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饅頭の力

「ア、アール? 何をするつもりなんだ?」


 アールの顔を見てみた。悪い笑顔を浮かべ、とても楽しそうにしている。俺はそれを見てめちゃくちゃ不安になった。


「ゼロから創るノは大変ダガ、半分もあるナラ簡単ダ」


 そして俺はアールに言われた通り、錆びた剣を横にして差し出す様に右手で持つ。武器を作るとの事だが何をするのだろうか。


「腹にチカラ入れてしっかり持っテろヨ」


 剣を持つ俺の右手の甲へアールが左手で触れる。その瞬間、俺は身体の内側から何かがずるりと引き摺り出される感覚になる。全身に力が抜けて崩れ落ちそうになるのを堪え、真っ直ぐ前を向く。そして引き摺り出されたそれは俺の右手を伝って折れた錆だらけの剣へ。すると折れて錆だらけだった筈の剣は突如として光り輝く。眩しさに目を細めながら見ていると、錆が無くなり折れて無くなった部分が再生していったのだ。光がおさまると剣は本来の姿を取り戻していた。


「凄ぇ……錆ソードが復活した……!」

「レストが食った饅頭の力で作った。ボクは外から操作したダケダ」

「え……饅頭ソード……?」

「気を抜くナ。油断すルとまた錆だらけノ折れた剣に戻るゾ」

「あ、ああ分かった! 助かるよ、アール」


 これなら勝てる。俺はすぐさま魔族の方を確認する。すると彼女は先程と違い、俺たちを随分と警戒をしている。両手を地面につけて歯を剥き出しに唸っていた。そして彼女は口を開いて何かを言った。


「〝びーすと・あうと〟」

「びー……? な、何だ!?」


 魔族の少女は瞬く間に皮膚が毛に覆われ、骨格がみるみるうちに変化していった。顔も鼻と口が前に出て、手足は指が縮んでいく。


「…………でっかい……オオカミだ」


 その姿はまさしくオオカミであった。確かゴブリンの洞窟でも同じ姿を死体で見た事があったのを思い出す。つまり魔族は獣の姿に変身する事が出来るのか?

 それより気になるのだがどう考えても……


「……強くなってないか?」


 魔族の周囲を取り巻いていた風は今、範囲がかなり広くなり轟々と吹き荒れている。その吹き荒れる風の中、不可視の刃が幾つも混ざっているのだろう。巻き上がる木の葉や枝がズタズタになっていた。このまま真っ直ぐ突っ込んで行っても俺がズタズタにされてしまうだろう。頭を悩ませたその時、木の葉型の刃が宙で回転しながら俺の周囲を取り巻く。


「サポートすル。さっさと決メろヨ」

「助かる! けど、もしもの時にはアールは自分の身を守るのを優先してくれ」

「手負いの獣如キ、ボクが遅れを取るトでモ?」


 トドメを指す時は合図しろ、とアールが俺に告げた。俺はチラリとアールを確認する。アールは木を背もたれにして座り込んでいた。自分で立つことすら出来ていないのにアールは無理をするものである。

 アールの為にも速攻でケリをつける。

 俺は剣を握りしめ、眼前の敵を見据えた。


「グルルルルル! ゴロズゴロズゴロズゴロズ、ゴロズ!」


 敵が飛びかかって来るよりも速く、速く駆ける。アールの回転する刃は敵の風魔法の刃を切り裂き、道を開く。俺の手に持つ剣が光で煌めいた。俺は勢いそのまま上段から剣を振り下ろす。

 けれども敵はギリギリで体を捩らせた。大した反射神経だった。その為、俺の一撃はオオカミの肩辺りを大きく切り裂いたものの致命傷とはならなかったのだ。

 直後に敵が大きく口を開けて噛みつきに来るのを膝で蹴り上げ、続けて回し蹴りを叩き込む。いける。地面にバウンドする敵に向かって剣を真っ直ぐに構えて全力で駆けたその時。


「ガアアアアアアァァァァッッ!」

「ぐっ!」


 最後の抵抗だろう、オオカミの魔族を中心に強風が更に大きく渦を巻く。その中に不可視の刃が多数混ざっており、それらを俺の体を切り裂く。更に俺の体が浮き上がりそうになり、剣を地面に突き刺して何とかしがみついた。もう少し、あと少しなのだ。饅頭が腹を切り、俺が肩を大きく切り裂いた為だろうか。オオカミの魔族は魔法を強くする一方で中心から動こうとしなかった。きっともう碌に動けないのだろう。

 けれども強すぎる風の渦と数多の刃が俺たちを拒絶していた。アールの回転する刃は風魔法の刃の数に対応が出来ていない。そして風の渦はアールの居るところまで半径が広がっていた。早く何とかしないと……


