勇者達のトラウマ
俺はバンダーに途轍もなく美味しい饅頭を差し出す。本当に脳みそから蕩けそうな美味さなのできっと怒りも治るだろう。
そして饅頭を差し出されたバンダーは──
ぴしり、と動きを止めた。
みるみるうちに顔を青ざめ、目を見開く。
「あ、ああぁぁア゛ア゛ア゛! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「何、何? どうした⁉ バンダー!」
突然バンダーが叫び出した。とても恐ろしいものを目にしてしまったような反応だった。その後には何度も謝罪し始めた。その取り乱す様を見て俺は思わず困惑する。バンダーの反応について何か知っているだろうかと俺はノエルの方を見た。
「はわ、わ……」
「ノエルもか」
ノエルも饅頭を見て恐怖に満ちた顔をしていた。ひょっとしてノエルとバンダーはこの饅頭を以前から知っていたのだろうか? バンダーに至ってはまだ饅頭がモンスターになってないのに未だに謝り続けている。
『…………フ、ボクの饅頭は最強だからな。恐れ慄くのも無理はない』
「聞いていたのかよ。頼むからアールは呪いに集中していてくれ。バンダーは俺が説得するから……正気に戻してからだが」
アールだって余裕がある訳でもないのに何こっちに聞き耳を立てているのか。まあいい、俺はふたりを早く正気に戻さねば。かと言ってどう説得したものか。
……この状況を利用出来ないだろうか?
俺は思い出した。ロンジから聞いた話、死亡したらアイテムボックスの中身が全て周囲に散らばる事を。俺は饅頭を掲げてバンダーに見せつける。
「この饅頭はアールのアイテムボックスに大量に入っている。そして今、アールは呪いに侵されていて瀕死だ。もしアールが死ねば大量の饅頭が野に放たれるだろう……バンダー、呪いの封印を手伝ってくれるよな?」
「……アァ、世界の終わりか」
「その話は僕も初耳だね⁉ バンダー、放心してないで手伝って!」
ノエルはバンダーにタブレットデバイスを見せながら土魔法で何かを作るように指示していた。ライはやっとかといった顔をしながら培養槽をノエルとバンダーに渡している。全員の動きが機敏になり、皆が呪いの封印に取り掛かっている。饅頭の効果は抜群だ。俺もアールを背負ってノエルたちへ駆け寄った。
「これで準備が出来た。バンダーとレストは周囲の警戒をよろしくね。それじゃあ封印を始めるよ」
そう言ってノエルは円形の石畳みで中央に向かって立つ。
中央にはアールの腕が入った培養槽とそれを包む太い街灯のような石のオブジェが天に向かって伸びている。この太いのは灯籠だとノエルは言っていた。アールは灯籠を挟んでノエルと反対側に、肩からもたれ掛かって座り込んでいる。そして周囲を円形に囲むように立つ細く短い街灯型オブジェが六本等間隔に立っている。
俺が持ってきた素材はこれらの石材に混ぜ込まれたり、張り巡らされる複雑な溝に固められたり街灯に設置されるなどに使用された。使わずに余ったシルヴィアヴラムの鱗はひとまず俺が持っている。
今から行う事としては、アールは呪い安定させたまま右腕に半分移してノエルが右腕に移った呪いを封印させるらしい。ライはアールの右腕の影に入っており、呪いを半分引っ張るなどの補助を行うそうだ。封印が完了すればライはこのままアールの右腕の影に残り、その場で封印の安定を行いながら少しずつ呪いをとくらしい。
ちなみにライはバンダーの事を酷く嫌っているようであった。死んだ魚の目をしながら灯籠を作っていたバンダーがライをレイと間違えて呼んだ時、ライはとても辛辣な言葉をバンダーに返していたのだ。ノエルと扱いが完全に違う。
