胃袋募集
「仲間を増やしたいって事か?」
「いや、メンバー募集じゃないんだよ。この饅頭を大量に食える奴で、かつ定期的に会ってくれる奴を探しててさ」
「……メンバー募集で良いだろ?」
「これは……メンバー募集になるのか?」
俺はギルドのカウンターを挟んでロンジと対峙している。アールは後ろの席に置いてきた。机にうつ伏せになったアールは俺とロンジを見守りつつ大人しく饅頭を食べていた。
俺たちはこの増えすぎた饅頭を食える奴を探しにギルドに来た。そのため、メンバー募集の為にギルドに来た訳では無いのだが……
……大量に饅頭を消費するなら相手への受け渡しも頻繁になるだろうか。それならそもそも最初から行動を共にする方が良いかも知れない。
ロンジの言う通りメンバー募集にするか。
ギルドではパーティーメンバーの募集情報を登録してデバイスで何時でも確認が出来るそうだ。それを見て一緒に依頼を受けたりなどしてメンバーを増やすらしい。
「分かった。それなら必須条件がこの饅頭食える奴で頼む」
「そんな変な条件付けれるか」
「変じゃ無いしこれだけは外せないんだよ」
「こんなもん有ろうが無かろうがさして変わらんだろ」
「いや、大分変わるって。これだけは絶対なんだ。頼むよ、ロンジ」
俺は饅頭をロンジに掲げて必死に訴える。ロンジはそれを見てガシガシと頭を乱暴に掻き、深いため息をついた。そしてロンジは俺の饅頭に指を向け、ちょいちょいと引く仕草をした。
「寄越せ」
「え…………あ、あぁ」
俺は躊躇した。ロンジは饅頭が変な物では無いか確かめる様子だが……この饅頭を食べた事のある人物達、ノエルとバンダーは饅頭を拒絶していた事を俺は思い出す。
ロンジはこの饅頭を食えるのだろうか?
ここは少量で様子を見てみた方が良いかも知れない。俺は一抹の不安を抱きながら手元の饅頭を一口サイズに千切る。それを恐る恐るロンジに渡した。
ロンジは受け取った饅頭のかけらをじっくり観察した後、ぽいと口に放り込んで咀嚼した。
俺は息を呑み、その様子を見守る。
それは突然のことだった。
「ゔっ………」
「お、おいロンジ!?」
咀嚼をぴたりと止めたロンジがうめき声をあげて崩れ落ちた。俺は慌ててカウンター越しにロンジの腕を掴んで支える。ロンジは捕まれた腕に目線をやり、続けて俺の方を見た。どこか虚な目だった。ロンジは俺に向かって呟く。
「…………オリヴィエ……そんなところに居たのか……」
「誰だそれ!? 俺はオリヴィエじゃ無いぞ!?」
『別にレストを見て言っている訳じゃないだろ』
ロンジは縋るように俺の腕を掴み返してきた。俺がロンジの様子に驚いていると頭の中にアールの声が聞こえてきた。アールは俺との距離が空いている時によく脳内で返事をしてくるのだ。
それよりもロンジだ。ロンジをよく観察してみると視線をあちらこちらと彷徨わせている事が伺える。
「じゃあどこ見て……待て。まさかアールが何かして……?」
『ボクは何もしていないぞ』
アールは夢幻を見せる事が出来るのだ。それでまた何かしでかしたのかと思ったが違うらしい。いや、そもそもこの饅頭はアールが作っているのだ。饅頭を食べる事で幻覚が出ても不思議ではないのかも知れない。
「アール、ロンジを治せるか!?」
『治すも何も無いだろ。饅頭を食べた多幸感に浸っているだけだ』
アールは駄目だ。今からアールを協力させるにもきっと時間がかかるだろう。ここは俺がロンジをなんとかしないと。
そうこうしている内にもロンジの状態は悪化しているようだ。
「何処に、行って……だ…………追……けて来……って……した……?」
「ロンジ落ち着け! しっかりしろ!」
俺は正気に戻そうとロンジの肩を叩き、大きな声で呼びかける。しかし全く効果が無い。徐々にロンジの声が小さくなり、俺の腕を掴む力は何故かますます強まる。これはまずいと周囲を見渡し、俺は必死で声を上げる。
「職員さん! 職員さーん!! 誰か来てくれー!!」
こちらの異常な様子に気付いたのだろう。手が空いているギルド職員がひとり駆け寄って来るのが見えた。これで何とかなるだろうと俺が少し胸を撫で下ろしたその時、ロンジに捕まれた俺の腕が更に引かれた。いや違った。引かれるというよりも寧ろ、つられて落ちているような感覚で……
ロンジの様子を見れば完全に床に崩れ落ちていた。ピクピクと体を少し痙攣させて、半目で気絶していた。
「おいロンジ!? ロンジィィィィィィ!!」
