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呪いの耐性

一章完結からこの話を書くまで空白期間が3ヶ月あった為、振り返りを入れた内容になっています。

 アールが唸っている。宿の床にうつ伏せのまま。よく見ると僅かに体が震えてはいるが、先程からずっとこの状態だ。俺はその真横で片腕立て伏せをしながらアールに声をかける。


「頑張れー。まだ一回も上がって無いぞー」

「っふゥ……片腕だとまだ全然駄目だナ」


 アールは諦めた様で、そのまま転がって仰向けになる。そしてその状態のまま饅頭を取り出して食べはじめた。

 今は衰えた全身の筋肉を鍛える為にアールは俺と一緒に筋肉トレーニングを続けていたのだ。

 というのも、アールは魔王パンドラが所有していた呪いをその身に受け、そのせいで身体機能のほぼ全てが停止していたらしい。その為、心肺や神経伝達とやらなど、アールは自身の身体の全てを遠隔で操作していたというのだ。詳しい事は聞いてもあまり分からなかったが、その影響のひとつとして全身の筋肉も酷く衰えていたようだのだ。それで今はトレーニングをしていたのである。

 しかし、筋トレが上手く出来ているかといえばそうでもない。俺が横で見る限り、アールは腕立て以外でも数回程度で全てギブアップしていた。


 俺も腕立てを辞めて床にあぐらをかく。

 ……アールが片腕になった責任の一旦は俺にある。負い目を感じていない訳がなかった。

 無心に饅頭を食べているアールの顔を覗き込み、問いかけた。


「なぁ、今ある呪い。……俺に移せば少しは楽にならないか?」

「ふむ……やってみようカ」


 アールは少し何か考えたそぶりを見せた後、俺の言葉に同意した。そしてアールは食べかけの饅頭を口に咥えると、空いた左手で俺の額に触れる。

 俺が提案しておいてなんだか、行動に移すのが早過ぎないだろうか? いや、決して怖気付いた訳では無いのだが……例え心構えをしていても恐ろしい呪いのひとつを移すというのだ。俺は緊張で身体が硬くなるのを感じた。

 そしてしばしの時間が過ぎ————何も起こらなかった。


「レストに変化は無イ……呪いが移った感覚も無イ。やはり呪いの耐性付いているナ」

「耐性? 分かりづらいだけで実は何か変化してたりしないのか?」

「それは無い、すぐに分かる呪いをかけたからナ」


 すぐに分かる呪いらしい。となると外見に変化がある呪いなのだろう。……全身に毛が生えてくる呪いとかだろうか? それなら背中だけに生えてきても分からない。そうで無くても、そもそもどんな呪いかにもよるだろうに。

