愛と殺意
「じゃあ精霊の姿も今のアールの姿も、本名がレイって事か?」
「その認識で合ってル。そして星の救世主としての識別Rは踏襲で、今代がボクって訳ダ。あぁそうだ、ボクの本名は不用意に呼ばないでクレヨ?」
「? 分かった。本名が嫌なのか?」
「このボディの家庭から家出中なんだヨ。居場所がバレないようにしてル」
「家出するなよ」
「救世主としての仕事が出来んダロ。それに食の嗜好だケは全く合わンのダ。まぁ手紙は送っているし安心シロ」
「それなら良いか。……良いのか……?」
アールは教会のベッドで寝そべって饅頭を食べていた。俺はその側で椅子の背もたれに腕を乗せて饅頭を食べている。饅頭うまい。
昨日、歪みの森でオオカミとなった魔族を倒した後にアールとふたり教会で世話になっていたのだ。教会に戻った直後、俺は避難誘導した幼い少女に大号泣で抱き着かれ、教会探索した男の子の大興奮の説明を聞き、足の悪いお婆さんに拝まれながら俺は頭部を撫で回された。三人同時だった。かなり揉みくちゃにされた。
ちなみに呪いの方は恐らく問題無いだろうとの事なので、明日朝にアールを連れて宿へ戻る。
「あと言っておくが、ボクを精霊なんかと同じにするんじゃ無イゾ」
「精霊じゃなかったら何なんだ?」
「……………………とっテも強くて清キ存在?」
「何で俺に聞くんだよ」
自分を見失っているじゃないか。まぁ精霊であろうが無かろうが、アールはアールだから俺は気にしないが。
それにしても、漸くこれで落ち着いて話が出来る。俺はずっと聞きたい事があったのだ。少しばかり緊張しながら俺は口を開く。
「なぁアール」
「どうしタ?」
「アールの二人目の協力者ってさ、……記憶を失う前の俺か?」
「……レストの想像通リ、あいツが二人目ダ」
「記憶を消して欲しいって願ったんだよな?」
「違ウ」
「記憶を消したいほど嫌な事が……って違う? 違うのか!?」
「違うゾ。それだったラ良かっタのにナ」
「じゃあ記憶を失う前の俺は何を願ったんだ?」
「……言いたく無イ。知らない方が良イ事もアル」
アールは真剣な眼差しで俺を見つめる。知らない方がいい事って何だ? 色んな事を知っている方が良いに決まっているじゃないか。嫌な思い出だから? でも、それでも、何も無いより良いんじゃないか。何も無いのは……とても不安なのだ。どうすればいいのか何もかも分からないのだ。
「アール。俺はやっぱり知りたい」
「ボクは……レストに知って欲しく無イ」
アールは憂いを滲ませながら告げた。けれどその後、アールはため息をついて言葉を続けた。
「が、言わないままも不信感が募るからナ。どんな疑問でも必ずイエスかノーでなら答えテやル」
それは……つまり俺が自力で答えにたどり着いた時も、それが合っているかは必ず教えるという事だろう。
……ヴェンジの願いが何か、なんて今は全く予想がつかないけれど。
俺が今聞いておきたい事はひとつ。
「願いを叶えた結果が今の俺なのか?」
「イエス」
「そう、なのか……」
記憶を失う前の俺は今の俺を望んでいたのか。記憶が無いなんてデメリットでしか無いのに。何か深い考えでもあったのだろうか。今の俺には全く分からないが。
にしても記憶を失う前の俺、ヴェンジもレイと……アールとずっと一緒にいたのか。……自分自身に嫉妬するのも変な話だが、何があったか絶対に突き止めてやると妙に気合が入ってきた。
そんな形で気合いを入れて記憶を失う前の俺の事を考えていると、ふと白い夢を見た事を何故か思い出した。俺が首を切られて死んだ時、また白い夢を見た気がするのだ。死んで蘇った後からずっと、〝謝った〟という言葉に引っかかっていた。ひょっとしてアールにあの事を謝っていない事だろうか?
