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饅頭百個分の男

 白くて不思議な部屋だ。部屋の四隅は丸く角がない。壁を見ても窓が無く全てつるりとした表面をしている。

 俺がこの白い部屋に来るのは2度目だった。最初はアールを丸洗いして俺が倒れた時。そして2回目の今、魔族に首を切られて俺が死んだ時。


「死んだらここに来る……のか?」


 ここに来る直前からして確実に俺は死んだのだ。首を切られて生きている筈が無い。じゃあ最初に来た時は? ちょっと倒れただけで別に死んだ訳じゃ無いから違うのだろうか。……いや、あの時は知らなかったが、アールは呪われていたのだった。呪われたアールを俺は怪我した手で湯船に浸けていたのだ。


「最初はアールにかけられた呪いで死んだ?」

「ハッ、それくらい分かるだろ」


 俺の疑問に答える声が聞こえた。俺の正面に座る人物だ。今この白い部屋にはふたりしかいない。俺と————


「ヴェンジ……ここは何処なんだ?」

「……」


 暫く待っても沈黙だけがこの場を包んだ。さっきは馬鹿にしながら答えた癖にここが何処かは答える気が無いようだ。ひとつしかない机に向かい合って俺はヴェンジをじっと見る。体の周囲にオーラのようなものを纏っていて髪は逆立っている。今は頬杖をついて後ろを向いているが、俺と目が合った時は眉間に皺が深く刻まれていた。


 ギルドの登録写真そのままの顔だったので直ぐに分かる。ぱっと見は別人なのだが、見れば見るほど俺はヴェンジと瓜ふたつの顔だ。


「……前回はこの部屋に来た事を忘れていたんだ。忘れるのは最初だけか? それとも毎回覚えてられないのか? ……何か知らないか?」


 俺は立ち上がったまま、続けてヴェンジに問いかける。目の前の人物はいつまで経っても身じろぎひとつせず沈黙している。あまりの反応の無さに俺は声を張り上げる。


 未だに残る死の恐怖を誤魔化すように。


「何でここには俺とお前のふたりだけなんだ!? アールはこの事知ってるのか!? 何でアールはお前の名前を出せば怒るんだ!? 何で、前回お前は……」


 ——もうここに来たのか

 ——ん? ……何だここ、白い部屋?

 ——はぁ、今回のは仕方ないか

 ——記憶を失う前の俺? アールは?

 ——レスト

 ——宿じゃないな……あ、どうした?

 ——その………………悪い、な

 ——え? 何で謝って

 ……


「……何で……俺に謝ったんだよ……。なぁ……何か答えろよ、ヴェンジ!」


 分からない、何もかも。頭の中が疑問で埋め尽くされている。知れば知るほど分からない事が増えるばかりだった。

 こんな直ぐ死ぬ奴なら言うんじゃ無かった、と舌打ちと共にヴェンジが小さく呟いた。


「ちゃんと答えてくれ!」

「テメェで考えろよ、ポンコツが」

「ぽ、んっ!? 〜〜〜〜っ! うるせぇバーカバーカ! うぉ!?」


 突然床が九十度傾いた。今まで立っていた床は壁となり、背後の壁へと体が吸い込まれるように落ちていった。落ちる先を振り向けばいつの間にやら真っ暗い穴のような出入り口が出来ている。顔を戻せば机と椅子ふたつ、そしてヴェンジは壁に縫い止められたように動かない。前回と同じだ。


 俺だけが落ちていた。


「お前ほんとムカつく! 覚えてろよぉぉぉぉーーーーー…………」

「……お前こそちゃんと覚えてろよ」


 落ちて出入り口をくぐり、更に落ちていく。白い部屋が遠ざかり、俺は真っ暗闇に包まれていった。


    



「さっ……サと、起きロ!」

「っ!? …………は、……っ」


 がばっと上体を勢い良く起こす。荒い呼吸の中、震える手で首を触って確認した。

 俺は確か首を────


「レス、ト……次は倒せ……ヨ」

「え、おい! アール!?」


 アールは胸倉を掴んできたかと思えば俺の体の上に崩れ落ちてきた。

 そして……アールからものすごい爆音が聞こえてきた。


 ぐぎゅるるるるるるるるるるるる……


「…………腹の音?」

「……ま……饅頭が、足りン」


 そう言ってアールは饅頭を凄い勢いで食べ始めた。そんなアールを呆れて見ていると気が付いた。

 先程の殺された時の恐怖が無くなっていた。

 いつの間にか手の震えがおさまっていた。

 何だか安心した俺は取り敢えず周囲を見渡す。死んだ筈なのに何故俺は生きているのだろうか。そしてここは何処なのだろう。


「はぁ、アールお前な……てかここは歪みの森か?」

「気を抜くな、さっき撒いたガ……また匂いを辿ってくるゾ」

「なっ! 近くに魔族がいるのか?」

「オウ、そういえばボクが死ねばレストも道連れで死ぬから戦闘は気をつけてくれヨ」


 待て、アールは何と言った?

 アールが死ねば俺も道連れで死ぬ?