封印を執り行う間、俺とバンダーは魔獣などの乱入などが無いように警戒だ。何があっても邪魔などはさせない。俺は饅頭を食べながら周囲を見渡す。実は封印には割と時間がかかるらしい。封印の実施に俺は役には立てない、かつSランク冒険者のバンダーが居る安心感からだろうか。俺は非常に強い空腹を感じたのだ。いざという時、空腹で動けないなんて話にならない。その為、今のうちに饅頭を食べておこうと思ったのだ。バンダーは真っ青な顔で俺をチラチラ見ながらも周囲の警戒をしている。俺と言うより饅頭を見ているようだが。こんなにも美味しいのに怯えるだなんて……。饅頭は落とさなきゃ何の問題もないのである。にしても、あんこの入った饅頭も美味い。
そんな風に考えていた時、街灯や灯籠が光り出した。始まったようだ。ノエルは大きな本を手に澄んだ声を周りに響かせていた。それは魔法の詠唱というよりも歌のようだった。神に祈るような歌詞の無い歌。ノエルの歌声に街灯が反響し合い、そこは不思議な空間が出来ていた。
どの位の時間が経ったのだろう。まだ日は高いが永遠にも続くような長い時間だった。気になって何度もノエルの方を見るが、封印はまだ終わっていない。ノエルは滝のような汗をかいているが、仕草や声に一片の揺るぎも見せていない。
そして突然アールの声が俺の頭に響いた。
『…………レスト、気をつけろ! あいつだ、魔族が近くに来てるぞ!』
「魔族!?」
俺の言葉にバンダーはすぐに反応した。バンダーが体を向けた方に俺も構える。すると目の前の森の奥からふらふらと誰かがやってきた。
「……わ、わんわーわおーん。おおーーんんん。ににににににおおうにおうにおう。おおおねーーちゃぁあん?」
十代後半くらいの見た目の少女が歩いている。しかし魔族特有の紫の肌の色、そしてあちらこちらが肥大化した様は余りにも人とかけ離れていた。彼女の周囲は風が吹く音が強く聞こえる。
「せせせんたくく、つぶしてててまぜぜあつくぅ。いっしよょょよにさがし、おねぇあ……? ……どらごん」
魔族がこちらの存在に気付いたかと思えば、俺たちの背後にある守護竜シルヴィアヴラムの死体を見つける。そしてニタリと歪んだ笑みを浮かべて歓喜した。
「あ、ははははははははは! しんだしんでるしんじゃった! おおおっきなしろいドラゴンどらごん、やややったやったやったねまおーさま! こここれで────どどどらごんあいがここにくるるる!」
「……ドラゴンアイ?」
スワンやロンジが言っていた、ホワイトドラゴンが魔族に狙われていると。魔族は天敵である守護竜シルヴィアヴラムを殺す事そのものが目的では無いのか? けれど今はそんな事を考えている余裕は無いようだ。ここに現れた魔族の少女は明確な殺意を俺たちに抱いていた。
「こころすすすそそそうじばらばばら」
「ノエルの爺さんの邪魔はさせねぇ!」
バンダーは即座に短剣を幾つも放ち、魔族へ攻撃する。その攻撃は短剣だけではなくいつの間にやら鋭い岩まで混ざっていた。魔族は周囲に不可視の刃で短剣や岩を弾く。その直後、魔族の立つ地面が揺れたと思えばバックリと大きな裂け目が出来る。その裂け目から大きな土の手が伸びて魔族を引き摺り込む。そしてバンダーが裂け目に向けで力いっぱい手を握ると大きな音を立てて裂け目が閉じてしまった。閉じた直後に地面の中で大きな爆発が起こり、足元が揺れた。
俺がバンダーと戦闘した時、手加減されていたのか。見ていて明らかに違う。今のは完全に殺しにかかっている。
「もう勝ったのか⁉」
「まだだ、終わってねぇ!」
何に使ったのか、バンダーは大量のピンを捨てながら苦しそうな顔で手を握り込んでいる。
「クソッタレ、何でまた初っ端から魔力全開なんだよ⁉ 駄目だ! そっち行ったぞ!」
