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二度目の死

 慌ただしく走っていたのは修道服を着た女性であった。俺はそんな忙しそうな彼女に声を掛けた。


「すみません! 魔族が町に入ったって……俺に何か手伝える事はありますか?」

「ああ、ノエル様のご友人さん! それなら町で逃げ遅れた方々が教会へ避難するのを手伝って下さい! 避難が完了したら教会にも障壁をはりますので急いで下さいね!」

「避難……分かりました!」


 どうやら町中に魔族が来た場合は建物に避難するそうだ。俺はすぐに教会の外へ飛び出した。


「これ……あの防御魔法みたいなのが建物ごとにあるのか」


 建物を覆うように薄らと透明な壁が見える。恐らくあれが障壁なのだろう。逃げ惑う人が家に避難しては家の周りに障壁が出現している。まだ町の全ての建物が障壁で覆われていないものの、教会付近の建物は全て障壁に覆われていた。


 俺が外の状況を確認した時、泣き声が聞こえてきた。泣き声の主は教会からそう遠くない場所にいるようだ。階段を駆け降りて様子を見に行くと地面に寝転んで泣き叫ぶ小さな男の子、そして側には乳児を抱えた母親らしき女性が居た。


「や゛だあ゛!」

「ここからお家は遠いの! ちょっとの間だから! ね、ママと教会に行こ?」


 俺は泣き叫ぶ男の子に駆け寄ってしゃがむ。いきなり知らない人が側に来てびっくりしたのか、俺を見て男の子は泣き止んだ。それを見た俺は勢いよく手を合わせて頼み込む。


「教会行くのか!? あ、俺はレストっていうんだけどさ。君にどうしても頼みたい事があってさ!」


 俺はチラリと片目を開けて男の子を見る。目を丸くしてキョトンとした顔をしていた。話は聞いてくれそうだ。そして俺は小声でこっそりと語りかける。


「実は……教会にめちゃくちゃ分厚くてでかくて豪華な扉を見つけたんだ! 中は鎧とか、なんか高そうな剣とかあるらしくってさ。探検しようと思ったんだけど……俺どうしてもやらなきゃいけない事が出来たから、代わりに見てきてくれないか?」

「……ぅん、いいよ」

「ほんとか!! 助かるよ、ありがとう! 岩みたいなゴツい男の絵がある先なんだ!」

「いこ! はやく!」

「あ、ありがとうございます!」


 母親の礼を俺は手を軽く挙げて応じる。俺の頼みを聞いた男の子はすぐさま教会へ走って行ってしまった。すぐに教会に行ってくれて良かった。まぁ俺がとびっきり気になっていた場所の探索だからすぐ行きたくなるだろう……絶対楽しいよな。本当は俺が探検したかったんだけど緊急事態だから仕方ない。アールを運んだ時、今日限定という話で教会の中で歩き回って良い所と駄目な所を聴き込んだのになぁ。あの男の子に後で聞く事にしよう。次に教会の中を探検できる機会あれば今度は自分の目で見ると俺は心に誓った。


 しかしこんな感じで教会へ誘導するのは合っているのだろうか。まぁ目的は果たせているから良いかと思い、俺は他に外に居る人を探した。


 ***


「こな若いのにおぶられるなんての。こりゃあ、ええ冥土の土産になるねぇ」

「ん? それ何処にあるんだ?」

「じいさんが居るええとこよ」

「良いとこかぁ。じゃあそこ行ったらどんな場所だったか俺に教えてくれよ。あ、全然急ぎじゃないから行くのはゆっくりでも大丈夫だからな」

「ふぉふぉふぉ、行っても戻って来なきゃいけないねぇ」

「? 帰るまでが旅だから当然だろ?」


 アンクスからも帰るまで気を抜くなよと何度も言われたのだから常識なのではないだろうか? しかし、足が悪いお婆さんのようだから旅で往復するにも時間がかかるに違いない。スワンから貰ったブルーローズの地図に"めいど"の文字は無かった筈だから、きっと遠い所にあるのだろう。


「と、着いたな。今から下ろすから気をつけてな」

「ありがとうねぇ」


 階段を登り切った俺はお婆さんを教会の入り口で下ろし、やって来た修道女に任せた。

 他に周囲に人はもう殆どいなかった筈だ。念の為、俺は目線を周囲に巡らす。すると階段の下、建物の角から幼い少女が息を切らして走って来たのが見えた。その少女は階段を登ろうとして段差につまづいてしまった。