「…………そういう大事な事はもっと早く言ってくんねぇかな!?」

「悪い悪イ。あとレストが今ここで殺されても、直ぐにまた生き返らせるのは無理ダ。ボクの饅頭エネルギーが全く足りんからナ。割と今ピンチなんだよナァ」


 それにボク呪いと封印の安定をさせにゃならんしまだボディが本調子じゃねえしなぁ、とアールは言う。そしてこいつは饅頭を貪りながら俺の足の上で仰向けになった。俺はそんなアールに目を合わせて気になる事を聞いてみた。


「今の話だと俺は饅頭で生き返ったように聞こえるんだが」

「食っタ饅頭百個分のエネルギーでボクがレストを生き返ラせタ」


 アールは自信に満ちた顔で言い放つ。

 俺は言われた言葉に衝撃を受けた。


「俺の命が饅頭百個分だ……と……」

「レスト限定で出来ル事だゼ? 生キル喜びをもっト味わエ」

「え、え? これ喜んだ方が良いのか? わ、わーい……!」


 そうか、饅頭は強いからな。饅頭百個だと凄い量のエネルギーを使ったって事だな。俺は自分の認識に少し混乱していた時、木々の奥から大きな唸り声が聞こえてきた。俺たちがいる場所からそう遠くない場所だ。恐らく魔族が俺たちを探しているのだろう。

 何だか色々よく分からない情報が多かったが、今やるべき事は至って単純だ。

 俺とアール、ふたりとも死なずに魔族を倒す。


 俺は上に乗っかるアールを地面に置きながら立ち上がる。そして、魔族を迎え撃とうとして気づく。


「武器がハンドガンしか無い……これだけでいけるか?」


 俺のポーチにはハンドガンと折れた錆ソードだけしか無かったのだ。まともに使えるのはハンドガンだけだろう。仕方なく俺はハンドガンを取り出して構える。弾は最初に十五発あったが、鱗を取った時に二発使ったので残り13発だ。

 音の発生先を睨みつけていると奥から走ってくる人物を見つける。


「あははあはあは、おねねねえさまの匂いいい見つけけたた洗わなきゃ洗わなきゃあらあらあわなきゃ」


 アールの腕を封印した時に乱入した魔族だった。饅頭に切り裂かれた胴体は傷がそのままだ。そこから血がダラダラと流れて、内臓が出てしまっている。彼女の周囲は風が吹く音が聞こえた。最初に見た時よりも足取りは覚束ない上に魔法も途切れ途切れだった。魔族とはいえ今は手負いだ。勝てるかもしれない。


「ぱ、パンドラさまのだだ大事な呪いもももみみ見つけけた。ききっといっぱいいっぱいいいほ、ほめめめてくれるるる…………ごぶりんじゃま、ここころすころころす」


 魔族は俺たちへ一直線に向かってくる。


「くそ、誰がっゴブリンだっ!」


 俺は魔族に狙いを定めて撃つ。5発中3発命中した。しかし魔族の彼女は弾丸に当たっているにもかかわらず、怯む様子ひとつ見せず距離を詰めてきた。


「嘘だろ!? 当たったのに!?」


 このまま魔族を近付かせるのは不味い。俺の側にはアールが居るのだ。俺はハンドガンで弾を撃ちながら魔族に接近する。

 そして魔族が俺に飛びかかって来た。それに合わせて俺は回し蹴りを喰らわせる。しかしその直前に魔族の周囲で一際強い風が吹き上がった。それにより地表の土が捲れ上がり、俺が攻撃したその一瞬だけ体が浮き上がる。


「しまっ!」


 片足の状態で俺はバランスを崩す。先程の回し蹴りの手応えも浅くなった。その隙を突かれ、俺は手に噛みつかれて地面に押し倒される。その手に持っていたハンドガンは転がり落ちていった。


 噛みつかれた手を魔族ごと立ち上がって持ち上げた。そのまま彼女を地面に叩きつける。


 その衝撃で噛みつかれた手が解放された。その隙にと、急いでハンドガンを取ろうと俺は手を伸ばした。しかしまた周囲に突風が吹き荒れ、風の刃も俺に向かって飛んでくる。


 巻き上がる木の葉や土埃、魔術の攻撃から顔を腕で庇った。攻撃がおさまり慌てて見ればハンドガンは目の前から消えていた。魔族の方を振り向くと、彼女がハンドガンを口に咥え、距離を取っていたのが見えた。


「あはあははは、あはははははははは」


 そして魔族は俺のハンドガンを噛み砕き、風の刃で細かくバラバラにしていた。魔族はハンドガンを粉々にするのに夢中なようだ。更に今なら距離が出来ている。俺は寝そべって饅頭をひたすら食べるアールの元へ戻った。


「アール! 武器くれ! 何か持ってないか!?」

「……刃だけナラ」


 そう言ってアールの服の隙間から木の葉の様なプレートが宙に浮かび上がる。見る限り縁が全て切れる様になっている金属プレートだ。ぷかぷかと浮かぶそれはどう考えても持ち手がない。


「これアールしか使えないだろ!?」

「他は持っテ無イ。まぁ無いナラ作れば良イ」

「作るって言ってもどうするんだ!? 俺にはもうこの錆ソードしか……」


 俺はアイテムポーチから折れた錆だらけの剣を取り出して見せる。中ほどからボッキリと折れており剣の先は無い。持ち手の側も錆だらけだ。しかしこの剣を見たアールはひと言。


「十分ダ」


 そう言って上体を起こし、俺に少しばかり悪い笑みを見せたのだった。


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