その後、俺はロンジが医務室に運ばれて行くのをただただ見届けたのだった。
「自力で勧誘だ。それしか道は無い」
「……まぁレストが気に入った奴ならボクは誰でも良イ」
さくさくと木の葉を踏み締め、先導パーティー『竜の足跡』の後ろでアールと俺は歩みを進める。俺たちは今、暴れレッドドラゴンの討伐の依頼を受けてここにいる。この依頼は複数人で受けるものだったのだ。そこでソロの人間の中に良さそうな人物が居れば勧誘するつもりなのである。
というのもロンジが饅頭食べて倒れたあの後。別のギルド職員から一言告げられたのだ。
『貴方がたのメンバー募集情報の掲載は致しかねます』
『え』
妙なものを食べさせる人物を紹介する事は出来ないと言われたのだった。
完全にやってしまった。
俺は事情を何度も説明し、どうにかならないかと頼み込んだ。そんな俺を哀れに思ったのだろうか。個人間で勧誘するのは自由だという事、パーティーの登録をすれば人数分のシェアバングルを貸し出しが出来ると教えてくれた。シェアバングルというのは何かと聞くと、アイテムボックスのように時間が止まった空間へ収納出来る最新の魔道具らしい。
今の俺とアールの繋がったアイテムボックスの状況と同じようなものだそうだ。
何と便利なのだろうか。喉から手が出るほど欲しい。
魔道具とは何かを聞くと、魔力を使用して起動する道具の事だそうだ。シェアバングルも例に漏れず、空間を開く時と閉じる時に魔力が必要らしい。そして空間の容量はバングルを共有する人の魔力量の総数に比例する。要するに魔力量の多い人物が仲間になればなる程に空間の容量が増えるらしい。
よし、仲間を勧誘しよう。
出来れば魔力量の多そうな人物だ。
でも魔力が少なければそれでも良い。生物だけでなく、無機物ですら魔力を含むのだ。誰かしらを勧誘すればスペースは確保出来るだろう。
しかしシェアバングルは破損すれば弁償のため、そのせいで使用率はかなり低いらしい。そもそも個人のアイテムボックスが有れば十分なのだ。……俺とアールは例外だが。パーティーで共有したい物があればアイテムポーチひとつあればいいのである。ちなみにシェアバングルの値段を聞くとアイテムポーチ以上に高かった。何が違うのかは全く分からん。
「誰でも良い……誰か一人でも勧誘出来れば饅頭の置き場所に少しでも余裕が出来る……!」
三人集まればパーティーを作ることが出来るそうだ。つまり俺とアール、そして後ひとり誰か勧誘すればパーティーが組める。そしてパーティーが組めれば饅頭を収容出来るバングルが手に入る。
容量さえ何とかなれば、後はどうにか出来るだろう。
それに、まだ見ぬ三人目が非常に懐の広い人物だったらアイテムボックスの空いてる場所に饅頭を入れてくれるかもしれない。
これからのメンバー勧誘はかなり重要になってくるだろう。気合いを入れなければ。
「……レストが全部饅頭を食えば良いだけだろうニ」
「それじゃあいつまで経っても饅頭が減らないだろ」
アールは俺の隣で怠そうに歩きながら独りごちた。何か含みを感じたが少し嫌がっているのだろう。アールはパーティー勧誘に消極的だ。俺ひとりでひたすら食べてもキリがないというのに。饅頭の問題解決を任されたのは俺であるものの、俺が全てを食べる必要は無いのだ。
星の救世主と名乗ったアールは俺を三人目の現地協力者として、"大量にある饅頭の解決"する事を俺と契約した。アールは何やら饅頭よりも厄介な問題を抱えており、饅頭は俺に一任すると言っていた。饅頭より厄介な問題が何か気になるものの、俺には自分の記憶を取り戻す事と饅頭で既に手一杯だ。どうすれば記憶が戻るかも分からないし、饅頭だってまだ増えている。前途多難だ。
「饅頭の問題を解決すればアールが俺の願いを叶えてくれるんだよな」
「……その時にレストが一番望む願いにしろヨ」
そう言ったアールは少し渋い顔を見せた。アールは俺が記憶を取り戻す事を反対していないものの、非常に嫌がっている。もし俺が記憶を取り戻したいなんて願いを言えば酷く怒るだろう。アールにヴェンジの名は禁句なのである。記憶を失う前の俺と何があったのだろうか。
あれこれ考えているといつの間にやら開けた場所にたどり着いた。『竜の足跡』のパーティーリーダーが前に出て俺たちに告げる。
「よし十人全員居るな。今から報告にあったレッドドラゴンを討伐依頼を行う」
俺は先程までの思考を頭の隅に置き、討伐方針の説明をする彼の言葉に耳を傾けたのだった。