地面からガリガリと大きな音が鳴り響く。そして俺の足元から大きな音がして地面から風の刃と共に魔族が飛び出してきた。
「うぉっ!」
「ガゥ、ガガッガァ。っははははハハハッッ!」
魔族が犬歯を剥き出しにして笑う。口の中から岩がボロボロと溢れる。どうやら口で噛み砕いて地面を進んでいたようだ。しかし俺はそれどころでは無かった。
「あ、ちょっ。やべ、あっ」
魔族が地面から出てきた時、足元が崩れて俺は転倒しかけた。その際に食べていた饅頭が宙に放り投げ出されたのだ。落ちる前に何とか饅頭を掴もうとするものの掴み損ねて逆に遠くへ行ってしまう。焦れば焦るほど上手く掴めず、饅頭を弾いてしまう。二度三度掴み損ねて────とうとう饅頭が地面に転がった。
「あ゛っ」
「………グゲゲゲゲッ!」
俺は転倒して両膝をついた。そして饅頭を掴めずに落としてしまった。案の定、饅頭は手足をにょきりと生やし、大きなモンスターと化した。あんこの饅頭は足が薄らあんこ色をしている。あと、虫の様な足ではあるが少し細めに見える。
「レストォおおぉお前なに敵増やしてんだぁあああ! しかも一番ヤベェ奴をおぉぉ!」
『…………落とすな』
「やっちまったぁ! ごめんなさい饅頭様! わざとじゃ無いんです!」
「グゲ」
バンダーは饅頭モンスターを見た後、落とした俺にブチ切れる。魔族が居るからだろうか、バンダーは発狂しないように耐えているように見える。アールの声は一言だけ、それだけ呪いの封印に集中しているのだろう。ノエルも饅頭に気付いてはいるようだったが、敢えて意識の外に追いやっているようだ。そして魔族も饅頭に気付いた。
俺とバンダーふたりで魔族と饅頭を相手に出来るだろうか。いや、良い事を思いついた。どうにかこの場を納められるかもしれない。上手くいくかは分からないが、可能性があるならやってみよう。
「な、に? ききもちわわるるるいい。……"びぃす────」
「あーあー、あの魔族のせいで落としちゃったなぁ! 魔族がここに居なければ落とさずゆっくり饅頭を噛み締められたのに残念だなぁ! 早くゆっくり饅頭が食べたいなぁ!」
「ゲッ……? アイツノ……セイ……タベレナイ……グゲゲッ!」
饅頭は目にも止まらぬ速さで鎌のような足を振り抜き、魔族の胴体を切り裂く。
「────とあ……うっ? いたい、いたいいたいたいたいい」
切り裂かれた魔族はふらふらと後退し、森の奥へ素早く逃げて行った。どうやら上手くいったようだ。
「グゲッ、ニガサナイ」
「おいレスト、饅頭止めろ! 魔族よりアレを野に放つ方が不味いだろ!」
饅頭は魔族を追おうとしていた。それを見たバンダーが焦ったように俺に叫ぶ。そうだ、魔族を追った饅頭がここに戻って来るかなど分からないのだ。それにハッとした俺は慌てて饅頭に懇願する。
「い、行かないでくれ饅頭! 最後まで食べられずにさよならなんて嫌だ!」
何だこれ。俺は何を言っているのだろうか。もう自分でもよく分からない。とりあえず俺は食べている途中だった饅頭を食べたいとひたすら訴えた。饅頭に。
「…………グゲゲ、タベタイ……オイシイ……?」
俺の懇願が届いたのだろう。魔族を追おうとしていた饅頭はぴたりと動きを止めた。そして俺の前にやって来る。
「……ジャマ、イナイ……アジワッテ、タベテネ」
「あ、ああ! ありがとう饅頭! これでゆっくり食べられるよ」
饅頭は満足そうに頷き、ぽんと俺が食べかけていた饅頭に戻った。俺はそれを難なく掴みすぐに食べきった。また落としてしまうのは流石に怒られる。饅頭に。
そうして俺たちは魔族の乱入、饅頭モンスターの問題を解決したのだった。