「怪我は無いか!?」


 俺は慌てて駆け寄った。涙で顔をぐちゃぐちゃにした少女の手を取る。俺と少女のふたりで教会へ足を向けたその時だった。

 ぐい、と俺は服を背中から引っ張られたのだ。引っ張られたせいでよろめく体を踏ん張って堪える。誰か他にも逃げ遅れた人が居たのかと思った。

 けれど、聞こえた声に鳥肌が立つ。


「ま、まま周りり見えててて無いねねぇ」


 魔族の声。斜め後ろに居た幼い少女を咄嗟に引き上げて俺の体の真正面に隠す。直後、足元から何かを切り裂く大きな音が聞こえた。俺は何故かバランスを崩して階段へ前から倒れ込む。少女へ倒れ込まないように避けて両手をつき、気づいた。


 両足を切られた。


 階段の切り裂かれた跡を見るに、真横に風魔法で一閃されたのだろう。俺の足首から先が階段下に転がっていった。俺より上段に居た少女は無事だったようだ。


 俺は後ろを振り向かず少女を見る。

 振り向く少女の目が恐怖で見開かれ——


「走れ! 今すぐ!!」


 俺は幼い少女に怒鳴り込んだ。

 指は教会をしっかり指して。

 怒鳴られた少女はびくりと体を反応させた。そして急いで階段を駆け上がり、教会へ向かった。


「ねねぇさまの匂いいい。魚の臭いいいあらあらあ洗わなないいと…………ねえさまの、あ頭じゃないい」

「いつっ……?」


 後ろから髪を鷲掴みにされた。と思ったら景色が回転した。頭が階段のあちこちにぶつかる感覚。回る景色の中、一瞬だけ何故か俺の身体と負傷した魔族の姿が見えた。

 録画したままのデバイスを落とした時、こんな感じの動画になったなと呑気にも思い出す。

 ひとつ思い出せば色んなことがポロポロと脳裏に浮かんだ。


 あの幼い少女に怒鳴って悪い事したな。

 お婆さんに旅の話を結局聞けなかった。

 男の子の探検の結果も聞けず仕舞いだ。

 …………

 ……アールは無事だと良いんだが。


 そんな後悔を抱きながら、視界が真っ暗になった。


 ***


「おおねえちゃん、臭いいいのいい一番ん嫌だだねねね。わ、わわたし痛くてももお掃除じが頑張るるる。ああ、こっちももも」


 大きな傷を負った魔族は首と足の無い死体を引きずり教会へ向かう。魔族は教会の障壁へ暫く攻撃を続けていたが、不思議そうに首を捻り町の外へ出て行ったのだった。

 足と頭部のない死体を持ち、森の方へ。

 そして魔族がブルーローズを出て行き、町中の障壁が解除された直後の事。ふらふらとレストの頭と両足へ近づく人物がひとり。


「あのアホ……またか……マァ、最初はボクのせいダガ……」


 アールは切られたレストの頭部、そして足ふたつを宙に浮かべた。


「これだケ……今、胴体全部は……ボクが餓死すルゾ……」


 目を閉じたアールは魔族の行方を探る。知覚を全方向に広げてすぐさま捕捉した。レストの胴体を引きずりながら匂いを辿る魔族の姿だ。歪みの森にその姿を見つけたのだ。


「チッ、やはりボクの腕が狙いカ。『ライ! すぐ向かうから、時間を稼いでくれ』」


 アールはレストの頭部と両足を腕に抱え込み、歪みの森へ向かったのだった。


 ***


「ハッ……っ、は……ぁ……!」


 白い机に手をつき、勢いをつけて白い椅子から立ち上がる。荒い息をしたまま俺は思わず首を触れる。手の震えが止まらない。未だに首を切られた感覚が残っていた。

 そんな時、嘲るような声が耳に飛び込む。


「また死んだのか?」


 真っ白い部屋、正面から声をかけられたのだ。俺は顔を上げて声の主を見やる。


「もう二回目だぞ。……お前弱すぎ」


 そう言って鼻で笑い、俺を見る人物。

 知っているようで知らないその人。


「————ヴェンジ……っ!」


 俺の正面に座っていた人物。

 それは元勇者パーティーのひとり。

 記憶を失う前の俺、ヴェンジ・スターキーだった。


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