 アールは少し残念そうにしながら再び饅頭を食べ始めた。


「どんな呪いなんだ?」

「女体化」

「にょた……、……え?」


 いやちょっと待て。聞き間違いだろうか、まるで俺が女に変わってしまうような呪いの名が俺の耳に飛び込んできた。


「女体化。レストが女に変わる呪イ」


 全くもって聞き間違いじゃなかった。そして俺の予想は見事に合っていたようだ。

 俺は慌てて首や手足、胴体を見て触れて何度も確かめる。どうやら確認する限り何処も変わっていないようだ。

 俺は無意識に手で口を覆い、アールに確認を取る。


「おい……女体化の呪いってアールが……女がかかるとデメリットがあるのか……?」

「いいヤ、何も無いナ」

「……アールがかけられて何も起こらない呪いを……何故、影響が出る俺にかけた……?」


 俺の疑問に対し、アールは当たり前だとでもいうように返答をした。


「レストが女だったら、ボクは楽しイ」

「それだけの理由で俺を女にしようってか!?」


 単にアールの楽しみだけだったようだ。

 そしてそれをいきなり試すんじゃない。もし俺に呪いの耐性が無かったら突然女になっていたのか。本当に危ない所だったようだ。本当に、本当に耐性がついていて良かった。


「なってみるとハマるかも知れんゾ」

「なってみてたまるか。俺の知り合いに会った時、女になってたらもう流石に気付かれないだろ……」


 俺はアールに出会う以前の記憶が無い。しかし記憶が無いままでもなんとか俺が勇者パーティーのひとり、ヴェンジ・スターキーだという事を知る事が出来た。けれども以前の俺はスキルという固有の能力を常時発動していた為、今の俺とは見た目がかなり違っているのだ。俺の親兄弟が他界しているらしい現状、元勇者パーティーのメンバーしか俺だと分からないだろう。そのパーティーメンバーのふたり、勇者ノエルと盗賊バンダーには会う事が出来た。会って話をしても未だに記憶が戻らないが、俺自身がどんな人物だったかの一端を知る事は出来たのだ。聞けば聞くほど怒りっぽい性格だというエピソードしか出てこないが。それでも少しずつ知っていけば、いずれは記憶が戻るだろう。

 そしてノエルから残りのメンバーの連絡先を教えて貰い、彼らに記憶が無い事と会いたい旨をメッセージしたのだ。


「ボクはこんな呪いで心配される程ヤワじゃなイ」

「そうかよ……。ん? メッセージの返事が来たな」


 デバイスが震えてメッセージを知らせてくる。見れば元勇者メンバーの竜騎士パージュ・テレスからの返事だった。俺が記憶を失った事で驚かせてしまっただろうか。

 してその内容は——、


『良かったな』

「何も良くねぇよ。……え、これだけ?」


 目を擦って何度もパージュのメッセージを見返す。確か2、3日前に送った内容は俺が記憶が無い事と会いたい事の2つだけだ。その返事がコレか? 送った内容を何度見返す。……特に変なことは書いていない。この"良かったな"ってのは俺の記憶が無い事に対してだろうか。……俺すっげぇパージュに嫌われてないか?

 俺はため息をつき、他のメッセージを見る。実は既に聖女ギャリエラからも返事は来ていたのだ。しかも返信は俺がメッセージを送ったその直後、1秒も経たずにだ。早すぎる。予見していたのかと思う程だった。

 そのギャリエラからは——、


『何それ面白〜い』

「俺は困っているんだよなぁ」


 反応はともあれギャリエラは会う予定をつけてくれるらしい。しかしヘアサロンやエステ?とやらの予定がかなり詰まっているようで、会うのは随分先になりそうだ。それでも"良かったな"の一言よりは随分良い。いや、それでも返事があるだけ良いのかも知れない。というのも最後の1人、魔術師ベクター・インクリースに関しては返事すらないのだ。

 ……ベクターは俺のメッセージ見てるよな?


「はぁ、これじゃあ全員すぐには会えないな」


 まぁ何かしらのきっかけで記憶を思い出す事もあるだろう。気長にいこう。俺はデバイスをしまい、饅頭を食べ始める。それに俺には記憶を取り戻す他にやる事があるのだ。


「そうだ、アール。今の饅頭の増え具合はどうなんだ?」

「ある程度は収まっタ。ボクの呪いが半減したからだろうナ」

「呪いで饅頭が増えていたのか?」

「直接では無いがナ。饅頭の生存本能を掻き立てたんかもしれン」


 アールにかけられた呪いで饅頭が異常に増えていたらしい。今は殆ど増えていないなら良い事だ。時間が止まってかつ取り出せるという非常に便利なアイテムボックスがもう既に饅頭で溢れているのだ。俺とアールの分の空間が繋がっているとはいえ、今は容量に全く余裕が無い。

 しかし止まった空間で何故繁殖が出来るのか全くもって分からない。それに増えるだけならまだしも落としたら怒って襲い掛かる饅頭なんて制作者は本当にどうかしてる。まぁ……作ったのはアールだが。


「それじゃあこのままでいずれ無くなるな」

「今はまだ食う早さよりも饅頭が増える方が上回っているゾ」

「……前は食ってたら解決だとか何とか言ってたよな?」

「オウ、増えるより早く食エ。今より早くダ」

「ぶぁーか! ぶぁーか!!(バーカ! バーカ!!)」


 俺は急いで口に饅頭を頬張る。

 このままじゃダメだ。この饅頭を食べられる奴を探そう。胃袋を増やすんだ。……でもどうやって探せばいいのか……。そうだ、こういう困った時はギルドに行こう。きっとどうにかなる。ロンジ辺りに任せれば。

 俺は喉に詰まりかけた饅頭を飲み込み、アールを抱えて冒険者ギルドへ向かった。

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