「アール。……その、あの時は悪かった」
「ボクの右腕を魚臭くした事カ? あの臭いニオイのせいで魔族がしつこく来たんだゾ」
「それは本当にごめんなさい。あ、いや。その事じゃなくて俺がアールと喧嘩した時だよ。あの時は言い過ぎて悪かった」
「気にしなくてイイ。…………ボクも余裕がなくて済まなかったナ。でもあいつの名前だけは今後も絶対に口にするなヨ」
「どんだけ嫌いなんだよ。……いや、まさかアールに嫌われてたから今の俺になる事を願ったのか?」
「ナイ。流石にそれは無イ。それだけは考えるナ」
「えぇー……」
もう全然分からない。まぁそのうちにふと思いついたり、俺が記憶を取り戻すかもしれない。気長に考えよう。
俺が難しい事を後回しにした時だ。アールは饅頭を食べるのを一旦辞めて俺に問いかけた。
「レストは今からギルドに行くんだったカ?」
「ああ、ランク認定の件とか錆ソードと鱗の説明だな。……行きたくねぇ」
ランク認定の件は問題無いだろう。アンクス達には俺がアールにかけられた呪いを先にどうにかすると伝えてあったから。問題はそれ以外だ。ロンジにどれだけ問い詰められるのだろうか、怖すぎる。
ちなみに錆ソードは饅頭パワーで元の姿に戻ったものの、それは一時的なものだったらしい。オオカミの魔族を倒した後に回収したらまた錆だらけの折れた剣となっていたのだ。そのため、俺は誰かの遺留品としてギルドに持っていく事にした。
そんなこんなで俺が憂鬱な気持ちとなっていると、アールはそわそわしながら俺に頼み事をしてきた。
「長引きそうなら先にライの様子を見て来てくれないカ? きっとボクが近くに居なくて寂しがっているに違いなイ」
「寂しがっているのはアールの方だろ。まぁ俺が代わりにライの所に行って来……って、アール! その体で無理に行こうとするんじゃない! 寝てろ!」
「てな訳でアールは強制的に寝かせて俺が来た」
俺はアールの右腕を封印した場所の真横に胡座をかいた。ライは封印の中央、右腕がある灯籠の影に沈んでいる。
『アールらしいですね。僕とアールなら何処にいても念話で会話出来るというのに』
ライが居ない、とアールは何度もしょげるほどにライの事が大好きなようだ。しかし、アール自身がライの所に行くのはどうも不味いらしい。
「近づくと呪い同士が影響して封印が不安定になるんだっけか?」
『ええ、なので呪いを解くまでは僕とアールは会えませんね』
「それまでアールは耐えられるのか……? にしても、ライは随分とアールに愛されているんだな」
『……アールの、いやレイ特有の性質ですよ』
「性質?」
『レイは自らの力を分け与えたモノや創り出したモノに酷く執着するんです。……僕としては複雑ですが、饅頭だってそうですね』
「確かにアールは異常なくらい饅頭が好きだよな。そうなると、ライはアールに力を分け与えられたって事だよな?」
『レイが意図して行った訳ではありませんが、そうですね。……レイの存在が今のカタチに成った際、溢れた不要な力がレイの影に宿り出来たのが僕ですよ』
「影、か。だからそんなにも似てるのか」
『力の差は歴然としていますがね。この世界でもレイは肉体という枷で酷く制限されているのに僕は何も無い。……本来のレイは僕よりずっと強い存在ですよ』
そんな時、唐突に森の中から幾つもの声が聞こえてきた。
あーるさまはつよい
あーるさまはすごい
じゃしんさまばんざい
『……アールをそう呼ぶのはやめなさい、貴方達。今はこちらを覗いていませんが、アールにバレればまた齧られますよ』
森から聞こえるこの声はどうやらここで死んだ人の幽霊らしい。友達が欲しい霊たちにアールが色々アドバイスをした所、随分と懐かれたそうだ。そういえば幽霊たちは前も〝じゃしん〟がどうとか言っていた。
「なぁ、ライ。"じゃしん"ってどういう意味なんだ?」
