手に持つ包丁を負けじと俺に見せつけてくる。
まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかった。しかし大剣が切れる包丁?
「包丁が剣まで切れるって、そんな訳ないだろ」
「この"神武の名刀"なら何でもだよ!」
あまりにも自信満々に告げるティーラ。包丁と大剣では明らかに大きさの違うだろうに。結果など見ずとも分かる。しかしここは実際に切ってみて切れないものは切れないと教えた方が良いのかもしれない。
「なら試してみるか?」
「望む所です!」
アールに見送られ、俺は大剣を持ち厨房へ。
まな板の上に大剣を置かれ、ティーラが家宝"神武の名刀"とやらの包丁を構える。
「その包丁、何処の店で買ったんだ?」
「ママのおばあちゃんが学生の時に学園祭で買ったんだって」
学園祭って何だろう、普通のお店じゃないのか?
もし包丁が折れてしまったら申し訳ないから俺が買い直そうと思っ——「えいっ」
スコン。
俺は今完全に別の事を考えていた。
無論、大剣に負けた包丁の事だ。最悪の場合、包丁が折れてしまうかもしれないと考えていた。家宝と呼んで大切にしていた包丁を台無しにしてしまうのは流石に可哀想だと思っていたのだ。
ガランと音を立てる大剣だった物の半分。
シンクに飛び出ていたその剣先が落ちる音だ。
俺は目の前の現実を呆然と眺めた。
未だに脳が理解を拒んでいる。
「あっ…………」
ティーラが悲しげな声を上げる。俺は気が抜けたままティーラを目で追う。まな板を指でなぞりながら包丁の刃を見るティーラ。
「ちょっと切れ味落ちゃったかも……研いでくるね!」
「……アッ、ウン。歩いて……こけないようにね……」
包丁を持って駆け足の彼女に声を掛けるのが精一杯だった。
駆け足から早歩きになった彼女がスタッフルームへと消えるのを見届け、大剣だった物へと視線を戻す。
「………………包丁に……負けた……?」
ふらりとそこに近づく俺。大剣の半分を手に取る。切り口はそれはそれは綺麗なものであったのだった。
書き溜めが無くなりました!!
基本的に週一で書いて投稿していますが、次は11/12(土)に更新予定です。
(代わりに300字弱の超小話を11/5にアップします。)
また、次からは手動更新をしていく予定です。
その方が新着小説のトップページに載りやすいそうなので!
人を呼び込みたいと思います!!