「ボクを気にするヨリ! さっさと……オイ右!」

「分かってっ……!? ぅがっ!」


 完全に油断した。敵や飛んでくる風魔法ばかり気にしていたのだ。だから、まさか木が飛んでくるなんて思わなかった。強い風の渦で抜けた木が勢い良く俺にぶつかって来たのだ。木にぶつかった衝撃で俺は剣を手放してしまい、風の渦に飲み込まれる。


 時計回りにシェイクされる木々、岩や砂埃、風の刃、そして俺。剣はまだしっかりと地面に突き刺さっており、今の俺は手ぶらで完全に無防備だ。風の渦のなすがままに揉みくちゃにされている状態の俺。飛んでくる障害物を今はギリギリ防げていたがこれは非常に不味い。しかし何とか渦から出ようともがくものの勢いが強すぎるのだ。周囲の木を掴もうと触れると俺の流れが速すぎて手が弾かれてしまった。下手に掴むと腕が折れてしまう。


「こうなったらっ! 流れに乗るっ!」


 周囲の木々を蹴り上げて俺は時計回りに飛び回る。風に巻かれる木々や岩も蹴り上げ、何度も何度も加速を繰り返す。敵は俺を渦に巻いたまま風の刃で切り裂こうとしている様だ。俺に向かって風の刃を幾つも飛ばして来るのが分かった。

 しかし、だ————


「遅い!」


 今の俺の速さについて来れないようだ。頓珍漢な場所にばかり風の刃が飛んでいる。俺の場所そのものが既に捕捉できていないのだろう。オオカミは同じ場所に突っ立って首をあちこちに回して居る。俺はタイミングを見計らう。

 ————ここだ。


「アール! 決めるぞ!!」


 アールに合図をして俺は風の渦から飛び出す。風の渦よりも俺の方が速かったからだろう。木の根元を思いっきり踏み込んで方向転換したらあっさりと風の渦を抜け出すことが出来た。踏み込んだ木は盛大に弾け飛び、地面は大きく抉れた。そして俺は敵に向かって一直線に飛ぶ。敵の魔族は、というと。


 俺のやって来る方向とは全く別の場所を見ていた。魔族はその的外れな場所へ風の刃で攻撃していたのだ。まるで俺がそこにいるかのような様子だった。本当の俺が近づいているのに気付かない。

 そして俺が攻撃するその瞬間、魔族の周囲にあった風の魔法全てが消え去った。


「君ニ良イ夢ヲ」


 アールの作った隙。そこへ俺は魔族の彼女に全力の蹴りを叩き込む。光り輝いていた俺の蹴りをまともに喰らって吹っ飛ぶオオカミ。確かな感触だったが、恐らくこれだけでは止めにはならないだろう。けれども吹っ飛んでいった先。そこには俺が地面に突き立てていた剣があった。真っ直ぐ剣へ飛んでいった魔族は————


「周りが見えてないぜ?」

「!? ギャン!!」


 勢い良く胴体から真っ二つになったのだった。

 真っ二つになった魔族は暫くぴくぴくと動いていたが、やがて沈黙した。

 それによって風の渦は止み、巻き上がっていた木や岩が降って来る。

 俺はアールを探して慌てて向かった。そして地面に仰向けに寝そべっているアールを回収する。

 落下物の範囲外まで逃げた後、俺はアールを抱えたまま地面に倒れ込んでしまう。あまりの疲労にもう殆ど体が動かない。足なんて感覚が無くなって棒のようだ。


 俺とアール、ふたり並んで仰向けになる。

 アールは俺の方をじろりと一瞥して口を開く。


「……ボクの背もたれを思いっキリ蹴飛ばシやがっテ」

「ごめんて。でも、遅かれ早かれあの木は風で抜けてたろ? ちょっとぐらついてたぞ」

「ぐらついてたカラ、ボクが引っこ抜けないようにしてタんだヨ」

「固定してまでかよ!?」


 どうやらあの背もたれの木はアールのお気に入りだったらしい。というか、何でそこまでしているんだよ。

 俺とアール、どちらからともなく目線を合わせ、口角を上げた。


「勝てたナ」

「勝ったぞ」


 アールと俺は拳を一度コツンと合わせた。

 直後だ。

 ぐぅぅ、と俺の腹から音が聞こえてきた。それに釣られてか、ぐるぐるとアールの腹の音が聞こえてきた。


「アール、さっきまでずっと食べてたのにまだ腹の音が鳴ってる」

「オゥおぅ、誰かサンが軽率に死ヌからダロウ。つか、レストの腹もうるさく訴えてルじゃアなイカ。ほれたんと食エ」


 アールはアイテムボックスから饅頭を取り出して俺に手渡す。自分で取り出せるのにアールはわざわざ俺に渡してきた。何だか可笑しな気持ちになって俺は声を出して笑う。何となく俺もアイテムボックスから饅頭を取り出してアールに手渡した。


「んじゃお返しな」

「オウ、すまんナ」


「ほんと饅頭うまい」

「フ、そんなノ当たり前ダロ?」


 俺たちは地面に寝転びながら、お互い腹が膨れるまで他愛のない会話をしていたのだった。


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