『……悪い奴って意味ですよ。まぁ、精霊の様な見た目を利用して過去は色々と自由にしていたのでね。そう呼ばれていたのです。レイ……今のアールの前で口に出さないで下さいね?』
「お、おう。悪口言われるのは嫌だもんな」
ここの幽霊はアールを慕っているのに何故悪口を言っているんだ……? きっと俺にはまだ理解出来ない事なのだろう。いずれ分かるようになるだろうか。
それにしてもライはずっと前からアールといるらしいが……
「俺、一人目の協力者がライだと思ってた。でも協力者って現地の人の筈だから違うか」
『いえ、僕が一人目ですよ。願いは毎回〝レイについていく〟事を願っているで、次の世界も現地の存在扱いになります』
「何それずるくね?」
『正当な権利です。それより、何時までもここで現実逃避してないでギルドにさっさと行ってきたらどうですか? 日が暮れますよ』
「うぅ、ライが冷たい。はぁ……ギルド行くかぁ」
そうして俺は足取り重くギルドに向かったのだった。
レストが去っていく。木の葉の擦れる音が響く森の中。
『愛されている、ねぇ』
そんなもの当たり前だ。なんせ邪神であるレイが星の救世主なんて事をしているのも。
『全部僕の為ですから』
邪神ともなれば敵も多い。そんな中、邪神の愛する存在がいれば? その存在が弱ければ? 恰好の的なのである。だからレイはライの為に自身は善良な存在だと証明しようとしている。自分は邪神などでは無いと、これ以上敵を作らぬように。
『ふ……ふふふ、あはははは! 在り方なんて変えられる筈がないでしょうに! レイも、僕も!』
今までレイの影にずっといた。こんなに離れたのは初めてだった。離れてはっきり分かるこの感情。
『愛したくて愛したくて仕方がない……!』
効率よく星々を救う為、すぐに次の世界へ向かえるように。世界を巡る度に、枷である肉体を殺していたレイ。深い愛情を持って、ライの為だけに死んでみせてくれるレイ。圧倒的強者が自身のためだけに死んでくれるのだ。
何度も、何度も何度も何度も何度も。
その度に感じたのだ。
どうしようもないほどに強い歓喜を。
レイとライ。姿形は鏡写しの様で、けれど力の差は圧倒的。ライがレイをどうこうなんて、まず出来やしない。だからこそ星の救世主としての仕事終わりは、アールの死に際は、ライにとって最高の娯楽だった。
でも————
『今世はすぐに死んでくれない』
本当であれば、魔王パンドラの呪いをレイの肉体ごと消滅させるつもりだったのに。それで星の救世主の仕事は終わりだった。けれどその時、シルヴィアヴラムが邪魔をした。レイが呪いを悪用すると思い込んだ守護竜。周囲に被害が及ぶ方法しか知らない、雑な事しか出来ない癖に、余計な事ばかりするドラゴン。そして更なる乱入者ヴェンジ・スターキー。
そこから計画が狂ったのだ。
レイはその肉体に呪いを抱える羽目になった。レイの肉体を消せない理由が出来てしまった。饅頭も少々厄介だが、それはさして問題では無い。それよりも大きな問題。完全なるイレギュラー。レイが力を分け与えて創り出し、レイが愛してしまうその存在。更に厄介な事にレイの……星の救世主としての輪廻を終わらせてしまう可能性があるのだ。レイは何としてでも〝それ〟を生かそうとするだろう。今までの苦労、それら全てを壊してまでも〝それ〟を優先するかもしれない。なんせレイは〝それ〟に向ける愛情を隠そうとしているが全く隠せていないのだ。それ程に大きな愛を向けてしまう存在。
『本当に厄介で……邪魔な存在ですね————レスト』
無機質なその言葉は闇に溶けていった。
一章 封印されし生臭い右腕 完結
次回 二章 竜の瞳にいのりを灯せ
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